第7話 お笑い研究会緊急会議
そして翌月曜日の放課後。
「ヨイショ……ヨイショ……」
我々お笑い研究会の『四人』は会議を行うため、自分たちの教室から机とイスを部室に運んでいた。なんと我が研究会にはそんな程度の備品すらないのだ! 小学生のときの掃除の時間とかによくやった、机の上にイスをひっくり返して乗せるあのやり方で廊下を歩く。
「淳。大丈夫か。ムリをしないほうがいい。私が運んでやろうか?」
「……いや。おまえはいくらなんでもそれ以上ムリだろ」
都子は左手で職員室から借りてきた会議用のホワイトボードを転がしながら、右手一本で机と椅子を持っていた。恐るべき怪力である。
「俺が持ってやるよ」
「昌太郎……ありがとう。そうしてくれると助かる」
淳は椅子と机を下ろすと額の汗をぬぐった。そして俺にそっと抱きついてきた。
「やめろよ……みんな見てるから……」
なんか甘いようないい匂いがして、ちょっとドキドキしてしまうのが誠に遺憾である。
「あっじゃあ椅子はサシャが運ぶデス」とサシャは淳の椅子を自分が運んでいる机に重ねた。
「ありがとうー。サシャちゃんホントいい娘」
そういって淳はサシャの頭を撫でる。彼女はネコみたいに目を細めた。
この二人はもうすっかり打ち解けた雰囲気である。
しかし都子は――
「フン。スプーンより重い物持ったことないから大変なんじゃないか? お姫様」
などと意地の悪いことをおっしゃる。それに対してサシャは。
「そんな都子チャンにこういうジョークを教えてあげマス。
Q 電球を交換するのに何人のポーランド人が必要?
A 一〇〇人。一人が電球を持って、九十九人が家を持って回すため」
「……どういう意味だ?」
「欧米人はそれくらい怪力ってことデス。だって家をたったの九十九人でグルグルまわしちゃうんですヨ?」
俺と淳はブッと噴き出して笑った。
都子はちょっと耳を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「はー。この二人の絡み面白い」
淳はそんな風に二人を評した。
ちなみに。さきほどのジョークの本来の意味は「ポーランド人はアホだから電球の替え方もわからん(電球の方を回せばいいだけということに気づかない)」というものであるらしい。失礼な話である。もっとも。ジョークの世界では色んな国の人たちが色んなレッテルを貼られ笑い物にされているので、ある意味平等ではあるが。
「ええ。それでは。第一回西町川高校お笑い研究会 チキチキ日本人に受けるジョークを考えよう! 会議を始めたいと思います」
ホワイトボードの前に立ち、マーカーを握るのは部長の俺。
ヒラ部員たち三人は机を横一列に並べて座っていた。
「じゃあこの間言ってた通り、サシャにいくつか手持ちのジョークを出してもらって、それについて講評をするという形で会議を進めたいと思います。それではサシャさんお願いします」
「YES!」
サシャは立ち上がり、大袈裟に身振り手振りをつけながらジョークを披露した。
二人のハンターが木の上にいたところ、一人が地面に落ちてしまいました。彼は呼吸が止まっており、白目を剥いています。
もう一人が救急隊に電話をかけてオペレーターにこう言いました。
『友人が死んでしまったかもしれない! どうすればいい!?』
オペレーターは落ち着いた声でこう答えました。
「大丈夫です。まず、彼が本当に死んでいるかどうかを確実にしましょう」
一瞬の静寂の後、バン!
