operations-09



 * * * * * * * * *




「ヴィセお帰り!」


「ああ、島の方は相変わらずだな。もう飛行艇や怪しい船は来てないか」


「えっとね、怪しくない船が来たら、みんなで怪しくないようにするんだよ」


「……えーっと、何だって?」


 夕暮れの砂浜に、ウェットスーツを着たヴィセが降り立った。潜水艇は自力で砂浜へと乗り上げ、レールを取り付けた後でロープとフックが掛けられる。ウインチでワイヤーを巻き上げたなら、潜水艇は倉庫へと格納される。


 付近には1機の風車を建設中だ。バロンの提案により、灯台用の明かりを賄う計画だ。南東の小高い山から流れる小さな川には水車が取り付けられ、桟橋には1つだけ明かりが灯るようになった。


「いやー、原理は知っていたけど、実現できるとは思っていなかった。坊主、賢いな!」


「俺ね、こういうの得意! だって作るの好きだもん」


「いつかドラゴニアに行っても、電気には困りそうにないな」


 ≪ドラゴニアには常に風が吹いておる。川も流れておるから心配ない≫


 ドラゴニアから流れる滝は、その高さ故に数百メルテ下から霧となる。その滝の手前に水車を取り付けたなら、数軒分の明かりでは勿体ないくらいだ。


「ようやく楽観的な話が出来るようになったな。来週にはいよいよ霧の海に手を付けよう」


 1週間と少しが経ち、ドラゴニア復活作戦は順調に進んでいた。ヴィセは潜水艇の操作方法を教えてもらい、1人でも海に潜っている。船で沖まで出てもらい、ライト用の燃料が切れるまで海底を照らし続ける。


 時折船を移動させてもらい、海底の岩盤の中にいるマニーカに指示を出し、海底の広範囲を採掘していく。ラハヴ達が海上まで運び、ドラゴン達がドラゴニアまで運ぶ。


 ヴィセを乗せた船は3日沖に出てから島へと戻る。2日を船と潜水艇の整備に費やし、また沖へと出て行く。


 浮遊鉱石を抱えたドラゴン達の飛行速度は音速にも達するほど。普段の飛行の4倍も速い。ドラゴニアまで到達する時間が短いおかげで、浮遊鉱石はもう十分なほど集まっていた。


 ≪ヴィセ、明日は我もドラゴニアへ向かいたい。仲間らが自慢をするのだ≫


「ああ、ドラゴン達が喜んでいた。もうドラゴニアの底が霧を吸わないくらい高くなったって」


 ≪150年振りの高度だと言っておる。少しずつ動いておるそうだ≫


 ドラゴンがヴィセ達にそっと教えてくれた情報によれば、浮遊鉱石同士は炎によって融着するという。熱ではなく炎だと言うが、ヴィセもバロンも仕組みはさっぱりだ。


 ドラゴニアは高度を取り戻し、現在、ドラゴニアの底は高度1700メルテ程に達している。高度が上がったせいで、その更に上の大地は少しだけ寒くなった。


「俺も見てみたいな。霧から抜け出して動き始めた姿は圧巻だろう」


「ドラゴニアとラーナ島って大きさ同じくらいだよね」


 ≪ドラゴニアの方が大きいぞ。この島は半分程もないだろう≫


 ラーナ島は正三角形に近い島で、面積は2平方キルテもない。海外線の長さは6キロメルテ程だ。人口は少なく300人にも満たない。


 一方のドラゴニアは円形に近い。周囲こそ10キロメルテ少々だが、面積は5平方キロメルテもある。この世界の同規模広さの町なら、大抵どこも1万人は下らない。


「じゃあドラゴンいっぱい住める? みんな住むの?」


 ≪人々がイエート山と呼ぶ山の他に、幾つか棲み易い場所がある。ラヴァニ村を棲み処にする仲間も現れるだろう≫


「俺、山の上よりドラゴニアかラヴァニ村がいい」


 ≪しばらくドラゴニアで過ごし、飽きたら移ればよい≫


「ラヴァニも一緒?」


 ≪ああ、もちろんだ≫


 ドラゴニアでの生活は、恐らく過酷なものとなる。島を動かす程の突風が吹き、気温はゴーンよりも数度下がるだろう。緯度が高くなれば更に寒くなる。


 切り倒して使用できるほどの木は豊富になく、そもそもドラゴンが伐採を良しとしない。小屋を建てるなら木材の運搬から始める必要がある。それでもバロンはそこでの生活を想定し、必要なものを列挙していく。


