Dragons' Heaven-09
発見の知らせを聞き、ヴィセや一部の船が現場へ急行する。
≪この先にポンポンが浮かんでいるよ。今はポンポンと鳴っていないけど、君たちが引き連れているポンポンとよく似ている≫
「ポンポンって言い方なんか可愛いね。浮かんでるってことはちゃんと大丈夫かも」
「エンジンが止まって帰れなくなったのかな。とにかく無事ならよかった」
≪機械に頼るからだ。己の力で進めばよい≫
「疲れちゃったら大変だよ?」
≪我は疲れぬ。機械も疲れて壊れるのならば同じだ≫
急ぎながらも会話からは安堵が窺える。ただ冬の大海は波が高い。風が強い上に水温も低く、長時間漂流すれば命の危険もある。駆けつけるまで油断はできない。
「こんな北まで流されちまったか! この辺りの潮は速いからな!」
「海流が南から北へ流れてんだ、浅瀬と深いとこが入り組んでいて渦を巻く時もあるんだ!」
「海……竜? 渦?」
≪海のドラゴンとなれば、シードラ達の事であろう。泳ぎの達者な奴らでも流されるとは≫
漁師が潮目を説明してくれるも、ヴィセ達はさっぱり分からない。ただ見当違いな事を考えているが、流れが速い事は伝わったようだ。
陽の光を反射すれば青く見える海も、冬の暑い雲の下では黒く不気味だ。船は大きく揺れながら器用に波間を縫い、ラヴァニの後を追う。
「見えた! あれだ!」
ヴィセが進行方向に白い物体を発見した。大きな波に揺られ、時折船影が隠れてしまう。互いに揺れて波間に隠れてしまうのだから、船上からの目視では発見できないのも無理はない。
ラヴァニが1隻に近づき、ヴィセが叫んで声を届ける。
「この先、まっすぐだ! もうじき船が見えます!」
「船体に何て書いてある!」
「あー俺見える! えっとね……ブロ、ヴニ…ク041?」
「041! 間違いねえ、トシオの船だ」
漁師の表情が笑顔に変わった。全速力で駆けつけ、無線がある船は他の船に呼びかけを行う。
「俺ちゃんと読めたよ」
「偉いな、こんなに早く覚えられるとは思わなかった。あとは間違えずに書けたら完璧だな」
≪我もラヴァニの文字と0は分かるぞ。ブロヴニクのヴとニは我の名に入っておる≫
「え、ラヴァニも文字を理解できるようになったのか?」
ラヴァニが誇らしげにゼロ、ゼロと繰り返す。数字もゼロと8だけは覚えられたというのだ。
≪0はゆでたまごのようだ。ゆでたまごがゼロというのは悲しい≫
「……8は?」
≪8はゆでたまごが重なっておる形だ≫
「じゃあ、ゆ、で、た、ま、ごの5文字を覚えようよ!」
≪うむ、教えてくれ≫
はたして本当に覚えているのか怪しいところだが、そのような会話をしているうちに、とうとうトシオの船の真上に到着した。船はシードラ達に囲まれ、トシオは腰を抜かしたまま震えていた。
≪これだよ、このポンポンだね?≫
「ああ間違いない。有難う、感謝してもしきれない」
ヴィセが礼を言い、何か欲しい物や力になれる事があれば言ってくれと申し出る。その間に漁師たちはトシオの船に乗り込み、事情を説明した。
無線を持っている者が港で帰りを待っている者達に連絡を取る。トシオの船にも無線機があるが、船の故障と共に使えなくなったようだ。
「こ、この大きなカメだか何だかは、おれを助けに来てくれたってのか」
「ああ。ええっと……なんつうんだっけか」
「シードラ……と呼ばれていましたけど、正式には何なのか」
「マニーカは土の竜だよね、ラヴァニは空の竜だよね。シードラは海の竜ってこと?」
「うみ、カイ、海竜……と呼ばせてもらおうかな」
海竜たちは何でもいいよと言い、船団の周囲へと散る。若輩を助けてくれた礼にはまだまだ足りないと言い、このまま浮遊鉱石採掘の手伝いをしてくれるという。
だがラヴァニはその間飛び続けなければならない。そのため、海竜達は一度岸に戻ろうと提案してくれた。今頃、キクにもトシオの知らせが入っている事だろう。
