Avarice-07



 * * * * * * * * *





「じゃあ、エメナさん。色々と教えて下さって有難うございました」


「ううん。凄い縁よね、捕らわれたラハヴの幼獣の存在を知って、そこからまさかドラゴンと意思疎通を図れるあなた達と出会えたなんて」


「そうですね。シードラ達が島に立ち寄りやすいよう、どうか島を守って下さい」


「俺達も今度行きたーい!」


「ええ、是非いらして、必ずよ。潜水艇の事は任せて」


 大荒れの天候のせいで船が出港できず、エメナの旅立ちは3日遅れた。手持ちを心配するエメナのため、ヴィセは潜水艇を借りる前金と言って宿泊代を肩代わりした。


 エメナは接岸した大型の帆船に乗り込み、笑顔でヴィセ達に手を振る。たった数日だが、エメナと出会えた事は大きな収穫だった。


 島の付近の海底に浮遊鉱石がある事、本人達が知らないまでも、浮遊鉱石が人々を霧から守ったという実例がある事。


 潜水艇を使用すれば、ある程度の深さまで到達できる事。後はマニーカとアマン達と合流し、作戦を決行するだけ。この収穫は、数日分の宿泊代くらいでは到底足りない。


「ラハヴの血、か。俺達だけじゃなかったんだ」


「エメナさんのとこの島にいるラハヴに、色々教えてもらうんでしょ?」


「ああ。潜水艇も借りなきゃいけない」


 ≪ヴィセ、我もそろそろ行かねばならぬ。仲間に浮遊鉱石のあてが出来たと伝えたい≫


 ラヴァニは漁師の厚意により、焼き魚をふんだんに振舞われている。元の大きさで満腹なのだから、いったいどれほどもらったのか。


 もう旅立ちの腹ごしらえは万全だ。数頭のラハブもおすそ分けをもらい、すっかりブロヴニクに居ついてしまった。


 ラハヴ達は火を起こす術を持たない。


 ゆでたまごを知ってしまったラヴァニのように、焼き魚のためなら何でもするつもりだった。焼き魚のためなら漁船ポンポンは大目に見るというから本物だ。


「ドラゴンにラハブ、それに万が一の際の武器。いよいよブロヴニクには手を出せなくなったな。この状態ならどこにいるより安心だから問題ない。ラヴァニ、頼んだぞ」


「ラヴァニ、絶対帰って来てよ? 絶対だよ?」


 ≪我は誓いを違わぬ。それに、そなたを泣かせば色々と厄介だからな≫


 帆船の出港よりも先に、ラヴァニが大きく羽ばたき舞い上がる。一度だけどこまでも響く咆哮を聞かせた後、その姿はあっと言う間に見えなくなった。


「さっきの咆哮、すげえな」


「あれ聞いたら、悪い人達も怖がって来られないよね」


「そうじゃなくても、浜にあんなのがいるんだぞ。陸に上がれない訳じゃないし、前ヒレで叩かれてみろ、首の骨が折れる」


 ラハヴ達がラヴァニを見送っている。種族は違えど、彼らにとって害をなす敵と餌以外は全て味方なのだ。ラハヴを怒らせた時、いったいどれだけの数が押し寄せるのか。


 空からはドラゴンが、海にはラハヴが、土には土竜が。仲間の種族は人の手に負えないものばかりだ。誰がラハヴを怒らせたいなどと思うだろうか。


「俺達もずいぶんお金を使っちゃったし、作戦が終わったらひと稼ぎしないとな」


「俺、霧が消えた後もヴィセと旅していいの?」


「好きなだけついてこい。その時は勿論ラヴァニも道連れだ」


 ヴィセは悩んだ挙句、自身のドラゴン化については受け入れる事にしていた。狙われても、我が身可愛さで今までの縁を切る事は考えられなかった。


 テレッサへの恋心、多くの知人を見送る辛さ、それらも全て受け入れた。今はドラゴンの血を持った自身の運命を、この世のために役立てようと考えている。


 ブロヴニクは勿論、モニカ、ドーン、オムスカ、ボルツ、ナンイエート、ドラゴンを受け入れた町や村はかなり増えた。ラヴァニ村もそうだ。


 それはヴィセ達が連絡役となり、互いを説得して成し得たことだ。偉業と言ってもいい。


 だが、互いの考えが分からなければ、いつかは均衡や友好関係に綻びが生じる。ヴィセはその世界を維持するため、人より少し長く生きる決心をした。


 もう1つの理由は、バロンにあった。


「俺ね、ドラゴニアに住みたい! それでね、時々ね、ラヴァニにお願いして姉ちゃんに会いに行く」


 バロンはドラゴンの血のせいで撃たれたにも関わらず、ヴィセとラヴァニと生きていく事を当然だと考えていた。


 親が突然死んでしまった事は悲劇であり、バロンも酷く悲しんだ。けれど、バロンの周囲では、まだ人が年齢のせいで死んだ事がない。今生きている者がいつか死ぬと聞かされ、分かっていても実感がない。


