Avarice-05
右手に海を眺めながら港の先へと進むと、浜辺に人だかりが見えた。もう日は落ちて空が紺色に染まっているというのに、どこか異様な光景だ。エメナの姿もあった。
「ヴィセさん! 大丈夫ですか」
「はい、俺は特に何も。バロンもなんとか回復しました」
「良かった、邪魔になってはいけないと思って、お見舞いは控えていたんだけど」
「皮肉なもので、ドラゴンの血のおかげで治りは早いんです」
ドラゴンの血のせいで狙われたのに、ドラゴンの血のおかげで一命を取り留めた。不幸中の幸いとも言い難い状況に苦笑いしつつ、ヴィセは何をしているのかを尋ねた。
小さな子供から老人まで、住民はほぼ全員が集まっている。エメナはヴィセがこの地方に疎い事を思い出し、説明をしてくれた。
「これは私の故郷の島でもやっていることなんだけどね。あまりにも酷い行いをした者は、相応の罰を受けなければならないの」
「まあ、それは分かります。他の町では警備隊がいて、牢屋に入れたり鞭打ちの刑があったり」
「うん。早い話がそういうことね」
刑罰は町や村によって内容が違う。ドーンの町では、今も悪徳商人が見世物のように囚われている。治安維持のため、独自の基準で取り締まっているのだ。
ラヴァニ村にも掟はあった。ヴィセが住んでいた間で言えば、大喧嘩の末に斧を手に持った男が村を追放された事がある。
「もしかして、バロンを撃ったやつを」
「そう。2人は役場に運ばれて、そこで意識を取り戻したわ。色々と酷い状態だけど、ちょっと骨が折れているくらいね」
「……バロンを殺そうとされたんだ。やり過ぎだ謝れなんて言われても謝りません」
「誰もそんな事は思ってないみたいよ、安心して。まあ、そもそも私達が謝られる事でもないし」
エメナはニッコリと微笑んで、更に前方を指差す。そこには男達に混じって立つミナの姿があった。
「女将さん、話はエメナさんから聞きました」
「はっ、ヴィセさんね! ああ坊や、あんた大丈夫ね? 良かった良かった、まだ外に出ん方がええのに」
「うーん、まだお腹痛い……」
「無理はせん方がええ、冷えんようになさい」
ミナはバロンの頭を優しく撫で、何度も何度も心配の言葉を掛けた。周囲の者も、バロンが意識を取り戻した事に大喜びだ。
だが、その喜びの場に、いくつか似つかわしくないものが転がっていた。
1つは男達が横たわる木製の小舟、もう1つは大量の武器だ。
≪こやつらを罰するのは我も賛成だ。兵器は好かぬが、こやつらを始末するためとならば目を瞑ってやろう≫
「それなら船に乗せる意味なんかあるか?」
誰かがバロンのためにとブランケットを掛けてくれた。か細い声で「有難う」と礼を言うバロンに、「こんな子を撃つなんて」と非難の声が上がる。
「ヴィセさん。オレ達はこいつらを許さん事にしたんですわ」
「ヴィセくん達は、もうこの地区の住民も同然。バロンくんを撃ったのは、俺達に銃を向けたのと同じだ。住民が撃たれたなら、裁きを与えなきゃならん」
「それで、武器……」
鉄球、大砲、猟銃などの武器が幾つも用意されている。長閑な漁村のどこにこんな武器があったのか。
「ヴィセさん。あんたは村八分という掟を知っとるかね」
「むらはち……さあ、聞いたことがありません」
「冠・婚・葬・建・火・病・水・旅・産・養。他人と関わる10の物事のうち、火と葬を除いた8つの関わりを断つというものだよ」
≪縁を断つ、という意味なのだろう。だがこの者らは村の者ではない故、それらを断たれて何の意味がある。命も断つというのなら我も加勢するぞ≫
「あの、他所から来た人には意味がないんじゃないかと」
ヴィセは素朴な疑問を口にした。村八分と聞いても、ここに用意された武器との関連性が見出せない。ミナは当然の疑問に笑いながら、地区長の老人に説明を任せた。
「ほっほっほ、まあそうなるな。こいつらは憎き殺し屋以外の何者でもない。だから、10個全て断っても構わんという話になった」
