Rebirth-11



「それ、注射器だ、俺、知ってる。スラムの子がされたことある」


「うん。これでバロンくんの血を貰って、ドラゴンの血の成分だけをヴィセ君に移すの」


「え、やだ、怖い! 俺自分で腕切れる、血出る」


 バロンは顔を小刻みに振って拒絶し、急いで鞄からナイフを取り出す。


「あああ駄目駄目! 駄目よ、自分で自分を傷つけるなんて絶対ダメ! それに雑菌が入らないように採血して、綺麗なままヴィセくんに注射しないといけないの」


「……注射器、俺も?」


「大丈夫、そんなにたくさんは採らない」


 バロンは時に無鉄砲で、怪我をする事もしばしばだ。しかし自身に針を刺されることは怖いらしい。そんなバロンを見かねてか、ジェニスがゆっくりと歩み寄った。


「ディットちゃん。あんた注射器は何本持って来たね」


「5本あれば十分かと……」


「じゃああたしの血も抜いとくれ。あたしと一緒にやれば坊やも怖くはないだろう。あたしの血はあんたの研究にでも使っとくれ」


 ジェニスはコートを脱いで腕まくりをし、ディットに左腕を差し出した。思ったほど痛くないものだと笑うジェニスを見て、バロンは自身の腕を差し出す。


「……ヴィセ、助かるよね」


「うん。たくさん食べる事ができないから、元気な血をあげるの。バロンくんの本来の血の成分とは分離するけどね」


 ディットはバロンの腕に針を近づける。バロンはうぅ、怖い、痛くしないでとうるさい。


「はい少しだけチクっとするよ」


 ディットに針を刺され、バロンはこの世の終わりかのように歯を食いしばる。力を抜けと3度言われ、ようやく血が注射器へと入り始めた。


「バロンくんの血、赤いのね……真っ赤よ」


「ふ……ふぇぇ?」


「プッ! もう、笑わせようとしたのに。血は赤いものでしょ、普通よ、普通」


「ふ、ふぇひひっ……」


「あー無理して笑わなくていいわ」


 注射器3本分を抜き取り、ディットはすぐに準備を始める。土埃が舞い上がらないよう全員に微動だにするなと言いつけ、何やら液体を取り出した。


 バロンは自身の耳をヴィセの胸に当て、まだ動いてる、温めないと死んじゃうと騒がしい。


「ラヴァニさんから以前少しだけ血を貰った。それをあたしの血と混ぜ合わせて実験したの。まさかあれが役に立つ日が来るとは思わなかった」


 ディットが透明のビーカーに液体を入れて1分も経たないうちに、ビーカーの中の血が透明がかったものと真っ赤でドロドロしたものに分かれる。


「うん、ここまでは順調」


「ヴィセ体冷たい!」


「ブランケットを沢山持って来て!」


「そういえば、小屋に湯たんぽがあったね、お湯もあるはず。エゴール!」


「ああ、持ってこよう!」


 バロンとジェニスがヴィセの手を握り、少しでも体温を保とうとする。そうするうちにディットはもう1種類の液体をビーカーに垂らした。


 ビーカーに垂らした液体に、赤黒くドロドロした沈殿物から真っ赤な液体が群がり始めた。その赤いものこそがドラゴンの血の成分なのだという。


「……それ、生きてる? 動いてるみたい」


「これはね、ドラゴンの血だけが液に反応してるの。バロンくんの血をそのまま使うと、人の血同士が邪魔になって効果が出ない。この方が効果は高いし、同じドラゴンの血を持っているのなら副作用も出ないから」


 ビーカーの中は鮮血のような赤い層、黄色がかった透明な層、赤黒く沈殿した層の3層に分かれた。ディットは赤い上層だけを、注意深く新しい注射器で吸い取る。


「……出来た。ヴィセくんの一番太い血管、どこかしら! 上腕をぎゅって掴んで!」


 ジェニスがヴィセの腕をぎゅっと握り、血管を浮かせた。ディットは注意深く針を入れる。


「これだけの血を作るのにも沢山栄養が必要なの。効果は出るはず」


「ねえ、ヴィセ……起きないから変身しないよね? いいの?」


「変身は必要ないわ、人の姿で気を失ったのだから。ドラゴンの血が、まずは弱ったヴィセくんを治す」


「ハァ、あたしにゃさっぱり分からん。でもこの子が目覚めるのならそれでいい」


 用意出来たのは注射器1本分。あと数本欲しいところだが、バロンが貧血を起こしてしまう。ディットが片付けを済ませた頃、エゴールが湯たんぽを持ってきた。ついでにと服も持って来てくれたようだ。