「ヴィセくん、バロンくん! 夕食の準備が出来たよ」


「エメナさんだ。行こう」


 ヴィセとバロンがエメナの許へ駆けていく。エメナはヴィセの頭上で飛ぶラヴァニへウインクをしてみせ、籠の中に入った白い球体を1つ持ち上げた。


「島長の家のニワトリが一斉に卵を産んだの。民宿でたくさん茹でてるところだから……」


 ≪なんと! 久しぶりのゆでたまごか! いくつ喰らって良いのだ!≫


「えっと……ラヴァニが1匹いくつまでかって」


「まあ、好きなだけと言いたいところだけど」


 ゆでたまごがあると分かってから、意図して頭上を飛ぶドラゴンの数が多い。


 ≪ゆでたまごか≫


 ≪ほう、まだ食した事がない≫


 ≪あれに勝るものはない、まさか分け与えぬとは言わぬよのう≫


 ドラゴン達が南西の港付近の広場に降り立った。10匹程いるだろうか。


 ≪……仲間にも分け与えなければな≫


「ドラゴン達にもそれぞれ……11個、1匹1つずつかな」


 ≪オレも忘れないでくれ! 海の中にも3匹だ!≫


 薄暗くなった桟橋から、シードラと若い仲間2匹が顔を出す。


「ラハブ3匹分追加だそうです」


「14個……うーん、ちょうどかな」


 島長が飼っている雌のニワトリは17羽。今日卵を産んだのは14羽だった。2人の分がない。


「バロン、頑張ったドラゴンとラハヴ達にやろう、俺達はいつでも食える。マニーカにも今度あげなくちゃな」


「うーん、分かった。じゃあさ、魚お替りしてもいい?」


「ああ、いっぱい食べとけ」


「バロンくん、魚も卵を抱えている時があるんだよ。ニワトリとは全然違うけど、プチプチとして美味しいの」


 エメナがニッコリと笑った瞬間、ドラゴン達の視線がエメナに集まった。


 ≪ほう、タマゴか≫


 ≪たまご! ゆでるのか? 焼くのか?≫


 ≪プチプチとはどういうものか≫


 どうやらたまごという言葉に反応したらしい。エメナが今持っている訳じゃないと説明し、ラハヴ達ならよく知っていると言って切り抜ける。


 ≪魚のたまごとはどのようなものか≫


 ≪うーん、お腹の中にね、たくさん詰まっているんだ。よく見た事はないけど、口の中でザラザラしたり、弾けたり≫


 ≪どの魚だ、我らにも獲れるものだろうか≫


 ≪うーん、難しいね。オレ達が獲ってあげよう。その代わり、オレたちはまるい実が欲しい! 陸の上にしかないんだ≫


 シードラがその実を思い浮かべ、ラヴァニ達に伝える。どうやらそれはみかんのようだ。彼ら曰く、1日「浸かった」みかんが一番おいしいという。


「みかんか、ラヴァニ村にも木があったな。他にはどこにあったか……」


≪この島の南の小さな島の崖にあるんだ。時々崖をコロコロ転がって海に落ちる≫


「崖にあるなら、人が獲るのは難しいな。ドラゴンの出番だ」


「ドラゴンがみかんを獲って来るでしょ? ラハヴは魚を獲るでしょ? 交換だね!」


 ≪どこかで見かけたなら、木のまま運んで来てやろう。この島やブロヴニクで植えたら良い≫


 ≪やった! うん、それで結構! 魚はいつでもたまごを持っているわけじゃないから、その時になったら君達の仲間に伝えるよ≫


 エメナが温かいゆでたまごを持って戻ってくる頃には、ドラゴンとラハヴによる物々交換の商談が成立していた。明日になれば、マニーカも島に戻って来る。彼はいったい何を交渉の材料にするのか。


「みんな仲良しになったね!」


「そうだな。人も空を飛びたいのなら、ドラゴンと交渉して飛んでもらえば良かったんだ」


「俺が言ったよそれ。ご褒美にゆでたまごとかさ、魚とかさ」


「そうだったな。それ以外にもラハヴに鮫を退治してもらったり、土竜に土地を耕したり肥やしてもらったり」


 役割を持つ生き物は安易に殺されない。ドラゴン達が人の役に立ち、人がドラゴン達の役に立てば、互いに必要とする関係になれる。


「世界から霧が晴れた後、どうやって共存するか。見えてきた気がする」


 もうすぐ霧を消すための実験が始まる。どれ程消せるかは分からないが、ヴィセ達はその先にある明るい未来を見据えていた。

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