Dragons' Heaven-10
土竜の体長は、ラヴァニや海竜の比ではない。地中を潜ってくる事は可能だとしても、あの大きさで大陸を横断したなら、付近に多少でも揺れを発生させてしまうだろう。
現実的な案としては、ラヴァニ村で封印を受け取り、マニーカを探し、小さくして連れて来るのが良い。ただそうなった時、ラヴァニは再び数千キロメルテを往復する事になってしまう。
「マニーカの封印はラヴァニ村にあるんだったな。また逆戻りするのは避けたいんだが……」
≪我は構わぬぞ、ドラゴンとは空を飛ぶものだ≫
「いやいや、世界のためと言ってはいるけどさ、実際に頑張ってるのってラヴァニなんだよ。俺なんてただ背中に乗ってるだけだ。そんな手間は掛けさせられない」
≪そなたがおらねば人と分かり合う事は出来なかった。我は飛ぶ事を苦に思ったことなどないぞ≫
どうやら流れは引き返す方へ向かっている。アマン達との合流まではもう少し余裕があるものの、ここまで来て戻るのは億劫だ。ヴィセはラヴァニの体を休めさせてやりたいとも思っていた。
「どうしよう……」
どのみちマニーカの助けがなければ海底の浮遊鉱石は掘り出せない。アマンとの合流もあと数週間だ。ヴィセは明日決めようと言って皆に解散を促す。
≪オレたちは呼んでくれたらいつでも来よう。また毒のモヤが広がるのは嫌だからね≫
≪この先の洞窟で休む事もあるだろう。いつでも覗いておくれ≫
説教を受けていた漁師たちがようやく解放され、魚が入った木箱を抱えて戻って来る。海竜へお詫びとお礼の意味を込め、市場に事情を話し、残った魚を丸ごと持ってきたのだ。
≪え、いいのかい?≫
「みんなが食べてくれって言ってます。お口に合うようなら」
≪勿論だとも! ああ、でも……≫
「ここで食べ終わってから帰ったらいいじゃん! みんな邪魔しないよ? ね?」
バロンがシードラを呼び、膝に座らせた。バロンはシードラをお構いなしにぎゅっと抱きしめる。
シードラはバロンから「アジコ」と呼ばれる小さな魚を貰い、頭からかぶりついた。他の海竜達も、伝わらないながらも漁師達に「サカナをこっちへ投げろ」と催促する。
「おいおい、餌やりじゃないんだから……」
「あんたー!」
ヴィセ達が笑い合っていると、ふと背後から女性の大きな声が聞こえた。振り向けばそこには全速力で駆けてくるキクの姿があった。
「あんたー! もう、1人で何をしよったの!」
「キク! すまねえ、船が故障しちまって……無線も使えなかったんだ」
「だから船団をいつも離れるなって、あれだけ言ってたあ! 私が言ってた意味、よーく分かったろ?」
キクは駆けつけながらトシオを叱る。だが到着する前に速度を落とし、係留された船の間から顔を出す海竜達に気付いた固まった。
「ああ、分かったさ。もう1隻で魚群を追ったりしねえ。ヴィセさん達と、こっちの海竜って生き物が助けてくれたんだ」
「か、海竜? な、こんな生き物どこに……」
「彼らは人と棲み分けて暮らしていたんです。ラヴァニと一緒で、俺達は意思の疎通を図れます。旅の目的にも協力してくれるって言ってくれました」
ラヴァニよりも幾分柔らかな印象を受けるが、海竜の口から覗く歯は大きく鋭い。キクは頭を深々と下げながらも、緊張で声が震えていた。
「今後、この近くに来ることもある。お義母さんたちにも伝えてくれ。俺達の漁の邪魔もしねえ、俺達も海竜の邪魔はしねえって約束だあ」
「そ、そうなのかい? と、とにかく驚いちまってホッとするのも忘れちまったよ。あんた、ほら! 心配かけたみんなのとこ回って頭下げに行くよ!」
キクは漁師仲間にも深々と頭を下げ、後ほどお宅に伺いますと言いつつトシオを引っ張って帰る。この調子なら、今日のキクは宿の仕事どころではないだろう。
≪まさか、オレたちが人を避けずに生きていけるとはね。こんな事はきっとここじゃないと出来ないだろう≫
