Dragons' Heaven-11




 女性の申し出を受け、ヴィセ達はトメラ屋に戻る事にした。浜辺でシードラを仲間に預け、近いうちに声を掛けると伝える。仲間は大量の魚に満足し、もう人を避ける素振りもない。この後は恐らく北の洞窟でまどろむのだろう。


「おばーちゃーん、お客さん来たよー」


「お客……あらあらいらっしゃいませ、トメラ屋へようこそ。あんたら、呼び込みまでしてくれたんね」


 ミナが慌てて玄関まで出て来た。まだチェックインの時間には早いが、ヴィセ達の客人だと分かると笑顔で受け入れる。


 もっとも、閑散期の客は1人でも多い方がいい。ミナ達は大喜びだ。


「ヴィセ君たちの食事は食堂のおっちゃんが届けてくれる。ゆっくりしてくれ、風呂ももうじき入れるから」


「有難うございます、後で入ろう」


「うん! 寒くてね、足が冷たい」


 ≪我は入らぬぞ、寒くなどない≫


「潮風に吹かれて臭うぞ? 拭くだけにしてやるから」


 女性はノスケに案内され、ヴィセ達の2つ手前の部屋に入った。ヴィセもバロンもコートを脱いで部屋着に着替え、用意されていた湯たんぽをコタツに入れて食事を待つ。


「あのおばちゃん、何でラヴァニの言葉が分かったのかな」


「ドラゴンの血を引いてる……って事だったら、使用人だった頃でもシードラと会話出来たはず」


 ≪ヴィセとバロンがいなければ、我はあの女の意思が分からなかった。どうも今までと違う。警戒すべき相手かもしれぬな≫


 やがて料理が運ばれ、ヴィセ達が遅い昼食を済ませた頃、部屋の扉がノックされた。


「はい」


「私です」


 ヴィセが扉を開けると、そこには先程の女性が立っていた。装いはニットのセーターに厚手のロングスカートだ。ヴィセは女性を部屋へと招き入れ、コタツへと案内した。


「ねえ、えっと……」


 バロンが女性を「おばちゃん」と呼ぶ前に堪えた。女性は名乗っていなかった事を詫びて自己紹介を始める。


「エメナ・ロイセーよ。改めて宜しくお願いしますね、ヴィセさん、バロンさん、ラヴァニさん」


「エメナさん、あなたは何故……」


「気持ちは分かるけれど、理解してもらうには色々と話しておかなければならないの。厚かましいけれど、あなた達のことを教えて欲しい」


 エメナはヴィセ達に先に素性を明かせと要求する。だが、ヴィセ達はエメナを完全に信用してはいない。かといって、エメナがラヴァニ達の意思を読み取れるのなら、怪しんでいる事も丸分かりだ。


(どうする、俺達の考えを読む事が出来るんだよな。俺達はラヴァニと旅している事を隠してはいないけど……)


(ドラゴニアを救いたいって事は、秘密守ってくれる人にしか言ってないよ?)


 ≪この話し合いも、エメナには聞かれているのではないか≫


 エメナをチラリと盗み見れば、案の定エメナは苦笑いしていた。だが、ここでヴィセはおかしなことに気付く。


(おい、エメナさんの考えてる事、分かるか?)


(……あれ? 俺分かんない)


 ≪我もだ、どうなっている、あの女、何者だ≫


 エメナの考えている事が分からない。つまり、意思での会話が出来ないという事だ。意思での会話が可能な者は、ドラゴンの血を引いている者だ。ドラゴンの血を持っている者同士ならば、意思を探ろうとすれば隠し事が出来ない。


(エメナさんは、ドラゴンの血を引いていない?)


(え? じゃあ何でシードラやラヴァニの考えが分かるの?)


