operations-06



 捕らえた男を浜に1人残し、島長達による事情聴取が始まった。激しい尋問にするか島民の中でも揉めたが、男は協力的な姿勢を評価され、拘束を解かれた状態で囲まれている。


「整理させてもらうぞ。そのゼノバって町が飛行艇改良のために浮遊鉱石を狙っている。ドラゴンの目撃情報を頼りに飛んできた」


「そうです、ドラゴンを追えばドラゴニアに辿り着けると」


「その指示を出したのは、その町じゃなくて、飛行艇を所有する会社なんだな」


「はい。僕らは雇われの操縦士です、機体は全て社長のものです」


 男たちが狙ったのは、島ではなくドラゴン。ただ、ドラゴニアの位置によっては島を発着基地にすることも考えていた。ドラゴニアが遠ければ、往復町との燃料も節約したいところだ。


 ゼノバがある大陸も、ジュミナス・ブロヴニクのような港を保有する町がある。そこから内陸に200キルテ離れた高原がゼノバだ。ゼノバから島までの直線距離は700キルテ。ドラゴニアまで飛ぶのであれば、片道分の燃料ですら怪しい。


 男を雇っている会社は、これまでも様々な場所を調査していた。今回はドラゴンの目撃情報により島に来ただけで、元々ドラゴニアを探していたのだ。


「ドラゴニアの位置次第では、この島を占領する気だったのだな」


「……それは、今回次第でした。ただ、もう会社にある飛行艇は旧型1機だけです。この島の対艦、対空防衛を考えたなら無謀でしょう」


 男の証言が真実であれば、この島にとってもドラゴンにとってもこれ以上の脅威はない。更に言えば、浮遊鉱石の採掘も知られていない。ドラゴンが浮遊鉱石を運んでいる姿を見た者は、もう戻ってこない。


「あんたが本当の事を言っていると信じよう。ただし、聞いた話と違っていれば、生きて帰れないと思ってくれ」


「1機揃えるだけでも何年かかるか分からない飛行艇を、14機も失ったんです。しかも収穫はゼロ。どのみち帰っても命はありませんよ」


 男はむしろ帰らない方がマシだと言って力なく笑う。島長が男に空き家を提供すると伝え、監視役に自身とエメナを選んだ。


「あんたには言っておこう。この島はドラゴンと、ドラゴンと共に生きる者達に協力している。我々はラハヴ達と意思疎通を図れる」


「……海竜の噂は本当だったのか。ドラゴンを撃とうとしたことは謝罪します。伝えて頂けるなら、どうかドラゴン達にも」


「すでに我々を通じて理解している。許してくれるかは、今後のあんた次第だ。ドラゴン達がその気になれば、ゼノバの町へ飛んでいき、町を火に包むことも出来た。土の中には他の竜も生きている。彼らはあんたを試している」


「……分かりました」


 ≪許しはせぬが、我らに償うのなら待ってやろう≫


 エメナが男を立たせ、集落へと連れて行こうとする。他の者は男を冷ややかな目で見ながらも、境遇には同情していた。


「まだ話がある。待っとくれ」


 ジェニスが引き留める。


「あんた、モスコ語を喋れるってことは、ゼノバ育ちじゃないね」


 島の者達はハッと気づいて振り返った。モスコ語はモスコ大陸に広まった言語だ。南東の大陸は「レーベル地方」由来のレーベル語が主流だった。


 モスコ語を流暢に話せるのは、モスコ大陸との交流がある町や、わざわざ習った者に限られる。全員とは会話していないものの、捕らえた男たちは少なくとも複数名がモスコ語でやり取りできた。


