operations-07




 * * * * * * * * *



 ジェニスがオルタノという男に連絡を取った翌日。


 島には1機のプロペラ機がやってきた。滑走路と呼べるものは何もない。飛行艇は水上で器用に着水し、北の砂浜で止まった。


 飛行艇は数人を運べる程度の大きさがある。小型の旅客機として使われている機体だ。


 操縦席に動く人影が見え、暫くすると機体中ほどの扉が開いた。タラップを下ろし、男が水に足を付けた後、チェーンで機体を付近の岩に固定した。


 男は両手を上げて波打ち際に立つ。浜辺には島民のほぼ全員が集まっていた。浜辺では収まらず、浜辺に続く林の中にいる者の姿もある。


 ラハヴ達は岩場に寝そべり、ドラゴン達は人々の後ろで飛行艇を睨んでいる。その中心にいたのは島長とエメナ、ヴィセ達、そして飛行艇乗りのゴーセスだ。


「社長……」


「無事か、皆は」


 ゴーセスが社長と呼ぶ男は1人しかいない。飛行艇から降り、両手を上げるその男がオルタノだった。長めの白髪交じりで中肉中背。その顔の右頬には大きな火傷の痕がある。


「僕の他に11人、捕らえられています……」


「11人? あとの6人は」


 オルタノが驚いて周囲を見渡す。その目の前で、ジェニスが島長たちの後ろから進み出た。


「顔合わせるのは久しぶりだね、オルタノ」


「……え? え?」


「電話の声はすぐ分かった癖に、あたしの顔は忘れたってのかい」


「い、いや、だって……」


 オルタノが驚くのも無理はなかった。ジェニスはオルタノより20歳も年上。それなのに見た目はオルタノと同じか、むしろ若いくらいだ。


「訳を話す気はないよ。あんた、よくもまああたしの知人らを狙ってくれたね」


「……この島を狙った訳じゃない。俺の狙いは浮遊鉱石だ」


「じゃあ何故この島めがけて銃を使った! 家は、納屋は、家畜はどうしてくれる!」


「家の中に人がいたら死んでいたわ!」


 島長に続き、大勢が抗議の声を上げる。オルタノは事態を知り、文字通り飛んできた。深々と頭を下げ、申し訳ないと告げる。


「その一言で片づける気か。貴様にとって、我々の命はそんなに軽いものか」


 島長の問いかけに、オルタノは何も言い返せずにいた。今度はヴィセ、潜水艇の操縦士、沖に船を出した船長らが前に立つ。船長はオルタノを睨み、先ほどのオルタノの質問に答えた。


