第15話 地獄のお笑い合宿 四日目
――合宿四日目。
五日目は起きたらすぐに下山する予定なので実質最終日である。
二日目、三日目とほとんどコテージとその周辺にしかいなかったが、本日は少し遠出をすることにした。
「おっ。ようやく着いたみたいだよ」
「OH! アレが倍王テンプルデスか?」
歩くこと三十分。われわれが到着したのは倍王寺。
なんか有名らしい小塔斎とかいうお坊さんが建てたとされる、修行のための寺だとか。
決して広くはない木造の平屋が山の中にポンと置かれている。
「うーむ。風情があるな。心が洗われるようだ」と都子。
……見る人がみればそうらしいが、ぶっちゃけ俺にはボロい寺としか感じられない。
「さて。じゃあここで修行をつけてもらおうか」
淳はにっこりと微笑みながら俺たちを先導した。
我々が行った修行はおそらく皆が「寺で修行」と聞いて連想するのと同じものであろう。
――ビシ!
「Auch! イタイ! ジーザス!」
お経を聞きながら座禅を組んで、体制が崩れると『警策』といわれる平べったい木製のくつべらみたいなヤツで肩を叩かれるというもの。
けっこう容赦なくぶったたかれるのでフツーに痛い。
俺はチラチラ目を開いて他の三人の様子を伺っていた。都子はさすがに落ち着いたもので、さきほどから一度も叩かれていない。淳もけっこう姿勢がよく、叩かれたのは一回か二回くらいだろうか。
それに対してサシャは。
「ガッデーム! そんな強く叩かなくてもいいじゃないデスか!」
ビシバシとぶっ叩かれまくっていた。そのたびにおおげさに前方につんのめり、お坊さんに対して悪態をついている。その様子に俺は笑いをこらえるので必死――というか何回も笑ってしまい、まとめてぶっ叩かれていた。まるでガキの使いの大晦日スペシャルである。
「そんなに強くやったら天罰がくだりますヨ! こんなジョークをご存じない!?
牧師と荒くれ男がゴルフをしていました。
荒くれ男はミスをするたびに叫びます。
『くそったれの神様め! ミスっちまった!』
牧師は『そんなことを言っていると天罰が下りますよ!』と注意しますが聞きません。
するとしばらくして。凄まじい音と共に雷が落ちました。その雷は荒くれではなく牧師の方に直撃。それからこんな声が天から聞こえてきました。
『クソったれ! ミスっちまった!』」
(つ、ツッコミてえ……)
「イテー! 今、骨にヒビ入りましたヨ! 訴訟デース! 訴訟大国ナメンナヨ!」
「アンギャーーーース! ああ今ので右肩イキました! サシャの右ピッチャーとしての選手生命は終わりデス! まあサシャ左利きだけど」
どうでもいいけど追い出されないのが不思議である。
――午前の部が終了。
我々修行者(?)たちは休憩室に通された。
「ねえー午後の部もやるんデスかー? ホントに? サシャたぶん死ぬデスよ?」
右肩を抑えながらブーたれる。
「なんであんなに叩かれるんだ? 一回死んだほうがいいんじゃないのか?」
などとヒドいことを言う都子。サシャは「イジワル!」と頬を膨らませる。
それを見て淳はケラケラと笑ってた。
「サシャちゃん面白すぎるよ。ボク、何回も噴き出しそうになっちゃった」
「俺は十回ぐらい噴き出したぞ。おまえのせいで肩が痛い」
サシャは深いため息をつく。
「でも。このままだとサシャ……サシャ……」
「おおげさだなあ。じゃあ練習でもしておく?」と淳。
「レンシュウ?」
「うん。ボクがお経を唱える役やるからさ。都子ちゃんが叩く役やってよ」
「エッ? お経を読む? アッチャンが?」
淳はなんと両手を合わせてお経を読み始めた。恐らく先ほど聞いていたお経と同じものであろう。
「すげえ!」
他の修行者たちも淳を見て驚きの声を上げた。
「WAO! スゴイ! じゃあちょっくらプラクティスしましょう! 都子チャンもオナシャス!」
「ああ。いいけど。道具はないから手ではたくんでもいいか?」
「オフコース」
サシャはそういって目を閉じた。
……そして三秒ももたずに体勢を大きく崩した。
その瞬間。
「喝!!!!!!」
都子の大きく振りかぶった手刀がサシャの右肩に強烈に突き刺さった。
その異常なキレと無駄なかっこよさ!