 そんなバロンを1人置いて、自分だけ人に戻る事など考えられなかった。


「仕事もしないとな。生きていくためには食べ物と住むところと、お金が必要だ」


「ドラゴニアに住んだら何の仕事する? 漁師さん?」


「空に糸を垂らしても魚は釣れないぞ」


 ヴィセはようやく長い間の悩みから解放された。自分が守りたいと思える人々を守るためなら、ドラゴンの力も悪くない。


「エゴールさんも、フューゼンさんもアマンさんもいるし、まあ一人ぼっちにはならずに済むか」


「ん? ヴィセなんか言った?」


「ううん、仲間がいっぱい増えたなって言っただけ。さ、戻って宿の手伝いだ」


「うん!」


 周囲を警戒してか、バロンはフードを被り、尻尾はコートの下に隠してある。ヴィセも住民と同じような防寒着を着て、ニット帽にゴム長靴だ。


 また狙われたくはないし、またミナ達に沖流しをさせたくない。2人は周りを巻き込まないよう、住民を演じる事にしていた。


 バロンを狙った男達が小舟で沖に流された翌日の早朝。男達がどうなったのかは知っていた。


 ヴィセとバロンはあえて浜に行かなかった。





 * * * * * * * * *






 2週間ほどが経った11月の下旬。


 それは、ヴィセとバロンが臨時アルバイトの「牡蠣の殻むき」をしている時だった。


「やあ、ヴィセくん、バロンくん! 久しぶりになってしまったけど、元気そうで良かったよ」


「お待ちしていました、アマンさん! フューゼンさんは?」


「海辺で服に着替えているよ。ラヴァニさんのように小さくはなれないからね、仕方がない」


 アマンがブロヴニクへ到着した。外は雪がちらつくようになり、朝の気温は0度を下回るようになった。人目につかないためとはいえ、外で着替えるのには厳しい季節だ。


「あー! 来たよ、ヴィセ、フューゼンのおいちゃんと、エゴールさんだ」


「え、エゴールさん?」


 港の北へと目をやれば、並んで歩くフューゼンとエゴールの姿があった。どちらも人の姿だ。2人は2か月の間に再会を果たし、親子としての仲を修復している。


 エゴールの口からは聞いていたが、やはり驚きもある。それ以上に驚いたのは、エゴールの姿だった。


「エゴールさん、顔の鱗が全部消えてる……」


「みんな、元気そうだね。バロン君、ちょっと背が伸びたかな」


 ≪やはりドラゴン化を解くのではなく、人の姿になろうと考えるのが重要だったのだな≫


「ああ、なんとか出来るようになったよ。もっと早くに教えてくれたなら、オレはあんなにも悩まずに生きて行けたのに」


「それはもう謝っただろう。ったく、お前は達観したようで根が暗い」


 フューゼンの姿もまた、エゴールよりやや年上程度で止まっている。傍目では兄弟か友人にしか見えない。親子仲を修復出来たのは、その見た目年齢のおかげもあったのだろう。


「もう! あんた達だけ先に行っちまうんだから」


 その時、フューゼンとエゴールの背後から、2人へ不満を表す声が聞こえた。声の感じからして若くはないが、しゃがれた声でもない。聞き覚えがあるようでないような、不思議な雰囲気の声だった。


「久しぶりと言うにはちょっと間隔が短いかね? どうだい、調子は」


「あ……あれ? お婆ちゃん……に似てる」


「えっと……」


 それは50代くらいの女性だった。エゴールが女性の肩を抱いて、優しく微笑む。


「お婆ちゃんで合っとるよ。浜に大きな生き物が当然のように寝そべっとったけど、ありゃ何ね?」


「ちょっと待った! まさか、ジェニスさん?」

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