第13話 地獄のお笑い合宿 二日目

 ――合宿二日目。

 この日も天気は快晴。コテージに差し込む爽やかな木漏れ日で目を覚ました。

 寝起きの悪い都子とサシャを起こすのに少々手間取ったが、朝飯を食べて早速修行を開始。

 本日の指導担当の都子が一同に指示を出す。

「衣装を用意してあるから着替えるように。先に女子組、私とサシャと淳が着替えるから、昌太郎は外に出ていろ」

 ナチュラルに人の性別を間違える都子。こいつも大概天然である。


 衣装と聞いて少々いやな予感がしていたが、今回は杞憂であった。われわれに用意された衣装は剣道で着るような白と黒の袴。

「おお。いいじゃんみんな」

 都子が死ぬほど似合ってかっこいいのはもちろんのこと、サシャの金髪+ぶかぶかの袴も大変よいギャップをかもし出していた。淳の袴姿も時代劇に出てくる少年剣士のようでかわいらしいことこの上ない。ただし。大変弱そうである。

「全員着替えたな? じゃあこれを持て」

 そういって都子がわれわれに手渡したのは――

「ひっ!?」

「OH! ジャパニーズサムライソード! デビルブレード・マサムネ!」

「こ、これで殺し合いを……!?」

 見事な日本刀だった。鞘から抜いてみると、刀身が陽の光を浴びて銀色に輝く。

「馬鹿。模造刀に決まっているだろう。時代劇なんかでも使われるジェラルミン製のものだ」

 言われてみれば、持ち上げてみてもそれほど重くはないし、刀身にも「刃」はついていない。

「どうやってこんなもん入手したんだ?」

「実は……父のツテでたまに時代劇にエキストラ、というか斬られ役で出演してるんだ。その筋で貸してもらってきた」

 こいつはどれだけ多彩なのだろう。落語以外のすべてが得意なのではないか。

「今回はこれを使って『殺陣』の修行をするぞ! まあもちろん一朝一夕で身につくようなものではないが、できるかぎりのことは教える! さあ始めよう!」


 ――コテージ前の広場に都子の怒声が響く。

「コラァ! なんだそのへっぴり腰は! そんなんで人が殺せると思っているのか!?」

 都子による特訓は大変に厳しいものであった。

 汗が大量に噴き出し、背中全体を濡らす。

「サシャ! 全然違うぞ! ……仕方ない。もう一度だけ見せてやる」

 そういって都子は上段切り、中段突き、袈裟切り、切り上げの連続攻撃を放ったのち、鞘に刀を納めた。豪快さと美しさを兼ね備えた、惚れ惚れするような見事な剣さばきである。

