第6話 ホームパーティーへようこそ

 ――そんな大事件があった週の週末。日曜日。

 死ぬほどよく晴れて気持ちのよい朝だった。

「うーん。こんなもんでいいのかなあ」

 俺は髪の毛をオールバックにして、以前父親がいざというときの一帳羅にっつって買ってくれたスーツを着込んでいた。ちょっと微妙なセンスの青色がかかった背広で、見ようによっては古い漫才師または銀シャリのようにも見える。

「逆に気張り過ぎ? まあいいか」

 などと独り言を言っていると。

 ――ドゥルンドゥルンドゥルン! スゴゴゴゴゴ!

 外からすんごい騒音が聞こえてくる。

「あっ。おかんが帰ってきよった」

 数秒後。真っ赤なつなぎ姿の女性が玄関に現れた。

「ただいま~~~」

 右手にビールの缶を持っている。すでに酔っ払っているらしく顔が赤い。それに酒臭い。

「だから、その運転後即飲酒やめろって言ってるのに。いつか捕まんぞ」

「なにも法律違反はしてないもーん。法の中で暴れているだけー」

「弱いクセになんでそんなに飲むんだか」

 彼女の職業はフリーのトラック運転手。『渚命☆』とでっかく書かれたド派手なデコトラで地元では有名人、それなりに商売繁盛しているようだ。

(ちなみに『渚命☆』というのは母が父に対して斬新で豪快な逆プロポーズをしたときの名残らしい。結婚した後となっては自分が大好きな人みたいになってしまっている)

「しょうたろう~つまみちょうだい~」

「こんなんしかないけどいいか?」

「なに言ってんの~一番旨いヤツじゃーん」

 チャブ台にどっかりと座って、鯖缶を缶から直接食べる。

 一七五センチを超える長身、ほどよく筋肉のついたスラっとした体型、ギラギラ輝く野性的な瞳、そして黒色に赤いメッシュを入れた無造作風ショートヘア。淳や都子、授業参観で見たクラスの奴らには「かっこいい」と評判だが、個人的にはもっとガサツさ加減を抑えて欲しい。

「あれええぇぇ?」

 そのかっこいい母は急に立ち上がって俺のアゴを右手でつかみ、

「なんでこんな格好してんの??」

 と非常に今更なことを尋ねた。

「いや実はホームパーティーに呼ばれててさ」

「パーティー? アツシのところのパーティーかなんかか?」

「それがさあ。転校生のガイジンの家に呼ばれたんだ」

「へー!」ラッキーストライクに火をつける。「どこの国のヤツ?」

「なんでもアメリカ人で自称ロナルド・トリンクの娘らしいよ」

 溜息交じりにそういうと、母は口から大量の煙を吐きながらガハハ! と笑った。

「なんそいつ! おもしれえ! 今度ウチにも連れて来いよ! ミヤちゃんより面白かったら代わりに嫁にしてもいいぞ!」

 などと勝手なことをほざきじゃくりながら爆笑している。

(まあ頑張って仕事してきたんだろうから多目に見てやるか)

 などと考えていると。急に笑うのをやめて俺の顔を至近距離で睨みつけてきた。

「な、なんだよ?」

「こんな格好してるからそう見えるのかもしんねえけど。おめー最近親父に似てきたな」

 今度はボロボロと両目から涙を流し始める。

「ううう……会いたいなぁ……」

「まったく。笑い上戸か泣き上戸かどっちかにしてくれよ。とにかく。俺そろそろ行くからな。ほどほどにしときなよ。酒は」

「……ああ」

(しかしまあ、この母親があの軟弱な父親のどこにそんなに惚れたのだろう)

