第14話 地獄のお笑い合宿 三日目
合宿三日目。
朝食を山菜サラダで軽く済ませ、今日も特訓が始まる。
本日の特訓プロデューサーは俺だ。
「よーし。じゃあみんなまずはこの基本の動きを覚えてくれ」
四人は揃って、俺が用意したヒラヒラした真っ赤なドレスを着ていた。
都子はセクシーで美しく、サシャは人形のように可愛い、そして淳は倒錯的で非常にイケない感じがする。同じ服でも着る人によってこうも印象が変わるものかと驚かされる。
――それはともかく。
「それじゃあミュージックスタート!」
ラジカセの再生ボタンをプッシュ。情熱的でムーディーな音楽が流れる。
俺はそれに合わせて踊り始めた。
「これは……フラメンコ?」
踊りは一分程度の短いもの。そろそろフィニッシュだ。
「オレィ!」
俺は手をパンパンと叩くとポーズを決めた。
「……これがお笑いと一体なんの関係があるんデスか?」
「というかなぜ昌太郎はこんなものを踊れるのだ」
サシャと都子の疑問に答える。
「ダウンタウン松本人志の著書『遺書』によると、松っちゃんが在籍した当時の吉本の養成所ではフラメンコを習ったんだそうだ。それで俺も最近通信教育でフラメンコを習い始めた」
「……たまにショータローの部屋から変な音楽が聞こえると思ったら、ソレだったんデスね」
「ねえ、その松っちゃんの本ならボクも読んだけど、『フラメンコなんて習ったってなんのイミもねーよ!』って書いてなかった?」
「そうだっけ? まあとにかく。あの天才がやっていたっていうんだから真似してみる価値はあるだろう。みんなでやってみよう! ますはサシャから!」
サシャはグダグダのステップでグルグル回転しながら、最後のオレィのところで盛大にすっころんだ。
「おまえお笑いIQゼロか! もういい! 次は都子!」
都子なら或いはと思ったが、サシャと大差なく、最後には同じくすっころんでいた。
「この上履き野郎! 次! 淳!」
「オッケ~」
淳が緩い返事とともに踊り始める。その踊りは――
「おお!」
「イッツファンタスティック!」
動作のひとつひとつがキビキビして美しく、ステップも完璧。それになによりもその自然で明るい笑顔が素晴らしい。
「オレィ!」
最後の締めも完璧。正直申し上げて俺のものより数段レベルが上だった。
「すげーじゃねえか! もしかしてどっかで習ってた?」
「いや。一応バレエはやってたけど。なんかこういうのって一回でできちゃうんだよね」
そういえば。こいつは漫才のセリフも一発で覚えてしまい、しかもほとんど文句のつけようもない演技を見せてくれるんだっけ。最初は驚いたが今では当たり前に思ってしまっていた。
(当たり前なわけないよなあ……)
心臓がチクりと痛んだ。
(こいつの才能をもしかして俺が――)
俺が少々考え事をしていると、淳がどうしたの? と尋ねてきた。
……ので。無理やり邪念を振り払った。
「よ、よし! じゃあサシャ! 都子! おまえらもなんとか今のステップをできるようになれ! それから本番を始めるからな」
サシャと都子はブーブー文句を言いながらも練習に付き合ってくれた。
正午を回るころにはサシャと都子もなんとか踊れるようになっていた。
昼休憩を挟んでいよいよ本番開始だ。
「いいか。これから、フラメンコ・リズム・大喜利を始めるぞ!」
そろってなんだそりゃという表情を浮かべる。
「午前中教えたステップを踊ってから、最後の部分だけ、ポーズと「オレィ」のセリフを別のものに変えて笑いを取るんだ」
三人とも腑に落ちない顔。
「まあ一種のリズムネタみたいなもんだな。リズムネタの人気は今でも根強いし、全部リズムじゃないにしても、リズム的なものを取り入れてる人はいっぱいいるからな。さあまずはサシャから」
「なんでいつもサシャがトップなのー?」
