第4話 狂気! 笑い死に暗殺計画

 ――キンコンカンコーン。

 六時間目終了の鐘が鳴る。本日の授業は全て終了。

 ようやっと学校生活のメインイベント、部活の時間がやってきた。

 俺はとりあえず仲間たちに声をかける。

「淳。行こうぜ」

 すると彼はすまなそうに、

「ごめん。ちょっとだけ保健室で休んでから行くのでもいい?」

 と小さな声で言った。

 なるほど確かに少々顔色が悪そうだ。

 元々淳はあまり体が強くないので、無理をさせるわけにはいかない。

「そっか。それなら無理しないで今日は休んだほうがいいぞ」

 そういうと淳は、これぐらいの体調ならばちょっと休めば大丈夫だから後から行くと答えた。

 俺はそれなら任せると彼の肩をポンと叩いたのち、もうひとりの仲間にも声をかける。

「都子――」

「すまん。今日は合気道部があって」

「そうか。じゃあ今日は欠席か?」

「いや。合気道部の活動自体は休みで、部室の掃除当番なだけなんだ。それが終わったらすぐ行くよ」

 というわけで。俺は一人で部室に向かった。


 我らが西町川高校お笑い研究会の部室は、ボロボロの旧校舎をそのまま第二部室棟として再利用した建物の一階にあった。広さはせいぜい六畳といったところだろうか。新築の第一部室棟と比べればお粗末な環境であるが、まァ仕方がない。文句があるならばさっさと部活に昇格すればいいのだ。それに。気の置けない仲間と一年の時をすごしたこの場所が俺は好きだ。

 いつものように鼻歌まじりに部屋のカギを開けようとすると。

「――あれ?」

 なぜかすでにカギが開いていた。昨日カギをかけ忘れたのだろうか?

 首を捻りながらも扉を開いた。すると。

「ようやく来ましたネ」

「――おお! おまえは!」

 金色の髪の毛、そして星条旗柄の制服。

「来てくれたんだな!」

 サシャ・トリンクが部屋の中央で仁王立ちに立っていた。

 その表情は先ほど廊下で声をかけたときの暗い表情ではない。自己紹介のときのような不敵な笑顔に戻っていた。

「歓迎するぜ! もうすぐ他の部員も来ると思うからさ! そしたら説明――むぐ!?」

 彼女はなぜか発言を遮るようにして、俺の唇に人さし指を押し当てた。

「な、なんだよ?」

「まずはサシャの質問に答えてくだサイ!」

 などと高圧的な態度で俺に詰めより、質問を投げかけてくる。

「アナタは、アナタたちお笑い研究会とやらはニッポンのお笑いに詳しいのデスか?」

「え、なんでそんなこと……」

「いいから答えテ!」

 彼女の剣幕に押され、俺は質問に正直に回答した。

「く、詳しいとは思う……日本で放送されているお笑い番組はほぼ全て目を通しているし、お笑いライブにも通っている。見るだけでなく自分でも漫才やコントの脚本を書くぞ。……面白いかどうかは別の話だが」

「フム……」

「部員の淳ってヤツも俺ほどではないが近い知識はある。あいつは海外のユーモアなんかにも結構詳しいな。もう一人の都子っていう女の子は落語専門。自分でも演るし、腕前はともかく知識はハンパじゃねえ」

「なるほど。そういうことなら――」

 そういってサシャはあろうことか、

「サシャに協力して下サイ!」

 ブレザーの懐から。拳銃を取り出した。そのギラギラと黒光りした様子、重量感、威圧感、それに鼻を刺す金属の匂い。とてもおもちゃには見えない。

(じゅ、銃社会こええええ!)