「さあサシャ! もう一回やってみろ!」

 サシャはどたどたした怪しいステップで前に出ると、頭の上で刀を三回ぐらいプラプラさせ、刀身を鞘に納める。そして見事にすっころんだ。

「たわけーーーー!」

 都子のきょうびあんまりきかない罵倒の言葉がひびく。

 サシャは子供みたいにほっぺたを膨らませた。

「こ、こんなのナンの役にたつんデスか!」

「馬鹿もの。あらゆる芸能において「所作」の美しさは極めて重要だ。お笑い芸人だって例外ではないぞ。一流のものはみな、本人は無自覚でも美しい所作をしているものだ」

 なるほど確かにそのとおりかもしれない。それに都子の落語だって、声こそ聞こえないものの、その身振り手振りや扇子などの小道具の使いかたは見事なものである。

 サシャはそんなもんデスかねえ。などと言いつつ、袴の尻についた土を払って立ち上がった。

「まあまあサシャ。とりあえずやってみよう。なんでも芸のこやしっていうだろ?」

「ハーーーイ」

「淳は大丈夫か? 疲れたら休めよ」

「うん。ありがとう。でもまだ大丈夫。なんか楽しくなってきたし」

 そういって刀をプラプラと振ってみせた。

「うん。淳は筋がいいぞ。動き自体はよくできている。ただこの刀は少々重かったかな?」

「あっ! ずるい! アッチャンばっかりヒイキして!」

「ヒイキされたかったら、ちょっとはやる気を見せろ! さあ! 続きいくぞ!」


 ――その後。昼食休憩を挟んで、特訓は十五時ごろまで続いた。

「よーし! じゃあ次の動きだ!」

「あの……都子……さん……」

 俺はぜえぜえと荒い息をつきながら都子に進言する。

「そろそろ終わりにしないか……?」

「なぜ? まだやれるだろう」

「その、日が落ちる前に食料を探しに行かないと」

「……あっ。そっか」

 都子は少し頬を赤く染めながら、刀を鞘に納めた。

「これ以上やってると、その体力もなくなりそうだしね」

「よし! じゃあ俺と淳は山で山菜集め! 都子とサシャは川で魚釣り!」

「なんだかモモタローみたいデスね」


 ――そして。夜十九時に晩餐会が開始された。

 コテージ前の広場で火を起こしてそれを囲む。さながらキャンプである。

 メニューは都子とサシャが釣ってくれた、ニジマス、ヤマメ、イワナ。

 それから俺と淳が取ってきた、ゼンマイ、ワラビ、アケビなどである。

「なかなか豪勢だな」

 魚の焼けた香りが大変食欲をそそる。たぶんウチの母であればビール飲みてえ! と喚き散らすであろう。

「みんなスマン! 私のせいでこんなことに!」

「……OH! ディスイズジャパニーズ・ドゲザ!」

 都子が三人に対して深々と頭を下げた。

 今回、食材集めをすることが必要になってしまったのは、都子が食料の缶詰をほとんど食べてしまったからである。

「いいよいいよー全然。ボクはもともとそのつもりだったし」

 淳は火に薪を足しながらにっこり微笑む。

「都子チャン、食材集めで大活躍してましたしネ。途中からツリザオとか使わずに素手のカラテチョップでいってましたモン。あれはヒグマがサーモンを取る動きでした」

「それにこのニジマスめちゃくちゃうめーぜ。都子も食べてみろよ」

「……みんな。優しいな。ごめんね。昼間は馬鹿とか阿呆とかたわけとか」

 なとと半泣きでおっしゃりながら、俺があげたニジマスを豪快に口に含んだ。

「ともかく。今日はなかなか有意義な特訓ができたな。明日は部長のこの俺が考えた地獄のトレーニングを行うから心しておくように」

「どんなヤツデスか?」

「それは当日のお楽しみだ。あの天才芸人もやっていたというスーパートレーニング。とだけ言っておこう」

 三人は顔を見合わせて怪訝な表情をしてみせた。


 ――そしてその日の深夜。

「う~ん。あともうちょっとで浮かびそうなんだがなあ」

 俺はコテージの外で見張りをしながら、『HS-1』用のネタを考えていた。

 方針は少しだけ見えてきたが、ネタ帳はまだ真っ白な状態だ。

 そこへ。

「昌太郎……」

 浴衣姿の都子がやってきた。

 その姿に思わず少々胸が高鳴る。これは彼女が普段から寝巻きにしている、ベージュ色のなんてことのない地味な浴衣だ。しかし問題はその着こなし。胸が大きすぎるせいで前が若干開き気味になり、鎖骨が丸見えで肩も見えかかっている状態であった。谷間までは見えてない所が逆にエロであると俺は分析する。

「?? どうした昌太郎?」

「いや、なんでもない……。都子こそどうした? まだ交代の時間には早いぞ」

 都子はその質問には答えず、俺の手元を指さして逆に質問を返してきた。

「それ……ネタ帳か?」

「ん? ああそうだ」

「HS-1用のネタを考えていたのか? じゃあ邪魔して悪かった……」

「いやいいよ。煮詰まってたところだし。なんとなく方針は決まったんだけどなァ」

 都子は俺のとなりにそっと座った。

「どんな方針だ?」

「いや。都子の「殺陣」を活かしたコントにしようかと思って」

「私の!?」

「ああ。おまえが今回見せてくれた剣さばき。思わず見とれるぐらいカッコよくて美しい動きだった。あれをうまく使えば笑いに――」

 すると都子はデュクシデュクシ! と俺の右肩に掌底を入れてくる。

「二人っきりのときにそんな恥ずかしいことを言うなーーー!」

 本人は軽くたたいているつもりなのだろうが、しっかり腰が入っていて大変痛い。ホントにやめてくださいと懇願したらやめてくれた。

「しかし。私のアレがどうやったら笑いにつながるんだ?」

「笑いっていうのは「緊張」と「緩和」だからな。あのキレキレの動きで「緊張」を醸し出して、そのあとにオチをつけて「緩和」させると面白くなるわけだ。あとはムダにキレキレな動きでコミカルなことや無駄なことをやったりな。そういう芸風の芸人はよくいるだろう?」

