20・【Rebirth】大地と生きる友よ
Rebirth‐01
20・【Rebirth】大地と生きる友よ
はるか遠い薄青の空に、ぽつんと大きな影が見える。
ドラゴン達がドラゴニアを再浮上させたことで、ドラゴニアの底は霧を吸収しなくなった。復活を知ったドラゴン達が各地から集結し、50体程がドラゴニア周辺を飛んでいる。
イエート山に残る個体や、ラヴァニ村に棲みついた個体もいるため、実際にドラゴニアを棲み処にする個体はそう多くない。とはいえ、この場所はドラゴンにとって特別な場所だ。復活をその目で見たかったのだろう。
雄大なその姿を視界に入れた瞬間、ラヴァニも感動のあまり「帰ってきた……」と繰り返した。
それは500年以上も前、最後に見たドラゴニアの姿と同じだった。ラヴァニはようやく500年の空白を埋めたのだ。
「やっぱり圧巻だな。この大地は変わらずにいて欲しい」
「かっこいいね!」
ヴィセとバロンはラヴァニの背に乗せてもらい、ドラゴニアへ赴いていた。ジェニス、エゴール、アマン、フューゼンも一緒だ。更に、ドラゴン達の感謝の気持ちとして、数人の島民も招待されている。
驚くことに、ドラゴニアの隣にはとても小さな大地が浮かんでいた。円錐型の小さな山の裾野は、数頭であればヤギや羊を飼えそうだ。
ドラゴニアは欠けていないため、再浮上後に出来た土地という事になる。その大地の面積は200メルテ四方あるかどうか。ドラゴニアの100分の1もない。
「あの島、何? ちっちゃいのが浮かんでる!」
≪我々の感謝の気持ちだ。霧の海の下に、土竜が数体いてな。マニーカと再会できたことで、協力してくれた≫
「山を削り出してくれたのか」
≪ああ。ラハブ達も付近まで浮遊鉱石を運んで手伝ってくれておる。山体下部の岩盤にマニーカが穴を空け、浮遊鉱石を詰め、更に下部を覆った。さかさまにならぬようにするには苦労した≫
よく見れば、中央にそびえ立つ山は浮遊鉱石そのものだ。最初から浮遊鉱石を多く含んでいるドラゴニアとは違い、削り出した山は浮遊鉱石を含まない。バランスを取るため、ドラゴン達は一生懸命考えたのだろう。
「空に浮かぶ島、か。でも感謝の気持ちってどういう事だ?」
≪ヴィセ達が住むための場所だ。我らが好き勝手に騒いでいれば落ち着いて眠れないだろうからな。川はないが、雨が降れば溜める事も出来よう≫
「俺達のために?」
「やったー! ラヴァニ、有難う!」
「有難う、こんな……最高だよ、みんな有難う」
ヴィセが振り返り、ドラゴンの群れに感謝を伝える。ドラゴン達は宙返りをしたりと動作で応え、ドラゴニアへと舞い降りていく。
「あんたら、贅沢な贈り物を貰ったねえ!」
「ジェニスさん達もどうですか! 俺とバロンだけってのも寂しいですし」
「別荘としてはええけど、あたしは地上がいい。ラヴァニ村で長老でもやろうかね」
「僕はナンイエートの霧毒症患者がいなくなれば、ジェニスと一緒にラヴァニ村へ移住するよ。時々寄らせてもらおう」
ヴィセ達はとりあえずドラゴニアへと上陸し、復活したドラゴニアの大地を踏みしめる。風は強くとも清々しい。強風の日にも霧を恐れずに深呼吸できる。
時折低い雲がドラゴニアの峰に切り裂かれ、東へと流れていく。古くから子孫を繋いできたヤギ達が鳴き声を上げ、ドラゴンを警戒して崖を登り始めた。
「おれはやっぱり地上で生活したいかな。この下の大地が元に戻れば、山麓か何かで宿でも構えようかと」
「オレは旅を続ける。ドラゴンの姿でもいいし、人の姿でも良い。人の格好で行ける場所は増えるだろうからね。息子夫婦の家に押し掛けて暮らすのは遠慮しておこう」
アマンとフューゼンは互いにやりたい事が違うらしい。相棒として長らく旅をしてきたものの、その先に見る夢は他にあった。
≪これが我らが長年願っていたドラゴニアの姿だ≫
≪人の子らよ、そなたらがいなければドラゴニアの復活はなかった≫
≪この世界を著しく穢すことなく、また我らからドラゴニアを奪おうとせぬのなら、我らは喜んで人に力を貸そう≫