オペレーターの耳に一発の銃声が響きました。
そしてハンターは言いました。「OK! それから、どうすればいい?」
それに対してまず反応を示したのは淳だった。
「そのジョークは僕も知ってるよ。確か『世界一笑えるジョーク』に選ばれたものだよね?」
「ソーですソーです」
二人によるとこのジョークはハートフォード大学が七十ヶ国からおよそ四〇〇〇〇ものジョークを集め、それに対し二百万人がインターネット投票を行い、見事一位に選ばれたジョークであるそうだ。
「うーむ……」
都子は紋付の袖で口元を隠しながら唸り声を上げた。
「どうしたデスか?」
「すまん。なにが面白いのかわからん。別にバカにしているわけじゃなくて、単純にどういう意味かがわからんのだ」
「そうか。じゃあサシャ。解説してあげてくれ」
「えっ!?」サシャは目を見開いて頬を染めた。
「自分で言ったジョークの面白さを自分で解説するっていうのも……」
なるほどこういう感覚は万国共通らしい。
「じゃあ淳」
そういうと淳はイタズラっぽく笑った。
「昌太郎はわからなかったの?」
「むう……。じゃあわかったよ。俺が解説すればいいんだろ?」
一旦ゴホンと咳払いをしてから解説を始める。
「よーするにだな。オペレーターは脈を取るなりなんなりして『生死をはっきり確認してください』という意味で『本当に彼が死んでるかどうかを確実にしましょう』と言ったのに、ハンターは頭か心臓かなんかを銃で撃って『確実に死んでる状態』にしちゃった。ということで合ってるよな?」
サシャと淳は同時に頷く。
「な、なるほど」都子も納得したようだ。
「原文ではオペレーターのセリフは『Make sure he is dead』となっていマス。これは「彼の生死を確認しろ」とも「確実に殺せ」とも取れるのです」
サシャが補足説明を行ってくれた。
「ふーむ」俺は天井を見上げて思案する。
「英語だとまあわかるけど、日本語にするとちょっとわかりづらいジョークだったかな?」
「かもしれないデスね」
「英語バージョンだとしてもちょっと「考えオチ」気味かな。アメリカンジョーク全般がそうではあるけどこれは特に。本やWEBサイトに乗せるジョークとしてはいいけど、口で伝えるのには向かないかもね」と淳が考察する。
「となるとこのジョークの問題点は」
俺はホワイトボードに――
★『世界一笑えるジョーク』の問題点
・日本語にするとわかりづらい
・やや考えオチ気味
と記述した。
すると都子が「いやいや。それ以前にブラックすぎると思うぞ。イミが分かっても全然笑えん。日本人はあまり好きじゃない種類のジョークであろう」と意見を述べる。
「……確かにそうかもな」
ホワイトボードに
『・ブラックすぎて日本人向けじゃない』
と追記した。
「むむむ。まさか世界一笑えるジョークがこんなにダメ出しされるとは思わなかったデス」
サシャは机に突っ伏して頭を抱えた。
「まあまあサシャちゃん。昌太郎が書いてくれたことを踏まえてもう一発頼むよ」
と淳がフォロー。
「そうデスね。それじゃあもうひとつ」
Q あなたは殺人鬼、強姦魔、弁護士の三人と一緒に閉じ込められています。あなたは拳銃を持っているが、弾は二発しかない。どうするのが正解でしょうか?