「なんだそのアメリカ人らしからぬ消極性は! いいから始めるぞ!」
そういってラジカセの再生ボタンを押した。
サシャはぐちゃぐちゃなリズムでステップを踏んだ後、最後の部分で、
「自由の女神!」
と叫び、右手を高く上げて左手を胸において見せた。
「な、なんか思ったよりは一応完成していて中途半端に面白くない! それにステップもぐちゃぐちゃ! 七十五点!」
「ハハハ。けなすわりにけっこう点数高いね」
「笑ってんじゃねえ! 次はおまえだぞ淳!」
淳は完璧なステップを見せ付けた後、
「大仏!」
と叫びながら地面に胡坐をかき、アルカイックスマイルを見せつけた。
「パクリだからダメ! 笑顔もゲロ怖い! 七十八点!」
淳は怒られたくせにゲラゲラ笑っていた。
「次! 都子!」
都子はたどたどしいステップを踏んだ後、
「犬神家の一族!」
川の中にさかさまに頭を突っ込んで両足を広げて見せた。
「頑張りすぎてて引くわ! 面白いというより怖い! 八十五点!」
淳はそれを聞いて「点数たけー」などと大笑いしていた。
まったく変なヤツである。
三日目はなかなか有意義な時間を過ごすことができた。――と思いたい。
そしてその日の深夜。
(ん……)
コテージにて。見張りの交代の時間より二十分も早く目が覚めてしまった。
(ふあああ。今見張ってるのは淳か。早めに代わってやるかな。あいつ体弱いし)
俺はカーディガンを羽織ると部屋を出た。
コテージそばの広場では、淳が女の子座りをしてスマートホンをいじっていた。
「あっ。昌太郎」
俺の名前を呼んで笑顔で振りかえる。なんという女の子っぽい笑顔だろうか。それにこのマカロンみたいに柔らかい色合いのピンクジャージ。完全に男のチョイスではない。
「どうしたの?」
「あっいや。目ぇ覚めちゃったから、見張り代わってやろうかと思って」
「ありがとう。でもそれは悪いよ」
「遠慮すんなよ。ここ寒いだろう?」
「うーん。じゃあそうだ。時間までここで一緒に待つってのはどう? そうすればあったかいじゃん」
まあいいか。と俺は淳のとなりに腰を下ろした。
するとぴったりと体をくっつけてくる。
苦笑しながらも頭をなでてやると、幸せそうな笑顔を俺に向けてくれた。
確かにこの様子はハタから見ていたら、HGとRG以外のなにものでもないかもしれない。
「なんだか――」
淳がポツリと呟く。
「こうしてキミのぬくもりを感じていると、初めて会ったときのことを思い出すね」
「懐かしいな。そういえばさ。今までちゃんと聞いたことなかったかな? あのときなんでおまえはあんなところにいたんだ?」
俺と淳との出会いは小学校一年生のとき。大雨の日だった。
「ああ。アレはね――」
俺は河川敷公園の橋の下で、やたらと愛らしい顔をした少年が喘息を起こしているところを発見した。
「あのころはウチの両親が経営方針だかなんだかわからないけど、毎日、喧嘩ばっかりしていてね。それで、もう二度と家には帰らないと思って歩いてたんだ。要するに家出だね」
「その頃から感情高ぶるとなにすっかわからん性格だったんだな」
七歳の子供にも、少年が危険な状態だということは一目でわかった。俺はそいつを必死で担ぎ、病院に連れて行った。彼は一命を取り留めた。
「あのときの昌太郎。かっこよかったなあ」
そしておよそ一ヵ月後、その少年が自分や都子が通っていた小学校に転校してきたことには驚愕させられた。
少年は都子ともすぐに打ち解け、それ以来俺たちはずっと一緒だった。
「あの事件のあとから、パパとママはほとんどケンカをしなくなって、ボクもワガママ言いたい放題になっちゃった。小学校も転校させてもらったし、高校もほんとうは代々行くことが決まってる学校があったんだけど、好きなところに行かせてもらっちゃった。それだけインパクトがあったんだろうね」