 などと考えつつ玄関を出る。

 俺はいつも青いスーツを着て仕事をする、尊敬すべき父親の姿を思い出していた。


 とりあえず最寄り駅の新西が丘駅で淳と都子と待ち合わせる。

 サシャの日本での別荘がある戸松原駅までは電車で三十分程度。

 こういうときだいたい一番早く来るのは俺。淳は時間ピッタリに来て、意外にも都子は寝坊してちょっと遅れることが多い。

 このときも淳は俺に遅れること十分、時間ぴったりにやってきた。

「ちょっ! 昌太郎! どうしたのその格好!」

 淳は赤いピーコートにピチピチのスキニージーンズという、いつも通り絶妙に女の子っぽい格好であった。

「だってパーティーって聞いたから」

「結婚式じゃないんだからー。ホームパーティーだよー?」

 などとお腹を抱えてケラケラと笑う。

 言われてみれば全くもってその通りでなにも反論することができない。

 そうこうしている内に都子も到着する。

「あっ……ミヤ……ああああああん?」

「ええええええ!?」

 普段冷静な淳すら、都子の姿を見た途端驚きの声を上げた。

 都子が神社で結婚式を上げる新郎、或いは真打に昇格した落語家のような見事な紋付袴を着ていたからだ。

「や、やっぱりおかしいかな……父がパーティーに行くならコレを着ていくべきだと……」

 ちなみに都子の父は落語家である。日常生活でも相当破天荒な人物として知られ、テレビのバラエティー番組なんかにもよく出演している。きっとこれも都子をからかいつつ、トークのネタにでもする気なのであろう。

「あは! あはははははははは!」

 淳はさきほどから容赦なく都子を指さして笑い続けている。

 半泣きの都子が可哀想なので「よく似合って可愛いよ」とフォローしたら、彼女は顔を真っ赤にして俺を扇子でしばき回した。なぜだ。


 そんなこんなで我々はサシャが言う所の『ジャパニーズホワイトハウス』、大統領一家の日本における住居であるらしい建物に到着した。

「ほらやっぱり。大統領の娘なんてウソじゃないか!」

 その家を見て都子はそんな風に呟く。

「確かに思ったほどでかくはないかな?」

 立派な庭付きの一軒家だが、一国を――いや世界を牛耳るほどの人物の別荘にふさわしいとは言えないかもしれない。

「これなら淳の家のほうがよっぽどデカイじゃないか」

「えー? でも大きくはないけどお金かかってる感じするよ?」

 というのがお金持ちの淳くんの意見である。俺にはよくわからん。

「まあとにかく。家の中を見てみよう」

 そういって都子がインターホンを押すと。

 ――バウワウ!!

 玄関の扉が開き、黒い影が都子に襲い掛かる。

 一瞬、魔犬ケルベロスかと思ったが、よくみたらそれは三体の犬だった。

「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!」

 と彼女らしくない甲高くカワイイ悲鳴を上げ尻餅をつく都子を、三犬が取り囲みくんくんと匂いを嗅ぎまくる。

「あー。シェパードだー。かっこいいねえ」

「アメリカでは大人気の犬種らしいな」

「警察犬にも使われてるので有名だよね」

「ノンキなこと言ってないで助けろー!」

 しばらくして家主が姿を現した。

「コラコラ。ケリー、デビット、ケビン。その人はエサじゃないデスよー」

 サシャは星条旗柄のパーカーにジーンズをちぎったようなホットパンツというラフな格好だった。彼女はこの柄の服しか持っていないのだろうか。今気づいたがネイルまで星条旗柄に塗られている。

 シェパードたちはバウワウと吠えると飼い主の所へ戻っていった。

「WOW! ショータローと都子チャンは随分素敵な格好をしてマスね。とにかく。入って入って」

 玄関には決してド派手な装飾があるわけではないが、ピカピカに磨かれており、カーペットや靴箱もいかにもモノが良さそう。なるほど確かに淳の言う通りさりげなくお金がかかっているという感じはする。