 ≪ドラゴン種ではない、別の何かの血を……引いているのか?≫


 ドラゴンの意思を読み取る事だけが可能で、伝えることが出来ない。そんな生き物が存在するのか、ヴィセ達は知らない。


「ねえ、ヴィセ。シードラが言ってたよね。会話できる人がいたって」


 バロンが意思での会話を諦め、普通に喋りはじめる。どうせ聞かれるのだから、隠しても意味がないと判断したのだ。


「どうやら、私が警戒する必要もなかったようですね。シードラがそこまで明かしているのなら」


 エメナは穏やかな表情で微笑む。


「あなた達のことは後で構いません。私はラハヴの子孫です」


「ラハヴ?」


「あなた達が海竜と呼ぶ、あの生き物の事ですよ」


「ちょっと待った! じゃあ、エメナさん……あなた一体」


「何歳なの? 俺ね、もう11歳になる!」


 歳を聞くのは失礼かと思い、ヴィセが一瞬ためらった。だがバロンはそんな躊躇いなど微塵もなく、エメナの年齢を尋ねる。


「私は43歳よ、それが何か?」


「もっと長……」


「ドラゴンの血の持ち主は長生きする、という話を聞いたことがありませんか」


 もっと長生きだと思った、などと言えば、見た目が43歳より上に見えるという意味にも聞こえてしまう。ヴィセが瞬時に遮った事で、失礼を働かずに済んだようだ。


「長生き……さあ、聞いたことがないわ」


「誰とは言えませんが、ドラゴンの血を引き、数百年生きている人を知っています。恐らく、俺達もそうなるでしょう」


「でも、私達の島で数百歳なんて聞いた事もないわ」


「海竜の血は、ドラゴン程の影響を及ぼさない?」


 ≪分からぬ。僅かな血を得ても、子孫に受け継ぐうちに力が弱くなったか≫


「俺達はドラゴンやラハヴの言葉が分かります。会話が出来るんです」


「ええ、ラハヴやドラゴンの言葉を理解する事しか出来ませんが、彼らの意思から、言葉を交わし合っている事は分かりました」


 エメナは南洋の小さな島の出身である事、その島の入り江に1頭の年老いたラハヴが棲みついている事を明かした。


 数千年前、年老いたラハヴもまだ生まれていなかった頃、島の者がはぐれた1頭のラハヴを保護した。その時、偶然怪我をした部分の血に触れ、運悪くその血が体内に取り込まれてしまった。


 その瞬間、その者はラハヴと会話が出来るようになった、と伝わっている。その能力を得た方法は、ラヴァニの友の血を受け継ぐヴィセ達と、おおよそ同じ経緯だ。


「わあ、シードラ達も、人とゆっくり出来る所があったんだね」


「俺達も、ドラゴンの血を引いているんです。だからラヴァニやシードラの言葉が分かりました」


「ドラゴンの血を……?」


 ヴィセは自分が旅に出た理由、ドラゴンの血を受け継ぐに至った経緯を打ち明けた。


 エメナはドラゴン種以外の意思、つまりヴィセとバロンの意思は読み取れない。従って浮遊鉱石の事までは言わなかったが、毒霧を消す方法を探していると伝えると、エメナは力強く頷いた。


「海の上はもう随分と昔から霧が晴れていたの。そのせいで島は何度も海賊に襲われたわ。ラハヴが守ってくれたけれどね」


「海の上だけ霧が晴れた理由なども調べ、もうじきなんとかなりそうなんです」


「そうなのね。私の祖父母世代は、かなり霧に苦しめられたというわ」


 ≪そなたらの先祖は、島から逃げずしてどうやって生き延びた≫


 150年前、海の上も濃い霧に覆われた。島の者は全滅していてもおかしくない。


「先祖は島の地下を掘って海面下で暮らしたらしいわ。海底からは酸素が湧きだしていたから、呼吸には困らなかった」


「あっ、もしかして、俺の伯父さんの住んでるところみたい?」


「なるほど……そうやって生き延びた人もいたんだ」


「そこには、数頭のラハヴも一時的に避難していたわ。大きな声では言えないけど、霧が晴れてからは小さな浮遊鉱石も見つかってね。ラハブに教えてもらって付近の海底を探して、売って生活の足しにしていた時期もあるの」


「え、ま、待って下さい! 海底でって、浅瀬に浮遊鉱石が!?」


 ヴィセは驚きのあまり、エメナの話を遮ってしまった。


「浅瀬ではないけれど。潜水艇という、海底1000メルテ程度まで潜れる船があるの。それで海底を引っ掻いて集めたそうよ」


 ヴィセとバロンの表情が明るくなった。


「それだ!」

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