Rebirth-06
「いいか、勝手に色んな場所に寄り道しない事。ラーナ島に寄って、その次はブロヴニク地区でトメラ屋に泊まる」
「うん」
「トメラ屋の後は、まっすぐゴーンだ。どちらにせよ、ドラゴニアの事は絶対に言わない事。ゴーンに着いたら真っ先に姉ちゃんの所に行け」
「大丈夫! 行けるもん」
翌日、バロンはラヴァニの背に乗っていた。用意された鞍は1つだけだ。
バロンは年末年始を姉と過ごすため、これからゴーンへと向かう。ラヴァニは里帰りの必要がないものの、万が一の事を考えて同行させることになった。
浮遊鉱石を狙う者がいなくなったわけではない。ドラゴニアがある事は史実により明らかであり、ドラゴンの動きで勘付いた者もいるだろう。
「ラヴァニ、あまり人目に付かないように気を付けてくれ」
≪心得ておる。子供1人でうろついていると思われぬよう、時間にも気を付けよう≫
「頼んだぞ」
以前バロンを撃った者の黒幕は捕まっていない。バロンを狙ったという事は、彼らがバロンの顔を知っているという事。その点も気がかりだった。
ただでさえ猫人族は珍しく目立つ。バロンはジュミナス・ブロヴニクとラーナ島以外の町に出る際、人族用のゆったりした帽子を外すことが出来なくなった。
ドラゴンの中にはそんなバロンを心配している個体が多い。こっそりついて行く個体もいる事をヴィセは知っている。
≪ヴィセ、そなたは大丈夫か。我らの仲間とて四六時中ドラゴニアにいるわけではない。何かあった際、ヴィセだけでは対処できぬ事もあろう≫
「大丈夫さ。水と食料は十分にあるし、俺は山奥の半壊した村で1人きりで生きてきた。どうってことない」
≪心配させまいとしておるのだろう。少しくらいは弱みを見せても良いぞ。我も人同士の付き合い方は学んだつもりだ≫
「ヴィセ、俺がいなくても平気? ラヴァニもいないんだよ? 俺ね、ちょっと寂しい。ヴィセも来られないの残念」
バロンは泣きこそしなくなったが、ヴィセもしくはラヴァニが傍にいなければ不安そうな顔を見せる。バロンにとってヴィセとラヴァニはもはや他人ではない。親友であり、兄弟や親にも等しい存在だ。
「俺も寂しいさ。大丈夫だけど、寂しい事に変わりはないよ。ラヴァニもいないしな」
≪……我もヴィセが傍におらぬと、どうにも調子が狂う≫
「さあ、出発が遅くなると、ラーナ島で美味い飯食えなくなるぞ。行った行った!」
ラヴァニを急かし、ヴィセは笑顔で手を振る。姉に会える嬉しさと、ヴィセと離れる寂しさ、後者が勝たないように堂々としていなければならない。
「お土産買ってくる―! 行ってきまーす!」
「金は自分のために使え、ラヴァニの飯も頼んだぞ!」
「えー、何ー?」
「あーほら早く行け! 気を付けろよ!」
ラヴァニの鞍には浮遊鉱石を仕込んである。自分達だけ使うのは気が引けたが、ラヴァニの疲労を軽減し、飛行速度を上げてやりたかったのだ。鞍が軽ければ、バロンも鞍の取り外しが楽になる。
浮遊鉱石の平和的利用について、ヴィセ達はまだ試行錯誤を続けている。浮遊鉱石を霧の除去に使った後、残りの浮遊鉱石はどう使うのか。そこについて明確な方針を出せなければ、奪い合いは避けられない。
ドラゴニアに到達し、浮遊鉱石の在り処を知るヴィセ達は、強欲、偽善者等々の批判を浴びる事になるだろう。
「せめてドラゴニアだけはそっとしておいてくれ……と言うしかないんだよな」
浮遊鉱石のおかげで、移動や運搬に関しては化石燃料等の使用量が減る。それだけでも良しとするしかないのか。ドラゴンとヴィセやジェニス達で何度も話し合ったが、まだ答えは出せていない。
ラヴァニの姿は直ぐに青空に溶けて消えた。2週間ほどは誰とも話さず、会いもしない生活となる。
「……さ、家畜の世話に飯の準備、洗濯もしなくちゃな」
帰る家がないヴィセには、この小さな浮遊島の家しかない。今まで振り返らないようにしていた自身の境遇を寂しく笑い、ヴィセは鶏小屋の掃除に取り掛かった。
* * * * * * * * *
「……何だ?」