などと淳は笑いながら話す。だが俺は。
「ごめんな淳」
とポツリ漏らした。
「な、なにが?」
淳は困惑を顔に浮かべた。
「今日気づいた――いや。前から気づいてたんだけど。おまえは間違いなく才能があるよ。お笑い――というより役者全般かな? どんな役でも一発で肝をつかみ、セリフも完璧に覚えてすばらしい演技をしてくれる。こんなヤツはどんな一流芸能人の中にもいないかもしれねえ。――それが」
「……昌太郎」
「それが俺なんかと組んでいるばっかりにその才能をつぶしちまってるんじゃないかって――。いつも汚れ役みたいなことばっかりやらせちまって、毎回滑り倒して。おまえが喋っている部分は結構ウケてるのにな」
淳は沈黙する。
「おまえだってお笑いが好きだろう? 見ていればわかるよ」
鈴虫が鳴く声がやけに耳につく。
「だから。おまえは他のヤツと――」
その瞬間。淳は両手で俺の口をふさいだ。
「もごごごごごごごご!」
「バカだなあ昌太郎は。ボクそういうこと言うと本気で怒るよ?」
そういって両手に力をこめた。
ものすげー苦しい。
「ボクがお笑いを好きになったのは、昌太郎が教えてくれたから。お笑いが楽しいのは昌太郎と一緒だから。お笑いをしているのは昌太郎のため」
なにか言いたいが声を出すことができない。
「僕はキミのためだったらなんでもしてあげたいんだ。キミが好きだから。汚れ役なんていくらでもできるよ。これっておかしいかな?」
そういって俺の口を開放した。
「はあはあはあはあ………………おめーけっこう力あるじゃねえか。死ぬかと思った」
「これでも男の子だからね」
「でも。おまえは本当に女の子っぽいな。見た目だけじゃなくてさ、その好きな人にどこまでも尽くしたいっていう発想が女の子そのものだ」
「そう? よくわからないけど、ボクはふつーに男の子だよ。エッチなマンガとかも見るし」
「それは初耳だ。今度貸せよな」
「それに」
そう言って淳は満天の星空を見上げた。
「本当にお笑いの才能があるのはキミのほうだよ」
「ハアア??」
思わず声が裏返る。
「なんていうか、キミはもっと素の魅力をステージで出したほうがいいんじゃないかな?」
「俺の魅力? そんなものあるのか?」
俺以外の三人には間違いなくそれがある。だが。俺の魅力とは。
「うん。キミの最大の魅力はねえ。素のツッコミだと思うな」
「素のツッコミ……?」
「うん。サシャちゃんが来てから気づいたんだけどね、君の素のツッコミ、普段日常会話でサシャちゃんや僕たちがすっとこどっこいなことを言ったときのツッコミ。すっごくイイなと思って」
――考えたこともなかった。
「食堂での会話がいつも楽しくて楽しくて。サシャちゃんに『おまえ母親のそっくりさんになりそうだな』とか言ったヤツとかすごいツボに入ったなァ」
「……そう言えばそんなこと言った気がする。よく覚えてるな」
「今日のフラメンコのときのツッコミも素晴らしかった! ボクずっと笑ってたもん。だから。あんまり気張らずに普段の自分の言葉でツッこめばいいんじゃないかな。バンジーツッコミもボクは好きだけどね。一般受けするのはそっちじゃないかな?」
このとき。俺の頭の中に、なにかがそこから産まれそうな、混沌のようなものが発生した。
「そろそろ交代の時間かな? 明日はボクが考えた修行だから楽しみにしててね」
そういって淳はコテージに帰っていった。
――見張りの時間中ずっと。俺は周囲になんの注意も払わず、空を見上げながら頭の中を整理していた。もしこのときに熊が出ていたら、いいお夜食になっていたことだろう。
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