Rebirth-03



 皆で浮遊島に戻り、質素ながら賑やかな食事が始まった。テレッサが大皿を並べ、ジェニスが手際良く取り分けていく。


「さ、どうかな。今日は魚料理にしてみたの。ジェニスさんと、ドラゴニアの川で釣ったのよ」


「魚泳いでたもんな。釣りか、休みの日には俺もやりたいな」


「俺、海の釣りの方が好き! 海の中面白いもん」


 ドラゴニアとの間は6メルテ離れている。そこでラヴァニの協力で11メルテのH形鋼を縦に2本渡して固定し、橋を架けた。数か月経ったが、今のところ橋が壊れたり小さな島だけが流されたり、ドラゴニアにぶつかってしまう事はない。


 島にはドラゴニアにいたメスのヤギを4頭、地上からは羊を6頭、鶏を12羽連れて来ている。ヤギは崖を登ったりと好き勝手にしているが、羊と鶏は柵の中だ。ドラゴン達は、こちら側の動物を狙わない。代わりに時々「ゆでたまご」をもらう。


 鶏が増えるまで、当分ヴィセ達はゆでたまご抜きになりそうだ。


 畜舎も建設中で、冬が来る前には完成するだろう。堆肥の準備が出来れば小さな畑も作るつもりだ。


「浅くていいからため池を用意するか。魚が泳ぐ方と、飲み水用と」


「そうすればわざわざドラゴニアまで汲みに行かなくていいわね。やっぱり橋は怖いもん、料理するのに毎回命がけなんて」


「そうだよな。でも重さが偏ってしまうから、場所は慎重に選ばないと」


「ねえねえ、ホテルは? ドラゴニアホテルにするのはどこに建てるの?」


 バロンは風力で電気を確保し、少数が宿泊できる高級ホテルを作りたいらしい。ものづくりが好きなバロンは、もう建てたいホテルの設計図を描き始めている。専門家に修正をかけてもらえば、自分で建てるつもりだ。


 ヴィセは畑を耕し、家畜の世話をして生きていく事を選んだ。ラヴァニ村でもそうやって生きて来たため、それを当たり前のように受け入れている。


 ヴィセの歳なら大きな町に憧れ、お洒落をし、楽しい生き方を選んでも不思議はない。バロンもそうだ。


 けれど2人はラヴァニと出来るだけ近い距離で生きる事を選んだ。霧に包まれた世界を俯瞰し、自然と共に生きる事がどれほど贅沢なのか、知ってしまったせいでもある。


「綺麗に作れたら、最初は小屋でもいいんじゃないか? 空に浮かぶ宿なんてここだけだからな、心配しなくても競争相手はいないさ、オレが客を運んでやってもいい」


「完璧を求めるのは悪い事じゃないけどね。最終的に完璧であればいいのさ、お客と話すためのレーベル語はおれが教えてもいいよ」


「完成するまで日銭を稼げないってのも困りもんだからねえ。あんたら、羊の毛皮を刈るまで服を新調しないつもりかい? それに砂糖や小麦なんかも買うだろう?」


「この寒さじゃお米は出来ませんからね。お客さんを数人ずつでも呼べたら、その辺は解決しそう。あ、お魚は是非ラーナ島から買ってね」


「うーん。じゃあ、最初はちっちゃいホテルにする」


 バロンは計画のやり直しだと言って、急いで豆ごはんと野菜炒めをかき込んでから食器を片付ける。どんな間取りにするのかを考えるのだ。


 ヴィセはいずれバロンが自分から離れていくだろうと考えていた。エゴールのように、恋人を作って共に暮らす未来もあるだろう。


 だが今のバロンの頭の中には、ヴィセとラヴァニがいない未来など全くない。老いによる死別をまだ経験していないからか、バロンは自分が生き続ける事に不安や恐怖心がなくなっている。


