Rebirth-08



 * * * * * * * * *



 飛行艇の音も、爆音も聞こえなくなった。ドラゴニアに静寂が戻り、卵を守るドラゴン達はヴィセの意思を拾おうとする。


 ヴィセは数百メルテも離れたならドラゴンの声が聞こえない。けれど、ドラゴン達は数キルテ離れていてもヴィセの意思を読み取ることが出来る。ヴィセもそれはよく分かっているため、飛行艇が去ったのなら、去ったと伝えてくれるはずだった。


 ≪人の子が追い払ったか≫


 ≪……我らと同じ姿に変わったように受け取ったが、大丈夫なのか≫


 ≪あの者は心優しい。人が皆、あのようであればいいものを≫


 ドラゴン達は集めた藁の上で卵を守っていた。藁だけでなく、数枚の毛布も敷かれている。寒い中で卵を守るドラゴンのためにと、ヴィセが用意したものだった。


 ≪様子を見て来よう。なに、この毛布をかけておれば、少しくらいは問題ないのだから≫


 アッカが口で赤い毛布を器用に畳み、卵をしっかりと包み込む。他のドラゴンが風よけになろうと尻尾を伸ばし、アッカが洞窟から出て行く。


 まず向かったのはヴィセの小屋だった。鶏や羊たちはもう怯えることなくいつも通りだ。しかし、呼びかけてもヴィセの返事がない。


 ついさっきまで意思が伝わっていたのだから、寝ている事はないと考えたアッカは、島の周囲を飛ぶことにした。


 そうして島の下方へと視線を向けた時、アッカの体内の血が全て沸騰するかのような怒りがこみ上げてきた。


 ≪あっ……あの姿は! おのれあのこざかしい飛行艇め!≫


 アッカは地表へと急降下し、ヴィセのすぐ隣へ降りた。ドラゴン化は解けていない。ヴィセがドラゴン化を解こうと考える前に、地表に叩きつけられたようだ。


 ≪おい、ヴィセ! しっかりしろ!≫


 霧を少し除去しただけの荒れ地に、黒くやや小さめのドラゴンが横たわっていた。翼は一部破れ、目を開かない。背中の白金の線のような模様は、ヴィセの髪色と同じだった。


 墜落した飛行艇が、100メルテ程先で黒煙を上げている。いつものアッカなら、空気を穢すなと憤っていただろう。そのすぐ傍には、呻く1人の男の姿があった。


 いつもなら、報復と言って男の頭を踏みつぶしていたかもしれない。今のアッカはヴィセの事しか見えていなかった。彼らにとってヴィセは全幅の信頼を置く仲間なのだ。


 ≪ヴィセ!≫


 アッカの呼びかけに対し、ヴィセはピクリとも反応を示さない。アッカはおろおろと周囲を見渡し、自身以外のドラゴンが気付いていない事に焦りを感じていた。


 ≪一大事だ! 人の子が死にそうだ!≫


 アッカが飛び上がる。アッカは地表から数百メルテ程の場所から、爆撃音よりも大きな咆哮を響かせた。


 だがドラゴニアの洞窟にいる仲間以外、聞こえるであろう数キルテ内から、ドラゴンの返事はない。他の個体はラーナ島やジュミナス・ブロヴニクなどにいるのだろう。


 アッカは卵を温めなければならず、あまり遠くに行く事は出来ない。餌を運んでくれるつがいのアッオや他のドラゴンも、戻ってくるのは夕方だ。


 ≪飛行艇にやられた! 我らドラゴンの姿に変化したまま、息絶えそうだ!≫


 アッカが再度周囲に咆哮を轟かせ、再びヴィセの傍に戻った。体が冷えないようにと風よけになり、息を吹きかける。


 周囲はなだらかな丘陵地で、デリンガーの廃墟群が見えている。春が過ぎて霧を洗い流した後は、牧草地にして牛や羊を放牧しようと考えていた場所だ。土竜達が霧を除去してくれた地域なのが幸いし、霧による消耗はない。


 ただ、温度計はないものの地表でも気温は氷点下。生きているとしても、このままでは凍死してしまう。


 アッカは悩んだ結果、ヴィセの体を持ち上げようと掴んだ。物を持つ事に適さない腕は、意図せずヴィセの体に爪を食い込ませる。


 ≪すまぬ、だがこれ以外に方法がない≫


 アッカが持ち上げるため羽ばたき、少しだけ掴む力を強める。爪が胴体にもう少しだけ食い込んだ時、ヴィセが小さくうめき声を上げた。


 ≪人の子! ヴィセ! 聞こえるか、人の姿に戻れ、我が巣に連れて行く!≫


 ヴィセはまだ生きていた。傷みで気が付いたのだ。ヴィセは意識が朦朧とする中、言われた通り人の姿に戻りたいと考える。


 その姿が少しずつ変化を始め、人の姿へと戻った。全裸でうつ伏せの状態となり、再び意識を失う。人の姿の方がはるかに運びやすいため、アッカはしっかりとヴィセと腕で包み込み、大きく羽ばたく。


