Avarice-06



 * * * * * * * * *




 トメラ屋に戻り、ヴィセ達は自室でバロンを休ませていた。エメナが見舞いがてらやってきて、そのうち「うちの島でも沖流しを採用したい」と物騒な話を始める。しばらくしてミナが夕食が出来たと呼びに来た。


 それが10分前の出来事である。


「あぁーーん! ふあぁぁぁ~……」


 バロンは布団の中で泣いていた。


「仕方ないだろ、さすがに今日は飯を食っちゃ駄目だって。腹の中で飯が漏れ出すぞ」


 ≪痛みがある時は何も喰わぬ方が良い。我にも経験がある≫


「お、俺おなか、すいたのにぃ……あーん!」


「スープなんかも駄目なのかしら。水は?」


「口に少し含むくらいなら良いそうです」


 ドラゴンの血がどこまで効いているのか、また開腹して確かめる訳にもいかない。通常は翌日から消化しやすいものを食べるため、分からない以上はそうするしかない。


 まだ痛みがあると言うのも、縫合した腸なのか、皮膚なのか判断が付かない。ヴィセ達はドラゴンの血を有しているだけで、自身の体を把握できている訳ではないのだ。


「い、痛いの、我慢したのに、お、俺頑張ったのに!」


「分かってるってば。意地悪で食べちゃだめって言ってるんじゃないんだ。バロンのせいじゃないのも分かってる」


 ≪やはりあやつら許せぬな、我が夜中にコッソリと炎でも吐いて船を沈めて来ても良い≫


「そんなことしたって、バロンが夕食を食えるようにはならないよ」


 バロンの生きる楽しみの大半は食事だ。ヴィセと共に生活を始めて以降、バロンは美味しい食べ物の虜になった。スラムで食べていたふかし芋やボソボソのパン、干からびて古い肉ではなく、温かい白米や、鶏だしのスープ、柔らかい肉や新鮮な魚となった。


 ガリガリだったバロンは少し肉が付き、背も伸びた。食事が必要な年頃だと思い、ヴィセはバランスに気を付けつつ、食べる事を控えさせたりはしてない。


 食べてはいけないと注意したのは初めてだ。バロンのためだというのに、ヴィセは罪悪感に苛まれていた。


「エメナさん、ラヴァニと一緒に先に夕食に行って下さい」


「でも……」


「心配しなくても、バロンは明日からまた飯を食えるようになります。エメナさんもラヴァニも、旅立ちが近いんですから、さ、早く」


 早く向かわなければ、せっかく用意してくれた食事が冷めてしまう。ラヴァニはしばらく飛び続けるのだから、しっかりと食事を摂らなければならない。


 よく食べられるようにと、ラヴァニの姿は2段階封印を解かれた姿だ。朝にはまた魚と水を用意してもらい、付近を飛ぶ仲間のドラゴンを探すことになる。


 ≪すまぬ、我は明日飛ぶためにも力をつけなければ。バロン、美味いものをまた食えるようになったなら、我がどこへでも食べに連れて行こう≫


「バロンくん。美味しく食べられる時に食べましょう。もしお腹の調子がもっと悪くなったら何日も食べられないかもよ」


「……」


 ヴィセがバロンと共に残り、エメナとラヴァニが1階へと降りていく。バロンの掛布団を掛け直しながら、ヴィセは自身もバロンの隣の布団で横になる。


「今日は……さすがに疲れたな」


「……明日の朝ごはんは、食べられる?」


「少しずつ、ゆっくりなら大丈夫って言ってたぞ。体は眠っているうちに治っていくんだ。眠くなくても寝ていろ。トイレに行きたいなら連れて行く」


「さっき行ったから……いい。ヴィセはご飯行かないの?」


 ヴィセと2人になり、バロンは我が侭を言った事が恥ずかしくなった。ヴィセがバロンの付き添いのために夕食を遅らせていると気付き、すまなそうに声を掛ける。


「後で風呂に入る時に少し食べて来るよ、心配ない」


「ねえヴィセ」


「ん?」


「俺……本当に治った? 俺死なない?」


「治ったよ。明日の夕飯は普通に食べられるかもな。でも痛い時は我慢するな」


「……うん」


 ご飯が食べられないと知ってショックを受けたものの、そのショックが和らいで来れば、急に不安が襲う。バロンは心細いのか、ラヴァニとエメナが戻ってくるまで、ドーンファイブの物語本を読んでくれとせがんだ。