 ヴィセもそうだった。幸運だとまでは思っていないにしろ、もう元に戻りたいとは思っていない。エゴールやアマン達の存在はとても大きいい。


「しっかし、俺は信じられないよ。モニカの外になんて滅多に出ないのに……今じゃ当たり前のようにドラゴニアを眺めてる。ここの水だって、調べたのは俺が初めてなんだぜ」


 スルツキーは学問の知識が豊富でありながら、とても視野が狭い生活をしていた。世界の霧が晴れる事など考えもしなかったし、自分がそれを成し遂げる気もなかった。


 ヴィセと出会い、ドラゴニアや浮遊鉱石の謎を知って以降、彼は何もかもを調べ尽くしたくて仕方がないくらいだ。


「おまけに霧の最初の発生地点を歩き回ってる。数か月前まで霧が立ち込めていた大地を、マスクなしで歩いているんだ。何で俺はもっと早く霧を消そうとしなかったんだろう、世界を見ようとしなかったんだろう」


「あたしはずっと研究していたんだけどね。こんな風に研究が実を結ぶなんて、思ってなかったんだ。本当は恋人のジニアが死んで、歯痒くて、霧なんかぶちのめしてやる! ってムキになってただけ」


 ディットは今更だけどねと言って笑う。まだ霧の毒は大地から完全に消えたわけではない。かつての霧の海、今は名もなき大陸となった土地をどうやって再生するか。


 ディットはもう50歳となり、恋人の当時の母親の年齢より上になってしまった。けれど彼女の執念はこうして1つの大陸を救うパーツになった。それは彼女の誇りとなっている。


「ハァ。なんだか、みんな研究だったり世界中の旅だったり、ドラゴンやラハヴさんとお話しできたり……凄すぎて。私なんかため息しか出ないわ」


「おや、お嬢ちゃん。あんたヴィセちゃん達が」


「ヴィセちゃん……」


 ヴィセが思わずせき込み、エゴールが慌てて背中をさすってくれる。


「ええやないの、あたしにとっちゃいつまでも坊やだよ。そんな事より、こんな島まで来てくれって頼めるほど信頼しとるのよ、この子達は。旅の最初でそういう仲間と出会えたから、この子達はドラゴニアに辿り着いたの」


「だって、最初に出会った時のヴィセくんなんて、お金の価値も知らなかったんだから! これでいいかって、古貨を出してきてさ。しかも金貨! 放っておけるわけないじゃない」


「はっはっは! こんな世間知らずを旅立たせたら、夢見が悪いって思った訳だね。僕もそれはなんとなく分かる気がするよ」


 テレッサがヴィセと出会った当時の話を聞かせ、ヴィセが両手で顔を覆う。続けてフューゼンが初めてアマンと出会った日の話をすれば、エゴールがジェニスの武勇伝で笑いを取る。


 ヴィセがバロンも最初は荒んで不機嫌そうな子供だったと言うと、皆が信じられないといった顔でバロンへ振り向く。


 長めの昼食は笑いと希望に包まれて終わり、それぞれが午後の作業に向かうため席を立った。





 * * * * * * * * *





 ≪ヴィセ、調べるだけであれば、いっそ書物を全て上に運べば良いのはないか≫


「あー……それもそうだな。というか、それならラーナ島に運んでもいいよな。あの島ならみんなレーベル語を読めるし」


 ≪もちろん我らが喜んで手伝おう。我らは悲願を達成してしまい、やるべき事に飢えておるのだ≫


 更に数日が経ち、事態はまた少し好転していた。ディットとスルツキーの調査により、霧の発生原理が分かったのだ。


 当初は有毒なガスを複数用意して同時に撒いた、それだけのはずだった。それぞれの毒は当時半径50メルテ、高さ100メルテのタンク数十基に溜められていた事も分かった。


 しかし、当時の科学者達は全てを混ぜた時、水と反応して起こる悲劇を想定してなかった。


 混合の毒ガスが反応時に熱を帯び、そこに一定以上の水が存在した時、毒素同士が我先に化学反応を起こそうとし、水を取り合い始めてしまったのだ。


「ディットさん、やっぱりすごいよな。研究者を集めようかって言ってたけど、必要がなくなっちゃったよ」


「霧はディットさんが分かって、水はスルツキーさんが分かったよね」


 ≪そうだな。浮遊鉱石も水と反応する、そこに目を付けたのはやはり流石と言うべきであろう≫


 浮遊鉱石は水分を介して霧を吸収する。極度の乾燥状態では効果を発揮しない。スルツキーが突き止めた新事実は、大地を洗うためのある1つの方法を導き出していた。

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