operations-08



 ジェニスから怒鳴られ、オルタノは嗚咽を漏らすだけとなった。それが本心なのか、演技なのかは分からない。ただ、ゴーセスの様子を見れば、普段のオルタノは傲慢ではない事が窺えた。


「僕達は空の安全を願う気持ちに魅かれて雇われたんです。社長は厳しいし頑固だったけど、僕達のためにやろうとしてくれた。でも全員いつしか……金に取り憑かれていたんですね」


「浮遊鉱石は、やっぱり人が持つべきじゃないんだな。その価値、力、どちらも人を狂わせる」


 ≪我らとて、ドラゴンだけのものとは思っておらぬ。人の手が及ばぬ安息の地が欲しい、それだけだ≫


「山の高いとこにいたら、誰も行けないよ?」


 ≪飛行艇はその山を軽々と飛び越える。険しい山ほど登りたがる連中もおるのだ≫


 ドラゴンが危惧しているのは、浮遊鉱石を使う者達が、やがてドラゴンを排除してしまわないかという事だった。


 飛行性能が上がればドラゴンを攻撃する武器も搭載できる。速度が上がり、飛行距離が伸びたなら、ドラゴンが安心して休める場所が失われる。


 人の発展は、いつの時も行き過ぎた。その先にあるのは汚染だった。資源があればあるだけ使い切り、残りを探して奪い合う。ドラゴンはもうそんな人の欲望に振り回されたくないのだ。


「どんなに嘆いても謝っても、死者は生き返らないよ。泣いたから許されるなんて、そんな甘い世の中じゃない」


「……誰も事故を起こさない、そう願うのは間違いだったのか」


「間違ってやいないさ。手段が悪いと言ってんだよ」


 バロンはオルタノの話を聞きながら、ずっと考え込んでいた。


 バロンはドラゴンと敵対した経験がない。初めて出会ったドラゴンはラヴァニだ。霧の中でラヴァニの友が見守ってくれていたとも聞き、ドラゴンは優しい生き物だと理解している。


 話せなくても、無害だと認識した相手を襲いはしない。バロンはそう理解しているからこそ、オルタノの行動がおかしなものに思えていた。


「なんで、ドラゴンにお願いしなかったの? ドラゴンは空飛ぶ時に事故とかしないよ」


「……何だと?」


「俺、ラヴァニに背中乗せてもらったよ。重い荷物とか、こう……縄でこうしてね、運んだりできるんだよ」


「この2人を救ったのはドラゴンだ。そりゃ、あんたやあたしには到底分からないような地獄を見てきたんだよ」


「ドラゴンが、救うだと?」


「こっちの背の高い子はね、ドラゴン信仰のせいで村を焼き払われた。当時生き残ったのはこの子だけ。全員目の前で殺されたんだ、全員ね」


 オルタノもゴーセスもジェニスの言葉を黙って聞いている。島の者達もヴィセやバロンの生い立ちまでは知らない。エメナは島内で言いまわるよう事はしなかった。


「それでもドラゴンを憎んだりはしていない。ドラゴンの敵じゃない。だからドラゴンは、この子らの力になる事を選んだ」


 ジェニスの言葉にエメナも続く。


「この島も……そうよ。私達はもうラハヴの声を聞く事は出来ない。だけどとても大切に思っているの。ラハヴはそれを分かってくれていた」


 エメナの言葉に島民全員が頷いた。共存を成し得た者がこれだけいる。もちろん意思疎通の能力があったからこそだが、モスコ大陸でもドラゴンを受け入れるようになっている。


 どの町にも、ドラゴンと会話できる者などいない。それでも共存は始まっている。


「あんたが町に帰った時、あんたがどうなるのかは知らない。崇高な理想を掲げるなら、その手段も選ぶべきだったね」


「……その話を、3日前に聞いておきたかった」


「その時のあんたが理解できたとは思えないけどね」


 オルタノはそれもそうだなと呟き、空を見上げた。数体のドラゴンが青い空を飛んでいる。ドラゴンは空で生きるために進化した。そもそも機械に頼らなければならない者が敵う相手ではない。


