第1話 スパイは故郷に帰る

 大陸を二分する帝国と共和国。

 民族、領土、資源――様々な問題を巡って、巨大な二国は対立を続けてきた。


 戦いが剣や弓の時代から、銃とハイテク技術に変わった現代まで。

 

 そして、ついに十年前。

 大国間の全面戦争が勃発。

 各地で勃発した激しい戦いはかつてない甚大な被害と犠牲を生み、十年に渡って続いたこの戦争は【災厄の大戦】と呼ばれた。


 世界は、現実的な滅びに直面していた。


 だが、それは唐突に終わりを迎えることになった。

 唐突に結ばれた、二国間の恒久的な休戦協定によって。


 世界は滅びを瀬戸際で免れた。

 だが、民衆や兵士の大勢は、知らない。



 その偉業が、たった一人の「スパイ」によって為されたことを――




 +++



「……っていうわけで、帰ってきたんだけど」


 俺は故郷の街の、とある民家を訪ねていた。


 目の前に、身動きひとつとらず固まっている少女がいる。


 素朴ながらも美しい少女だった。



「アン……バー?」


「ただいま、エリス」



 エリス・ライトは、俺の幼馴染だった。


 幼い頃からずっとこの街で一緒に育ったが、会ったのは数年ぶりだ。



 だが、エリスはまったく反応がない。



「? エリス、どうかしたか」


「生き……て…………」



 エリスは奇妙な鳴き声を発し、そのまま後ろに倒れた。


 俺は咄嗟にその身体を受け止めた。



「やれやれ……」



 どうやら驚かせすぎてしまったらしい。




 スパイの手引き・その1。


 スパイとは、生死不明であることが多い。




 +++



「んんっ……」


 しばらくして、ベッドの上でエリスが目を覚ました。


「大丈夫?」


 エリスは俺に気付くと、再び固まった。


 また気絶されては困るので説明しようとした直後――



 エリスが突然、俺に抱きついてきた。



「本当によかった……アンバー……」



「心配させて、ごめん」



「もう、どこにもいかないで……」



「……ああ」



 俺はエリスが落ち着くまで、しばらく彼女を抱きしめていた。



 +++



「組織から殺されそうになったって……そんな……ひどい」



 エリスは俺の事情を聞くと、まるで自分のことのように憤慨した。



「彼らは、そういうものだよ」



 俺がいた組織――共和国の極秘諜報機関 《幽》。


 帝国との戦争が激化する中で、その裏で戦争終結のために、ありとあらゆる裏仕事をこなす特務機関だ。



 だが、実際に戦争が終結した途端、俺はお払い箱になった。

 もっとも、最初からそうなるであろうことは予想していた。


 だから俺はクビになると同時に、自由を謳歌させてもらうことにしたのだ。



「そういうわけで、俺は無職だ」



「べつにいいじゃない。うん、それじゃあ私が養ってあげる」



 エリスはむしろそうしたいというような笑顔で答えた。



 だが、さすがにずっとそういうわけにはいかない。


 何か俺も仕事を探さねばならないだろう。



 俺は二階にある部屋の窓から、外の通りを見下ろした。




「なあ、少し街を案内してくれないか? 昔から変わったところもあるだろうから」


「いいよ! じゃあすぐに出かけよっか」



 エリスはこれまで見たことがないくらいご機嫌な様子で、俺の手を握って引っ張った。

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