第21話 誕生日と人殺しの少女
「おっと。雨が降ってきちゃったね。じゃあそろそろ行こうよ」
俺たち幼馴染みトリオ三人は学校の校門をくぐり部室に向かう。両手にはたくさんの荷物。
アメリカ人というのは、とかくサプライズパーティーとやらが好きらしいので、サシャのヤツにも喰らわせてやろう。と言い出したのは都子だった。
「ゴールデンウィークに誕生日って、日本だとあんまり友達とかには祝ってもらえなそうだよな。入学とかクラス替えとかもしたばっかりのところだし」
「あの子はいい友達がいてラッキーだよねー都子ちゃん」
「ふん。べ、別に友達なんかじゃないし」
サシャじゃないがこれはもうジャパニース・ツンデレと言われても仕方がない有様である。
俺と淳は顔を見合わせて笑った。
「ちなみに。昌太郎はプレゼントなに買ったの?」
「俺は鶴のぬいぐるみだ。あいつやたらとツルかわいいツルかわいいって言ってたからな。そんなもん、なかなか無くて苦労したぞ」
「なるほど! 都子ちゃんは?」
「私は全国ラーメン食べ比べセットだ。インスタントじゃなくて生麺。すごく美味しかった」
「……自分の分も買ったな?」
「……うん」
「なるほどなるほど。ボクは星条旗柄抱き枕にしたー」
「よくそんなもんあったな」
「デパートで売ってるの見つけてさ。これしかないって思ったよ」
そうこうしている内に部室棟に到着した。もうすぐ部室である。
「それにしても――」
俺はポツリと呟いた。
「あいつが転校してきてまだ三ヶ月も経ってないのか」
「そっか。とてもそうは思えないね」
「色んなことがあったからな」
この三ヶ月を頭の中で振り返る。
「最初見たときはビックリしたな。あのアメリカンジョークの嵐」
「うん。それからあの部室での事件だよね」
自分は大統領の娘だとか、サイキックだとか、サモンドロ共和島国の首長を暗殺するだとか衝撃発言の連発。
「なあ淳、アレってどこまで本当なんだろうな」
俺が問うと淳はあっけらかんと答えた。
「えっ? 全部本当だと思うけど?」
「マジでか……」
「だって。そう考えないと説明がつかないことが多すぎるよ。特にあの金色に輝く瞳。どう考えても普通の女の子ではないことは確かさ」
「一理はあるな……都子はどう思う?」
「なにを言ってるんだ。全部ウソに決まっている。あいつは普通の女の子だよ。三ヶ月一緒に過ごしてみれば分かるだろ。そんな特別な存在のヤツが私たちみたいな普通の高校生とあんなに当たりまえみたいに接して仲良くすることなんてできると思うか?」
この意見にも一定の説得力があるような気がする。
「もし本当だとしたら。ラタム・サモンドロをどうにかして欲しいがな。最近物騒すぎる」
「それは確かに……」
「またミサイル飛んだんだよね?」
などと話している内に部室の前に到着した。
「――まあ。どっちでもいいか! とにかく。我々の仲間の誕生日を盛大に祝ってやろうじゃないか」
二人は大きく頷いた。
「じゃあ同時にクラッカーを鳴らすぞ! せーの!」
俺はドアノブをひっつかんで一気に開いた。
「ハッピーバースデーーーーーーーーイ!」
クラッカーがパンパンパン! と音を立てる。しかし。
「あれ?」
部室の中からはなんの反応もない。
「おーいサシャ? どっかに隠れて――!?」
「――!? サシャちゃん!?」
「サシャ!」
――サシャは。部室においてある全身鏡の前でうつ伏せに倒れていた。
呼びかけども、肩をゆすれども反応がない。
「ダメだ! 救急車を呼ぼう!」
誕生日プレゼントは部室に打ち捨てられたままになってしまった。
外はいつの間にか土砂降り。
幸い命に別状はなかった。
病名は過呼吸症候群だそうだ。医者に過度な運動をしたり、特別精神的に負荷がかかるようなことがあったか? と聞かれたので思い当たらないと回答した。
ともかく。今夜は病院で夜を明かすことになった。まだ目を覚まさないが、もう過呼吸の症状はなく単に眠っている状態なので心配はないとのこと。
――時刻は夜の二十三時。
「じゃ、じゃあ頼んだぞ」
「なにかあったら連絡してね」
親御さんも心配するだろうということで淳と都子は家に帰ることにした。
「ああ。もう遅いから気を付けて帰れよ」
病室のドアが閉まる。
俺は同居人でもあるし、なにかあったときのために病室で立ち会うことに決めた。
「サシャ……」
ときおりうなされるようにしながらも、すうすうと寝息を立てている。
恐らく心配はないのだとは思う。思うが。
「夜中なのに悪いけどさ。一回だけ目を覚ましてくれよ。そうすれば安心するからさ」
とはいえまさか肩をゆすって起こすわけにもいかない。
俺はベッドの隣に設置された丸椅子に座ったり、立って無駄に病室を歩き回ったりしていた。
(まだ起きないか……朝まで寝てるのかなァ)
時刻はいつのまにか深夜二十四時を周っている。
俺はどうしても不安になって――
(ちょ、ちょっとだけ……)