「弁えろ、ということか」


 オルタノは立ち上がり、島の者達に頭を下げる。補償の話をすると、島長はもういいから、二度と来ないでくれとだけ伝えた。


「捕虜はどうする。我々の島に住まわせる気はない」


「……生きている者だけでも連れて帰りたい」


 オルタノが乗って来た飛行艇は、7,8人が乗れそうだ。2往復すれば全員を運べるだろう。オルタノが島長達と共に、捕らえられた11名の小屋へ向かう。


 島を襲ったのはパイロットであり、オルタノではない。それに飛行艇をほぼ全機失った以上、どのみち二度と襲えない。壊れた屋根や怯えた家畜の状態がよくなれば、それ以上を求めるつもりはなかった。


 ヴィセ達はその背を見送りつつ、晴れて明るい景色とは対照的な気分で佇んでいた。


「後味が、悪いな」


「ああ。改心したところで、取り返しはつかないからね」


「ジェニス。良かったのかい」


「何がだい」


「あの時、君は大やけどを負ったあいつが会社に残れるよう、周囲を説得して回っていた」


「……そんな些細な事まで覚えちゃいないよ」


 オルタノの顔に残るやけど痕は、かつての事故によるものだった。


 何度コンテストで優勝しようが、事故を起こしたパイロットの信用はない。ジェニスがチャンスをやってくれと直訴し、それでオルタノは会社に残ることが出来た。


 オルタノはその事実を知らない。ジェニスもそれを知れば肩身が狭いだろうと思い、周囲が寛容だったという事にしていた。


 1度救った相手は、本当に救われて幸せだったのか。それが今回の不幸を起こしたのではないか。エゴールはそう考えるジェニスの性格をよく知っている。


「どのみち、あたしらはもうあいつを裁く気はない。その権利もない」


「……そうだね」


 ≪我らに銃を向けた事を後悔させたいと思っていたが、我らは今回何もしないと決めた≫


「ドラゴン達は実際に狙われたんだ、裁く権利はあると思うけど」


 ≪奴らを裁くのは、奴らの町で帰らぬ者を待つ人々だろう。人の悲しみを理解できぬほど理性を失ってはおらぬ≫


 ドラゴン達も今回は堪えるようだ。


 本当に飛行艇でゼノバに帰るのか。それとも責任から逃れて他所に行くのか。それはもうヴィセ達が関与するところではない。


「さて。こっちはこっちでやらなければならない事があるからな」


「明日からもまた海に出るの?」


「ああ。海底は真っ暗なんだ、潜水艇で照らしてあげないと浮遊鉱石を運べない」


「そっか……」


 バロンはどこか寂しそうだ。ヴィセは丸1日島に戻らず、ラヴァニもいなかった。以前のバロンだったなら、泣き喚いて一緒に連れて行けと言っただろう。


 ≪ヴィセ、明日は島の者らとラハヴ達と共に行け。我はバロンの傍にいよう≫


「分かった。ドラゴンは飛行艇に負けないと分かったからな。島の皆を守ってくれ」


 ヴィセがラヴァニを肩から下ろし、バロンに抱えさせる。バロンは嬉しい顔を我慢しながら、尻尾をぶんぶん振っている。


「それじゃあ、明日はバロンくんとラヴァニさんに任せようかな」


「えっ?」


 ニッコリ笑うエゴールに、ヴィセとバロンが同時に聞き返す。


「ジェニスを連れて、ゼノバって町に行ってくるよ。あの男が裁かれたところで、ドラゴンへの偏見は消えないからね」


「従業員が6人も死んで、飛行艇もない。恐らく会社は畳むし生きていくのにも困るだろう。まあ、それはあたしらが知ったこっちゃない。問題は、あいつの改心が無駄になる事さ」


「え、でもさっき改心しても取り返しがつかないって」


「もちろん、無かったことにはならないさ。改心したあいつの態度が周囲を変えてくれないかと思ってね。空を飛びたきゃドラゴンに頼れ、坊やの言う通りだ」


 ジェニスは利用できるものは何でも利用すると言い、準備のため浜から出て行く。ヴィセ達はそんなジェニスの本心に気付いていた。


「おばーちゃん、あの人のこと許してもらいに行くんだよね」


「おそらくな。つくづく面倒見が良い人だよ」


 ≪ほう、ヴィセがそれを言うか≫


 ヴィセは心当たりがあるのか、一瞬言葉に詰まる。


「……じゃあ面倒見が良い俺が文字の勉強を見てやろう。ほら、行くぞ」


「えーっ!?」


 ≪面倒を見てくれとは頼んでおらぬ≫

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