Rebirth-05
* * * * * * * * *
「たまご、今日は4つあったぞ」
「やった! えっと、ラヴァニのでしょ? ヴィセでしょ? あとはアッカくんと、アッオくん」
「バロンはいいのか」
「俺昨日食べた」
ドラゴニアの気温がマイナス15℃を記録したある日。ヴィセとバロンはいつものように鶏の世話をし、羊とヤギに干し草や野菜を与えていた。少量の果物もある。
寒さが厳しく風も強いため、畜舎の屋根は低めに作られている。壁は板張りながら二重構造で、屋根は鋼鉄のワイヤーを這わせて固定してある。
バロンが改良を重ねた風車は電熱コイルに繋がり、タンクの水を温水へと変える。畜舎内の複数の温水タンクが熱と少量の蒸気を発する事で、家畜達は凍えずに済んでいた。
鶏の鳴き声がうるさく、羊たちがストレスを感じ始めていると分かり、鶏小屋だけは分けて作られた。そちらも温水タンクが小屋の寒さを和らげている。
「1つは茹でないで、雑炊に入れて食べよう。そしたら2人とも食える。バロン、お湯を。ゆでたまごの準備頼むな」
「はーい!」
畑のじゃがいも、刈り取った僅かな小麦、買い貯めた葉物野菜と米。ヴィセはラヴァニ村でそうだったように、冬は蓄えで凌ごうと考えていた。
魚は干すか塩漬けにし、野菜は外の棚に置いていれば腐らない。風車のおかげで電気はあるため、これでもラヴァニ村で過ごした1人きりの3年間より随分とマシだ。
≪流石にこの寒さは堪えるな。ドラゴニアがもっと温かい場所を飛べばいいのだが≫
「ちょっと南に移動したといえばしたけど、この標高だし仕方ないさ。ラヴァニ村だって、マイナス20℃くらいは当たり前だったし」
≪もちろん、寒さに耐える事は出来る。我らはドラゴニアにもある横穴などで過ごす。だが温かい方が得意である事は間違いない≫
「あ、そういえば。後でアッカ呼ぶ時、魚の解凍が終わったって言っといてくれ」
≪承知した。まったく、人は美味いものを知り過ぎていていかんな≫
ヴィセ達はよく接してくれる数体のドラゴンに名前を付けていた。ラヴァニよりも真っ赤なアッカ、青黒い鱗のアッオ。他にも何体かが特に仲良くしてくれる。
それ以外の多くは付かず離れずの関係だが、それでもヴィセ達に好意的だった。
そんな彼らは最近、人の食べ方を学習した。ドラゴンが果物などを海に落とし、ラハヴ達が浜辺や崖に魚を放り投げる。そんな物々交換も始まっている。
「魚を干して食べようとするなんて、確かにそうかもしれないな。天日で干せば、旨味だけが残って確かに美味い」
≪はらわたを出さねばならんとは知らなかったのだ。大きな魚であれば我らにも出来る≫
夏に橋を渡ってドラゴニアを散策した時、ヴィセ達はドラゴン達の奇妙な姿を目撃した。ドラゴン達が集まってじっと地面に視線を落としていたのだ。
その中心にあったのは、体長1メルテ程の海魚。何をしているのかと尋ねたところ、ドラゴン達は自分達で天日干しをやってみたくなったという。
だが、魚をそのまま地面に置いたところで腐るだけ。ヴィセは笑いながらやり方を教え、はらわたを出して岩場で干すように伝えた。
そうすれば、今度は冬になって「魚が凍ってしまった」と大騒ぎだ。昨日もアッカがやってしまった。なんとも愉快な毎日だ。
「ヴィセ! 俺ゆでたまご作るの完璧になった!」
「殻がつるんと剥けたな。アッカ達が来たら渡すよ……何してんだ?」
「魚のお腹の所に、ゆでたまご詰めて欲しいって言われた」
「……あいつら探求心強いよな。方向性には首を傾げるけど」
バロンの声は少し低くなった。少し早めの声変わりも納得の身長の伸びで、12歳になる前だというのに、身長は160cmに達した。よく食べよく動き、よく寝る生活は、バロンの元々の伸びしろを存分に発揮している。