A 弁護士に二発をブチ込み確実に仕留める。
「コラァ!」
都子が隣に座るサシャを怒鳴りつける。
「全然意味がわからない上にめちゃくちゃブラックじゃないか! なにかというとすぐに銃を持ち出すのは辞めろ!」
ごもっともなツッコミである。
「銃社会が恐ろしいのはわかったけど、そのジョークは俺もよく意味がわからんな。なんで弁護士はそんな目に?」
「それはですね。アメリカが訴訟社会なのはご存じですよネ? なので弁護士に仕事を依頼することが多いのですが、それがまたとんでもなく高い相談料を取るんデス。だから弁護士はアメリカ社会で嫌われ者の悪役なノ。『弁護士が地面に首まで埋まっています。どう思いますか?』 → 『土が足りないと思う』なんていうジョークもあるくらいデス」
「なるほど。わかったけど、そういうアメリカ文化の知識を前提としたヤツはダメだろうな」
ホワイトボードにさらに追記。
『・アメリカ文化の知識を前提にしたものは×』
サシャは眉をハの字にして首を捻った。
「それじゃあいわゆるエスニックジョークもダメですかね?」
「エスニック?」都子がサシャに尋ねる。
「民族ごとの特徴をイジったジョークのことデス」
「ああ。この間のパーティーのときに言っていた、ハエにビール返せって言うアイルランド人のジョークみたいなヤツか?」
「そーですそーです! 都子チャン、よく覚えててくれました!」
サシャは嬉しそうに都子を見つめる。都子はふんっと顔をそらした。
「でもボクは結構好きだったなあのジョーク。他にどういうのがあるか教えてよ」
淳がそのように促す。
「それじゃあ、エスニックジョークとはちょっと違いますがわかりやすいところで――」
ある国際船に火災が発生。
船長は客をスムーズに海へ飛び込ませるためにこんな風に言いました。
イギリス人には「紳士はこういうとき飛び込むものです」
ドイツ人には「規則で飛び込むことになっています」
イタリア人には「さっき美女が飛び込みましたよ」
アメリカ人には「飛び込んだらヒーローになれますよ」
フランス人には「ぜったいに飛び込まないで下さい」
ロシア人には「ウォッカの瓶が海に落ちましたよ」
日本人には「みんなもう飛びこみましたよ」
「おお。それくらいなら日本人でも理解できるな」
「それもすごく有名なジョークだよね」
俺はホワイトボードの『・アメリカの文化を前提にしたものは×』と書いた部分に『但し、日本人でも理解できるものならOK』と追記した。
「なるほどですね。じゃあこういうのはどうでしょう? 二連発でいきますヨ!」
ブロンド女性が医者に、コーヒーを飲むと目が痛くなると訴えにきました。
「ブラックだと大丈夫なんだけど、ミルクとお砂糖を入れると目が痛くなっちゃうのよォ!」
医者は目の診察をしたのち、呆れた声でブロンド女性に言いました。
「かきまわしたスプーンをどけてから飲んでください」
ブロンド女性が、ランチにイタリア料理屋でピザを注文しました。
店員が彼女に問います。
「八つに切りますか? 四つに切りますか?」
するとブロンド女性はこう答えました。
「昼から八つも食べられないワ。四つにして頂戴」
「……んん? 両方、意味自体は分かるけどブロンド女性ってなに?」
「アレ? ブロンド女性=バカって世界共通の認識じゃないデスか?」
都子は飲んでいた飲み物を吐き出すのを辛うじて堪え、「自分でそれを言うか……」とサシャのサラサラの金髪を見つめる。
淳はケラケラと楽しそうに笑っていた。
「ボクそのジョーク好きだなあ。なんかほっこりするっていうか」
「ホントですか!? でも多くの日本人に分からなくては」
「説明をすれば大丈夫じゃない? 『えーアメリカではブロンド=バカというのが周知の事実でありますが、こういうジョークがあります』みたいな感じで。あんまり長い説明が必要だとダメだけどそれくらいなら」
「なんか落語みたいだな」都子はやや不服そうに述べた。
「種類としては日本人が好きなタイプじゃないかな? 日本にもおっちょこちょいな人の笑い話がいっぱいあるし」
「確かに……落語にもその手の話は沢山あるな」
「サシャちゃんが言えば自虐ネタにもなるしね。これも日本人大好き」
「するてえと」
ホワイトボードにブロンドジョークについて記述する。
★ブロンドジョーク
・頭に説明を入れれば理解可能
・おっちょこちょいな人の話だから日本人向け
・サシャが言えば自虐ネタにもなってGOOD
「なんかちょっと調子出てきたんじゃないか? サシャ。他にはなんかあるか?」
「ではとっておきのヤツを」
Q 四人のホモが一つの丸椅子に同時に座るにはどうすればいい?