「それを着せたら、一度小屋に戻ろう。ここよりももっと温かい場所の方が良いと思うよ」


「そうだねえ。よし、坊やが先に行っておくれ。あたしらの力じゃ、向こうについても下ろしてやれない」


 ドラゴンになったエゴールの背に鞍を取り付けると、ヴィセを前に座らせてロープで縛り、後ろにバロンが乗る。バロンは怪力でヴィセを小屋に運び、すぐに風力発電で沸かしたお湯を準備した。


 板張りの上に布団を敷き、湯たんぽを入れたらヴィセをそっと寝かせる。意識が戻らないヴィセが心配で、バロンはずっと傍を離れない。


 10分程もすればディットとジェニスも戻って来た。エゴールは小屋の外で変身を解き、震えながら服を身に着ける。


「ドラゴン達にお礼を言ってきたわ。あとはもう目覚めるのを待つしかない」


「ドラゴンの血があれば、内臓の損傷でさえも治る。一瞬でも気が付いたのなら、頭の方も大丈夫やろね」


「……ヴィセ」


 バロンは「ヴィセを温める」と言って布団に覆い被さる。時折肩が揺れているのは、泣いているからだ。


「……アッカが、自分の卵を使うかと聞いてきたんだよ」


「えっ」


「もちろん断ったよ。ドラゴンの卵を割って無理矢理口に流し込めば、超回復が見込めるって言われた」


「ドラゴンの卵を譲って貰ったと知れば、ヴィセくんは自分を一生責める。ドラゴンは何百年かに1回しか卵を産めないのに」


「あの子がドラゴンと卵を守ろうとしたのくらい、簡単に想像がつく。守りたいものを守らせてやらにゃ、目覚めが悪かろう」


 バロンの耳がしっかりと後ろに向いている。ちゃんと聞いている証拠だ。


 それから更に1時間程経った頃。バロンはいつの間にか眠っていた。


 前の晩から一睡もせず、ずっと緊張したままだった。気付けばゴーンを出て12時間も経っている。飛び続けていたエゴールもとうとうダウンしてしまい、ディットとジェニスが何か作ってやろうと立ち上がる。


「……あんたも少し寝なさい。あたしが見るから」


「大丈夫です、研究してたら丸1日経っちゃう事もあるし」


 2人は雑炊を作っていた。野菜、鶏肉、とっておきの鶏卵を4つも使い、5人分の食事に仕上げていく。


「不思議な子達ですよね」


「ああ。あたしもあの子がいなかったら、ただの老婆として一生を終えただろう。故郷の壊滅も知らずにね。あの子は人の運命を変える力を持ってるんだ」


「そうですね。あたしのドラゴンの研究だって、ヴィセくんがいなかったら無駄に終わるはずでした」


「ドラゴン達は、あの子を友と呼ぶ。仲間だと思ってる。今、ドラゴンは人を守るために手を尽くしてる。ほんと、不思議なものだよ」


「まあ、手を尽くすというか……敵をやっつけに行ったんですけどね」


 やがて掘り炬燵のテーブルに、雑炊が入った大きめの鍋が置かれる。その時、バロンがバッと顔を上げた。


「フフッ、ご飯の匂いには敏感やねえ。よそってあげるからこっちに来なさい」


「もっと血が必要になるかもしれない。たくさん食べて、栄養を付けて」


 バロンの耳はディット達へは向いていない。真っ直ぐ前を向いたままだ。


「……どうしたの? 寝ぼけてる?」


「ヴィセ、俺の背中に……手、置いた」


「えっ」


「俺の背中、撫でた!」


 ディットとジェニスが慌てて駆け寄る。ヴィセの腕は布団からはみ出ていた。


「ヴィセ! ヴィセぇ……!」


 バロンはまだ涙が出るのかと驚かれんばかりに大泣きし、ヴィセの体を揺さぶる。ディットとジェニスは、ヴィセの指がピクリと動いた事に気が付いた。


「ヴィセくん!」


「しっかりなさい! 聞こえるね!?」


 呼びかけに反応するかのように、ヴィセの腕がゆっくりと動いた。そのままバロンの背中へと伸び、優しくあやすようにポンポンと叩く。


「ヴィセぇぇぇ……! ヴィセ生き返ったぁぁ~……おべでどぉ……!」


「……フッ、おめでとう……って、なん、だよ」


 ヴィセがボソリと呟き、顔の血色も戻り始める。


 口元だけで笑うヴィセを見て、ディットとジェニスもとうとう声を上げて泣き出してしまった。

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