 俺は思わず両手を挙げて無抵抗の構えをとってしまった。

「きょ、協力って一体なにに……!?」

「世界平和デース!」

「はああああああ???」

「今、世界の平和を脅かす国が存在していることはご存じですネ?」

「え? なんのこと?」

 俺がそう言うと、サシャは頬を膨らませて、銃口をグリグリとオデコに押し付けた。

「平和ボケも大概にしなサイ! 『サモンドロ共和島国』のことに決まってるデショ!」

「あ、ああ」さすがのお笑いにしか興味がない俺でもその名前は知っていた。

「確か俺が小学生のときに日本から独立した――」

「そう。今から七年前。日本から脱出した全国よりすぐりのカゲキ派が、西太平洋上に建国した『サモンドロ共和島国』。首長の名は『ラタム・サモンドロ』。首都は『タボク』。公用語は無論日本語デス。敷地面積はニッポンの十分の一程度ながら強力な軍事力を持ち、日本以外の全ての国との国交を断ち、インターネット回線すら繫がっていないことから『要塞国家』などと言われてマス」

 サシャは流れるような日本語で説明をしてみせた。今更ながら素晴らしい言語能力である。

「そして。ヤツらが最近、我がアメリカに対して盛んに示威活動をしていることはご存じデスか?」

「さすがに知ってる」

 彼らがアメリカのハワイ沖にミサイルを放ったことは日本でも大きなニュースになっていた。

「サシャは彼らの野望を砕くために派遣された、USA軍の秘密兵器! アメリカ大統領ロナルド・トリンクの娘! サシャ・トリンクなのデス!」

 あまりのメチャクチャな話に拳銃を突きつけられながらも笑いそうになる。

 確かに苗字同じだなーとは思ってたけど!

「まァ。もっとも血のつながりはないのデスけどね。養子ってヤツです。いずれにせよ断ればどうなるかは説明するまでもないデスね♪ 協力してクダサイ」

 などと無邪気に微笑んだ。人を脅しているなうとは思えないほど可愛らしい笑顔だ。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ待てよ! いろいろツッコみたいがまずはひとつ教えろ!」

「なんデスか?」

「仮に百兆歩ゆずっておまえが言ってることは本当だとしよう! でもなぜ俺なんかに協力を頼む!? ただの高校生のガキに一体なにができるっていうんだ!」

「察しが悪いですネエ。刑事コロンボならとっくに理解してますよ」

「刑事コロンボでも古畑任三郎でもないからわからん! ちゃんと説明しろ!」

 サシャは偶然か、古畑任三郎のモノマネをするハリウッドザコシショウのようなポーズでやれやれと言いながら説明を開始した。

「サシャはネ、笑いで世界を救うサイキックなのです」

「はあ???」

 俺のアタマの上に浮かぶ『?』マークは増える一方だ。

「一般には知られていませんが、ステイツでは赤ちゃんは産まれた瞬間にサイキックとしての才能を検査されます。そこで才能を認められたサシャは物心ついたときから、ホワイトハウスの地下のサイキック養成施設で訓練を受けました。そしてある日、サモンドロ共和島国の首長ラタム・サモンドロの暗殺を命じられ、同時に大統領の養子に取られマシた」

 一ミリのおふざけもないマジメ腐った顔でそのようにホザききった。

 ただただ唖然とするしかない。

「サシャが身に着けた能力は『LaughterToDeath』。もうアナタたちにもお見せしているのデスが気づきませんでしたカ?」

「もしかして……あのめんたまが金色に光ったような気がしたのは……」

 サシャの瞳を指さすと彼女はにっこりと笑った。

「そうです。サシャの能力はこの金色の瞳で――」

 眼球を金色に発光させて見せる。なぜだか美しく感じられた。

「『笑い』を凄まじく増幅させることデス。それによって通常ではありえない大爆笑を引き出し、相手を笑い死にさせる。それが『LaughterToDeath』」

 ドヤ顔で説明を終えるサシャ。

「な、なに言っている! そんなのデタラメだ!」

「なぜそうおっしゃいマスか? 世の中にサイキックなんて存在するわけがない、自分の知らないことが世の中にあるわけがないト?」

「そうは言ってねえ! おまえが言っていることはウソだという証拠があるんだよ!」

 サシャはカクンと首を傾げる。こんな状況だがなんてカワイイ仕草と思ってしまった。

「だっておまえは実際、俺たちを笑い死にさせることなんてできてないじゃねえか!」

 そう指摘するとサシャはなぜかふっと切ないような笑いを漏らした。

「……なに言ってるノ? いくらなんでも無関係なアナタたちをいきなり殺そうとなんてするわけないじゃないデスか。サシャがしたことは、ただの『実験』ですよ。能力の十分の一も使ってはいません」