A 椅子をひっくり返して床に置けばいい
都子は飲んでいたお茶を口から毒霧のごとく噴き出した。
「サシャーーーーーー! そんなシモネタはダメに決まってるだろ! 第一それは『座っている』とはいわない!」
そういってサシャの首を絞める。
「おっ? ちゃんとイミわかったんですね都子チャン」
「ハハハハ! ボクはそれ好きだな」
「それはオマエがハードゲイだからだ!」
「都子チャンがシモネタに真っ赤になるのカワイイです。フフフ。こんなのもありますよ」
会社の給湯室でOL二人が会話しています。
『ウチの会社給料安いわよねえ。なんとか上げてもらうように社長に交渉しようかしら』
『それなら私がやった手を使うといいわ。社長にしなだれかかってね。給料が安すぎてパンティーも買えません! っていうの』
『ふむふむ』
『それからね。スカートをたくし上げてその証拠を見せてやるのよ。そしたら二〇〇ドルくれたわ』
「やめろおおおお! 下品にもほどがある!」
「あとこんなのもどうでしょう? 今考えマシた」
『ウチのクラスの都子チャンすげえボインだよなあ。ぐへへへ』
『ホント。たまんねえよな。そうだ。彼女をソフトボール部に誘ってみようかな?』
『なんで?』
『だって彼女なら内閣の球は全てデッドボールになるじゃないか』
「私をネタにするなあああああああ!」
その後もサシャが言ったジョークに対してああでもないこうでもないと意見を闘わせた。
正直とても楽しかった。
仲間とお笑いについて思う存分語ることはやはり楽しい。
淳も同じことを考えていたらしくこんな風に言った。
「楽しいなあ。この様子をYoutubeとかにアップしたらウケるんじゃないかな?」
俺は苦笑しながらもそれに同意した。
「ふう。たっくさんジョークを披露して疲れたデス」
サシャはペットボトルのコーラを飲みほしながら満足げに呟いた。
「じゃあちょっと休憩するか」
我々はお菓子とジュースを買いに購買部に向かった。
――そしてみんなでお菓子を選んでいる最中。
「さて。帰ったらみなさんのジョークも見せて頂かないとデスね」
「「「えええっ!?」」」
三人同時に驚きの声をあげた。
「?? なにをそんなに驚いているのデスか? 当たり前でショ?」
俺たちは気まずく顔を見合わせた。
「でもさ……ほら……漫才や落語をあんな狭い部室の中で、仲間の前だけで披露するのって恥ずかしいじゃんか」俺は適当な言葉をなんとか紡ぎだした。
「そ、そうそう!」淳もそれに同調する。
「今度にしよう今度に!」都子も同様だ。
サシャは頭の横でくるくると人さし指をまわした。
「よくわかりませんねえ。ジャパニーズ・ハジライの文化ってヤツですか? まあそれは尊重しますケドね」
俺たち三人はほっと胸を撫で下ろしかけた。ところが。
「じゃあ。広い所でお客さんがいればいいんですネ! それならサシャに考えがありマス!」
「さ、サシャ!?」
彼女は職員室の方に向かって駆け出した。凄まじいスピードで、都子ですらそれを捕まえることはできなかった。
――その結果。
「どうしてこんなことになってしまったんだ……」
俺たちは体育館のステージの裏手で待機していた。
ステージの真ん中には『お笑い研究会放課後ライブ』とマジックで書かれた立て看板が置かれている。
ステージ下には椅子が並べられ、数十人ばかりお客さんが集まっていた。
つまり。サシャの日本人離れした脅威の行動力により、体育館はお笑い研究会のゲリラライブの会場と化してしまったというわけだ。
「ゲイニンさんがステージに立つのをそんなに怖がってどうするんデスか!」
サシャが俺の背中をバシーンと叩く。
「それに皆さんけっこう人気あるじゃないデスか! こんなに人が集まって! 自信もってくだサイ!」
「俺たちの芸が人気あるんじゃなくて、単に都子や淳のファンの子がいっぱいいるだけだよ」
中には俺と淳に掛け算をさせるのが好きという謎の第三勢力もいるらしいが。
「なぜみなさんはそんなに自信がナイのですか!」
「……それはね」淳がサシャの質問に答える。
「去年の文化祭でステージをやったんだけど、そこでだだ滑りをしてしまって……」
――あのときの凍り付いた客席を思い出し心臓と胃が痛む。片頭痛も発生した。