≪安心して寄りつける陸地が不要な訳じゃないんだ。他所じゃ、いつも誰もいない事を確かめて、コソコソと浜に寝そべったりしていた≫
「もうここなら隠れないでいいね!」
バロンは鞄からゆでたまごを取り出し、半分に割ってラヴァニとシードラに分け与える。
≪うわあ、こんなもの食べた事がないよ、すばらしい! サカナもいいけれど、陸にはこんなものがあるんだね! あの家のカリカリしたものは本当に不味かった……≫
≪そうであろう。ゆでたまごこそ、この世で最高の食糧だ≫
極寒の冬の風は冷たいが、シードラ達はあまり気にならないようだ。ヴィセ達が寒さにぶるりと震えた頃、漁師達も家へと帰り始める。
「海竜さん達! 浜に魚を置くから、そっちで食べとくれ! 船と擦れちゃ困るんでな!」
漁師が身振り手振りで浜へと誘導する。海竜達もそれを理解し、サッと海中に消える。
「シードラもあとで連れていくね!」
≪若輩を宜しくたのんだよ! さ、早くサカナを食べに行かなくちゃ」
「ヴィセさん! トシオの事、本当に有難う! 夜になったら酒もって宿にお邪魔しますわ」
「お構いなく! 皆さん明日も朝が早いでしょうから!」
ヴィセが振り向いてそう答え、そろそろ俺達もと言ったところで、今度は視線の先に別の人物が現れた。ロングコートにモコモコしたムートンブーツを履いた女性は、真っ直ぐにヴィセ達へと向かってくる。
肩から大きなかばんを掛けている。この時間にバスでミデレニスク地区から降りて来た観光客かもしれない。
「あのおばちゃん、どっかで見たね」
≪あれは……あのいけ好かぬ女の家で働いていた者だ≫
「えっ?」
≪シードラか、我か、どちらかを連れ戻して来いと言われたのか≫
女性は背筋をピンと伸ばし、凛とした佇まいでヴィセ達の前に立つ。それは確かにビヨルカの家の使用人だった。エプロンをしておらず、髪も結んでいないため、一見すると別人だ。
バロンは無意識にシードラを抱く腕に力が入った。シードラは思わず「ぐえっ」と声を漏らす。
「こちらの町だろうと思っておりました」
「あの……ビヨルカって人の家の方ですよね。俺達、ラヴァニもシードラも返す気はありません。ラヴァニは自分の意思で逃げて来ました」
「おうち壊したの悪くないもん! あっ……ちょっと悪いけど、でもラヴァニの嫌がる事したから逃げたんだよ!」
女性は穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷く。
「ええ、そうでしょう。あの家に帰る必要はございません、もう坊ちゃまは生涯生き物を飼ってはならないと、旦那様からお電話できつく叱られております」
≪あやつがそれで言う事を聞くとは思えぬが、従わねば棲み処を追いやられるのだろうか≫
「それはないかもしれないけど」
「ふふふ。確かに坊ちゃまが家を追い出される事はないでしょう。ただ、旦那様は厳しいので、暫く鍛えられると思いますよ」
女性はラヴァニに「逃げる事が出来て良かった」と微笑む。
「じゃあ、どうしてここに? 海の水だって、もう必要ないはずです」
「お暇をいただいたのです。もう私はあの家の使用人ではございません」
「えっ? もしかして、俺達のせい?」
バロンがごめんなさいと頭を下げる。女性は違うのよと言ってバロンの頭を撫でた。
「私はね、坊ちゃんの世話役ではなく、生き物の世話役なのよ。だから辞めただけ。故郷に帰る前に、どうしてもあなた達に会いたかった」
女性はシードラに仲間に会えたのねと言い、また微笑む。そこでヴィセはハッとした。
「さっき、あなた……ラヴァニの考えを」
女性は先程、家を追い出されるのではないかと考えたラヴァニに対し、ハッキリと返答していたのだ。女性はお察しの通りと頷く。
「詳しいお話は、どこか落ち着いたところで。出来れば秘密を守れるところがいいわね」
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