「まったく! 犬のしつけぐらいちゃんとしておけ!」

 都子はまだふくれっつらのままサシャに文句を言っていた。

「カワイイ悲鳴でしたネ。都子チャンはワンちゃんが苦手なんですか?」

「に、苦手なんかじゃない! 誰だってあんな勢いで襲って来られたらビックリするだろ!」

「へーホントですかあ?」

 サシャが口笛を吹くと、真っ白でぬいぐるみのようにふかふかしたグレートピレニーズがのっそりと駆けて来て都子に飛びついた。

「わあああああああああ! ぴえええええええええ!」

「HAHAHA! 都子チャンカワイイ! でもこんなに愛くるしいワンちゃんのどこがイヤなんですかねえ。そういえばこんなジョークがありマス。

 新型ロボット犬のSUPERAIBOが某外資系IT企業の就職試験を受けに来ました。

 筆記試験もプログラミング技術もダントツの成績です。

 しかし。ロボット犬なんかを合格させたくない試験官は面接試験でこんなイジワルを言いました。

『ウチの会社、語学力を重視しているからね。バイリンガルじゃないと採用しないんだ』

 それを聞いたSUPERAIBOは自身満々な様子でこんな風にしゃべってみせました。

『ニャーーーン!』

 サシャはこのジョークが全部のジョークの中でもトップクラスに好きですヨ」

「サシャちゃん。そろそろ解放してあげて。この子ウチのトイプードルでもダメな子だから」

「バラすな! そんなこと!」

「それはそーりーデス」

 サシャの指示に従って四頭の犬たちは奥に引っ込んでいた。

「まァとにかく! パーティーを始めましょう! 裏庭の方へどうぞ!」

「へっ? 裏庭? なんで?」

 俺の疑問にサシャはなに言ってんのコイツ? といわんばかりの怪訝な表情で答える。

「なんでって、BBQパーティーをするからに決まってるじゃないですか」

「バーベキュー!? 今二月だぞ!? クソ寒いって!」

「サムイとかアツイとかは関係ありません! アメリカではBBQじゃないホームパーティーなんてありえませんよ! 日本だってマイコハンのいない宴会なんてありえないでしょ? ほらほら裏庭に出た出た!」

 まいこはんなんて生で見たこともない。ひょっこりはんならこの間ルミネで見たが。


 裏庭には八人がけの大きなテラステーブルと、卓球台を四つつなげたぐらいの面積の巨大なグリル、それからなんに使うのかよくわからない謎の器具がたくさん置いてある。

「どうデスか、こちらのBBQセットは! アメリカではね『初対面の人としてはいけない話題とは。政治の話、宗教の話、それからBBQの話である』なんていうジョークがあるくらい各家庭こだわりがあるんですヨ」

 庭自体もサッカーができそうなくらいに広く、キレイに刈り揃えられた芝生が生い茂って、大変キモチのよい場所ではある。犬たちも元気に走り回っていた。

「どうデス? BBQを行うに完璧なロケーションだと思いませんか?」

「鬼グソ寒いことを覗けばな……」

「サシャのジョークよりも寒いぞ……」

「ボクはコート着てるからなんとか」

 テラステーブルに腰かけ、俺たちは震えていた。

「そんなに寒いデスかね?」

 短―いホットパンツ履いてふともも丸出しのアメリカ娘は平然としていた。

「なあサシャ。屋内でやらないか?」

「HAHAHA! なにを言っているんですか? 屋内でBBQをやるなんざあ無粋もいいところですよ! 第一、火災報知器が爆発しマス!」

 俺の提案は一笑に付されてしまった。

「とにかく。パパとママを呼んできマスので」

「……へっ!?」

「今なんて?」

「だから。パパとママを呼んでくるっテ」

 そう言ってサシャは席を立ち、家の方に戻っていった。

 俺たち三人は顔を見合わせる。

 いよいよ我々の疑問に答えが出るときが来たらしい。


 やがて。どこからともなくアメリカ国歌が聞こえてくる。

 まず裏庭に姿を現したのはサシャだった。

「パパ。ママ。紹介するデス! 彼らがサシャのフレンドで計画に協力してくれる、お笑い研究会のみなさんデス!」

 その後ろに立っていたのは――。

 お笑いにしか興味のない俺でもテレビでなんども見たことのある二人組。

 一人は立派な体格と精悍な顔つき、そしてヅラ丸出しの面白い髪型の金髪の男。

 そしてもう一人は。ぽっちゃり体型でお団子頭の世界一有名な日本人。

 ふたりはなぜかウデを組みながらHAHAHA! と高笑いをしている。

 俺たち三人は耳打ちをし合った。

(ほら! ボクの言った通り本当じゃないか)

(いやよく見てみろよ淳! 微妙に違う――気がするぞ)

(……確かに。ありゃあRGじゃねえのか?)

