第3話 幼馴染み
――そんなことがありつつ。
その日の授業自体は平常通り進行。四時間目終了のチャイムが鳴り、休み時間となった。
どう過ごしても自由な時間のはずなのだが、どうしてもパターンが決まってきてしまうものだ。俺も毎日毎日、同じ二人の友人と学食に行って、同じ席に座って同じような食事をするということを繰り返していた。それがなんか落ち着くからだ。
「よお学食に――」
この日もいつもと同じように、その友人の内の一人に声をかけた。が。
「す、すまん!」
そいつは脱兎のごとく教室を出て行ってしまった。
「……なんだあ? あいつ」
俺の疑問に、もうひとりの方の友人が答えた。
「ホラ。今日は二月十四日だから」
「ああ。そっか。毎年恒例だな。小学生のころから」
「とりあえずボクたちだけで食堂行ってようよ」
「だな」
「バレンタインかー。完全に忘れてた」
「ボクもだよ」
友人の片割れと一緒に廊下を歩く。彼の名前は桜田山淳。「じゅん」ではなく「あつし」。
小学生のときからの仲で、いわゆるひとつの幼馴染みというヤツだ。
さっきちょっと話した、お笑い研究会のメンバーの一人でもある。
「淳さあ。おまえなんかはチョコもらったりしねえのか?」
身長は一六〇あるかないかといったところだが、栗色のサラサラヘアーに睫毛の長いパッチリとした瞳。可愛らしく中性的(だいぶん女子寄り)で女の子ウケのよさそうな顔立ちをしているように思う。
「うーんそうだねー。そういえばこの間クラスの女子に――」
ひとさし指をアゴに当てて思案する。仕草もなんとなく女の子っぽい。
「淳くんはイケてるけどハードゲイだからなあ。って言われたよ」
脳裏に全身黒の服装にサングラス姿で腰を振る芸人の姿が浮かぶ。
「そのHGの相手とは……?」
「もちろん。キミだろうね」
そういって彼は胸がキュンとするような可愛らしい微笑みを浮かべた。
「すると俺はRGか……」
西町川高校のHGとRGなどと言われていたことを知ったのはしばらく後のことであった。
「そうなるね。ねえ。どうせホモだと思われてるんだから、ウデ組んで歩こうよ」
「はあ!? なに言ってんだ!?」
「……イヤなの?」
淳は目をうるうるさせながら俺を上目使いで見た。
「い、いやとは言ってねえだろ」
そういうと奴はコロっと笑顔になり、俺の左手に右手を絡めた。手の感触が妙に柔らかく気持ちがよいし、コロンでも使っているのか髪の毛からは甘い匂いがする。
(こいつホントに男なのかなあ?)
そのまま廊下を歩く。生暖かい好奇の視線をひしひしと感じた。もうこんなことにはすっかり慣れてしまった自分が怖い。
すると――。
「あっ! アレは」
「おお。やってるやってる」
食堂へとつづく渡り廊下の上で、女の子たちがキャーキャーいいながら一人の『イケメン』を取り囲んでいる。皆、中にチョコレートが入っていると思われる、ラッピングされた手提げ袋を持っていた。
「世の中不平等だよなあ。あんなにチョコを独り占めにして」
「まったくだね」
俺たちはニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
「ちょ、ま、待って! せめて順番に!」
女子に囲まれたヤツが困惑した声を上げる。身長は一六五センチぐらいだろうか。切れ長の大きな瞳、すっと整った鼻筋にキリっとした口元、シャープな輪郭。まさに凛々しいという表現がぴったりだ。長くて艶のある黒髪を後ろで結んだ様子はまるでサムライのよう。おまけに制服の上からカーディガンを羽織る代わりに、新撰組が羽織っているような紋付(色は黒)まで装備しているのだからたまらない。これではモテるのも当然と言える。
「もしかして学年で一番モテてるんじゃないのか?」
「そうだね。幼馴染みとして誇らしいよ」
「だな」
でもなぜだか本人はあまり嬉しそうではない。
「受け取ってくれてありがとうございましたー!」
ようやく受け渡しが終わったらしく。女の子たちは散り散りに去っていく。
するとモテモテ野郎が大量のチョコレートを抱えたまま俺たちの方に駆け寄ってきた。
「どうして助けてくれないんだ!」
そして恨めし気な目で睨み付けてくる。
「なんで? モテモテでいいじゃん」
「モテモテって言ったって!」
そういって地団駄を踏むと、そいつの胸部にある『たわわなもの』がぷるんと揺れた。
