Rebirth-02
* * * * * * * * *
霧の海の浄化を始め、半年が経った。バロンは誕生日を迎え、ジェニスの見た目はもう少しだけ若返った。
浮遊鉱石を大量に使い、ドラゴニアの真下にあった霧は殆ど取り除けた。土壌そのものを改善するにはまだまだ時間が掛かるものの、ごく狭い範囲の土壌は元に戻っている。土竜達の働きも大きかった。
霧が立ち込めていない場所であれば、化け物も現れなくなった。
問題は、水が霧と反応してしまう事。反応できるだけの霧が残っていないとはいえ、雨が降るとまだ土壌の汚染度が僅かに上がる事も分かった。
「一筋縄ではいかないけど、もう西側には霧が残ってない。あと数年もすれば人が住む事もできそうだ」
「まあ、150年汚染され続けたんだ、たった数年で元に戻るならいいさ」
霧の海を訪れる者はいない。一時期は海側の斜面に集落があったというが、切り立った崖の土地ではたいした拡張も出来ず、木材なども満足に入手できない。
結果、殆どの土地が放棄され、東の端の崖にへばりつくような100人程度の集落が2つ残っているだけだ。
そのため、ヴィセ達は霧の除去を誰にも見られずに進める事が出来た。浮遊鉱石を使っている事は世の中に知られていない。
霧の海に到達できる者がいないのだから、霧がなくなった事もまだ秘密だ。
……数名を除いては。
「ヴィセ! ディットさんが呼んでるよ」
「ああ、分かった」
ヴィセ達はドラゴン化の影響もあり、霧の毒は一切効かない。ドラゴンや土竜との話も出来るため、浮遊鉱石を集めたり開墾したりはお手の物だ。
ただ、知識に関してはどうしても足りない。勉強をしてきた訳でもなく、科学に触れた事もなく、機械装置を見てもどうする事も出来ない。霧自体の化学式や性質を理解している訳でもなかった。
そのため、ヴィセ達は霧の研究をしている者を数名募ることにした。
ドラゴン博士と呼ばれるディットは、ヴィセ達が知る数少ない研究者の一人。彼女に事情を話し、オムスカからラヴァニの背に乗って来てもらったのだ。
「ディットさん、何かありました?」
「ちょっとあたしの入れる場所じゃなさそうだから。おおよそ調べたんだけど、この部屋だけまだ確かめてないの」
「まだ霧が中に残ってそうですね……ラヴァニ、バロン、行くぞ」
≪浮遊鉱石は足りるか? 心配がなくなったのだから、多めに使ってもいい。最近は土竜らに任せきりで活躍出来ておらぬ≫
「ここから先は、人がやるべきなんだよ」
ドラゴニアが復活した後、ヴィセ達はその後の方針を話し合った。出来るだけ人に知られず検証をしたいというのが全員一致の答えだ。
そこで目を付けたのがディットだった。更に、モニカの水道局からはスルツキーが来ている。ヴィセ達が信用でき、かつ研究を生業としているのはこの2人しかいない。
「いやあ、この施設は凄いね。施設がやっていた事を褒めている訳ではなくて、研究用の装置や器具は見た事もないものばかりだ」
「意味は分からないけど、こっちは分離装置、そっちは発生装置……って書かれてるわね。この本、捲って破れないかな……説明書って書かれてるんだけど」
そして、モスコ語ではなくレーベル語で書かれた文字を読むため、エメナも参加している。アマンとフューゼンも読む事は出来るが、彼らには他にやってもらいたい事がある。
ヴィセ達がいるのは、霧を最初に生み出した町「デリンガー」の廃墟だ。アマンはフューゼンと共に町を歩きまわり、町の現在の地図を作成している。
その際に霧が晴れて露わになった遺体を見つけたなら、全て運び、焼却をしていく。「たった数十年しか生きていない若者にはつら過ぎる」とし、ヴィセ達を参加させなかった。
「みなさん、扉を開けるから少し下がって下さい! 霧が中にあったらまずい」
ヴィセがディット達の退避を確認した後で扉を開ける。ここは元研究施設だった場所だ。真っ暗な空間からは、予想に反して霧が流れ出て来なかった。
「霧出てこないね。計測器の目盛りは1のままだから大丈夫って事だよね」