 そんな俺たちの前に二人はゆっくりと歩み寄って来る。

「ドウモ。私がアメリカ合衆国大統領、ロナルド・トリンクです」

「私はその妻ナオンナよ。よろしくね」

 大統領が握手の手を差し出してくる。

 俺は慌てて立ち上がり、その手を握り返した。

「こ、こちらこそよろしくお願いします。あの……日本語お上手ですね」

「ワイフに結婚前にムリヤリ仕込まれたからね。なにせピロートークが日本語でできない人とは結婚しませんなんていうんだ!」

「もうあなたったら! 日米修好通商ドスケベ条約ね!」

 二人して仲良く同じくらいの角度で体をそらしながらGAHAHA! と高笑いを始めた。

「あ……ははははは」

 俺が愛想笑いをしながら、いつまでこの手握ってりゃいいんだろう、などと考えていると。

「んん……?」

 急に二人の動きがピタっと止まった。体を大きく仰け反らせてアゴが外れそうなくらいの笑顔のままピクリとも動かない。握手の手を離そうとするが離れない。

 俺は助けを求めてサシャの方を見た。すると。

「アチャー。バッテリー切れデス」

 サシャは自分のおでこをコツンと叩き、ペロっと舌を出して見せた。

「は!? バッテリー!?」

「ちょっと待っててくだサイ」

 そういって家の方に駆け、すぐに戻ってきた。なぜか手には単一電池を二つ持っている。

 ――そして。

「ヨッこらしょっと」

 そういって自分の父親のズボンのチャックを開いた。

「――なっ!? なにをしている!」

 都子が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 サシャは一切意に介さず、そのままパンツの中に手を突っ込むと、

「コレをヌいて……と」

 大統領の股間からチン――じゃなくて、それによく似た形の単一電池を取り出した。

「コウカンコウカン」

 そして電池を新しいものと交換する。

 夫人に対しても同様のことを行った。

 すると。

「オウ! 元に戻ったようだ」

「バッテリー切れかしらねえ」

 再び二人は動き始める。

 ニホンジン一同はポカンと口を開けた。

「サシャ……これはどういう……?」

「ゴメンナサイ。最後にバラして驚かせようとおもってたんですけど――」

 ジャーン! とばかりに手を上下に広げた。

「実はこの二人! ロボットなのです!」

 ええええええええええ! という三人の声が重なる。

 そう言われてみれば、彼らの髪の毛の質感や肌の光沢の感じなど、人間としては少々不自然かもしれない。

 まじまじと二人を観察していると――

「ハーーーハハハハハハ!」

 都子が仁王立ちで高笑いをし始めた。

「ホラ! やっぱりウソだったじゃないか! 父が大統領だなんて!」

 するとサシャは頬をぷくっと膨らませて、

「ウソなんかじゃないデスよ!」

 と都子を睨んだ。

「ここにいる二人は確かにロボットですが、中の人は正真正銘、大統領とファーストレディですモン!」

「中の人? この中に人が入っているとでも言うのか?」

「そんなわけないデショ。同じ見た目のロボットの中に入ったってしょうがないデス。そうじゃなくてネ、このロボットはテレビ電話ロボットなのデス」

 そういってサシャは大統領の眼球を指さす。

「ホラ。このメンタマがレンズになっていてね、こちらの様子がワシントンDCのホワイトハウスに送られているのデス。ねーパパ?」

「そしてこちらでそのロボットを動かすコントローラーを握りながら、声を送っているというわけだ」

 大統領(のロボット)がどうじゃいこの技術といわんばかりの誇らしげな声でのたまった。

「コレはもともと辺境のドーでもいい国との会談のために作られた装置なのデス」

 そういえばこの間ニュースで、トリンク大統領は辺境の地にもわざわざ足を運んでいてエライ! などと話題になっていたが……。その『辺境』には日本も含まれているのだろうか。

「今回はサシャが日本に長期滞在をするということで、ガードマン兼家事担当兼ワンちゃんのお世話係として馳せ参じてもらいました。まァ、実質パパがいるようなモノですね」

 そういってサシャはロボット大統領に抱きついた。

 都子は「ウソだ! なにもかもが信じられない!」と頭を抱える。

「一応スジは通ってる気はするけど……」と淳は分析した。

「昌太郎! おまえはどう思うのだ!」

 俺は「わからん。全っ然わからん」としか回答することができなかった。

「マアマア。細かいことはいいじゃないですか! それよりパーティーですよパーティー!」

「こっちもホワイトハウスの庭に肉とグリル、それからビールもたくさん用意しているからな。今日は飲みまくるぞ。今日だけはアメリカ大統領じゃなくてアイルランド人になってやる! GAHAHA!」

