第3話 スパイは旧友を尋ねる
幼馴染のエリスの家に居候になって数日。
窓辺から差し込む朝日で、俺は自然と目覚ました。
「すぅー……」
小さな寝息を立てるエリスが、俺のすぐ横で寝ていた。
スパイの手引き・その5。
どんな不測の事態があっても、まず冷静に状況を観察する。
と言っても、エリスが俺のベッドに潜り込むのは、帰ってきてからこれで三度目だ。
俺は彼女をやんわりと揺すって起こした。
「んむ……ぉはよう、アンバー……」
「どうしていつも、気付くと俺のベッドで寝てるんだ?」
「んん……ごめんねぇ、わたし、寝相悪くて……」
違う部屋で寝ている相手のベッドに潜り込むのは、その域を超えているのは間違いない。
起きて二人で朝食を摂る。
ハムエッグにトースト。勿論コーヒー付きだ。
「それ、俺のシャツだろう」
エリスは下着の上からぶかぶかのシャツ一枚を羽織った姿。
無防備にもほどがある。
「うん。借りてたけど…だめ?」
「いや……居候だし、文句は言えないな」
「えへへっ」
エリスは嬉しそうに笑った。
「あ、そういえば……コーディがこの前、仕事で困ってるって言ってたよ」
「あいつが?」
その名前に、俺は朝食の手を止めた。
「うん。よかったら、彼女のお店訪ねてみて。きっとコーディもアンバーに会いたがっていると思うし」
「……わかった。それじゃあ、上の雨漏りを直したらな」
+++
その日の午後、俺は街のメインストリートを歩いていた。
様々な人種が行きかうここは、いつも商売の活気で賑やかだ。
俺はそのうちの店のひとつに入る。
看板には、『ガンショップ』と書かれている。
「いらっしゃーい……ってぇ、ええぇっ!?」
カウンターに突っ伏していかにも暇そうにしていた赤毛の娘が、俺の顔を見るなり飛び起きた。
「アンバー! 生きてたんだ! 本物?」
「久しぶり」
コーディは腕利きの銃職人(ガンスミス)だ。
祖父から続くこの店を受け継いで商売をしている。
「心臓飛び出るかと思った……帰ってたなら言ってよね。仕事?」
「いや、もうスパイはクビになったんだ」
「えー! じゃあもううちの顧客になってくれないの?」
「まあ、今のところは」
俺の言葉に、コーディは残念そうに頬を膨らませる。
「それより、なにか困り事があると、エリスから聞いたんだけど。……何があった?」
俺がそう聞くと、安穏としていたコーディの顏が曇った。
+++
「――なるほど、そいつらがここいら一帯の店を脅してる、というわけか」
「うん。最近街に入ってきた奴らなんだけど、みかじめ料として売上の何割かを寄越せって。最初は断ったんだけど、奴らしつこくて。そのうち、店の窓硝子を割ったり、嫌がらせをしてきたり」
「なるほどな」
どこの街にも、暴力を生業にする輩はいる。
放っておけば勝手に増殖するカビのようなものだ。
「わかった。なんとかしてみるよ」
「え? いいの」
「ここは、故郷だからな」
俺はすみやかに事態を収拾すべく、コーディの店を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます