17・【Dragons' Heaven】再生

Dragons' Heaven-01


【Dragons' Heaven】再生




 モニカに戻って1週間が経過した。相変わらず空気は冷たく、雪がチラつく時もある。マニーカが活動を始めたからか、時折微かな揺れを感じる事もあった。


「はい。なんだか、うちの一番のお得意様になっちゃったね」


「そうかもしれない。コートもこれで3着目か」


「ヴィセ! 俺の靴かっこいい?」


「ああ。よく似合ってるよ」


 バロンは黒に赤のラインが入ったスニーカーに上機嫌だ。テレッサの店「エビノ商店」で服を買い替え、ヴィセ達はこれから海に近い「ジュミナス・ミデレニスク」を目指す。


 アマン達との合流場所はブロヴニク地区だ。にも関わらずブロヴニクに立ち寄らない理由は、エゴール達を狙う輩にあった。


 彼らはドラゴンの秘密を探ろうと、人の姿を保てるエゴールだけでなく、ヴィセ達にも目を付けている。


 何故ドラゴンに変身できるのか、何故ドラゴンの力を手に入れる事が出来たのか。彼らはそれを知るため、各地で聞き込みを行っている。芝居を打ったおかげでディットは然程でもないが、ジェニスやエマはかなりしつこく付き纏われていた。


 そのような輩がトメラ屋の者達に目を付けたなら、旅館としての営業すら危うくなる。ヴィセ達は会いたい気持ちをぐっとこらえ、手前のミデレニスク地区に留まる事にした。


「テレッサ、あんまり長居すると迷惑が掛かる。そろそろ行くよ」


「安心して。もう何度も来てるから」


「……何だって?」


 ジェニス、エマ、そしてテレッサ。ディットやミナを含めてもいいだろう。ヴィセ達に関わりのある女性は、不思議と勝気な性格の者が多かった。おまけに頭の回転が速く、味方も多い。


 テレッサは何でもないかのように平然と答え、ヴィセを呆気に取らせた。


「ドラゴンの力なんて凄いわねー、カッコイイわねー、そんな人が来てくれるなんて! ……って言っといたわ。兄が警備隊にいる事もね」


「えっと……?」


「ドラゴンやドラゴンの力を持った人が友達なんて、私って特別! キャッ、どうしよーう! って、あなた達の秘密なんか知ろうとした事もないように振舞ったの」


「あ、うん……それでテレッサが危ない目に遭わないならいいんだけど」


 テレッサはヴィセ達の居場所や秘密を聞き出そうとやって来た者に、まったくもって動じなかった。ドラゴンと知り合いの私って凄いのね、私って目立っちゃうのね! と、キャラにもない演技をし、怪しい者達を呆気に取らせたのだ。


「それに私を敵に回したら、黙っちゃいない優しい人が沢山いるからね。常連さんは顔も広いし、すぐにそいつらの顔を広めてくれるわ」


 さり気に警備隊がバックにいる事、大勢の知り合いがいる事も匂わせている。抜かりはない。


 ≪こやつが味方で良かったな、ヴィセ≫


「ああ、俺もそう思うよ」


「ん? 何?」


「テレッサが味方で良かったって」


「ふふっ、有難う。私もヴィセくん達の友達で良かった。唯一不満があるとすれば」


 テレッサがため息をついて腰に手をあて、ヴィセを見上げて睨む。ヴィセは心当たりを必死に考えるが、どうやら時間切れのようだ。


「まーた、私が髪切ったの気が付かなかった」


「あっ……っと」


「10センチメルテも切ったのよ? お化粧もした。香水も変えた」


「あっ……う、雰囲気が変わったなとは思ったけど」


「思ったけど?」


 ヴィセはテレッサに好意を持たれている事は分かっている。もちろん、ドラゴン化してしまう以上、テレッサと恋人にはなれない。


 テレッサはそれでもヴィセに好きになって欲しかった。他の女の子よりも距離が近いだけでなく、特別になりたいと思っている。だがヴィセはこの通り、優しいだけで女の子を喜ばせようとか、惚れさせようという気が全くない。


「い、いや……もし気のせいだったら悪いと思って」


「もう、あなたね。顔が良くて、背も高くて、体格良くて、優しくて、いい男なの、分かる? だからって、好意を持たれる事に慣れ過ぎてるんじゃない? 自分から興味を持ちに行かないの?」


「ヴィセはカッコイイよ! だってドーンファイブのキールだもーん!」


 バロンはすかさずドーンキャロルのお面を鞄から取り出す。残念ながらテレッサとバロンのベクトルは全く異なる方を向いている。おまけにヴィセは自分を他人と比べた経験に乏しく、いまいち打っても響かない。


 ≪勇ましさが足りぬという事か。確かにヴィセは穏やかで、少々覇気に欠ける部分がある≫


「それはね、キールになったら大丈夫なんだよ」


 ≪ふむ、そうか。ならば良しとしよう≫


 ラヴァニの言葉は分からないが、おおよその見当は付く。テレッサはまたため息をついて、降参だと手を上げた。


「ちょっとは女の子にモテて嬉しいとか、ないの?」


「そりゃ、嬉しいけど……でも俺はドラゴンの力のせいで女の子と付き合う事も出来ないし」


「ハァ、そういうとこよ、ほーんと勿体ない! でも少なくとも、あなたを誰かに取られる心配はなさそうね。そこだけは良しとしておく」


 テレッサはいったん笑顔を作り、またすぐにしかめっ面に戻る。


「ヴィセくん。ドラゴンの力がなくなって普通の人に戻ったら……覚えてなさいよ」


 ヴィセは苦笑いをし、そろそろ逃げるかと呟く。バロンは他人事のように笑っている。バロンが恋に接するのはもう少し先だろう。


「じゃあ、行ってくる。また、必ず」


「うん」


 ヴィセ達は何でもないかのように手を振り、店を出て行く。店の扉が閉まり、店の中が静寂を取り戻した後、テレッサはカウンターで1人呟く。


「もうちょっと何かないの? 強引に……ドラゴン化を覚悟で付き合ってくれとかさ。そこを敢えて分かったふりして拒むくらいじゃないと」


 テレッサは以前ヴィセから貰った古貨を眺め、今日何度目かのため息をつく。


「私のカッコが付かないじゃない。あーもう、いっそヴィセくんよりカッコイイ人と出会いたい!」





 * * * * * * * * *




 途中の町や村で休憩しつつ、ラヴァニは4日かけてジュミナス・ミデレニスクの郊外に降り立った。相変わらず人通りは少ないが、地下街は賑わっているのだろう。


「うあぁーん!」


 そんな人通りの殆どない道に、バロンの泣き声が響き渡る。レンガやコンクリートの家々の窓からは、時折住人がカーテンを捲って覗き見ている。


 まだ町を歩き始めたばかり。決してまた遊園地で怖い目に遭った、という訳ではない。バロンの左手には、キャロルの仮面が握られていた。


 仮面は紐の付け根から鼻まで大きく欠け、もう補修も間に合わない。鞄から取り出して意気揚々と身に着けようとしたところ、割れてしまったのだ。


「バロン、泣くな。新しいのをあげただろ」


 ≪ヴィセ。バロンは嬉しくて泣いておる。紛らわしいが、今は嬉しいのだ≫


「あ、そっちの意味で泣いてんのか」


 バロンは新しいキャロルのお面を被っている。バロンがヴィセのために作った張り子のお面と作りは全く同じだ。ヴィセがバロンのためにと作成し、バロンのお面がくたびれているため、壊れたら渡そうと考えていたものだった。


「ヴィセぇぇ、あでぃがどぉー」


「万が一の事を考えて、テレッサにもう1つ預かってもらってるから。だからそれが壊れても大丈夫、な?」


 ヴィセが買ってくれたお面も大切だが、ヴィセが作ってくれたと聞けば、その特別感の方がとびきり嬉しい。ヴィセとバロン、揃ってお面を被って歩く姿は、なかなかに目立つ。


 ……大泣きがなかったとしても。


 そんな2人がゆっくり歩いていると、ふいに後方から声を掛けられた。


「ちょっと、あなた達!」


 ≪ヴィセ、女が家から出て来たぞ。睨んでおる≫


「……うるさかったかな」


 ヴィセは苦情だろうと考えて深呼吸をし、ゆっくりと振り返る。そこにいたのは腰が細くゆったりと広がるスカートの白いドレスを着た女性だった。

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