Awake-10



 * * * * * * * * *





「それじゃあね、あんたら元気でやるんだよ」


「はい! いつか軌道に乗ったら収穫した野菜をお届けします」


「4年も5年も待っていられないからね。あんたらは強い、そして賢い。あたしの分まで頼んだよ」


 日が暮れる前にと、ジェニスとエゴールは帰り支度を始めた。陽が落ちてからの空は風が強く、そして寒い。ジェニスが幾ら元気でも、無理をしないに越したことはない。


 数枚の写真を撮ってそれぞれ分け合った後、エゴールが変身のため、物陰へと移動する。


「うう、一度服を脱がなきゃいけないから、変身の瞬間が一番ツライよ」


「あたしゃ歩いて帰ってもいいんだよ」


「歩かせられるわけないだろう。ほんと、気持ちだけは元気だから困ったものだよ」


 エゴールが困ったように笑い、ジェニスが背に乗りやすいよう、体を低くする。荷物になるため、鞍は持ってきていない。ジェニスは服の上からブランケットを羽織った後、帯で自身の胴を巻き、ドラゴンになったエゴールの首に結んだ。


「おばーちゃん、危なくない?」


「大丈夫だよ。最近は時々こうやって飛んでもらっていたんだ」


 ジェニスはバロンへと優しく微笑む。バロン達もこの村には立ち寄っただけの身だ。しかし先に帰られると置いて行かれるような気分になるのだろう。


「オレだけでも時々は様子を見に来よう。借りられる力は借りて損はない。余計な誇りが生きていく邪魔にならないようにね」


「エゴールさん……すんません。あの、帰りに気を付けて下さい」


「ああ。分かってるよ、俺達を狙う輩がいるんだよね。大丈夫だ、ナンイエートは知り合いだらけだし、オレが治療した患者も多い」


 エゴールが赤黒い翼を大きく開き、力強く羽ばたく。周囲の冷たい土が僅かに舞い上がり、エゴールの足が浮き上がった。ドラゴンと老婆はヴィセ達の頭上で向きを変え、モニカ方面へと消えていく。


「さて、俺達もそろそろだな」


「ヴィセ、次はどこに行くの?」


「そうだな、この周辺に浮遊鉱石があるのは分かったけど、使うのはまずい。やっぱり海方面か」


 ≪スマナイネ、デモ使ウ量ヲ考エルト コノ付近ノ量デハ意味ガナイト思ウヨ≫


 浮遊鉱石は大陸の東の海に存在している。やる事はもう決まっており、後はその方法を探るだけになる。


 ≪500年前、人々は海に何やら建てておったぞ。我はあれの煙が嫌いだった。1つ破壊したが、付近が黒く濁ってしまってな。あれはどうする事も出来なかった≫


「海に建てる? 何だろう」


「家があったってこと? 海の上に住んでたのかな」


 ヴィセ達は、かつての人々が海底から石油を汲み上げていた事を知らない。150年以上も前の事で、それらは霧が立ち込める間に全て腐食し、朽ちてしまった。


 残された数少ない歴史の書物、当時を知る者が書いた様子などから知る以外、現在の人々がそれらを知る機会はない。学校でさえ、世界の発展と荒廃を大まかに教えるだけだ。


 霧から逃れて生きるのが精いっぱいで、人々は多くの知識や記憶を手放してしまった。学校に通っていても歴史の授業は殆どなく、あっても町史か、世界的に大きな出来事しか触れていない。


 ≪人が暮らしていたというより、あれは工場と呼ぶものに近かった≫


 ≪海ノコトハ 力ニナレナイケレド。コノ付近ノ有害ナモノハ浄化シテアゲヨウ。浄化石ガナクテモ、ユックリ改善デキル。サテ、コチラモソロソロ戻ルトシヨウ≫


 マニーカがバロンの手から降り、付近の土を掘り始める。土の中で暮らす彼にとって、地上よりも地中の方が暮らしやすいのかもしれない。


 ≪封印ヲ2ツ解イテクレナイカイ? コノ大キサデハドコニモ行ケナイ。明日、日ガ昇ッタラ 残リノ封印ヲ解イテ欲シイ≫


「分かったよ。オースティンさん、マニーカもそろそろ旅立つそうです」


「そうか。マニーカさん、畑作業のお手伝い、有難うございました」


 マニーカが2段階の封印を解かれ、体長はヴィセの背よりも長くなった。暫くヴィセ達を見つめた後、穴を掘って消えた。


 マニーカとも、もういつ再会できるかは分からない。ただ世界の現状を知り、ヴィセ達の目的を知ったからには、きっとどこかで霧の除去を手伝ってくれるはずだ。


「俺達も行く? 次はどうするの?」


「一度モニカに戻って、また資料を漁ろう。俺達は海の事を何も知らないからな」


 ヴィセ達は食料を全てオースティン達に渡し、自身らも旅立ちの準備をする。ラヴァニは封印を全て解かれ、元の大きさに戻った。


「いよいよ……俺達だけになるんだな。電気はあるから、電動の切断機も使える。家を何棟か建てたら、村人を集ってみる」


「頑張って下さい。今回の旅立ちは、俺を見送ってくれる人がいる。なんだかそれが嬉しい」


 4人は俺達がいるからなと笑い、年長者らしくヴィセの肩を掴んで激励する。バロンの頭を撫で、ラヴァニには握手を求めた。


「じゃあ、行ってらっしゃい。俺達はいつでも帰りを歓迎するよ」


「はい。行っていきます!」


「行ってきまーす! ばいばーい」


 ヴィセとバロンがラヴァニの背に乗り、オースティン達に手を振る。無人の村から寂しく出て行った事など、ヴィセはもう忘れそうになっていた。


 足元で手を振る4人の姿が小さくなり、やがて見えなくなる。空が赤く染まり始め、ラヴァニの体の色が空に溶けていく。


「帰る場所があるって、いいよな」


 ヴィセは過去の悲しさを少しだけ村に置いてきたようだ。冷たい風が遮り、その呟きは誰の耳にも入らなかった。

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