Avarice-08
女性は大きく頷き、隠しておくつもりだったのにと笑う。
「ああ、ジェニス婆さんだよ。あたしも作戦に加わる」
「若返った……って、ジェニスさんもしかして」
「そんなに変わったかい? そうさ、ドラゴンの血を分けてもらった」
ヴィセとバロンが驚いてエゴールへと視線を向ける。エゴールは苦笑いを浮かべ、お手上げのポーズを披露した。
「オレは止めておけと言ったんだけどね。ジェニスが自分の人生だから自分が決めると」
「あたしが決めたんだ、満足も後悔も背負うのはあたしだよ」
ジェニスはドラゴンから血を分けてもらっていた。ドラゴンが故意に人へ血を分け与える事はまずない。ジェニスはエゴールを強引に引っ張っていき、ナンイエートで羽を休めていたドラゴンへ血を分けてくれと頼み込んだのだ。
ただ、まさか自分が若返ってしまうとは思っていなかった。娘には事情を話したが、以前のジェニスを知る者にはもう会えない。若返りの秘訣は何だと問い質され、多くの者が真似をしては困るからだ。
「おばーちゃんきれい! あ、えっと……おばちゃん?」
「ジェニスさん、でいいじゃないか。今のジェニスさんにお婆ちゃんと呼んでしまうと色々勘ぐられる」
「あたしはお婆ちゃんでええけどね。まだ若返った体に心が追い付いとらんのよ」
「それと、強力な助っ人だ」
エゴールはそう告げ、鞄から猫ほどの大きさの生き物を取り出した。
≪力ニナレル事ガ アルト 思ッタンデネ。コチラモ ツイテキタンダ≫
「マニーカ! 来てくれたのか、心強いよ!」
「マニーカがいたら、浮遊鉱石を運ぶのが速くなるね!」
エゴールとジェニスは、ラヴァニ村に寄った後、マニーカを呼んだ。海の底に浮遊鉱石があるのなら、マニーカに少しずつでも運んでもらいたいと考えたからだ。
マニーカにとっても、それによって大地が蘇るのなら願ってもない申し出だ。エゴールがオースティン達に事情を伝えて封印を預かり、一緒に連れて来ていた。
早くこれからの事を話し合いたいが、ヴィセとバロンはもう少し牡蠣の殻剥きを手伝わなければならない。ジェニス達には好きな宿に泊まってくれと伝え、14時にまた港に集合する事となった。
≪我が同胞は何も言っていなかったが……ほう、あいつの血を。これは興味深い≫
「ジェニスさんに血をあげたのって、どんなドラゴンなんだ?」
≪我が封印に入る前、よく世話をしていた。小柄だが狩りが得意で賢い≫
「今も仲良し?」
≪ああ。我らの間に仲違いは存在せぬ≫
ヴィセとバロンは牡蠣の殻剥き作業に戻る。数日で随分と上手くなったが、周囲のベテランに比べるとまだまだだ。ラヴァニは茹で釜の火の番をしつつ、寒さを凌いでいる。
「ほらほらあんた達、箱2杯分遅れてるよ! まあ身を傷つけないようにゆっくりやんな」
「あっはっは! 急かすんじゃないよ、素人に負けたらわたしらの立つ瀬がない」
貨物車両で半日掛からないミデレニスク地区や、そこから飛行艇で1日未満の町や村なら、殻付きのまま送る事もある。そうでなければすぐに醤油出汁で煮て、保存食として出荷する。
ヴィセ達は雇われて金をもらった経験がない。時間は有り余っているのだから、働いているという感覚もない。お金が貰えるなんてと無邪気に喜んでいた。
「バロン、稼いだ金は貯めとけよ」
「えーっ!?」
「えーじゃない。ドーンファイブの欲しかった人形、買えなくなるぞ」
「え、買っていいの!?」
「お前が稼ぐ金だぞ、暮らしに困らない自信があるなら好きに使え」
バロンは目を輝かせて新たに殻付きの牡蠣を手に取る。ヴィセも冷たい手を時折温めながら、宿代の足しにしようと張り切っていた。
* * * * * * * * *
「はーっ、あんた達凄いやないの!」
「俺達も色々回ったんだけどね……その情報までは行きつかなかった。このモスコ大陸以外じゃ、100年かけて強引に山を削り、霧を少し大陸の外へ逃がした所もあった」
「モスコ大陸の群れと交流がないドラゴンも見つかったよ。オレ達と違い、一定の縄張りから出ないそうだ」