「……お察しの通り、僕達の大半はモスコ大陸からの移住者です」


「操縦は誰に習った。その社長って男かね」


「いえ、僕は移住前に操縦の資格を取っていて、数年前まではモスコのいくつかの航路で飛んでいました」


「フン、まあそうだろうね」


 ジェニスは何が分かったのか。モスコ語を話せる事への違和感は解消したものの、操縦に関してはヴィセ達にも分からない。


「ジェニスさん。なぜそんな確認を? どこで操縦を覚えたのか、そこまで知る必要はないと思いますけど」


「坊やたちにはないだろうね。この島とも直接は関係ない。これはあたしの問題さ」


「おばー……ジェニスさんは何か知ってるの? この人たち、知り合い?」


「おばーちゃんでええよ、あたしはその方が馴染んどる」


 ジェニスは男を値踏みするように見つめている。エゴールはその横で小さく笑いをこぼしており、彼も何か分かったようだ。


 この2人が知っている事とは何か。ヴィセはふとジェニスの過去を思い出していた。


「そういえば、ジェニスさんって……ナンイエートの飛行場で働いていましたよね」


「あーっ! えっと、あの美味しいごはんのお店のおじちゃんが、お弁当の話してたやつだ!」


 ≪ほう、この者達はそこにいたというのか≫


「あんたら、よく覚えてたね。ああ、その通りさ。ナンイエートとの航路便だろうね」


 今度は男が驚く番だった。モスコ大陸の中を飛ぶ航路はいくつもある。ナンイエートよりもゴーン発着の便が多く、ジェニスが言い切る根拠は見えてこない。


「ジェニスは飛行場で働いていて、発着の飛行艇をよく見ていたよ。あの飛行艇はどうだ、あれは何人乗りだ、推進力がどうのこうのと難しい事を色々ね」


「操縦は出来ないけどね、飛行艇乗りや整備士から色々と話を聞いていたのさ。ボイも当時はナンイエートにいた。飛行艇を見て、気づかなかったかい」


「え、飛行艇?」


「ボイさんが乗っていたんですか!?」


 ヴィセとバロンが驚き、ラヴァニも複雑そうに頭を下げる。だがその心配は杞憂で終わった。ジェニスは笑いながら答えを告げる。


「ボイは操縦士の大会で5年連続優勝した。それを元手に試験飛行用の機体を買い取ったんだ。あの戦闘飛行艇と同じ型式のね。あたしは当時飛んでいた飛行艇をまだよく覚えとるよ」


「えっ?」


「それからもう随分後の話だけどね、ナンイエートの飛行艇は代替わりした。1機をバラして、整備士が全て部品を拾い出した。図面を引き直し、エンジンも1から組み立てた。合計12機を組み立てるのに8年掛かったそうだ」


 ヴィセはボイの飛行艇を思い出していた。機銃こそ備わっていなかったものの、形はよく似ている。


「もしかして、その払下げされた機体が、ゼノバに?」


「ああ。あたしが毎日のように見ていた機体と同じ型があった。2人乗りは天候確認の試験飛行艇、大きな方は小型の旅客機だ。モスコであれらが飛んでいたのはナンイエート便だけ」


 男は成程と言って頷いた。ジェニスの言ったとおりという意味だ。ジェニスは故郷に帰ってからも、発着するナンイエート便をよく見ていた。島の上空を飛ぶ機影を見た時点で、ジェニスはすでにその可能性を考えていた。


「その通りです。あの飛行艇は、ナンイエート便で使用されていたと聞いています。それを引き取った社長が、あの機体の操縦が出来る奴も何人か引き抜いたんです……10年前の事ですが」


「それがあんたたちだね。その職場にオルタノって奴がいないかい」


「えっ……お、オルタノ・ナヴィク? だったら社長の名前です」


「やっぱり、あいつが絡んでたか」


 ジェニスは男に対し、ゼノバに帰っても心配はいらないと言い切る。


「当時のナンイエートの整備長だ。辞める時に捨てる機体をタダ同然で引き取ったと聞いた。あいつもあたしに頭が上がらない男さ」


「……あいつも?」


 ジェニスはそう言ってエゴールへとアイコンタクトを取る。エゴールが大きくため息をついたことから、おおよそ何かまた無謀な事をやろうとしている。


「あっちの大陸と電話は」


「役場の電話なら海底ケーブルは繋がっています。まあ、島内以外から掛かってきたことはありませんが」


「電話代は相手持ちにするから安心しな。操縦士さんや、あんた名前は」


「ゴーセス、ゴーセス・ディゼビノ」


「会社に電話はあるかい」


「あ、はい……」


 ジェニスはゴーセスの手を掴み、ちょっと借りるよと言って役場に向かう。呆気に取られる島長達に、ヴィセは困ったように笑いながら、心配ないとだけ伝えた。

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