Rebirth-04



 * * * * * * * * *



「ところで、土竜さん達の方は上手くいっているのかな」


 ≪巨大な窪みが出来ておった。地形はおおよそ変え終わったようだぞ≫


「おおよそ準備が出来ているみたいです。あとは海水を真水に変えられたら」


 霧の海を消し去り書物の解読を始めてから、更に3か月が経った。1週間だけ各自が休暇を取り、ドラゴンの背に乗って帰郷したものの、大陸再生計画は順調に進んでいる。


「ジェニスさん達、本当に大丈夫なんだろうか」


「お金については足りるらしいですけど」


 大陸を元に戻すため、用意しなければならないものは多かった。風力を電気に変換するにしても、プロペラはおろか電線の1本から調達が必要だ。


 ヴィセ達は大金を持っていたものの、それはあくまでも個人としての範疇だ。ここ1カ月、ヴィセ、バロン、ラヴァニは霧毒症の治療で世界を飛び回り、お金を稼いでいた。


 エゴールとジェニスも同様に各地を回っては金策をし、同時にあるものの発注も行った。アマンとフューゼンはデリンガーやその周辺の町や村の跡を巡り、古貨や貴重な資料などを集めて回った。それを金持ちが多い町で換金し、軍資金にする。


「まあ、ちょっとずるい稼ぎ方ではあったけどね。世界の霧が晴れようと、霧毒症が治る訳じゃない。いずれにせよ治療は必要だった」


「みんな喜んでたよ? ラヴァニもいっぱいゆでたまごもらったもんね」


 ≪治療代は5000イエンとゆでたまご、我はこれを生涯続けても良い≫


 治療を受けた者はドラゴンへの誤解がなくなり、身内を救われた者もヴィセ達の言葉を信じた。


 ドラゴンとは共存できる。その条件は、自然に出来るだけ配慮した生き方をする事。ドラゴンが何に対して怒りを覚えるのか、人々はそれを知らないだけだった。


「ドラゴンに乗って空中散歩……わずか1分飛ぶだけであんなに稼げるとはね」


「え、ジェニスさん達、そんな稼ぎ方してたんですか」


「エゴールの背に鞍付けて乗せて、1分間町の上をぐるっと回ってハイ終わりさ。1人1回1000イエン、いいもんだろう」


「しまいには生粋のドラゴンまで呼びつけてさ。まあ彼はゆでたまごを大量にもらって大満足だったようだけどね」


 多くの者が実際にドラゴンを身近に感じる事で、ドラゴンは人類の敵ではなくなった。鱗を狙う悪者は未だにいるものの、最近ではそれが悪い事だと認識されている。それだけでも大きな前進だ。


 いずれ大地が広くなれば、ドラゴンと人の住み分けも出来るようになる。もうじき狭い土地と空を取り合う必要はなくなる。


「それで、ポンプは……」


「ドラゴン達がそれぞれ4匹がかりで運んできてくれる。海に落っことしてなければね」


 大陸の西の山麓には、巨大なダム出来上がりつつあった。マニーカが土を掘って作り上げ、後は海水を貯めるだけ。地形を利用したダムの水深は平均200メルテもある。ドラゴニアが10個入ってもまだ余裕があるほどの広さだ。