「海竜達が護衛してくれるそうです」
≪ポンポンが通ると、君達がよく言うサカナがサッと逃げるんだ。そうするとはぐれたサカナめがけ、音に紛れるようにジャブジャブが来る。オレたちはジャブジャブが大好物なんだ≫
「ジャブジャブって何?」
≪ジャブジャブはジャブジャブだよ。人は何と呼んでいるのかな」
漁師達と悩むも、正体が分からない。ラヴァニは降参だと言って記憶を見せてくれと申し出た。海竜の記憶も読み取ることができ、ヴィセとバロンが姿を漁師に伝える。
その正体は鮫だった。
「へえ、こいつら鮫を食うのか! そりゃ大助かりだ!」
「大きな鮫がいると根こそぎ小魚を持っていかれちまう。そりゃ海竜に暴れられたら小さな魚は逃げちまうけどな」
「海は誰の物って訳でもねえ。トシオを助けてくれた恩獣だ、網を破かれたって怒らねえさ」
そう言って、漁師の1人が大きな穴が開いた黒い網を両手で広げて見せる。それを見た瞬間、海竜達が一斉に≪あーっ!≫っと叫んだ。
* * * * * * * * *
「……だから、網はやめてって言ってる」
「はい……」
「あとね、チクッと細いユラユラを捨てるのは困るって言ってる」
「……はい」
港に帰った後、海竜達は係留されている船の間から顔を出し、岸壁で正座をする漁師達を睨みつけていた。海竜達は、どうしても漁師に物申したい事があるのだという。
通訳はバロンが行っている。無邪気で遠慮のない通訳に、大人たちはただしょんぼりと項垂れていた。
「なんで捨てるの? 危ないんだよ? ぐちゅーと間違えるって」
海竜達の表現が分かり難ければ、ヴィセが読み取って漁師に姿を伝える。チクッというのは釣り針で、細いユラユラは糸を指していた。ぐちゅーはクラゲの事らしい。
海面に浮かんでいると、間違えて口に入れてしまう事もあると言われ、漁師たちはバツの悪い顔で微動だにしない。
「ね、根がかりして、取れねえ事もあるんだ。だから切るしかない」
「チクッはボロボロになってなくなるけど、細いユラユラ……あ、糸はいっぱい残ってるって」
≪あの網ってやつも、見えにくいんだ。おれたちがたまに絡まってしまう。海の底にもいっぱいあるんだ≫
「泳ぐとき、網が邪魔なんだって。いっぱい沈んでるんだって」
海竜達は、漁で使用したものを放置していく漁師に対し、不満が溜まっていた。
だが、かつて海竜達が人と接したのは数百年前。どのようにして近寄り、どう伝えたらいいのか、機会をずっと窺っていたのだという。
手を貸したいと言ったのは本当だが、真の目的は人に文句を言う事。漁師達は不可抗力もあると言ったうえで、出来る限り配慮すると約束をした。
≪ふう。伝えたい事は一通り伝えた。オレたちは人がサカナを捕まえる時間、別のところを泳ぐ。だから人も行動を守ってくれ、必ず」
「約束したからねって。海竜は邪魔しないから、みんな守ってねって」
「はい、分かりました……」
海竜が本気を出せば、船など何隻でもひっくり返される。漁師側もここで権利を主張し、仲たがいする事は避けたかった。友好の証として、北にある洞窟の中を好きに使ってくれと申し出る。
崖の上からも航路からも死角になり、海竜達が安心して休める場所だ。
「海の中だけでなく、この付近でも休めたなら楽だろう。港や漁場の方角ではないから、いつでも落ち着けるはずだ」
≪それは嬉しいね。是非とも使わせてもらうよ≫
≪さて、君達は浮遊鉱石ってやつが欲しいんだったね。海はあれのおかげで随分と綺麗になった。まだ沢山あるけれど、どうするんだい≫
「出来れば、採れるだけ掘って欲しいんだけど」
≪転がっているものなら、両翼で挟んで持ってくるくらいは出来るけれど≫
海竜達は自身の手を上げ、掘り返す事は出来ないのだと告げる。海竜の手はヒレとさほど変わらない。岩を砕くことは出来ないのだ。
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