第4話 スパイは別人に成りすます
翌日。
コーディのガンショップから数百メートル離れた花屋の前に、派手な車が乱暴なブレーキで停まった。
それを俺は、向かいのカフェから眺めていた。
どうやら、朝から張り込んでいた甲斐があったらしい。
スパイの手引き・その6
スパイは待つことが仕事だ。
車から二人の大柄な男たちが降りてくる。
一人はスキンヘッドで、もう一人はモヒカン。いかにもカタギではない。
あの男たちをただ痛めつけて、この場を追い払うことは簡単だ。
しかし、それでは解決にはならない。
「さてと……」
俺はカフェを出て、男たちの後を追った。
+++
「お、お願いで、どうかもう少しだけ……」
花屋の店内では、男たちが女主人に詰め寄っていた。
「はぁ? ふざけんじゃねぇぞコラ」
「先月もそう言っていたよなぁ? オレたちも聖人じゃないんでねぇ。
それなら値段を倍にさせてもらおうか」
「そ、そんな……!?」
男たちが女主人に物騒な得物――拳銃を突き付ける。
「ここで商売するにはな、オレたちの許可が――ん?」
後ろから忍び寄っていた俺は、ぽんぽんと男の肩を叩いた。
振り返ったモヒカン頭の腹に拳をめり込ませる。
もう一方のスキンヘッドが、唖然として目を見開く。
続けざま、その顎を掌で下から打ちぬいた。
気絶した男たちが床に倒れこむ。
あまりにも呆気ない。
あまりに突然の事態に、花屋の女主人は呆然としていた。
俺は気まずさを取り繕うために尋ねた。
「えっと……なにかお薦めの花はありますか?」
+++
静かな夜。
港に面した倉庫街。
俺はアスファルトの上に横たわる男たちを軽く蹴りつけた。
「起きろ」
「んっ……なっ!?」
スキンヘッドとモヒカンが目を覚ました。
「ここは……って、なっ……なんだこりゃあ!?」
男たちの手足は太いロープで縛られ、両手両足にコンクリートの重しを括りつけられている。
ここまで男たちを彼らの車で運んできたのは俺だ。
「は、離しやがれ!」
「おとなしく、俺の話を聞くならな」
俺は少々イメージチェンジしていた。
スーツの胸元を開け、目には黒いサングラス。
後は、多少の演技があればいい。
男たちの前にしゃがみこむ。
先ほどモヒカンの懐から取り出したナイフでその頬を叩き、底冷えする声を出した。
「お前ら……俺の組のシマで勝手な商売をしたんだ。こうなるくらいの覚悟はあったんだろう?」
「く、組!?」
「まさか、ルティーノ・ファミリーを知らないのか?」
「!!」
男たちの顔面が一気に蒼白になる。
裏の世界では知らない者がいない大物マフィアだ。
もっとも、俺とは何の関係もないが。
「ま、待ってくれ! し、知らなかったんだ!」
「ほう。この裏世界で、知らなかったで済むと思ってるのか?」
「あ、アンタらの組が関わってる街だなんて知ってたら……たたた、頼む……! 見逃してくれぇ!」
「に、二度とこの街の連中には手は出さねぇ! い、いや、もう二度と街にも足を踏み入れたりしない! 誓う!」
男たちは涙と鼻済みまみれで必死に懇願した。
俺は立ち上がると、小さくため息をついた。
「本当に誓えるか?」
「あ、ああ! 誓う!」
数秒間、勿体ぶるように俺は沈黙した。
そしてナイフをその場に放り捨てる。
これで自力でロープを切ることぐらいできるだろう。
「いいか、今夜中に街から消えろ。
さもないと、ルティーノ・ファミリーはお前の一族もろとも皆殺しにするぞ。
わかったな?」
男たちは、死のもの狂いの必死さでがくがくと頷いた。
+++
後日、俺は改めてコーディの店を訪ねた。
「あ、アンバー!」
彼女の満面の笑みが俺を出迎えた。
「ありがとう! アンバーがあいつらを追っ払ってくれたんでしょ?」
「上手くいったらな、よかったよ」
「でも、どうやったの? もしかして……全員皆殺しにしたとか?」
「まさか。マフィアじゃあるまいし」
スパイの手引き・その7
スパイは、できる限り事を荒立てない。
「そうだ! よかったら、お礼になにか持っていく?
色々仕入れてるよ。表には並べないプロ仕様の装備もあるし。
軍用の熱光学迷彩とか、軍用の自己修復型生体ブレードとか……」
「もう俺はスパイじゃないって言っただろ」
俺が素っ気なく答えると、コーディは難しそうな顔で唸った。
だがしばらくして、
「そっか。それじゃあ……」
コーディはおもむろにカウンターから身を乗り出した。
タンクトップの胸の谷間が強調される。
「他のサービスでお返し……とか?」
俺は苦笑いで答える。
「それじゃあ、貸しにしておくよ」
スパイの手引き・その8。
女性にはモテるが、色仕掛けには耐性がある。
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