 それを聞いてなぜだか胸をほっとなで下ろしてしまう。

「問題は。その『実験』が失敗したことなのです」

「失敗?」

「ええ。本来であればあの程度の能力しか使ってないとしても、みなさんは椅子から転げ落ちて笑い狂って呼吸困難ぐらいにはなっていないとオカシイのです」

 人生でそんなに笑ったのは、『ごっつええ感じ』のキャシー塚本のコントを初めて見たときぐらいだが……。

「つまりどういうことかというと。能力を抜きにして考えた場合、サシャのジョークはみなさんにはほとんどウケていなかったということです」

「な、なるほど」

「ちょっとショックです。子供の頃からサイキックの訓練だけではなくジョークの訓練も散々してきたので」

 サシャはシュンと肩を落とした。

 ……急に彼女に対して親近感というか同情の気持ちが湧いてきてしまった。

 ギャグが滑って辛いという気持ちは痛いほどによくわかる。

「ステイツで行った実験では一度も失敗したことはありません。つまりコレはどういうことかというと。サシャのジョークはニッポンジンの『ツボ』に合っていないということなのです。そこで――」

 なるほど――少しだけ話が見えてきた。つまり。

「ニッポンのお笑いに詳しいアナタに! 日本人ウケするジョークを教えて欲しいのです! 正確に言えば、元々日本人であるラタム・サモンドロを殺すことができるジョークです!」

 そういって俺の目をじっと見つめる。間近で見るとなんというキレイな瞳であろうか。サファイアのように青くキラキラ輝いている。この瞳で見つめられると、うっかりどんなお願いでも聞いてしまいそうだ。

「うん……まあとりあえず話は分かったけどさ」

「じゃあ協力してクレる?」

「いやでもまだ疑問があって」

「なんデスかー? しつこいですねえ」

「どうやってラタム・サモンドロにジョークを聞かせるつもりなんだ?」

「それはトップシークレット、国家機密デス! ナイショに決まってるでショ!」

「あっそ……」

「他にはー? なければ協力してもらうからネ」

 俺は溜息をつきながら「わかったよ」と呟いた。

「協力して頂けるんデスね!」

「ちげーよ。おまえが一応スジの通った話をするタイプの誇大妄想野郎だってことがわかったって言ってるの!」

「コダイモウソウってなんでしたっけ?」

「おまえの言ってることは全部ウソだってこと!」

 サシャはヤレヤレと肩をすくめる。

「でも。どうしましょうか? アナタ今拳銃をつきつけられてますケド」

 しまった! あんまり話が長いもんだからすっかりそのことを忘れていた。

 ――とその瞬間。

 バアーーーーン!

 部室の扉が勢いよく開いた。

 そこに立っていたのは都子と淳。

 都子は凄まじいスピードでこちらに向かって駆け、サシャが持っていた拳銃を手刀で叩き落とした。

「Auch! なにをするデスか!」

「話は聞いていたぞ! チャンスを狙っていたんだ!」

 そしてサシャの腕を掴み叫ぶ。

「成敗してくれるわ! この鬼畜め!」

 すると。

「まあまあ」淳が床に落ちた拳銃を拾いながら。都子を諫める。

「止めるな淳! こんな拳銃を持ち込むようなヤツは――」

「いやこれエアガンだよ。ボクん家に同じのがあるもん。パパがこういうの好きでね」

 サシャはそれを聞いて素っ頓狂な驚きの声を上げた。

「What!? この対空砲撃用・ネオデザートイーグルPROを持っていると!? プレミアがついて数百万はするものなハズですよ!?」

「まァ……別に自慢することじゃないんだけど、ウチはけっこうお金持ちだからね。桜田山グループって知らないかな」

「OH! 『SAKURADAYAMA』はステイツでも有名ですよ! パパが言ってました! アメリカ最大のプロレス団体『WWM』がメインで使っている会場を作ったのは日本の会社だって!」

「そうそう。ニューヨークスクエアガーデンね。他にもいろんな会場を運営してるよ」

 ……なんか金持ち同士の会話が盛り上がっているようだが。

「とにかく! 俺はおまえに協力する気なんかないからな」と俺は叫んだ。

 するとサシャはしゅんとした顔を見せる。

 ……やめろ。そんな顔をされるともの凄く悪いことをしている気分になる。

「そうだ! 一体なんの義務があってそんな!」

 都子も俺に同調する。が――

「ボクは協力したほうがいいと思うけどな」

 淳が思いもかけない発言をしてみせた。

「じゅ、淳! なにを言っているんだ!」

「だってさ考えても見なよ――」

 冷静な声でゆっくりと語る。

「仮に彼女の話が本当だったとして。その場合は協力するしかないよね? アメリカ大統領の娘に逆らったらどうなるか。それに彼女はサイキックなんでしょ? とても勝てるとは思えないよ」

「……まあそれはそうだけど」

「それでね。もしウソだったとした場合。これも協力してみるのが面白いよ」

「なんで?」

「彼女が言っている『日本人ウケするジョーク』『日本人のツボに入るギャグ』とはなにか? これを探求することはボクたちにとって非常に意味があることだと思わないかい? それもアメリカ人の客観的な視点も交えながらなんて最高。なかなかこんな機会はないと思うよ?」

 都子は驚愕の目付きで淳を見る。

「なにを言ってるんだ淳!」

 だが。俺の口からは、

「確かにそうかも……」

 という言葉が飛び出してきた。

「ええええ!? 昌太郎まで!」

 確かにこいつはなにもかもがうさんくさく、協力するのはシャクだ。

 だが。『笑いの追及』ということは俺にとってなによりも優先されることである。

 そのためなら悪魔に魂を売ってもいい。

「わかった。協力するよ」

 するとサシャは子供みたいにほっぺたをトロトロにした笑顔で俺と淳の手を取った。

 なんだか憎めないヤツ。と思ってしまった。

「ありがとうございます! そちらのカワイイお兄さん。あなたの名前は?」

「桜田山淳だよ。サシャちゃんって呼んでいい?」

「ハイ! そちらの美人でおっぱいの大きいヤマトナデシコさんは?」

「貴様に名乗る名などない!」

「彼女は露山都子だよ」

「ステキな名前デスね! かっこいいし神秘的です」

 自分の名前に誇りを持つ都子は、一瞬だけ嬉しそうな顔をしてしまった。

「う、うるさい! おまえになんか褒められても嬉しくなどない!」

「OH! これがウワサに聞くジャパニースツンデレですか!?」

「違うわ! 抱きつくな! なにを考えてるんだおまえ!」

「まあまあ。心をときほぐすためにひとつジョークを披露しましょう。

 ジョージは医大時代の友人のマイクと久しぶりに会いました。

 彼はひどく落ち込んだ様子です。

『HEY! どうしたんだいマイク? キミらしくもない』

『ジョージ。実は先日、患者と関係を持ってしまったんだ』

 ジョージはそれを笑い飛ばします。

『HAHAHA! マイク! そんなことよくあることさ! むしろ羨ましいくらいだよ!』

 するとマイクは言いました。

『ジョージ。忘れたのかい? 僕は獣医だよ』

 ……というのはいかがでしょう!」

 これには思わず笑ってしまった。淳も腹を抱えて笑っている。が。都子は「シモネタは辞めろ! 一番嫌いなんだ!」とおかんむりであった。

「お気に召しませんカ? じゃあこういうのは――」

 ――結局。

 なしくずし的に我々お笑い研究会はサシャの計画に協力することとなった。

 結論から言うと。われわれは歴史の教科書に乗るくらいの偉業を成し遂げることになってしまうのである――。

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