第19話 ちゃっちゃちゃちゃちゃちゃちゃっちゃっちゃ! パフ!

 そんなこんなで春休みはあっという間に終わり、我々は高校二年生になっていた。

 十年連続同じクラスの記録を持つまさに腐れ縁の三人に加え、サシャもまた同じクラスだ。お笑い研究会のほうも新入部員が一人も入ってくれなかったのでメンバーは変わらず。

 したがって。学年は変われど、生活そのものには殆ど変化はなし。

 ただひたずらにネタを考えては稽古に明け暮れる毎日を送っていた。

 ――今日は四月三十日。

 HS-1本戦を一週間後に控えた、ゴールデンウィークの初日である。

「おはよーーーー!」

 俺は女の子の元気いっぱいな声で目を覚ました。

「ホラ! 早く起きなよー! こんないい天気の日はいつまでも寝てたらもったいないぞ! うーん! 実にいい気分だ! 昌太郎も心なしか男前に見えるな! ハハハハハ!」

 そいつは俺が一応目を覚ましたのを確認すると、さっさと部屋を出ていってしまった。

 俺は寝ぼけた頭で考える。

(あいつ……誰だ?)

 廊下に出てみると。

「目が覚めたかい? おお。サシャは今日もかわいいなああああ! まるでお人形さんみたいだ! パジャマもよく似合っている。さあ早くリビングに下りてきて! 私が朝ごはんをつくってあげるから!」

 しばらくしてサシャが部屋から出てきた。そして言った。

「ショータロー」

「なんだ」

「都チャンが怖いデス」

「……そう言ってやるな。今日はあいつにとって最高の日なのだから」

「デスね。サシャも楽しみですよ。結構面白いデスもんね」

「そういや一緒に何回か見たか。まあ楽しもうぜ。今日だけはHS-1のことは忘れてさ」

「ウン! 勉強にもなりますしね!」

「ねえー。二人とも早くおいでよー。朝ごはんができますよー♪ あっお母さん。おはようございます。今日もお綺麗ですね。相変わらずお父様ともラブラブなのですか?」

 あの屈強な母ですら都子の別人のごときゴキゲンぶりには絶句。恐怖を顔に浮かべて俺とサシャに目で助けを求めた。


 ちゃっちゃちゃちゃちゃちゃちゃっちゃっちゃ! パフ!

 のメロディと共に番組が始まる。

 俺たちお笑い研究会は四人で番組観覧にきていた。

 番組名はお察しのとおり「昇天」。日本のお笑い番組で最古の歴史を誇る番組である。

「わあ……わあ……」

 都子は感動や興奮、楽しさなどあらゆる感情のこもったキラキラした表情をしていた。

「よかったな。ホントに」

「うん……がんばってよかった……」

 都子が喜ぶのも当然。なにせ彼女はこの番組を三歳のころから一度も欠かすことなく視聴している。まして今日は年に一度の生収録の日だ。

 なんでも彼の父親である落語家の山嵐亭棘棘氏が、都子がHS-1本戦に出場すると聞いてたいそう喜び、ごほうびに観覧チケットをくれたらしい。

「あっ! 出てきた! キャー! 春爽さーーーーーーーーーん!」

 このいつもの都子からは想像もできないテンション。若い女性でこれほどまでにこの番組を愛しているのは彼女だけではないだろうか? 主な視聴者層であるお爺ちゃんお婆ちゃんにもこんなに好きな人はいないかもしれない。

「ああ……素敵……眼鏡が格好いい……!」

 番組はいつものとおり「演芸」部門から始まった。

 俺は正直毎週見ているわけではないが、見ていてなんか安心する番組ではあるな。


「さあ次からが本番だぞサシャ」

 都子が一生懸命、昇天の楽しみ方を解説している。

 サシャはそれをうんうんとうなづきながら真剣な顔で聞いていた。

 大変ほほえましい。俺と淳は思わず笑顔を見合わせる。

 それはいいが未だに淳のニット帽スタイルにあんまり慣れない。クラスの淳ファンの女子たちのためにも、早くあのサラサラヘアーを取り戻してもらいたいものだ。

「ところでさ淳」サシャにきこえないように耳元でひっそりと呟く。

(例の件もちゃんと覚えてるよな)

(うんもちろんだよ)

(OK)

 そんなことを話している内に、メインコンテンツと言える、落語家たちによる大喜利のコーナーが始まった。

「いいか。大喜利のコーナーはな、自分も一緒に答えを考えながら見るんだ。そうするとより楽しめるし、お笑い頭脳も鍛えられるぞ!」

「ウン!」

 今回のお題は「大金持ちの子供が小学校に上がって先生にする質問は?」というものらしい。

 全部が全部、超おもしろいとは言わないが、なかなか巧みな答えが次々と出される。

「むうううう……。サシャ、なんにも思いつかないデス! すごいなー落語家さんは」

「だろう!?」

「ぶっちゃけ先にお題聞いてるらしいけどなー」

 などと言ったら「無粋なことを言うな!」と都子に怒られてしまった。

 サーセンと謝る。

 ――司会の桜亭春爽さんが、今度は右から二番目に座っている二遊亭田楽さんを指名した。

「先生質問がありまーす!」と田楽さん。

「はいなんですか?」先生役の春爽さんが返す。田楽さんはこう答えた。

「ゴディバはおやつに入りますか?」

 これはなかなかうまい! 都子だけでなく俺と淳もぶっとふきだした。しかし。サシャは首をひねっている。

「んん?? 都子チャン。いまのはどういう意味ですか?」

「ああこれはな。えーっと。日本の小学校には遠足というものがあるんだが」

「ハイ、それは知ってマス」

「でな。その遠足に持っていくおやつには値段の制限がつくのが普通なんだ。三〇〇円以内とか、五〇〇円以内とか」

「へー! なんだかとっても日本っぽいデスね!」

「それで、まあ定番の冗談というのかな? 先生がおやつは三〇〇円以内ですと言ったら、生徒が「バナナはおやつに入りますか?」 と質問するというのが一種の定型文みたいなものなんだ」

