第10話 春休みのご予定は?

 それからあっという間におよそ一ヶ月が過ぎた。今日は三月十五日。

 サシャのホームステイにより生活は激変したものの、良くも悪くもさほど大きな事件はなく、案外平和な日々を過ごしていた。

「おーい。早く起きろ昌太郎。遅刻するぞ」

 あと変わったことがもうひとつ。都子が毎朝俺を起こしに来るようになった。

 別の部屋で寝ていることを確認するために、とのことだ。わざわざご苦労なことだが、まァ俺の家まで徒歩一分という立地条件だからできることであろう。

 俺はちょっと遊びたくて「うーん。あと五分」などとベタなことを呟いてみた。すると。

「はあっ!」

 都子は俺の右手首を握ると、クルっと体を回転させ俺の体を空気のように持ち上げて、ソファーに叩きつけて見せた。たぶんコレは合気道の技術であろう。

「いててて……くそう……もっと優しく起こしてくれるかと思ったのに。それこそがベタな幼馴染み像だろう」

「マンガの読み過ぎだ。さあ早く。……んん??」

 なぜか都子の顔が火がついたように赤くなる。

「あ……」

 ベタで申し訳ないが、俺の股間に朝独特の生理現象が発生しているのを発見したようだ。

 都子はなぜかその前に跪き、

「その……こういう場合は……私が鎮めないとダメなのか?」

「んなわけあるか! おまえこそエロ小説かなんかの読みすぎだ!」

 などと騒いでいると。

「ウルサイですねえ。朝からなにをチチクリあっているんデスか?」

 とサシャの声が聞こえてきた。部屋に入ってくる。

「って! サシャ! 貴様! なんで裸なんだ!」

「朝シャンしてたからですよ。ってゆーかバスタオル巻いてるじゃないデスか」

「いいからさっさと服を着ろバカ!」

 そういうと都子は消防士が救助した人を運ぶが如く、サシャを肩に担ぎ部屋を出ていった。

「ふう。朝から騒がしかったなあ。それにしてもサシャのバスタオル姿……」

 ――もうしばらく待って事態が沈静化してからリビングに降りよう。

 そう思って部屋で待機していると。

「おはよー! 昌太郎! アレ? どうしちゃったのそれ。ボクが鎮めようか?」

 淳まで現れた。ちなみに淳の家から俺の家までは徒歩三分ほど。

 ああ。頼むよ。口でやってくれ。とノッテやろうかと思ったのだが、こいつならマジでやりそうな気がしたのでやめておいた。名実と共に西町川のHGとRGになりたいわけではない。

 階下からはジャパニーズホワイトハウスから移住してきた犬たちのワンワン!(エサ寄越せ!)という泣き声がする。


 その日は四人揃って登校した。

 グループ交際? 昌太郎のホモ含むハーレム? ホモとそれを間近で見たい腐女子二人?

 などと色んな噂を立てられているが、まあそれはそれとして。

「じゃあ次の問題行くぞー」

 サシャの日本の学校への順応ぶりは素晴らしいものがあった。

「この『K』のセリフで作者が表現したかったことはなにか。トリンク。答えてみろ」

「ハイ! えーっとここでソーセキさんが言いたかったことは――」

 最初の内はさすがに苦労していた国語の授業も今ではほぼ問題なし。

 現代文だけではなく。古文や漢文もOK。ぶっちゃけ俺よりできる。

 その他の科目についても、英語はもちろんのこと、理系科目や歴史の授業でも素晴らしい実力を発揮。期末試験では相当な好成績を残すのではないかと言われている。

 ――さらに。


「はあああああああ!」

「MOTHER FUCKER!」

 女子柔道の授業に多くの見物人が集まっていた。

 都子VSサシャの頂上決戦が行われているからだ。

「すげえ……! 都子ちゃんと互角に戦える人なんて初めてみたよ」

「なんでもアメリカで護身術を習っていたってことらしいけど」

 都子は強烈な踏み込みから大外刈りをしかけようとする。

 が。サシャはうまく自分の体を旋回させ攻撃を凌ぐ。

 そして。

「CHANCE!」

「――しまった!」

 一瞬のスキをついてサシャが強引に大外刈り返し!