サシャはうつぶせにぶっ倒れて叫んだ。
「コロス気か!」
淳や他の修行者、さらには様子を見に来ていたお坊さんたちまでが笑っていた。
――その瞬間。
「これだあああああああああああ!!!!」
俺の脳内にあった混沌としたものが一気に形を成した。俺はカバンからネタ帳を取り出し、
「うおおおおおおおおお!」
咆哮しながら一気に記述を始めた。
ページがすさまじい勢いで埋まっていく。
「あの。そろそろ午後の部が始まるのですが……」
「うるせえ! あとだあとだ! あとで何発でも叩かせてやるから今はこれを書かせろ!」
「そんな、お寺をSMクラブみたいに……」
俺はなんども書き直しながらネタを書き続け、完成したのはもう修行の午後の部もとっくに終わり、夕日が出始めたころであった。
そして合宿最後の夜。
都子が釣ったニジマスと寺からもらってきたお米を用いて、料理上手な淳が『焼きニジマスのほぐし丼』というものを作ってくれた。例によって炎を囲みながらそれを食す。
食べながら俺の書いた台本をみんなで回し読みにする。
まずは都子に感想を聞いてみた。
「ど、どうかな都子」
「うん。面白いと思う。思うけど……かなりアドリブの部分が多いな」
脚本の『※アドリブ』などと書かれた部分を指さす。
「そうだな。いろいろセリフやト書きを考えたりもしたんだけど、結局、みんなに任せるのが一番面白いと思って」
「なるほど。難しいかもしれないが頑張ってみる」
「頼んだぞ!」
そういってガッチリと握手を交わした。
「それと。ありがとうな」都子がなぜか俺にお礼を言う。
「なにが?」
「今回、私はアクションだけでセリフなしの役。配慮してくれたんだろう?」
「ああ。まあな」
「でも。その弱点もきっと克服して見せるからな」
などと妙に色っぽい目で見つめてくる。
俺は恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
「淳。おまえはどう思う?」
彼はそう聞くや百点満点の笑顔で答えてくれた。
「最高! うまくいけば優勝も狙えるコントになる。ボクはそう確信したよ!」
「ありがとう! おまえは今回あまり目立たないわりには難しい役になっちまってごめんな」
「そんなことないよ。ボクお坊さんって好きなんだよね。セクシーでかっこいいじゃん。演じるのが楽しみ。それに。言ったでしょ。ボクはキミのためならどんな役でもやるって」
そういって淳は立ち上がって両手を広げる。
俺たちは熱い抱擁をかわした。都子がちょっとヒイていた。
――そして。
「サシャ」
彼女は珍しく難しい顔をして、うんうん唸りながら台本を読んでいた。
「どう思う?」
「うーーーーーん」
髪の毛をガシガシと掻きむしる。
「これってカナーーリ、サシャの責任が重大ですよネ?」
「そうだな。ぶっちゃけおまえが主役のコントだ」
「……出来るカナ?」
「俺はそう思ってるから、こういう台本を書いた」
「しかもアドリブばっかりデスね」
「大丈夫だよサシャちゃん。いつものサシャちゃんを見せてくれれば」
淳がフォローするといくらか安心した顔を見せる。
「……まあサシャにしかできない役ではあるな」と都子も不器用にサシャの背中を押す。
「都子チャン……わかりました! サシャ! チャレンジします!
キヨミズの舞台からダイブするつもりでやってこましマス!
こういうジョークがあります!
ジョージは一生に一度でいいからスカイダイビングに挑戦してえ! といってスカイスポーツクラブに入会、ヘリコプターに乗り込みました。
『ジョージ様! いよいよ降下地点に到着致しました! 一生に一度でいいからという悲願がかなうのです! 準備はよろしいですか?』
とインストラクター。ジョージは武者震いしながら答えました。
『ああ。OKだよ。それじゃあパラシュートを準備してくれ』
するとなぜか――
『HAHAHA! なにをおっしゃるのですかジョージ様!』
インストラクターは高笑い。そしてこのように述べた。
『一生に一度なのですから。パラシュートなんていらないでしょう?』」
「……わかったから死なないでくれよな」
「とにかく! 本番まであと五日! 頑張って稽古していきマショウ!」
サシャに部長の俺が言うべきセリフを取られてしまった。
「そして! この素晴らしい台本を書いてくれたショータローを胴上げデス!」
「はあ!? いくらなんだってそれは気が早……おい! 炎の上でやるな! あっつ! 背中! 背中が炙られる!」
こうして地獄のお笑い合宿は終了した。
俺を空中にほおり投げる三人は、皆イキイキとした表情をしていた。
きっとそれぞれに充実した時間を過ごすことができたのであろう。それはいいが。
「おい! マジで怖いって! 落すなよ! 絶対に落とすなよ!」
「OH! ザッツジャパニーズ・ダチョウCLUB! それは落とせという意味デスね!」
都子に右手一本で俺の全体重を支える腕力が無ければあわや大惨事というところであった。
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