「見捨てた。俺達を撃ったからな」


「……し、失礼、何をと聞いてもいいでしょうか」


「さっき、貴様はコイツに何を尋ねた」


「何……? それ、は……あとの6人」


「あんたが撃たせた機銃のように、無意味に海へ散った。襲われた以上、俺は助けない事を選んだ」


 オルタノの顔が青ざめた。自身が雇ったパイロットが6人も命を落とし、残りの12名は捕らえられている。飛行艇の姿は1機も見当たらない。


 ジェニスは詳細を伏せていたのだろう。オルタノは事態の深刻さにようやく気が付いた。


「そんな……」


「貴様がそうなるように指示した結果だ。捕らえた奴らもじきに裁かれる」


「ふ、古い機体とはいえ、機関銃も揃えた! 推進力を高めるために、客席なども全て取り払ったというのに……まさか全機が」


 オルタノはまだドラゴンを狙う、もっと言えば殺すことを悪いと感じていない。モスコ大陸の東半分以外の殆どでは、まだドラゴンは憎き人類の仇と思われている。


 船長が「救えない奴だ」と呟いて舌打ちする。ヴィセは封印を発動させたラヴァニを肩に乗せ、バロンと手を繋いで男に声を掛けた。


「150年前、人はドラゴンに勝てたのか」


「……どういう事だ、何が言いたい」


 オルタノは少し苛立ちを見せる。だがここで怒りを露わにしてしまえば、ゴーセス達が無事に帰れる保証はない。拳を握りしめながらもヴィセの言葉を待つ。


「ドラゴンの飛行能力、賢さ、襲い掛かる力、あんたはそれらを甘く見過ぎている。ドラゴンには勝てない。出来るのは共存か人類の滅亡だけだ」


「甘くなど見ていない! あいつらが浮遊鉱石の在り処を知っているんだ、奴らにも負けない速度を……」


「オルタノ、あんた本当に馬鹿なんだねえ」


 ジェニスがオルタノを睨み、歩み寄った後で左頬をひっぱたいた。


「あんな重い機銃を装着して、機体の重心がブレないと思ったかね! 150年前から変わらない設計図に、変わらない動力! それでドラゴンに勝てると思ったんか!」


「奴らには銃が効かないとでも言うのか! 自慢の機体だ、誰の飛行艇にも負けない機体だぞ! 機体の事はあなたより俺の方が何倍も分かってる!」


「質問の意味が分かってないようだね。大昔の飛行技術でドラゴンに勝てるなら、とっくにドラゴニアは手に入っているし、ドラゴンは絶滅しているんだよ!」


 オルタノの作戦には致命的なミスがあった。


 パーツを変え、エンジンを組みなおし、飛行艇は新品同様の性能を取り戻した。機銃の装着など、無理な改造が飛行性能を落としたにせよ、他の飛行艇に負ける程ではない。


 オルタノの自信はそこにあった。大型の機関銃、磨き上げた状態の良い機体、その能力を過信していた。


 だが、ドラゴンと人の戦いは1000年以上に及ぶ。飛行艇の登場も500年以上前の事だ。ドラゴンは飛行艇の能力そのものに負けた事はない。


「あたしらが生きながら使っている技術は、全て150年前のものなんだよ。霧の発生から、あたしら人類の技術は1000年巻き戻ったんだ」


「ドラゴンはあんなに遅くない。空飛ぶのも上手だよ。ドラゴンは悪くないのに、どうして撃ったんだよ」


「悪くない? 町を襲うような忌々しい生き物を、悪くないだと?」


「わ、悪くないもん! ドラゴンが危ないものからあの、えっと、守る……自分守ろうと、するの、当たり前だ!」


 バロンが威勢よく発言したものの、ヴィセの上着の袖を掴み、体半分を隠す。尻尾は足に巻きついており、オルタノからの反論を恐れている。


「何の進歩もない飛行艇なんて、最初からドラゴンにとって脅威じゃないのさ。それで? あんたの金儲けのために散った命の前で、あんたはそんな態度かい」


「6人は数百キルテ沖の海に沈んだ。あんたを信じて飛行艇に乗ったばかりに」


 ヴィセに告げられ、オルタナは6人は遺体すら戻らない事を知る。彼らの帰りを待っている家族に、何と報告するのか。


「島長の言葉をもう一度繰り返すよ。オルタナ、あんたにとって命はその程度のものかい。浮遊鉱石よりも軽いのかい」


「……」


「自分だけ安全な椅子にふんぞり返って、部下だけを危険に晒して。それが威勢よくナンイエートを出て行ったあんたの答えかい」


 ヴィセとジェニスに畳み掛けられ、オルタノはもう何も言わなくなっていた。自身の驕りと、人の命を軽く見た結果が6人の死亡。


 船まで襲わなければ、何人かは救助されていたかもしれないというのに。


「あんたが新米の時、着陸に失敗して火に巻かれたね。一番に助けに入ったのはあたしだ。消火器2つ担いで、怖気づいた奴らを鼓舞して、あんたを救った。あの後、あんた何て言った」


「……」


「助けられた命を使って、飛行艇乗りが命を落とさないような世の中にしたい。安全な機体と仕組みを備えた会社を作るんだ。そう言ったのを忘れたとは言わせないよ」


 ジェニスの言葉が引き金となり、オルタナが膝から崩れ落ちた。大声を上げて泣き、嗚咽交じりで謝罪を繰り返す。


「コンテストの優勝から、あんたが変わったような気がしとった。案の定これだ」


「違う! ……金が、必要だった! もっと、安定した機体には……金が、必要だった! それさえあれば、神経をすり減らす……操縦も、楽に、なるはずだった!」


「何であんたが真っ先に飛ばない! 動機が何であれ、あんたの志だろう? あんたが叶えなよ! 大昔の人竜戦争の真似事して、他人を犠牲にして、これがあんたの夢の慣れの果てかい!」

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