 しかし都子はなんとかこれを堪える! そして。

「うおおおおおおお!」

 そのスキをついて都子がジャンプ! 強引に腕に足をひっかけ、腕ひしぎ十字固めを決めた! まさかの飛びつき式腕十字である。

「ジーザス……!」

 サシャは軽く都子の体を叩いてギブアップの意思を表示する。

 都子は大きく安堵の溜息をつきながら技を解いた。

 両者立ち上がって一礼。サシャは都子に握手を求めた。

「さすが都子チャン。かっこいいです」

「おお! いいぞ!」

「負けても爽やかな笑顔!」

「かわいい!」

「よっ! アメリカンサムライ!」

 そんなわけで。サシャはすっかり日本の学校に馴染み、今や大変な人気者である。


 そして休み時間。

 食事の面でもサシャはすっかり日本に融け込みきっていた。

「ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ!」

 一度みんなで『華丸』に行ってからすっかりラーメンにはまり、以来そればっか食べている。

「すごいねー。欧米の人はそのラーメンすすって食べるの、うまくできないって聞くけど」

「にしてももうちょっと静かに食べられないのか?」

 ホームステイのおかげもあってか箸の使い方も完璧である。

「そういえば! こないだ昌太郎の家で見たラーメンズっていうコンビのDVD面白かったです。アッチャンと都子ちゃんは見たことアル?」

「ってゆうか。ラーメンばっかり食べてると太るぞ」

 俺がそうツッコムとさすがにピクっと反応した。

「そうデスね。都子チャンみたいに器用におっぱいだけ太れればいいんですけど」

 などと都子のトレイに置かれた大量のメシとムネを交互に見る。

「多分ムリですからね。じゃあ明日はカツドンにしようかな」

「いやカツ丼もアウトだろ。だって揚げたブタだぜ」

「ナンデ? トンカツってヘルシーなんじゃないの? カロリーは一一〇度以上の熱に耐えられないから揚げ物は全部ゼロカロリーだって、サンドウィッチマンの伊達チャンが言ってたじゃないデスか」

 ふむ。なかなか俺の日本のお笑い教育が進んできているようだ。

「まァしかし。アメリカの肥満問題も深刻ですが、日本人もラーメンみたいなものばかり食べていれば、その内同じ状況になりそうですね。そういえばこんなジョークがありますよ。『ウチのデブ女房がダイエットのために乗馬を始めたんだ』『ほう。それで効果はあったのかい』『十キロ痩せたよ。但し。馬の方がね』。HAHAHA!」