 その時、ふと足元から何者かの意思が聞こえてきた。


 ≪ナニゴトカ、アッタノカ≫


 ≪土竜の! 人の子が我らを救おうとしてケガを負った! ドラゴンの姿となり戦ったようだ≫


 ≪戦ッタ? イッタイ、何ト戦ウ必要ガアル≫


 ≪飛行艇が、ドラゴニアに到達したのだ! 浮遊鉱石を兵器で崩して持ち去ろうと! 我が仲間でも人でも良い、我の代わりに伝えてくれぬか!≫


 ≪ナント……ワカッタ! 島ノ方マデ 行ッテミヨウ≫


 アッカの伝言を受け、地中にいた土竜の1匹が急いでラーナ島方面へと向かう。


 それから数時間後。


 ラーナ島で羽を休めていたドラゴン達にも事態が知れ渡った。島にはドラゴン達の言葉を理解できる者がいないため、今度はドラゴン達がゴーンやナンイエートへと向かう。


 土竜から浮遊鉱石を受け取り、通常よりもはるかに速く飛んで更に4,5時間。


 1匹のドラゴンがゴーンの北東の草原へと転がり込んだ。





 * * * * * * * * *





 快晴の空、陽が傾き始めたゴーンの町。


「それでね、今はヴィセだけそこに住んでる」


「へえ、そうなのかい。噂には聞いていたけれど、君たちはオレの想像すら及ばない事をしているんだね」


「話しちゃいけないんじゃなかったの? 大丈夫?」


「姉ちゃんと、姉ちゃんの彼氏なら大丈夫」


「ロイお義兄さん、って呼んで欲しいかな。ロイでもいい」


 バロンは姉のエマと、その恋人のロイと共に公園のベンチに座っていた。バロンの腕にはラヴァニが抱えられており、ニットの腹巻きを防寒具にしている。


 バロンは1年前に自身が撃たれた事を話していない。


 ≪バロン、姉が幸せそうで何よりだな≫


「うん! ラヴァニもね、姉ちゃんが幸せそうで良かったって、言ってる」


 バロンがエマにそう伝えたなら、エマとロイが顔を見合わせて頬を染める。同じ猫人族のロイは、とても心優しい青年だった。黒い髪、黒く艶やかな耳。旅人として生活していたのだが、職員のエマに一目惚れし、半年前に告白。


 イケメンという訳ではなく、ヴィセのように体格が良い訳でもない。それでもエマはロイの優しさや見てきた世界の話に好感を覚え、付き合いを承諾した。


 以降、結婚を前提に2人で暮らしている。エマはバロン達に報告するまで、結婚を待っていたのだ。


「あと2日で、新しい年になっちゃうね」


「うん。去年と今年と、色々あったね。去年はイワンと再会出来て、今年はロイと出会った」


「来年は、オレ達の子供に出会えたらいいな、なんて」


「もう、気が早いんだから」


 バロンは出発した日にトメラ屋に泊まり、2日目にはゴーンに到着していた。ロイはバロンも1週間ほど生活すると聞いて、邪険にするどころか歓迎してくれた。


 ロイもまた身寄りがなく、初めてできた弟が嬉しかった。エマからはゴーンファイブの話を聞いていたようで、手先は器用なロイは、キャロルの衣装を作ってくれていた。


「明日は年末ゴーンファイブショーだから、ロイ義兄ちゃんがくれたの着ていきたい」


「ああ。聞いていたよりも背が伸びていたから、ちょっと窮屈だったらごめんよ」


「ううん、大丈夫だった!」


「じゃあ、明日も3人でお出かけだね。もう、私よりロイの方が甘やかすんだもん」


「悪い悪い。今日は外食などどうかな。イワン……いや、バロンくんは、何がいい……」


 ロイがそう尋ねた時、ラヴァニとバロンが真上を見上げた。


 ≪どこにいる! 大変な事になった!≫


「……ドラゴン、ドラゴン来た」


 ≪ここだ、バロンと共にいる。何事だ≫


 エマとロイには聞こえていない。急にキョロキョロして喋り始めたバロンに、2人がきょとんとしていると、目の前に黒青のドラゴンが降り立った。


 ≪……人の子が、我が仲間ヴィセが、死にかけておるらしい≫

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