布団をめくって彼女の手を握った。
握ったその手はほんのりと暖かい。
ドクンドクンと動脈に血液が流れていることも感じられる。
俺はホーっと大きく息を吐くと、そのまま眠りに落ちてしまった。
「タロー……ショータロー……」
俺の名を呼ぶ弱々しい声で目を覚ました。
重たい瞼を持ち上げると、ベッドに横たわったサシャが首だけこちらにむけて微笑んでいた。
「サ、サシャ!」
俺は椅子から勢いよく立ち上がると、布団をひっぺがし彼女の両手を握りしめた。
「ショ、ショータロー! ちょっと……恥ずかしいデス!」
「心配かけやがって……!」
「な、泣いてるんデスか!?」
気づけば目から涙が零れ落ちていた。
「あれおかしいな……こんなはずじゃないんだが……」
自分としては泣くほど感情が動いている感覚はない。人間の体とは不思議である。
「心配しすぎダヨ。ねえ。私の手え握りながら寝てたデショ? セクハラだよ?」
「あ、ああ。すまん。なんかそうしてないと不安で」
「ショータロー。もしかしてサシャのことスキなんじゃないの?」
「そんなわけあるか! たまたまだよたまたま!」
「たまたまでセクハラをするんデスか? まァちょっと嬉しかったからギリ許しますけどネ」
サシャは上体を起こして俺の体を抱きしめた。
――数分後。
ようやく気が落ち着いた所で、気になっていたことを聞いてみた。
「しかしなんだって部室に一人でいて過呼吸になんてなっちまったんだ?」
「それは……」
そういうとサシャはすっと目を逸らした。
「なにかこころ辺りが?」
サシャはしばらくの沈黙の後、
「訓練をしてました」
などとよくわからないことを口にする。
「訓練……?」
俺がそう聞くとサシャは両眼を金色に輝かせてみせた。
「この能力をね、鏡の前で自分に対して使って見たんデス。十パーセント程度の力で。そしたら。笑いが止まらなくなっちゃってこのザマです」
「――――――!!」
そうだ。たぶん俺はずっと考えないようにしていただけだったのだろう。
サシャの言っていることが本当かどうか。どうでもいいわけなんかないのに。
それを認めてしまうと。彼女が遠くに行ってしまうような気がして。
「ショータローの言うとおり、サシャのお笑い能力はずいぶんアップしちゃったみたいです」
はかなげに笑うサシャをなぜかずっと遠くに感じた。
さっきまであれほど近くにいたのに。
「でも。よかった。これで作戦は決行できそうです」
「さ、作戦?」
「はい。ラタム・サモンドロの暗殺計画です」
サシャはこともなげにそう述べた。
「どうやって……?」
「あの極悪人の唯一のシュミをご存知ですか?」
そんなこと知るはずがない。
「お笑い鑑賞。お笑い番組は必ずチェックしてM-1とかR-1とかの賞レースの歴代優勝者を全て言えるくらい、昌太郎クラスのマニアなんダッテ。インターネット配信オンリーの番組も必ずチェックしているそうデス」
「サモンドロにはインターネットはないんじゃないのか?」
「それが。自分の部屋にだけは回線を引いているんだそうで。そのことを突き止めたのが二年前。それから暗殺計画が始まりました」
「――サシャまさかおまえ」
「昌太郎の想像している通りだと思いマス。我々の暗殺計画とは。サシャを日本の高校に潜入させ、HS-1に出場。インターネット配信を通じて彼を暗殺するというモノです。彼はM-1などのメジャー大会だけでなく、学生大会であるHS-1も必ずチェックしているということが分かりましたので」
なるほど。理解した。サシャがあれほどまでに強硬にHS-1に出場しようとした理由。そして。このノンキものがあんなにも強烈なプレッシャーを背負って出場していた理由。計画の対象として選んだのがM-1でもR-1でもキングオブコントでもないのは、HS-1が一番競争率が低いと判断されたからであろうか。
「本戦に出場できて本当に良かったデス。ボストン沖ミサイル事件のことはご存知デショウ? もう時間がありません」
俺は全身から大量の汗を掻きながらもサシャに皮肉を言ってやった。
「へっ……アメリカ大統領様クラスになればわざわざあんな苦労をしなくても、あの大会にネジこむことなんて簡単なんじゃないのか……?」
「確かにその通りデス。でもそういった手を使った場合、あのお笑いマニアのサモンドロが勘付かないとも限りませんから。それに。予選くらい突破する地力がなくては暗殺も上手くいきっこありません」
……一応は納得できなくもない理由だ。
「待っててください。もうすぐ世界を脅威から救ってみせマスから。あっ。安心してくださいネ。観客にはサシャの能力を遮断するようなサングラスを配りマスし、ネット中継もサモンドロに届くものにのみ、サシャが写るように手を回してありますから。パパも最前列で応援してくれる予定デス!」
サシャは貼り付けたような笑顔でそんな風に述べる。