「なんだそんなことデスか。そんなのリベンジをすればいいだけ――」
「はあ……シニタイ……」
袴姿の都子の巨大な溜息を聞くに至り、サシャはヤレヤレと肩をすくめてみせた。
「マアいいです。とりあえず順番を決めましょう。ショータローとアッチャンの漫才が最初、次は都子チャンの落語、ラストがサシャのアメリカンジョーク漫談でいいデスか?」
「順番はなんでもいいけどよ……おまえは随分自信満々だな?」
「そりゃモチロンですよ!」と満面の笑顔。「だってみなさんに日本人ウケするジョークとはなにかをバッチリ教えて頂きましたから」
あの短時間でそれほどまで自信を持てるとは……これがアメリカ人というものなのだろうか。戦争で負けるわけだ。
「まあとにかく。できるだけ頑張ろうよ。昌太郎。例のネタで行くかい?」と淳が不安を隠せない表情で呟いた。
「ああ。そうしよう。そうなると準備をしないとな」
「体育館のステージでも例のアレできるっけ」
「できるよ。文化祭でやっただろ」
「そっか。今度は気をつけてよね」
「わかってるよ。今度はうまくやるさ。うまくいきさえすればウケる……ハズなんだ」
そういって俺はある準備にかかるため、ステージ裏のさらに奥に入っていった。
――準備を進める中、三人のこんな会話が聞こえた。
「たしか二人の漫才ってショータローが脚本書いてるんですよネ? そんなにサブいんデスか?」
「いや。客観的に見て脚本自体はけっこう面白いと思うぞ」
「ソーナノ?」
「ただなあ。昌太郎のツッコミがなんというか……」
「かなり独特だよね」
「暴れ馬を乗りこなせてないというか、いろんな意味でトゥーマッチというか……」
「ハア? 良くわからないデスね」
「見ていればわかる」
「それでは登場して頂きましょう! トップバッターは! 一年D組の仲良しコンビ! 仲良すぎて怪しい! 薄い本なんじゃねーかとの噂もある! 『西新町高校のHG&RG』こと! 渚昌太郎くんと桜田山淳くんの漫才です!」
ステージの真ん中で司会進行役を務めてくれている女の子は――確か放送部の山田さん。
多分サシャがテキトウに取っつかまえてきたのだろう。恐るべきコミュ力のバケモノである。
「それでは入場して下さい! どうぞー!」
まあともかくやるしかあるまい……。
俺と淳はそれぞれ舞台袖の左側と右側から、小走りで入場してマイクの前に立った。
「「どうも~よろしくお願いします~」」
観客たちは一応拍手で俺たちを迎えてくれた。
淳のセリフから漫才は始まる。
「ねえねえ下賤の民~ちょっと貴様にお願いってゆうか命令があるんだけど~」
いつもの淳からは想像できない暴言に少し笑いが起こった。
「おっ? いきなりケンカ腰だねえ。どうしたのかな」
「ボクってさあホラ、父が会社経営しててヒクほど金持ってるじゃないですかぁ?」
爽やかな笑顔のまま全力のゲス発言。相変らず淳の演技力は見事なものだ。
「ひどいマウンティングだ。事実ではあるけど」
「将来は会社を、ってゆうか日本の経済をしょって立つような存在になるわけだけど、それには庶民感情ってものを知っていないといけないと思うんだよね」
「はあ……」
「要するにさ。キミたちみたいなド底辺のコエダメたちの気持ちも、ちゃんと理解しないと反感を買うんじゃないかなって」
「今の段階で十分買ってると思うよ?」
「だからさ、キミたちがやっているような奴隷同然のブラック労働を体験してみたいんだ。具体的には――コンビニの店員とか。さあ協力したまえ」
「一ミリも気が進まないけど月にお小遣いを七万円もらっている手前断りづらいなあ」
ここから漫才はコンビニ店員と客のコントに入っていく。
「いらっしゃいませー。セブンイレブン西町川店へようこそ」
店員役の淳が慇懃にお辞儀をした。
「そんなこと普通言わないけどね。まあいいか」
「なにをお探しですか?」
「デパートじゃないんだから。勝手に商品持ってレジ行くから待ってて!」
適当に商品を選ぶ演技をして、淳の前にそれを置く真似をする。
「はいお願いします」
「えー三万円が一点、九万円が一点、二十六万円が一点。合計三十八万円になりまーす」
淳のいわゆる『大ボケ』が決まる。
(よし! いまだ!)