「他の大陸の情報は助かります。俺達はモスコ大陸のことしか調べてないから」
午後になり、ヴィセ達は港の待合所の椅子に腰かけ、それぞれ報告し合っていた。
ヴィセは浮遊鉱石の在り処、採掘方法、土竜と海竜の存在を話し、アマン達は他の大陸での様子や改善状況、ドラゴンの現状などを報告する。
人を避けるように行動してきたアマン達に対し、ヴィセ達は積極的に人と交流してきた。浮遊鉱石の事に限れば、ヴィセ達の情報の方が有益だった。
「そのラハヴという生き物が、浜辺でまったりしていた海のドラゴンか。海上や海中の案内をお願いできるのは心強い」
「その血を引いた子孫の女性が、島で俺達を待っています」
≪コチラハ 海ノ 下ヲ進ンデイル間、上ノコトガ分カラナイカラネ。ラハヴ トイウ種ハ知ラナカッタ≫
≪我もそうだ。海中の事など知ろうとも思っていなかったのでな。我はヴィセ達と共に生き、随分と世界が広がった≫
ヴィセの膝にはラヴァニが乗り、エゴールの膝にはマニーカが乗っている。海水が入った桶の中にはシードラが入っていた。
≪人の狩りやポンポンの邪魔にならないのなら、みんなでこの付近に棲もうかと言っているんだ。ジャブジャブも多いし≫
「ポンポン? ジャブジャブ?」
「ポンポンは船です。ジャブジャブは鮫という獰猛で大きな魚です。人を襲ったり、釣った魚を横取りしちゃうらしくて」
ラハヴ達は、普段ほとんど小魚などを食べない。彼らが普段食べるのは、鮫などの大型の魚だけだ。マグロなどは人と取り合いになるかもしれないが、漁場の住み分けは可能だ。
「それじゃ、あたしらもその島に向かおうかね。どこまで出来るか分からんけれども」
「ドラゴニア、ちゃんと元に戻るかな」
≪浮遊鉱石を持ち帰ったなら、その力で浮力を取り戻すだろう≫
≪コチラモ ソノ ドラゴニアトヤラ ニ 行ッテミタイモノダ。コチラノ重サニ 耐エテクレルダロウカ≫
≪おれも是非! ドラゴニアに海はあるのかい≫
ジェニス、マニーカ、シードラがドラゴニアを楽しみにしている。まずドラゴニアの再浮上を試すという意見は、満場一致で可決となった。
「海賊は今もどこかにいるって話です。貧しい霧の大陸の海辺でさえ、過去に何度か荒らされたそうだから」
「目立つ行動をしていると、浮遊鉱石を強奪されかねないね」
≪我の仲間がボルツにいる。シードラ、我らはヴィセらの浮遊鉱石採掘を護衛する≫
≪もちろんさ! マニーカさん、君は採掘の方を≫
≪アア、ソウシヨウ。ラヴァニサン達ガ イテクレルノナラ心強イ≫
ドラゴン達は護衛の他、浮遊鉱石をドラゴニアへと運ぶ。もちろん、ドラゴニアの大地の上に積んでも石が浮遊するだけだ。ドラゴン達は力を失った浮遊鉱石の更に下へとくっつけ、馴染ませて一体化させるという。
「エゴールとオレも、ドラゴンの姿で警戒に当たろう。海賊の言葉を聞き取れる者は必要だ」
「あたしはどうするかねえ」
「ジェニスさんは、島でラハヴ達や島民と警戒に当たって下さい。潜水艇という船に乗ってしまえば、俺達は外の状況が分かりません。なので、アマンさん」
「ああ、ぼくは海上の船に乗ろうか。目的地付近で何かあれば、指示は俺が出そう」
「俺はヴィセと一緒でいいの?」
「乗り物酔いしないならな」
「……どうしよ」
本当なら、有無を言わせず付いていきたいところだ。けれどバロンは飛行艇と遊園地の乗り物が駄目だった。メーベ村から乗ったトロッコは良かったものの、船や水中の潜水艇には自信がない。
「坊や、あんたはあたしと一緒に。万が一の際、あたしらが島を守るよ」
そう告げてジェニスがニッと笑った時、待合室の扉がノックされた。ヴィセが扉を開けると、そこには数人の漁師と地区長が立っていた。
「すまねえ、盗み聞きしてたんだ! ほら、そういった事情なら持って行け!」
男が大きなバッグを待合室の床に置き、ファスナーを開ける。
「わぁお」
「こりゃすごい」
その中には、村八分の際に見た銃などがぎっしりと詰め込まれていた。
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