Avarice-04




「バロン、バロン? 気が付いたか?」


「……ん……痛い……」


「ああ、良かった!」


 その日の夕刻前、バロンはベッドを貸してくれた女性の家で目を覚ました。


「ヴィセ……ラヴァニ」


 回復力が強い反面、麻酔の効きも短い。バロンは掠れ声で痛みを訴えてはいるものの、意識ははっきりしていた。


「ああ、そうだ。銃で撃たれたんだ。もうお医者様が診てくれたから大丈夫、痛みもじきになくなる」


 ≪我が離れずにいたなら。旅立ち前に体を休めようなどと思わなければ≫


「ラヴァニ、そうすれば明日狙われただけだ。ラヴァニのせいじゃない。全てはあいつらのせいだ」


 ヴィセは何が起きたのかをゆっくり穏やかに伝えた。バロンは銃撃だったと分からないまま、痛みと出血で気を失っていたようだった。バロンもヴィセ達と同じく、自分達が狙われる立場である事をすっかり忘れていた。


 ドラゴンの血が流れていても、それはそれでもいいかもしれない。そう考え始めていた矢先の出来事。2人はまた悩みを抱えなければならなくなった。


「ヴィセ、ごめんね」


「何で謝るんだよ」


「俺が撃たれたから、ヴィセもラヴァニも怒ったんでしょ? ドラゴン化で頭分かんなくなるの、嫌なの知ってるよ」


「撃つやつがいなけりゃこうなってない。責任がない事を謝るなって、ジェニスさんに言われたろ」


 撃たれた自分ではなく、ヴィセとラヴァニの心配をする。そんなバロンの思いにいたたまれず、ヴィセは水を汲んでくると言って傍を離れた。悔し泣きを見られたくなかったからだ。


 ヴィセが不甲斐なさを感じるには十分だった。


 10歳の子供を守れず、自分の怒りを制御する事もできず、犯人には報復としてバロン以上の重傷を負わせた。ラヴァニの怒りに飲み込まれただけでなく、ヴィセ自身も犯人を1発でも殴らなければ気が済まないと思ってしまった。