「なるほど! リカイしました!」

「ちなみに。今ではバナナなんてそんなに高いものじゃないが、昔は高級品だったんだ。だからこのバナナはおやつにはいりますかっていうセリフは、最初はお金持ちの子供の自慢話だったという説もある。今の田楽さんの答えはそれも加味したものだろう。流石という他ない」

 ……本当にそこまで考えていたかは正直大変ギモンである。

「へー! スゲー勉強になりマス! メモしとこ!」

 サシャはスマートホンを取り出し、今の話をメモ帳に記録した。

「あっ都子チャン。ちなみに」

「なんだ?」

「実際のところ、バナナはおやつに含まれるんデスか?」

「さあ……含まれるんじゃないか?」

「含まれる……と」


 さあいよいよ最後のコーナーが始まるようだ。

「本日は久しぶりになぞかけをしたいと思います」

「キターーーーーーーーーーーーー!」

 都子はとびあがらんばかりに喜んだ。

「えっ? えっ? なぞかけってなんデスか? そんなに面白いんですか?」

 都子は少々興奮した様子で説明を始めた。

「ああ。めちゃくちゃ面白い。いいかルールは――」

 なぞかけというのは例の『○○とかけまして××と説く。そのココロは』という奴である。都子はそのルールや、それがいかに素晴らしく風雅で芸術性にあふれていて、高いユーモアセンスが問われるものであるかということを懇切丁寧に説明した。

「今回のテーマは最近なにかと話題の『アメリカ」です!」

「OH!」

「ははは。ちょうどサシャにふさわしいテーマだったな。ちゃんと聞いておけよ! そして自分でもよく考えるんだ!」

「OK! ええっと……」

「それでは、なにか浮かんだ方」

 司会者の呼びかけと共に回答者たちは次々と挙手をする。やっぱり事前にお題知ってるんじゃないのー? トップバッターは一番右に座る森屋かい平さんであった。

「えーアメリカの首都とかけまして、阿部寛主演映画・テルマエロマエと解きます」

「そのココロは?」

「どちらもニューヨーク(入浴)でございます」

「……かい平さん! アメリカの首都はニューヨークじゃないよ!」

「えっ? そうなの?」

「山田くん! 座布団一枚もっていって! 次どなたか!」

「ハイ!」

 ――われわれお笑い研究会のほうに会場中の視線が集まる。

 壇上のメンバーよりも早く、サシャが手を上げて大きな声で『整った』旨を宣言したからだ。

「あっ……」

 顔を真っ赤にするサシャ。どうやら勢いあまって言ってしまったものらしい。

 これに対して春爽さんは。

「ほおおお。これはこれは可愛らしい外国人の女の子が整ったみたいですね。では特別に答えていただきましょうか?」

 するとスタッフがマイクを持って客席に入ってきた。

「はい! 立ち上がってどうぞ!」

 マイクを握ったまま固まるサシャ。

 俺はその背中をポンと押してやった。

(早く言えよ!)

(う、うん! わかったデス!)

 サシャはすーっと息を吸い込むと――

「アメリカの大統領ロナルド・トリンクとかけましてウタマル師匠と解きます」

「そのココロは?」

「どちらもカツラ(桂)でございます」

 この回答に客席全体から拍手が巻き起こった。

「はい! 素晴らしい回答をありがとうございます! 座布団一枚あげてください」


 ――帰り道。

「いいないいな~。こんなことってあるんだな~」

 もらった座布団を抱えて歩くサシャを、都子がうらやましそうに見ている。

「ヨロしければ差しあげましょうか?」

「いや! それはあの場面で面白い回答を言ってみせたおまえのものだ! 悔しいが大した奴だサシャは!」

 俺も都子に同感である。なので、

「サシャ。最近のおまえのお笑い能力の上昇っぷりはすごいな」

 と言ってやった。するとサシャは目をまん丸くする。

「え! 珍しい。昌太郎が人をホメるなんて!」

「そんなこともないだろ……」

「あっゴメン。そうだね。よくほめてくれるね。アリガトです」

 サシャは照れくさそうに座布団に顔をうずめた。

「それにしても。なぞかけっていうのは面白いものですね。アメリカンジョークにも『リドルジョーク』という近い構造のものがありますよ」

「そうなのか?」

「ええ。アメリカンジョークに似たものが日本にもあるなんて。なんだかウレしくなります」

 サシャはにっこり笑って座布団に頬ずりした。

 ――それはともかくとして。

 そろそろ例のミッションを開始する時間である。俺と淳、都子の三人は目配せをした。

(いいな?)

(OK?)

 ――話を切り出すのは淳。

「そんなに気に入ったならさ。このあと暇? まだ夕方だしさ、部室に行ってみんなでなぞかけ大会でもしない?」

 うむ。見事な話のもっていき方だ。

「いいデスね!」

 ここまでは簡単だ。しかし。ここからはちょっと強引にいくしかない。

「ああでも! そういえばボクちょっとデパート寄らないといけないんだった!」

「えっ?」

「私も合気道部のほうの用事が!」

「俺もおかんと待ち合わせしてるんだった!」

「へっ!?」

「「「だから先に行っててくれ」」」

「ええええええ! なんデスかそれ!」

 俺たちはサシャをおいてマッハのスピードで駆け出した。

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