「ああ、密封状態で霧が入って来なかったのかも」
懐中電灯で中を照らすと、扉の内側の部屋は書庫になっていた。もちろん全てがレーベル語だ。エメナがタイトルを読み上げていく。
「クエレブレ……レギュシ、クエレブレゾルドン、デチャスタメーニェ」
「えっと、クエレブレはドラゴンですよね」
「そう。ドラゴン救出会議、ドラゴン霧、取扱に関する注意……すべて普通の本じゃなくて、会議や製法をまとめたものね」
「やっぱり、ドラゴンを狙ったんじゃないんだ」
棚にあったものは、研究をまとめたファイル冊子だった。流石にこれはエメナだけでは確認しきれないため、アマンにも手伝ってもらった方がいいだろう。
「エメナさん、霧の成分なんかが書かれているものはありませんか?」
「んー、私には難しくて、何の事かさっぱり」
研究結果と思われるファイルは、幅3メルテ、高さ2メルテの書架にぎっしりと並んでいる。それが表裏2列で4つ。別の棚には勤務者の日誌や名簿、経理伝票や資産台帳などもあった。
「まさかこの歳になって、レーベル語を勉強しなきゃと感じるとは」
「あたしも。いや、各地の研究資料を調べる都合上、一応読むくらいは出来るんだけどね。やっぱりスラスラとはいかないから」
ディットは自身で、スルツキーはエメナと一緒にそれらしいファイルを探す。
一方、ヴィセとバロンは施設内を歩き回り、残された研究設備を1つ1つ確認していく。
≪これらが霧を作り出したというのか。我にはまったく分からぬが……≫
「俺にも分からないさ。これ、何をする機械なんだろう」
「電気ないから分かんないね。風吹いてないし、川もないし、電気どうしたらいいかな」
「動かして霧が出て来たら困るだろ」
霧が晴れた事で調査はしやすくなったものの、圧倒的に知識が足りない。実際にスルツキーのように、浮遊鉱石によるドラゴニア再生計画を知らない者の手も借りている。
「……やっぱり、内緒で大陸を復活させるのは無理だったのか」
「みんなに教えるの?」
「そのみんなの中に、悪党が混ざり込むんだよ。だからできるだけ打ち明ける人は限りたい」
≪とはいえ、この人数ではいつになるかも分からぬぞ。我やヴィセは良いかもしれぬが、ディットやスルツキーの時間は短いのだ≫
協力するだけして、世界が大地を取り戻した頃、それを体感することが出来ないのは申し訳ない。
もちろん、ドラゴニアの大地に降り、誰よりも早くデリンガーで研究を始めた事は、誰にも自慢できる事だ。ただそれも秘密だとすれば、やり甲斐だけしか提供できない。
「作業する人も足りない、知識がある人も足りない。食べ物を準備する金も必要……」
≪ヴィセ、世界の復活なのだろう? 数人だけで努力するべきものではない≫
「そう、なんだけど」
手柄を主張するつもりはない。だが浮遊鉱石に目がくらむ者は参加させたくない。かと言ってヴィセの伝手を頼るだけでは、調査すら満足に出来ない。
「……霧に詳しい人を探して回るしかない、か。出来れば機械に詳しい人も」
崩れた壁の隙間から外に出れば、まだ緑のない廃墟の風景が広がる。道の至る所にある岩は、霧を吸わせた浮遊鉱石だ。
「人が住めるようになるのは何年先なのか……」
「ヴィセくん! そろそろみんな戻ってきたら―? ご飯の用意も出来たから」
ヴィセの頭上から声が届いた。見上げるとドラゴン姿のエゴールが女性を乗せている。
「分かった! みんなを呼んで来るよ」
「ディットさんとスルツキーさんを呼んできてくれ、ラヴァニは2人を先に上へ」
≪分かった。アマン達はエゴールが呼びかけよう≫
女性はテレッサだった。ヴィセ達の話を聞いた結果、彼女は手伝える事があるならと協力してくれたのだ。
ヴィセ達に用意された小さな浮遊島には、小屋が3つ建っている。テレッサはジェニスと共に、皆のために食事の準備や裁縫などをしてくれていた。
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