3日が経った日の昼の事だった。ヴィセがいつものように羊小屋の掃除をしていると、俄かに外が騒がしくなった。
時々立ち寄る渡り鳥の羽ばたきや鳴き声、ドラゴンの咆哮が響く事はある。けれど、今日はやけにドラゴンの咆哮が多い。
ヴィセは何事かと手を止め、羊小屋の扉を開ける。その時、目の前を1匹のドラゴンが横切った。
「うぉっ!? どうしたんだ!」
≪ヴィセか、おらぬかと思っていたぞ! 人族が来た!≫
「え、人族!? どうしてこの場所に来られるんだ!?」
≪飛行艇だ、我らが追い払おうとしておるが……動きが速すぎて敵わぬ! 仲間が洞穴に浮遊鉱石を取りに戻っておる!≫
ヴィセの頭上で深紅のドラゴンが羽ばたいている。時々ゆでたまごを貰いに来るアッカだ。ドラゴンはこの所ラーナ島など、暖かい場所で過ごす個体が多くなった。
この時期にドラゴニアにいるのは、アッカを含めほんの数匹だけ。
まだドラゴン達は怒りに溺れていない。警戒しているだけだ。ヴィセはその飛行艇に見覚えがないかを確認するため、アッカの背中に乗せてもらった。
≪あれだ、我はあの飛行艇に嫌な記憶がある≫
「……あれ、何だか俺が今まで見た飛行艇と違うぞ。しかも動きが速過ぎる≫
黒緑の機体は、前方がとんがっていて、翼を含め全体が平べったい。人が乗り込む空間が殆どなく、明らかに1人乗りだ。
その飛行艇はやがてヴィセに気付いた。方向を変えて迫って来る。
「アッカ! 避けろ!」
機体のあまりのスピードに、アッカが避けるタイミングを計りかねてしまった。プロペラのない機体の左翼がアッカの翼の先を掠める。
「あっぶね! あいつ……味方じゃないな」
ヴィセがそう呟いた瞬間、右腕に痛みが走った。アッカが怒っている。
「アッカ、俺を浮遊島に! 洞穴を守った方が良い!」
≪……そうさせてもらおう、すまぬが我には守るべきものがある!≫
浮遊島は狭く、斜面も多い。アッカが一時的に舞い降りても、飛行艇は傍に近寄れない。
ヴィセが飛び降りた後、アッカはねぐらにしている洞穴へと向かった。アッカや他のドラゴンがこの島に残っている理由は1つ。
数百年ぶりに産み落とした卵を孵化させるためだ。
「ドラゴン達! 聞こえるか! あの飛行艇じゃドラゴニアには降り立てない! 卵を見つけられないよう、洞穴に潜んでいた方が良い!」
ヴィセが精いっぱい意思を届け、飛び回っている飛行艇を睨む。気付いたドラゴンが戻ってくれたら良いが、正直な話、ドラゴン達はこの所油断していた。
アッカがすぐには怒らなかったように、ドラゴン達は人を信じようとしていた。今もまだ攻撃を仕掛けず、様子を見ようとしている。
「この騒動に気付いていない、ドラゴンの意思の伝達範囲に、他のドラゴンがいない……」
この場所がドラゴニアだと気付いていないはずはない。小屋や畑、畜舎の姿も見ただろう。人を連れて来ることも出来ない機体で、上陸出来ない浮遊島にどんな用があるのか。
ヴィセが動機を考察している時、ふいに爆発音が響いた。
「激突した? ……いや、あいつまさか浮遊鉱石を狙って!」
ヴィセはハッと気づいて島の縁から下を覗き込んだ。ドラゴンの邪魔がなくなったと判断したのか、飛行艇はなんとドラゴニアの下にある浮遊鉱石へ銃撃を仕掛けていたのだ。
「やめろ! やめるんだ! ドラゴン達を怒らせるな!」
ドラゴニアはドラゴン達の聖地であり、その上には孵化を待つ待望の卵がある。ドラゴンは飛行艇どころか、裏切った人という生き物を許さないかもしれない。
「助けは呼べない、アッカ達は親になる……傷付かせる訳にもいかない」
戦えるドラゴンはおらず、譲り受けた武器だって数百メルテもの射程距離はない。
「どうする、どうする……」
欠けては網に入れられていく浮遊鉱石を見つめ、ヴィセは必死に考える。怒りで右腕を赤黒い鱗が覆い始めた。
「これ、しかない。……覚悟、しなきゃいけない時が来たってことか」
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