 そんなヴィセに、バロンはごめんねと言って謝ったのだ。


「……力なんて、もう持ってるのに。それでもバロンを守れなかった」


「ヴィセ?」


「……ん? ああ、すぐ持っていくよ」


 ヴィセは無理に笑顔を作り、バロンに白湯を飲ませてやる。バロンは動く度に痛いと声を漏らしつつ、懸命に平気を取り繕う。


 ヴィセが心配する、ヴィセが自分のせいだと思ってしまう。バロンはそう考えていた。ラヴァニにもまだ掠れている声で呼びかける。


「ラヴァニ。いなくなっちゃ駄目だからね」


 ≪……急にどうした、何の事を言っておる≫


「ラヴァニさ、自分が離れたらヴィセを無理矢理ドラゴン化させなくて済む、って思ってる」


 ≪……事実だ。それに我が傍にいなければ、2人が狙われる理由が1つ減る≫


 バロンはラヴァニが責任を感じ、ヴィセとバロンの傍を離れようとしている事も察していた。


「ラヴァニ、俺はラヴァニがいない旅なんてする気はないぞ。ラヴァニのせいで狙われた訳じゃない。奴らの目的はドラゴンの血だった」


 ≪ならばそなたらは身を隠せ。我が共に動けば目立ってしまう≫


「何で? ドラゴニア、もうすぐ元に戻るんだよ」


 ≪浮遊鉱石は逃げぬ。2人の代わりに我が今後を担っても良い。元々はそのつもりだった。仲間もそう考えて行動しておる≫


 ミナの言葉はラヴァニの心に葛藤を芽生えさせた。


 大事な仲間のためなら、ドラゴンは何でもやる。それが多くの他人に恨まれるとしても、ドラゴンにとっては大義と仲間が全てだ。その他大勢の人々などどうでも良い。


 ドラゴンが嫌われようと、痛くも痒くもない。だがヴィセとバロンは仲間であると同時に人でもある。2人はその大勢に疎まれ、嫌われてしまう。


 ≪人の中で生きる覚悟などしてはおらぬ。するつもりもない。時に人の恨みを買い、時に恐れられ、それでも我は大空に揺蕩たゆたうドラゴンとして生きよう≫


「ラヴァニが一緒に来てくれないなら……俺ドラゴニアの事手伝わない」


 ≪良い。我は……そなたらが末永く達者で暮らせるのなら、ドラゴニアが滅ぶことも受け入れる≫


「そんな事、聞いてない! 俺は一緒に来てって言ってるの!」


「ラヴァニ。封印は絶対に解かないぞ。元の姿に戻って、そのまま飛び去って、二度と現れないつもりだろ」


 2人とも、ラヴァニが何を思ってそう決意したのかは分かっていた。全てはヴィセとバロンのためだ。


 ただ、一番肝心な事は、それをヴィセとバロンが望んでいないという事。


「俺とバロンが末永く達者に暮らせると思うか? 狙われないように人目を避けて、隠れて生きる事が俺達の幸せなのか」


「ラヴァニがもし撃たれたら? 俺達何もできない? 助けてあげられないよ」


 ≪命あってこそだ。それに我は人に負けたりはせぬ。2人のおかげで人の世を学んだからな≫


「俺達が困ってても、助けてくれないの? 俺達のこと、捨てるんだ」


 ≪そんなつもりではない! 我にとって、どれだけ、どれだけヴィセとバロンが大切か、何故分からぬ!≫


 話は平行線を辿る。このままでは、ラヴァニは封印されたままでも飛び去ってしまいそうだ。その時、ふとバロンはある事に気が付いた。


「ねえ、この家の人は?」


「出かけるって言って、それっきり……」


 この家を貸してくれた女性は、自分の荷物を一切持ち出していない。それに様子見で住民が訪ねてくる様子もない。ミナやイサヨ達は旅館の仕事をしているとして、病人と余所者とドラゴンだけを放置するだろうか。


「バロン、ここにいてくれ。ラヴァニ、今のバロンには守る役が必要だ。分かるな」


 ≪心得ておる。隙をついて逃げるような真似はせぬ≫


 ヴィセは家の引き戸を開けて通りに出た。夕暮れの町はやけに静かだ。いつもなら酒が入った漁師たちが歩き、子供達が走り回っているというのに、人の気配がない。


「……どこに行ったんだ?」


 付近を少し歩いてみたが、人の気配はない。とはいえ、風呂場の湯気が漏れる家や、明かりが点いたままの家がある。生活の気配は失われていない。


「ラヴァニ、すまないが空から様子を見てくれないか」


「だめ! だって、ラヴァニ行っちゃうもん、やだぁ……やだぁ……!」


 いったん戻ってラヴァニに頼もうとすれば、バロンが病み上がりとは思えない程の大声で泣き喚く。ラヴァニをぎゅっと抱きしめたまま離さない。


 ≪……本当に、我が共にいて後悔はせぬか。次に狙われた時、我のせいであっても≫


「俺達はそのつもりで旅をしてきた。俺達は何があっても全力でラヴァニを守る」


「ラヴァニっ、ラヴァ……ニ、が、いない、と、や、やだ、って……ひっく、言ってるのにぃ……」


「撃たれても泣かなかったバロンがこれだけ泣くんだぞ。明日も明後日も、ずっと泣くぞ。俺に押し付けて逃げるのか」


 ≪逃げ……分かった。我はそなたらの覚悟を受け入れよう。重ねて言うが、人と共に生きる覚悟はせぬ。だが……そなたらと共に生きる覚悟をしよう≫


 ラヴァニは降参だと告げ、もう離れないと念を押す。ドラゴンは仲間を裏切らない。


 ≪前にも言ったが、我にはゆでたまごの殻を剥く者が必要だ。さあ、我が空から様子を見て来てやろう≫


「ど、どこにも、いか、ない? ふっ、ふっ……うそ、つかない?」


 ≪ドラゴンにとって裏切りは死だ。我はバロンを信じた。バロンも我を信じよ≫


 バロンが恨めしそうに睨みながら拘束を弛めた。ラヴァニは数回羽ばたいてから飛び立つ。


「ラヴァニは裏切るような奴じゃない。俺達が一番知ってる」


「うん……」


 ヴィセとバロンはラヴァニを信じてしばらくじっと待っていた。5分程経っただろうか、ラヴァニの声がヴィセ達の頭に響く。


 ≪住民が浜辺に集まっておる。トメラ屋の者も全員だ≫


「え? こんな時間に?」


 こんな寒い夕暮れの浜で、住民が集まるような事があるだろうか。シードラ達に何かあったのかと考えていると、ラヴァニの実況が続く。


 ≪あの憎き2人の男が、船に乗せられておる≫


「……は? 船?」


 どうにも状況が分からない。ヴィセはしばし悩み、バロンを負ぶって浜辺へと向かった。

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