「本番はサシャが一人で舞台に立たせてもらい。みなさんに片棒を担がせるワケにはいきませんから。幸い予選と同じメンバーじゃないといけないというルールはないみたいデスし。みんなで頑張ってせっかく予選を通過したのに。本番に向けてあんなに練習したのに。ごめんなさい。本当にゴメンネ」
サシャの目に涙が浮かんだ。
「それに。黙っていてごめんなさい。サシャはウソをついてました。みんなを騙していたんデス。でもどうしてもしゃべるわけにはいかなかったの。本当は今こうしてしゃべるのもダメなんだけどね」
不思議とサシャに対する怒りみたいなものはまるで湧いてこなかった。その代わりに――
「こんなこと言うのはオカシイけど。サシャ。みんなとまたコントがしたかったデス。本当に楽しかったから。コレはウソじゃないデス」
俺は子供みたいに両手で目を擦るサシャをじっと見つめた。
「なあ……サシャ」
「な、なんデスか?」
「おまえ……人を殺せるのか?」
サシャは体をビクンと震わせた。
「おまえってさ。たぶん。別にもともと暗殺者として育てられたわけじゃないだろ」
「――ハイ。もともとわたしは産まれてすぐに孤児になってしまったところを、サイキックの才能があるということでホワイトハウスの育成施設に引き取られました。十四歳までは人をたくさん笑わせることができる「だけ」の「役に立たない」能力ってことで、ほどほどに能力開発をされながらワリとのびのびと育っていたと思いマス」
――サシャはこのとき初めて自分の過去を詳細に語ってくれた。
「でも。二年前にサシャの能力が暗殺に使えるかもしれないということがわかってから、パパとママに養子に取られて凄まじい能力開発が行われました。すごくつらかったデスけど、サシャね、パパとママができて嬉しかったんデス。だから頑張っちゃいました。自分でも変だと思うけど、そういうものみたいです」
偽りのない笑顔、に俺には見えた。
「暗殺計画は、イギリスのコメディアン『モンティーパイソン』の有名なコントの『殺人ジョーク』がヒントになっているそうです。あまりに面白くて読む人全員を笑い死にさせてしまうジョークが軍事利用されるっていう内容なんだって。見たことありますカ?」
モンティーパイソンは知っているがそのコントは見たことがない。あんまり面白そうには思えない。
「それで。実際にその能力で人を殺したことはあるのか?」とサシャに問う。
「……ありません。でも殺せるということは証明されてます」
「それでも実験のためにやれと言われなかったか?」
「言われたことはあります。ですが拒否しました。無理強いはされませんでした」
サシャはぶるぶると肩を震わせながらしゃべっていた。
俺はその肩に両手を乗せて思いの丈を述べる。
「なあ。サシャ。都子も言ってたけどさ。おまえは普通のオンナノコだよ。俺たちみたいなタダの高校生となんら変わらない感覚を持っている。だからこんなに仲良くなれた。だろう?」
サシャは無言。
「そんなやつに人が殺せると思うか? ――いや正確には。人を殺して。その後の人生を送れると思うか?」
するとサシャは目を固く閉じ、歯を食いしばった。
それを見て怒りが沸き上がってくる。
「クソッ! こんな女の子に世界の命運を託すなんて! 普段あんだけエラそうにしてるんだから、自分でなんとかしやがれ!」
すると。サシャの右目からすーっとひとすじの涙が流れた。
「ねえ。ショータロー。ありがとう。そこまでサシャのことを考えてくれて。やっぱりサシャのこと好きデショ?」
と首をちょこんと傾けて笑って見せた。
「でもね。もう後戻りはできない。これはサシャの使命なの。ごめんね。嫌だよね。好きな女の子が人殺しなんて」
「そんなことを言ってるんじゃねー! 俺はおまえを守りたくて!」
「ありがとう。ショータローはかっこいいな。サシャのナイトだよ。でもね。アナタがサシャを守りたいと思ってくれてるのと同じくらい。サシャもショータローやみんなを守ってあげたいと思ってるんだよ」
馬鹿みたいだ。こんなときなのに嬉しいと思ってしまった。
「それにさ。サシャがやらなきゃ自分も死んじゃうかもしれないデス。もしも本当に戦争が始まっちゃったりしたら世界は終わりダヨ? だから。結局そうするしか――」
そうだ。彼女が言っていることは正しい。
大統領だって間違っちゃいない。
だけど俺は。ただただ目の前の女の子の笑顔を守りたかった。
「クソッ! こうなったら!」
俺はサシャに背を向け歩き出した。
「ショータロー! どこに行くの!?」
「滑らす!」
「What!?」
「五月五日、夕楽園ホール! 必ずおまえのジョークを滑らせてやる! そうすりゃあ誰も死なねえんだろ!?」
「えええええええええ!?」
「覚えておきやがれ!」
入り口のドアを乱暴に閉める。
――俺は走った。ほんの少しだけある、たったひとつのハッピーエンドの可能性のために。
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