もう骨が浮いたガリガリな体ではなく、必要な筋肉がしっかり付き始めた。ヴィセを超えると息巻いているが、ヴィセも更に数センチメルテ伸びている。
≪捕えてしまえばすぐに喰らうか、数日で喰らうかしかなかった。炎を吐いても黒くなるだけだからな。それがこの短い間に随分と変わった≫
ドラゴン達は頭が良い。一度食べ方を変える事を覚えると、それぞれが独自の方法を編み出した。
あるドラゴンは食べ物ではなく石を熱して肉や魚を焼いた。また別のドラゴンは焼石を水溜りに落として魚を茹でた。天日干しも当たり前のように行っている。
そんな陸の上でしか作ることが出来ない「調理済み食材」は、ラハヴにも大人気だ。ラーナ島、ジュミナス・ブロヴニクなどでは、鮫の退治報酬として住民から貰うこともある。
「なんか、勝手に賑やかになってきたよな」
「自分の出来ない事を認めて、相手が出来る事を尊敬する、だったよね!」
「はっはっは、難しい言葉を覚えたな。それを当たり前にやっちゃうのがドラゴン達の凄いところだ」
食事を終える頃にはもう日が落ちてしまった。アッカとアッオがやってきて魚やゆでたまごを渡すと、次は風呂の準備になる。
小屋の横には更に小さな小屋があり、屋根と壁が半分ない半露天風呂となっている。岩と木板で作られた自家製湯船に、風車の発電で温めたお湯を貯めれば出来上がり。
「あっつ! ゆっくり……あー生き返る」
≪こうして温まった後、布団に潜るのがたまらない≫
「ラヴァニが一番人の生活を満喫してるよね」
洗濯にも体を洗うにも、竹炭や植物性のものを使う。浮遊島は小さく、土を汚すことはできない。また、洗った水を上から垂れ流す訳にもいかない。これは環境を考えて生活するための、1つの実験でもあった。
風呂から上がると、体から湯気を立ち昇らせながら小屋に駆け込む。薪を囲炉裏で1つだけ燃やせば、室内が乾き始めて髪も乾く。
「よーし、布団を敷くぞ。そこの掘りごたつから出てこないドラゴンから、湯たんぽを取り上げてくれ」
「はーい! あははっ! ラヴァニがしがみついて離れない!」
≪このまま布団まで運んでくれても良い≫
「他のドラゴンに知られたら情けないぞ、まったく」
いつもではないが、ラヴァニは時折封印の発動を要求し、こうして一日中をヴィセ達と過ごす。布団は何組もないため、大きな布団で川の字だ。バロンは寒がりな上寝相も悪く、時折バロンとラヴァニの場所が入れ替わる事もある。
「寝相が悪過ぎなんだよな……」
「えっ? 何?」
「背も伸びて声も男らしくなってきたのにさ、寝相だけは変わんないよな。夜中、お前の冷たーい足が俺にぶつかってビックリする」
「だって、湯たんぽ冷めるんだもん」
流石に床暖房までそろえる程の電気は用意できない。優先するべきは家畜達だ。そうした慎ましくも出来る限りの工夫を施した生活も、いよいよ2年目に突入する。
「来週からは、しばらく俺だけ、か」
「ヴィセ、寂しい?」
「寂しい思いをしてるのはエマさんの方だ。年末と年始は姉ちゃんに甘えて来い」
少しだけ会話を交わし、2人と1匹はすぐに眠りに入る。真夜中、薪が崩れてコトンと音を立てた頃、ヴィセは「冷たっ!」と声を上げて飛び起きた。
「……足の裏を俺に押し付けんな、まったく……俺で暖を取るな。仕方ない、湯たんぽ交換してやるか」
バロンの両足を手で包んでやると、とても冷え切っている事が分かった。ヴィセはそろりと起き上がって湯たんぽの準備を始める。
「来週は夜中に起きなくてすみそうだ。俺の真横に潜り込まれてた頃に比べたらまあ、マシだけど」
お湯が沸いているタンクから湯を移し、湯たんぽを厚手の布ケースに入れる。バロンの足裏を湯たんぽにくっつけ、ヴィセは再び横になる。
「まあ、寂しい……かな」
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