「じょ、女性にモテたって仕方がないだろう!」
『彼女』の名前は露山都子。れっきとした女の子だ。まあ見ればわかる。たしかに顔立ちこそ少々男っぽいが、こんな大きな胸をした男はいないからだ。つーかそもそもスカートを履いている。丈の長い紋付を羽織っているのでちょっとわかりづらいが。
「なんでー? モテるのはいいことじゃない。今時代は百合であるとも言われているし」
出会った時期は少しズレるが、俺と淳の共通の幼馴染みであり、三人しかいない我らがお笑い研究会の最後のメンバーでもある。
「けっこうコワイんだぞ! ああいう風に女子に囲まれるのって!」
まあまあと彼女を宥めつつ「とにかく。飯食いに行こうぜ」と提案すると――
「あ、その前に」
都子は制服のブレザーのポケットから小さな巾着袋のようなものを二つ取り出した。
「ホラ。これやるよ。バレンタインとかよくわからないが、世話になっているからな」
そういって淳にそれを手渡す。
「ありがとう! 和菓子かな? 嬉しいよ」
甘いもの大好きな淳は笑顔でそのように述べた。
都子も爽やかに微笑み、淳のアタマを優しく撫でる。
「そ、それから。ほら。昌太郎にも」
都子はなぜか俺から九十度近く顔をそらしながら、ぶっきらぼうな様子で巾着を差し出してきた。なにに怒っているのか顔も真っ赤である。
様子は気になるがせっかくバレンタインをくれると言うのだから有難く受け取っておこう。
「ありがとう。おまえの作ってくれる和菓子うまいからな。嬉しいよ」
「そ、そうか。ちなみに」
両手のひとさし指をつんつんと合わせる。彼女らしくない仕草だ。
「その……他の女子からなにかをもらったりは??」
「まさか。今年もおまえだけだよ」
そういうと彼女はなぜか大きな溜息をつく。
すると淳がからかうように言った。
「ねえ~なんで昌太郎にだけそんなこと聞くの~? ボクには~?」
「!? 淳! 貴様!」
そういうと都子はさらに顔を真っ赤にして、淳の後ろに回り込み首しめ攻撃を仕掛けた。
「やめろ! おまえのパワーで貧弱な淳にチョークスリーパーなんかしたら――!」
都子は合気道五段、関係ないけど剣道と弓道も二段の猛者。
まじであかんやつなので必死に止めた。
一悶着ありつつも、無事三人そろって食堂に到着する。
昼食に食べるメニューというのも大体固定されてしまうもの。
俺はA定食→カレー→ラーメンのローテ。小食な淳は殆ど菓子パンやサンドイッチだけ、たまーにラーメンやかけそばも食べるといった感じだ。
今日も俺はA定食、淳はタマゴサンドを手にいつもの窓際の席についた。
都子はというと――
「よっこい……しょっと」
俺たちの席に向かってゆっくりと歩いてくる彼女の両手には、配膳用のトレイがひとつずつ握られていた。左側のトレイにはカツ丼と牛丼、それにカレーが。右側のトレイにはA定食とラーメン、デザートの白玉クリームあんみつが置かれていた。
「あいかわらずよく食べるねえ」
淳がタマゴサンドを小さなお口でちびちびと齧りながら呟く。
「……どうも燃費が悪くてな。こんなにたくさん注文するのもいい加減恥ずかしいのだが」
都子は恥じらった表情を見せながら席に着いた。
「まあいいじゃないか。俺、都子の食べっぷり好きだよ」
優しい俺はそのようにフォローしてあげたのだが、
「馬鹿者! 『好きだ!』なんて言葉はそんなに軽々しく使うものじゃないんだよ!」
などと烈火のごとく怒られてしまった。なぜだ。まあいつものことではあるが。
――お説教を喰らうこと数分、ようやく鎮火して食べ物に手をつけ始めたころ。
「そういえばさあ」
などと淳が話題をふる。われわれ三人の会話というのはだいたいにおいて、淳がまず口火を切り、俺がそれに対応、都子はそれを黙って(だいたいなんかを食べながら)聞き流しつつ、ときおり鋭いツッコミを入れるというのがパターンだ。
「あの娘のことどう思った?」
淳は横並びに座った俺と都子に順番に視線を流した。
「あの転校生のことか?」
「モチロン」
俺は箸を置いてうーむと腕を組んだ。
「すごかったな……」
彼女がブチかましたジョークの連発、そしてあの嵐のようなウケっぷりを思い起こす。
「ボク元々アメリカンジョークって結構好きだから、すっごい笑っちゃったよ」
淳は口に手を当ててくすくすと笑う。