 都子は眉を八の字にして首をひねった。

「面白いっていうことで言えばサシャの動きのほうがよっぽど面白かったような気がするが」

「ははは。確かにあのヘッポコな動きは面白かったな。特に斬られたあとのリアクションの珍妙さときたら」

 俺たちはしばらく二人して思い出し笑いに花を咲かせた。

 それから。

「あっそうだ都子。なんか用事があったんじゃないのか?」

「そうだ。忘れていた」

 都子は浴衣の胸元に手を突っ込み、紙片を取り出す。

 ――一瞬、丸見えになった。

 サシャが都子のことを『ナチュラル無自覚スキだらけ淫乱ガール』などと称していたが、確かにその傾向はある。

「実は合宿の前に作っていてな。久しぶりに聞いて欲しくて……」

「おお。新作落語か。いいよ。聞きたい聞きたい」

「ありがとう。おまえだけだからな。そう言ってくれるのは」

 都子は落語を演るだけでなく、新作落語を作るということも行っている。

 しかし、それを読むとなると舞台どころか練習ですらまともに声が出ないので――

「もっと近くに行っていいか」

「あ、ああ」

 俺の耳元でささやくようにして発表するのが昔からの習慣である。よく親に見つかって、なにかエロいことをしていると勘違いされたものだ。母が俺と都子が付き合っていると勘違いしているのはこのためである。

(この感じ。結構久しぶりだ。子供の頃を思いだす)

 なにか懐かしいような匂いがする。本人には言わないが、都子ってぴったり近くにいると、柔らかい女の子の匂いと一緒に畳のいぐさの香りがする。俺はそれがけっこう好きだ。

「えー。黒船の来航以来、外国人との付き合いってものは避けて通ることはできませんが、これはちょっと一筋縄ではいかないことでございまして――」

 都子のささやき声と、鈴虫の泣く声が耳に心地よかった。


「ど、どうだった? 初めてだったけど、うまくできていたか?」

 噺が終わったのち。都子がなんとなくエロいセリフを俺に投げかけた。

 俺はお世辞抜きに――

「すごく面白かったよ、今までの中でも一番よかったんじゃないのか?」と感想を伝えた。

「本当か!?」

 都子は一点の曇りもない無邪気な笑顔を俺に向けてくれた。

「ああ。もちろん本当だよ」

 こちらも思わず笑顔になる。彼女のことは幼稚園に入る前から知っているが、この笑顔だけはそのころとなにひとつ変わっていないように思う。

「おまえはこれが舞台でできればなあ」

 そういうと、途端にしゅんとなってしまった。

 ちょっと無神経なことを言ってしまったと反省しつつも「なにか理由があるのか?」と問う。

「……わからない。自分に自信がないのかも」

「うーん。なにかコンプレックス的なものがあるとか?」

「思い当たらない。強いて言えば胸が大きすぎることぐらい」

「ううむ……」俺は都子の顔をまじまじと見つめる。「おまえは成績も優秀だし、スポーツ、武道万能。性格もいいヤツでみんなに好かれてるもんなあ」

「うっ……そんなに絶賛されるほど立派な人間ではないが……」

「それに見た目もいい。普段はキリっとしててかっこいいけど、たまに見せる無邪気な顔はかわいいし」

 俺がそういうと彼女は「馬鹿ーーーーーーー!」などと叫びながら俺の体を頭上に持ち上げ、川に向かってほおり投げた。バシャーンという音が静かな夜の山に響く。

「――ブハッ! なにをするんだ!」

「おーまーえーはー! そうやって昔から私の心をもてあそんで!」

 都子は眉を般若のように吊り上げて、地団駄を踏んでいた。――と思ったら。

「はっ! 待てよ!?」

 突然動きを止めた。

「わかったかもしれない――私が落語ができない理由! 私のコンプレックスってこれか!? そうだこれなんだ!」

「み、みやこちゃん?」

「よし! そうと決まれば! まずサシャを殺す! それから一応淳も殺す! しかる後にじっくり昌太郎をしとめてやる!」

「都子!?!?」

 よくわからないうちに合宿二日目の夜は更けていった。

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