「OH! パパ! サシャのオカブを奪うナイスジョークです! しかもアメリカ大統領が掟破りのブリティッシュジョーク! HAHAHA!」

「どういうこと……?」

「それはね」

 淳の解説によると、イギリス社会ではアイルランド系の人は一様に大酒飲みとされており、それをネタにしたジョークがたくさんある。例えば――


 あるビアホールでビールジョッキにハエが入っていた。

 イングランド人は皮肉を言いながら取り替えてもらった。

 スコットランド人は気にせずにそのまま飲んだ。

 アイルランド人はハエに向かって叫んだ。

「てめえ! 俺のビール飲みやがったな!? 吐け! 吐きやがれ!」


「OH! アツシクンはジョークに詳しいのですね!」

「いやいやインターネットでちょっとかじったくらいだよ。でも結構好きなんだよね。教えてくれると嬉しいな」

「OK! じゃあこれから一日一〇〇発はカマしていくことにします!」

「淳よ……頼むから余計なことは言わないでくれ……」

 と都子。俺もぶっちゃけ彼女に同意であった。


 米国では日本でいう『焼肉』のことを『コリアンバーベキュー』と言ったりするらしいが、日本や韓国の焼肉とアメリカのBBQはまるで別物と思ったほうがいい。

 なにせBBQには日本の焼肉のように薄い肉を少しずつ焼いて、ちょうどよく焼けたところでタレにさっとつけて、あるいは塩コショウのみで食べるといった繊細さは一切ない。

 とにかく巨大なキロ単位の肉を塊のままグリルに乗せて、親の仇のように焼きまくり、そいつをナイフでぶった切りBBQソースをドバドバかけまくって食すのがアメリカ流だ。

「肉固いなァ……もう少し焼き加減を考えたらどうなんだ?」

「都子チャン。そんなこと言って一番食べてるじゃないですか」

「まァ、これはこれで旨いと思うぞ俺は。たまーにでいいけど」

「ボクはもう一枚でお腹いっぱい」

 ちなみにピーマンや、タマネギ、トウモロコシ、ジャガイモといった野菜もほとんど丸のまま、ぶっとい串にチビ太のおでんのようにブッ刺して焼いている。

「ホラ! こっちも焼けたぞ! 食べたまえ! GAHAHA!」

「こらサシャ! お肉ばっかり食べちゃだめ! 野菜も食べないとママみたいなナイスバディになれないわよ?」

 アメリカ大統領とファーストレディ(のロボ)が、自分たちは食べずに俺たちのようなガキに肉を焼いて配っているのが大変シュールである。

「さーていよいよメインディッシュです!」

 そういうとサシャはガレージから丸のままの豚一頭を運んできて、グリルの真ん中に叩きつけた。ジュウウウという小気味のよい音が聞こえてくる。

「……おいサシャ。これは一体焼けるのに何時間かかるんだ」

「すぐに焼けマスよ! なぜなら!」

 サシャは再びガレージに戻り、謎の筒状の物体を持ってきた。そして。

「FIREEEEEEEEEEEEE!」

 そいつは北斗の拳などでお馴染みの火炎放射器であった。

 豚肉という名の汚物はあっという間に消毒され、見事な小麦色に変化する。

「よくやったサシャ! それじゃあ解体は任せろ!」

 大統領ロボが自らの右手のヒジから先をスポっと取り外すと、中からチェンソーのようなものが出てきた。

「YEAAAAAAAAAHHHH! SLASH! SLASH! SLASH!」

「かっこいいわアナタ……!」

「OH! ダディクール!」

 我々日本人はそのスケールの大きさにただただ圧倒されるしかなかった。


 解体された豚は無限に量があるかに思われたが、なんとか完食することができた。ちなみに食べたのはほとんど都子である。

「都子チャンはやせの大食いというヤツですねえ。それとも食べたのが全てバストにいってるのカナ?」

 そういって服の上から胸をツンツンと触る。都子はセクハラは辞めろ! と怒るが、サシャは全く意に介さない。

「そういえばこんなジョークがあります。

 資産家の男が三人の女性に同時に求婚されました。彼は三人を試すため、一万ドルを渡しそれをどう使うかを見て見ることにしました。