「……殺すんですか」
「殺しはせんよ。殺すつもりなら、とっくに殺しとるわい。だが流石に断つものの中に命までは入っとらんのでな」
老人は笑いながら、周囲の若者に船を押せと指示を出す。小舟に乗せられた男達は、ガタガタと震えながら「許してくれ」と懇願する。
「お、お前ら、ドラゴンの血がどれだけの価値を持つか、わ、分かってないんだろう!」
「そいつの血がほ、欲しいや、奴は……大勢いるんだ。お、俺達はただ、頼まれて……」
「頼まれて血を持つ少年より、血の方に価値があると判断して殺そうとしたんだろう?」
「そうだそうだ! 詭弁だよ、お前らの狙いは金さ。血の先にある金なんだろう? 俺達にとっては、この子の命の価値の方が高いもんでね。ご愁傷様」
立ち上がる事が出来ないのか、男達はもがくだけで船から脱出できない。そうこうしている間にも、船はとうとう波打ち際まで押されてしまった。
「悪いがヴィセさん、これは俺達の問題だ。もしあんたらが許すとしても、俺達は許さない。掟に従い、こいつらを裁く」
「この地区がなぜ海沿いにありながら生活を守れたか。海賊から取り戻せたか。聞いた事はあるだろう」
ブロヴニク地区は、かつて海賊に占拠された事がある。だが、数十年かけて崖の上にあるミデレニスク地区で武器を集め、崖下めがけて爆撃とも言える報復を行った。
その時の武器は、全てまだこの地区に置かれている。エメナの故郷の島は、ラハヴが守った。このブロヴニク地区は武器が守ってきたのだ。
海賊は滅びていない。食べ物も豊富で、水も湧き、遠浅で波は穏やか。耕作できる土地もある。にも関わらず海賊が手出しをしないのは、命を落としかねないからだった。
「どういう場所に銃を向けたのか。分からせるためにこれだけ持ってきた。仲間でも来ようもんなら躊躇いなく応戦したけどね」
「ここで殺せば、遺体を葬らなきゃならん。10
「こいつらを焼いた火が何かに燃え移ったら大変だ。火の関わりも持ちたくない」
「となれば、沖に流して消えてもらうのが一番だ」
船の底が浜の砂から離れた。船はそのまま少しずつ引き波に乗って流され始める。誰かがオール2本と竹の水筒を船に投げ入れた。
小舟が左右に大きく揺れている。男達がなんとかオールを手に持ち、漕ごうとしているのだ。
「明日の朝、あの船がこの浜から見えなきゃ、それで終わり」
「ねえ、浜から見えたら?」
バロンが掠れた声で問いかける。医者のハギが、それは困るなあと言いながら笑った。
「でもなあ。あんな小舟、沖にありゃあどこの船か見分けがつかない」
「この地区の船は全部把握されとる。それ以外の不審な船なら、海賊かもしれんだろう」
「海賊なら追い払わなきゃならんよねえ」
つまりこの「沖流し」という刑は、いったん小舟を沖に流す。明け方にまだ姿があれば海賊と間違えて攻撃する、というものだった。
とはいえ、オールも満足に使えない体で小舟に乗せられ、生きていられる可能性は低い。運よくどこかに接岸できても、おおよその場所は上陸すらままならない。
トドメを刺さずに生きるチャンスを与えているようで、実態はとても残酷なのだ。
「あたしらは、あんたらの盾にはなれん。せめてあんた達を狙う輩の始末くらいさせておくれ」
「お婆ちゃん……」
「さあ、見張りの当番は宜しく頼んだよ!」
ミナが指示を出し、浜から上がった位置に砲台が準備されていく。武器の番、船の監視などの8人を除き、他の者も帰り始めた。
ヴィセは家を貸してくれた女性に礼を言い、明日必ずお礼に伺うと約束する。
「さあ、宿に戻ろう。今日は部屋でおとなしく休んでくれ。湯たんぽ持って来てやる。そういやあ後で釣り竿を取りに戻らなきゃな」
「うーん……今日のごはん、なにぃ……?」
≪そなた、この状況で晩飯の献立を気にするのか≫
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