ドラゴン達はドラゴニアで嬉しそうに飛び回り、大地に寝そべって無防備に寝息を立て始める。ドラゴン達は、ただこのような暮らしを守りたいだけだった。
「人が邪魔をしてしまったんだな。ドラゴン達には人を邪魔する気なんてなかったのに」
「ねえ、もう大丈夫なのかな。またドラゴンを襲ったり、ドラゴニアを横取りとかされない?」
「そう願っているけどな。共存出来る事、互いに頼りになる事を分かってもらわないと」
既に土竜達が大地の霧毒の除去を始めている。ヴィセ達も数日後には再び潜水艇を出して、その補助をするつもりだ。浮遊鉱石の事は伏せておくとしても、そのような活動を知ってもらえたなら、理解も進むだろう。
「本当に浮かんでいるのね……信じられない」
「伝説の島は、こんなところを彷徨っていたのか。間違いなくラーナ島よりも大きい」
エメナと島長は「揺れないのか」「傾かないのか」「落ちないのか」とうるさい。空に浮かんでいるという状態が信じられないのだ。
ただ空に浮かんでいるだけで、そこにあるものは他と変わらない。ドラゴンが守りたかった世界は、本当にこんなにも些細なものなのかと懐疑的だ。
「さ、マニーカ。君も少しドラゴニアを堪能するといい。シードラはどうするかい」
≪小川の水が気になるね! サカナはいないのかい≫
≪何ノ穢レ モ ナイネ。地上モ イツカココマデ戻ル ノ ダロウカ≫
封印で小さくなったマニーカが、ドラゴニアの硬い岩と土の中に潜っていく。シードラは緩やかな小川の流れに逆らって泳ぎ、真水は苦手だと言って草原へと這い上がる。
≪海の水と全然違うんだ、体がおかしくなりそう。ドラゴニアに海はないのかい≫
≪舐めると海のような味がする岩はあったが≫
「岩塩? 遥か昔、霧がなかった頃は地上にあったらしいけど」
海水の中で生きるシードラは、真水を摂取する機会がない。食べ物や皮膚の構造によって水分を摂取する。塩分が含まれていないと、上手く水分を摂取出来ないようだ。
「ラハヴ様は何と?」
「海水の方がいいそうです」
「水筒に海の水を汲んで来ましたから、後で体にかけて差し上げましょう」
≪やった! このドラゴニアもいいけれど、オレ達は海がないと生きられないね≫
≪コチラモ、棲ミ着クニハ モット広大ナ土地ガ必要ダ。トハイエ 二度トナイ機会ニハ 感謝シテイルヨ≫
「人が来られる場所じゃないわね。この下の大陸に人が住み始めたら分からないけど……私もやっぱり島がいいわ」
「もし来られたとしても、ドラゴン達の機嫌を損ねて良い事なんか何もない。先日の騒動でよく分かっただろう」
「ああ、分かったようだよ。オルタノが話す内容に、ゼノバのもんは怯え切っていた。ドラゴンには古の戦車や大砲でも勝てないってね」
「まあ、それ以外にもジェニスが脅すような事を言ったからさ」
「脅す? ドラゴンを敵に回せば、慎ましい生活すら出来なくなると言っただけさ」
現時点でドラゴニアまで補給なしで飛べる飛行艇はない。仮に辿り着けたとしても、小型飛行艇ですら2~300メルテの滑走路を必要とする。
でこぼこの岩肌と草に覆われ、飛行艇は不時着以外の手段がない。ただし、人が飛行艇からパラシュート等を使って飛び降り、道具を投下されつつ滑走路を造る事は可能だ。
ドラゴンに見つからなければの話だが。
「ドラゴンを敵に回すのも怖いけど、俺はジェニスさんを敵に回すのだけは遠慮したいよ」
「はっはっは! それ、ジェニスがゼノバでも言われたんだよ。あんたを敵に回す方が厄介そうだってね」
「ははは、間違いない。ジェニスさんがいれば、ドラゴンは安泰かもな」
「ちょいと。あたしを魔除けみたいに言わないでおくれ」
その場の皆が天空の大地で笑い声を響かせる。ドラゴンの血を持たない者が武器を持たず、更に敵意のない笑い声を発したのは、ドラゴニア史上初めての出来事だった。
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