 一人目の女性はその一万ドルで自分を精一杯着飾って見せました。

 二人目の女性はその一万ドルで男のために見事なスーツをしたてて見せました。

 三人目の女性はその一万ドルを株式投資などを駆使して二倍に増やして見せました。

『……よし決めた!』

 男は結局三人の女性の内、おっぱいが一番大きい女性と結婚しましたとさ」

「――だから! シモネタは辞めろ!」

「GAHAHA! おまえたち二人は本当に仲がいいな! それはいいが――」

 大統領ロボットが酔っ払った声で叫んだ。

「パーティーといえば食事はもちろんだが、アトラクションもマストだ。余興もやらないとな!」

 そういって指をパチンと弾くと、庭の一部がウイーンとせり上がり、プロレスのリングのようなものが現れた。

「OH! レッスルマニア!」

「本当にいくつになってもプロレス少年ねえアナタは」

 ……もはやこれくらいのことではあまり驚かなくなってきた。

 大統領は上半身裸になり、リングに上がる。

「さあ! 私はハルクホーガンだ! 誰かリングに上がって来て私と勝負したまえ!」

 都子と淳がじっと俺を見つめる。

「じゃ、じゃあ俺はアントニオ猪木だ! うおおおおおお!」

 リングに上がり、大統領に向かって突進する。だが。

「HAHAHAHA!」

 大統領は俺に背を向けたまま後ろ手で首根っこを掴み、そのままジャンプ。俺のアゴを自分の肩に叩きつけた。これはスタナーという技で、あのドナルド・トランプがプロレス団体WWEに参戦したときに、ストーンコールド・スティーブ・オースチンというレスラーに喰らわされたことでも有名である。(ちなみにいうまでもないことだが、今俺がリング上で闘っている男とドナルド・トランプ氏は別人である。本当だよ?)

「アナタ! カッコイイわ!」

「ダディクール!」

「昌太郎―――――!?」

「大丈夫か!?」

「ガハハハハハ! You Are Fired!」

 俺はリングに這いつくばって、日本人がアメリカ人に戦争で負けた理由を噛み締めていた。

 ちなみに。『You Are Fired!』というのは彼が大統領になる前、テレビのバラエティー番組に出演していた際にキメゼリフにしていた言葉だ。日本語で『おまえはクビだ!』というイミである。


 ――そんなこんなで日は暮れて。

「ではまた来週学校で! デス!」

「娘をよろしく頼むよ」

「気を付けて帰ってね!」

 三人に見送られながらジャパニーズホワイトハウスを後にした。

 ――帰り道。夕焼けが照らすガラガラの電車の中。

 俺たちは三人並んで座っていた。いつものように左から淳、俺、都子の順番だ。

「ねえどうだった?」

 そしてこれまたいつものように淳が口火を切って会話が始まる。

「なにが?」

「もちろん。彼女のことだよ」

 そうだな……と腕を組んで思案する。

「よくわからんな。全てがうさんくさくてかなわん」

「だよねえ」と淳は苦笑。

「それに。世界の命運を握っているとかホザいているわりにはノンキすぎるぞ。本当に日本人に受けるジョークとやらを研究する気あんのかな?」

 すると都子が椅子から立ち上がってまくしたてた。

「そうだよ! 絶対そんな気ないって! やっぱりアイツを入れるのは辞めよう! なっ!」

 淳が都子をマアマアと諫める。

「まあいいじゃない都子ちゃん。けっこう楽しいし、トークのネタにはなるよ。いわゆるひとつの滑らない話ってヤツ」

「あー確かに」俺もそれには同意する。今日のことだけで三回ぐらいは滑らんなあできそうだ。

「都子ちゃんも将来落語家になったら『まくら』って言ったっけ? フリートークみたいなことするんでしょう? そのときのネタになるじゃない」

「ま、とにかくテキトーに付き合ってやろうじゃないか。とりあえず明日の放課後。軽く会議でも開こう」

 都子は憮然とした顔で腕を組み、シートに深く腰をかけた。

 ――このとき俺たちはまだヤツの内に秘められた『覚悟』を知らない。

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