 俺はサシャのヒトゴトのような発言に鋭く突っ込む。

「おまえ。将来母親のそっくりさんになりそうだな」

「――ブッ!」

 淳はなんか知らないが、それがツボに入ったらしく口からお茶を噴出した。

「ショータロー! ママをバカにしないで下サイ!」

「じゃあ、ああいう風になりたいのか?」

「なりたくありまセン!」

「なら痩せろやこの豚!」

「ブッ! ハハハハハハハ!」

「そうか。いつもこんなにいっぱい食べるから胸がでかくなるのか……。食べ物減らせばムネ減るかな? でもお腹空くしなァ。それに私の唯一の武器を失うという気も……」

 まあなにせサシャが来てから、以前の数倍もやかましいったらない。


 そして放課後。

 例によって教室の机とホワイトボードを教室に運び込んで会議を始める。

「さーて始めましょうカ」

 本日会議をしようなどと言い出したのは俺ではなくサシャであった。

 彼女はご丁寧に伊達メガネまでしてホワイトボードの前に立っている。

「で? なんの話をしようって言うんだ?」

 サシャは度の入っていないメガネをくいっと直しながら俺の質問に答えた。

「春休みの予定についてデス!」

 ……そういえば。なにも考えていなかった。

「なにかサシャちゃんから提案があるってこと?」

「提案とかではありまセン! 強制イベントを設置させて頂きました!」

 そういうとサシャは鞄から大きなポスターのようなものを取り出してホワイトボードに勢いよく貼りつけた。

「そ、それは……!!!」

 ポスターには『第二十回 ハイスクール・ワン・グランプリ予選開催決定!』と書かれていた。

「みなさん。モチロンご存じですよね」

「知ってるけど……おまえまさか……」

 ハイスクール・ワン・グランプリ(略称HS-1)とは。ひとことで言えばお笑いの甲子園みたいものである。毎年春と秋に開催される高校生の学校対抗お笑い王者決定戦だ。

「これに出マスよーーーーー!」

 毎年春休み期間にRMNホールにて予選が開催され、勝ち抜いたものはゴールデンウィークに夕楽園ホールで行われる本戦に出場することができる。

「む、無茶苦茶なことを言うんじゃねえ!」

 予選は三月三十日~四月三日の五日間に渡って開催され、各日の上位三名にのみ本戦の出場資格が与えられる。

「なにがムチャクチャなんデスか!」

 本戦はインターネット中継もされるなどかなり大規模な大会で、お笑い好きの間では有名である。

「だっておまえ! 俺たちみたいなアレがそんなもんに出ても恥かくだけだろ!」

「そんなこと言ってたらいつまで経ってもアレなままデスよ! チャレンジが必要です!」

「だからっていきなりHS-1は――!」

「そ、そうだぞサシャ! 私なんてまだ客の前でしゃべれもしないのに! ――というか! もう多分申し込み期限過ぎてるんじゃないのか!?」

 それを聞いて俺は携帯で申し込み期限を確認した。

「都子の言うとおりだ! もうとっくに過ぎてるぞ!」

 するとサシャは天使のような悪魔のような微笑みを浮かべて、

「大丈夫デス! もうとっくに申し込みはしてありますから」

 俺と都子は絶望の叫び声を上げた。

「今まで黙っててごめんね。キャンセル不可になるまで待っていたんです」

 サシャがそう言った瞬間。

「サシャちゃん!!!」

 ずっと黙っていた淳が突然、机を拳で叩きながら立ち上がった。

 顔にはいつも笑顔の彼には珍しく真剣な表情――いや――怒りの表情を浮かべている。

「お、おい淳!」

 淳はサシャに近づき彼女を睨み付けた。

(ヤバイ……淳がキレた!)

 本当に感情が高ぶると一番なにをしでかすか分からないのが淳であるということを、俺も都子もよく知っている。サシャも顔に恐怖浮かべていた。俺たちは淳を止めようと立ち上がる。――しかし。

「サシャちゃん。ありがとう」

 淳はにっこりと微笑んでサシャにお礼の言葉を述べた。。

「HS-1。ボクたちにふさわしい最高の舞台だと思うよ。前々から思ってたんだ。ボクたちに一番足りないのは度胸だって。それを鍛える荒療治としてはこれ以上ないんじゃないかな?」

 そういってサシャの頭をそっと撫でる。

 俺は呆然と立ち尽くしその様子を見つめていた。

「昌太郎もそう思わない?」淳が俺の方を振り返り問う。

「淳……」

 俺は両手の拳を強く握りしめ、淳の問いに答えた。

「…………おまえの言う通り。まったく持ってその通りだ。俺たちに必要なのは失敗してもいいからデカイことに挑戦するキモッタマだよ」

 淳はそれを聞いて満足気に微笑んだ。

「そっか。都子ちゃんは」

 都子も顔に苦渋を浮かべながら答える。

「すまない。サシャ。本来自分たちで決断しなくちゃいけないことをおまえにやってもらってしまったな。……ありがとう」

 サシャは最高の笑顔で都子の方をポンポンと叩いた後、両手を振り上げて全力で叫んだ。

「ワレワレが出場するのは四月三日! それまでにできる限りのことをやりマショウ!」

 こうして。われわれお笑い研究会の春休みの予定は決定した。

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