 ダムの堰は厚さ1キルテで、その長さは3キルテにも及ぶ。そんなダムを土竜達はたった1か月で作り上げた。土竜がいなければ成し得る事が出来ない規模だ。


 海からは直径2メルテの配管を500メルテ分繋ぎ、用意した大型ポンプでくみ上げる。そこからは土竜が整地し固めた斜面を水が流れ落ちていき、ダムへと注がれる。


 配管は大陸中を探してかき集めたものだ。どうしても繋ぐ必要がある部分は、ラーナ島に溶接職人を数名依頼した。


「ほんと、つくづく何人かで出来る事じゃないと思い知ったよ。ドラゴンの力だ、浮遊鉱石だと計画を立てても、実行に移すだけの技術や知識は何もなかった」


「ま、そういうことだな。おれ達も手に職を持ってる訳じゃないからね、配管を繋ぐという発想すらなかった」


「溶接という言葉も知っていたが、オレ達が出来るものでもない。水を貯めるのだって、水汲んで何往復しなきゃならないかと思っていたくらいさ」


「その点、廃材集めはバロンの経験が役に立ったよな」


 バロンは廃材を集めて売る事で、ギリギリの生活をしていた。どんなものが残っているかをよく知っていたし、それが店で何と呼ばれて買い取られていたかも知っている。


 パイプや型鋼が比較的綺麗な状態で残っていたと聞けば、ディットが低温下では霧のおかげで表面の酸化が止まっていた事を突き止めた。


 更に、今回の計画の最も重要な作戦を思いついたのがスルツキーだ。彼は低温と聞いた時、海水を真水にする方法を変更した。


 ところで、何故ヴィセ達は海水を貯めようとしているのか。


「多少の塩分は残るけど、大地を不毛にする程じゃない、か」


「蒸発させて水蒸気を集め、塩だけ分けるとか、ろ過するとか、考えてみれば無謀だったよな」


「海水を凍らせたら、真水の氷が出来るだなんて。冬を待つ必要はあるけど、雪が降ればその分楽になる」


「雨だけ貯めても何年掛かるか分かんないもんね。ヴィセくん、ラヴァニ村にも雪は降るんでしょ? モニカに降るくらいだし」


「いや、山奥には海ないんだから、氷作ればいいとは思わないよ……」


 ダムに海水を貯めた後、冬になればその殆どが凍ってしまう。深さはあるが、気温はマイナス10度で波もなく、海よりも凍りやすい。


 ダムの湖底の標高は300メルテ。残った塩と海水は土竜が穴を掘って海へ排出する。春になれば氷が解け、殆ど塩分が抜けた水だけが残る。


 水は浮遊鉱石の成分を取り込み、ダム全体が霧の特効薬になる。ヴィセ達はそれを意図的に決壊させ、大地滲み込んだ霧を消そうというのだ。


「誰もいない、生き物も住めない。水で全てを洗い流しても、困る事は何もないのね。モスコ大陸もそれで上手くいくかな」


「ある程度の効果はあると思う。でも水に溶けるとはいえ、ドラゴニアの浮遊鉱石は雨に濡れても無事なんだよな」


「霧があるから、浮遊鉱石は水を媒体にして溶け込むんだ。水だけになったら浮遊鉱石を砕いて撒く。水が霧に触れた時、浮遊鉱石は霧めがけて成分を放出するんだ」


「あー……そのへんやっぱり分からないや」


 学問に疎いヴィセは、その辺りの順序や仕組みを覚えられず苦笑いだ。もっとも、理解できているのはこの場のほんの数人だけなのだが。


 ≪そのような仕組みが分かっただけでも、我らは人と組んだ甲斐があった≫


 ドラゴン達は物資の運搬や金策に協力した。ラハヴ達は霧除去の恩恵を殆ど受けないにも関わらず、海底の浮遊鉱石を運び、土竜との連携を担ってくれた。


 そして最も大地に縁のある土竜は、人の何万人分もの働きで地形まで変えてくれた。


「人類の咎にも関わらず、みんなここまで準備してくれた。俺達がこれで失敗するわけにはいかない」


 ≪人だけが背負ったところで、この世界を元に戻せはしなかった。世界の浄化が進むのなら、我らが手を貸すのは道理だ≫


 ≪コチラモ 知識ガナケレバ ドンナニ土ヲ操ル事 ガ デキテモ、大地ヲ 取リ戻セナカッタ≫


 結局のところ、1種族だけではどうにもならなかった。世界が元に戻った後も、1種族だけが取り仕切っては上手くいかない。


「おれは霧を消す方法を探っていたけど、実現するまで数百年は掛かると思っていた。調べ物が進んでいたとも言えないし、他人の力を借りる予定もなかった」


「書物は放っておけば朽ちるだけだ。150年前の技術だって、受け継がれるだけじゃ限界もある。飛行艇は全く進歩していないしな」


「時間が経てば、むしろ不可能になっていたかもしれないね。その頃はあたしもいなかっただろう。坊や達がいなけりゃ、あたしはこうなっていなかった」


「ラヴァニをドラゴニアへ連れて行くだけの旅だったはずなのにな」


「あっ! ドラゴン来たよ! あれポンプ?」


 ドラゴンが大きな荷物を吊り下げて戻って来た。既に風車が建てられ、電力は確保してある。後は季節が過ぎるのを待つだけ。


 海水は順調に溜まり、やがて冬が訪れた。計画実行からおよそ1年だ。


 春になれば地表が生き返る。それを楽しみにしながら、それぞれがいったん故郷へと戻っていく。


 そうしてヴィセとバロンとラヴァニだけが浮遊島に残った。

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