俺は全力のダッシュで舞台裏に走った。
客席がザワつく。
――その数秒後。
「なんでやねん! そんな高いわけねーだろ!」
俺は舞台の天井から現れた! もちろんそのまま落下したわけではない。腰には命綱を巻いて、バンジージャンプのようにロープで天井からブラ下がり空中に浮いている。これぞ俺が開発した「バンジーツッコミ」である!
(やった――決まった!)
去年の文化祭のときはロープが切れて落下、頭を打って血まみれとなり、笑いどころか悲鳴のるつぼと化していたが――今回は違う! 今回こそは爆笑が発生する――はずだった。が。
「…………」
「…………」
「…………」
客席は沈黙。みな一様に表情に『無』を浮かべていた。
(バカな――)
舞台袖でサシャと都子がこんな会話をしているのが聞こえた。
「……日本ではこういうのがウケるのですか」
「……そんなわけあるか。観客の反応を見ればわかるだろ」
かくして我々はだだ滑りにて客席を十分冷却してステージを終えた。
次は都子の落語の時間である。
「都子。その……あんまり緊張せずに……」
都子はこのクソ寒いのに額に汗を浮かべて、顔色も真っ青、目には大量の涙が溜っていた。
俺の言葉も一切耳に入っていなさそうだ。
「なあ。おまえは実力さえ出せれば……」
『それでは入場して頂きましょう! 西町川高校ナンバーワンイケメン! 父は天才落語家のサラブレット! 露山都子さんです!』
都子はフラフラの足取りで入場し、ステージの真ん中に置かれた座布団に正座で座った。
「Aha! 落語って初めて見るからすっごく楽しみデス!」
などとサシャはノンキなことを言っている。
(残念ながら。いつも通りだとしたらとても楽しめるものではないんだよなあ……)
噺が進んでいくにつれて――ってゆうかすぐに――サシャが異変に気付いた。
「アレ???」
(ダメだ! いつも通りだ!)
「ショータロー。落語というのは、その、パントマイムの一種なのでしょうか?」
サシャの無邪気で残酷な言葉に、俺と淳は苦楽を共にしてきた幼馴染みがあまりに不憫で泣いた。
(違うのだサシャよ――)
俺は本人に聞こえないように、小さな声でサシャに耳打ちした。
(落語はパントマイムでもチャップリンでもない。むしろ逆で話芸の中の話芸だ)
(?? ではなぜ都子チャンはなにもしゃべっていないのですか?)
(しゃべってないのではない。耳をすましてよーーーーーーーーーーーく聞いて見ろ)
サシャは大袈裟なアクションで耳に手を当てて目を閉じる。すると。
「アッ! よく聞いたら! なんかしゃべってるデス!」
「そうだ。都子はな。極度のアガり症のため、舞台に立つとあの音量の声しか出すことができないのだ……」
「……舞台どころか練習でもあれくらいの声しか出てないよね」
「ジーザス……」
数分後。
都子は袖で目を拭きながら帰ってきた。
客席は冷えるのを通り越して悲しみに包まれている。
無論、舞台裏の雰囲気も沈痛そのものだ。
――が。
「MOTHER FUCKER!」
サシャが気合の声と共に立ち上がった。
「このアトモスフィア! サシャがどうにかしてみせます!」
『さあトリを飾りますのは! 平凡な西町川高校に突如来航した黒船! 金髪のジェット機! サシャ・トリンクさんです! どうぞー!』
サシャは堂々たる足取りで舞台に立った。
――だが。
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