「まあなんだろうなあ。冷静にネタ自体の内容を思い起こすとそんなでもなかったような気がするけど、なんつーか迫力みたいなんが凄かったな。まるでプロの芸人の漫才をライブで見てる時みたいなお笑い的圧力というか」
「うん、確かにオーラがあったよね」
「目に力があるっつーか、金色に輝いているようにすら俺には感じられたぞ」
「あーボクも分かるなーその感覚」
などとしゃべくっていると都子が口を挟んでくる。
「ふん。みんなあの娘がちょっと可愛いからって面白く感じただけだろう? 私は全然笑えなかったぞ」
ラーメンをすすりながらツンと横を向く。それに対して淳は、
「ホントかなあ? 必死に笑いを堪えてるように見えたけど?」
などと煽りを入れる。
「そ、そんなわけあるかあ!」
都子はその発言にムキになり立ち上がった。
「私が愛する笑いは――」
そういって例の紋付から扇子を取り出し、
「ただひとつ! 落語のみ! あんな欧米のジョークなんかで笑うものか!」
などと叫んだ。バッと開かれた扇子には『昇天』の文字。ちゃっちゃかちゃかちゃかというテーマソングでお馴染みの番組のグッズらしい。
「あっ……コホン……」
周囲の視線を一身に集めていることに気づいた都子は恥ずかしそうに腰を下ろした。
俺は彼女の見た目のカッコよさとは裏腹な、こういうなんというかすっぽ抜けた所がとても好きである。本人に言うと怒るので言わないが。
「まあとにかく。お笑い研究会の会長としては――」
俺は偉そうに椅子にふんぞり返りつつ、
「あの子をスカウトする必要があるな」
いつも持ち歩いているお笑い研究会のビラをポケットから取り出して机に広げた。
「おお! そうだね。彼女なら間違いなく戦力になるし、人数が増えれば部活動に昇格できるかもしれないし」
淳は即座に賛成してくれた。対して都子は。
「反対! 反対! 反対! あんな可愛い子はダメ――じゃなくて! あんな非常識な星条旗の服着た不良娘は風紀を乱すだろ!」
「でもなあ。少しでも戦力が欲しいと思うけど。ボクたちってなんというか『弱小』もいいところじゃない? 去年の文化祭のときだって――」
「そ、そうだけど! それでもイヤなのだ!」
あんまり騒ぎすぎて食堂のおばちゃんに怒られた。
いつものように都子→俺→淳の順番で食べ終わり、食堂を後にして廊下に出た。
すると。
「あ――! あの子――!」
俺は遠くで佇む一人の女生徒の後ろ姿を指さした。
金色に光る長い髪、目がチカチカする星条旗柄の制服(?)。
間違いない。間違えようもない。
制止する都子を捨て置き、俺は廊下を全速力で駆けて彼女の前に回り込んだ。
「ハァハァ……」
ヒザに手をつきながら彼女の姿を見る。
近くで改めて見ると本当に人形のように整った顔をしている。それにこの真っ白な肌が醸し出す透明感。金色の髪の毛は信じられないくらいにサラサラで金粉でも飛びそうだ。
しかし。先ほどの自己紹介のときの不敵な笑顔とは違う、なにやら浮かない表情をしていた。まるで別人に感じられるくらいに。
そのことに戸惑っていると。
「なんデスか?」
彼女のほうから話しかけてきた。
「あっえーっと……。俺、クラスメイトの渚昌太郎ってもんなんだけど、サシャさんでいいんだっけ?」
彼女は無言で頷いた。
「これを見てもらいたくて」
俺はポケットに入っていたものをサシャに手渡した。
すると彼女は目を大きく見開いてそれを凝視する。
「お笑い研究会……デスか?」
(おっ? 思ったより反応がありそうだぞ?)
「ああ。俺、この同好会の会長やっててさ。人数は三人しかいないけど少数精鋭で日々研究に励んでるっつーわけだ」
彼女は食い入るようにチラシを見つめている。
「おまえさ、ものすげージョーク連発してただろ? もしかしてこういうの興味あるかなーと思って」
俺の言葉には反応せずにひたすらにチラシを見つめて、
「なるほど……デスね……そうか……研究」
なにやらブツブツと呟いている。
「ま、まあとにかく。もし興味があれば今日の放課後でも部室に遊びに来てくれよ。場所はそのチラシに書いてあるからさ」
彼女は小さく頷き、チラシを見ながら歩き去っていった。
(――よし! 手応えアリ! かな?)
俺の脳内でカズレーザーが仮面ライダーのポーズを取る。
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