 * * * * * * * * *





「ヴィセ……起きてる?」


「起きてるよ、どうした? 痛いか、それとも寒いか」


 夜中、バロンがふと隣の布団で寝ているヴィセを呼んだ。ドラゴンの回復力は目を見張るものがあり、もう腹の傷口も完全に塞がっている。痕は残りそうだが、もういつの怪我か分からない程だ。


 この調子であれば、体の中の方もほぼ元通りになっているだろう。にも関わらず、バロンは不安で眠れずにいた。


「痛くない、ちょっと寒いけど……」


「そうか。トイレに行くか?」


「ううん」


 バロンは声を掛けてくるだけで、特に何かを要求する訳ではない。遠慮がちで、ヴィセも眠いと分かっていながら声を掛けている事が窺えた。


 ヴィセはそのようなバロンの行動に、思い当たるところがあった。


 かつて自分がまだ10歳にも満たない頃、具合が悪い時はとても心細かった。農家の朝は早い。日中は両親ともに畑仕事に出てしまい、一人っ子だったヴィセはただ親の帰りを待つ事しか出来なかった。


 家は土間から上がって板張りの床があるだけで、部屋という概念はそもそもない。土間に炊事場、入り口の横に小さな風呂とトイレがある以外、何がある訳でもない。


 両親は隣に寝ていたが、幼かったヴィセは病のせいか心細く、何度も親を起こしてしまった。そんな時、よく父親や母親はヴィセを自分の布団に呼び、大丈夫だと言って温かく包んでくれた。


「バロン、こっちの布団に来い」


 ヴィセが眠そうな声で呼びかけると、暫くしてバロンが潜り込んでくる。やはり、不安で寂しさを募らせていたのだ。


 ましてやバロンは親と共に暮らした頃の記憶がない。5歳にも満たない頃から、家とも呼べないバラックで子供達と身を寄せ合って生きてきた。


 不安を覚えても寂しくても、どうやって大人に頼っていいのか、分からなかった。


「俺もな、眠れない時は親にこうして一緒に寝てもらってたんだ。なんとなく落ち着くだろ」


「うん……暖かいね」


 バロンは恥ずかしそうに少し顔を出し、嬉しそうな顔を隠すようにまた布団に潜り込む。甘えたい気持ちと、背伸びしたい気持ちがせめぎ合い、素直に甘えたいと言えなかったようだ。


「ラヴァニなんか、寒い時は勝手に潜って来るぞ」


「ラヴァニ、鱗がひやっとするよね。ラヴァニも寒いかな」


「コタツの中に居るはずだけど、湯たんぽはもう冷えてるかもな。もし起きてたら布団に入れてやるか」


「うん」


 2人がクスクスと笑っていると、敷かれた厚手の絨毯の上に、翼が擦れる音がする。ラヴァニも起きてしまったようだ。


 ≪ならば、我も暖を取らせてもらおう≫


「あ、ラヴァニ起きてた」


 ラヴァニは枕元から無理矢理ヴィセの布団に侵入し、ヴィセとラヴァニの間に陣取った。2人と一匹で笑いながら、まだ訪れない夜明けまで、ひと眠りしようとする。


「ヴィセ」


「ん?」


「あのね……姉ちゃんには、言わないでね」


「寂しくて一緒の布団で寝た事か?」


「ちーがう、俺が撃たれて怪我したこと。あ、えっと今のことも言わないで」


「ハハハ、冗談だよ、言わないさ。心配かけたくないもんな」


 バロンは良かったと呟き、今度はラヴァニにもお願いごとをする。


「ラヴァニも、仲間に俺が撃たれたこと、言わないでね」


 ≪約束しよう。仲間達に伝えたなら怒り狂うだろうからな≫


「うん」


 ≪こうして眠りに就く事も教える気はない。人の布団の温かさは、我だけが知る特別なものだ。譲る気はないのでな≫

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