Advent-10



 テレッサに尋ねたところで、専門的な知識はない。浮遊鉱石のメカニズムに関しては、ディットに預けた欠片の研究結果を待つ他になさそうだ。


「土壌や人体への影響を考えるのなら、浮遊鉱石よりも付近の土を調べた方がいいんじゃない?」


「そうだな……浮遊鉱石がこの辺りにある訳じゃないし」


 ≪書物とやらを漁りに行くのか≫


「ああ、と言ってもモニカの歴史や地質学の文献だ、化学の話は分からない」


 ヴィセはテレッサの話を整理し、モニカの住民がどう対処しているかは把握できていた。要するに「何もしていない」という事だ。海沿いの土地に関しても、時間経過が解決している可能性はある。


「モニカで特別な事が何も行われていないのなら、ジュミナス・ブロヴニクの地質も調べておくべきだった」


 ≪遠回りになろうと問題はなかろう。我らは効率を求められるほどの博識ではない、後退しなければ上出来だ≫


 ヴィセは立ち上がり、テレッサに礼を言う。数日滞在する事を話すと、テレッサは調べ物をまとめたいなら店を使ってもいいと言ってくれた。バロンが昼寝をしたければ2階を貸してくれるという。


「バロンくんって、勉強が嫌いな訳じゃなさそうだよね」


「ああ、書き取り帳も頑張ってるし、簡単な絵本はよく読んでる」


 ≪我はドーンファイブとやらの本は飽きた。暇さえあれば我に読み聞かせようとする≫


「他の本を買ってやるか。あんまり大量には持ち歩きたくないけど、あいつの勉強にもなる」


「ねえ、ヴィセくんが図書館に行っている間、私がバロンくんに勉強を教えようか」


「え?」


 テレッサの突然の申し出に、ヴィセはそこまで甘えていいものかと考え込む。


「学校に通っていた頃の本もまだあるし、読み書きと計算だけじゃこの先心許ないでしょ」


「そんな事言ったって、俺達は多分モニカにそう長くはいないし」


「勉強ってのは時間より質! 興味がある事を見つければ、後は自分でやりたくなるものよ。あなたの知ってるディット博士もそうでしょ?」


「それはそうだけど、いいのか?」


「決まり。私も話し相手が出来て嬉しいわ」


 テレッサはバロンを起こすため、2階へと向かう。一度だけバロンの「やだ! 俺も行く!」と叫ぶ声がしたものの、1分後にはバロンが軽快に階段を下り、笑顔でヴィセに手を振った。


 どういう心境の変化かは分からないが、駄々をこねないのは良い事だ。ヴィセとラヴァニはエビノ商店を出た後、足早に図書館を目指した。





 * * * * * * * * *





 モニカの図書館は赤レンガ造りの大きな建物だった。町役場に併設され、人は少ないが本の数は多い。殆ど霧が発生する前の科学や文学のものだ。


 150年以上が経ち、数割は内容を写して刷り直されている。古いままの本は、優先度が低いものばかり。読書がありふれた娯楽の1つであった頃のものだ。


 全てが衰退し霧に怯える現代において、新たな文学に割く時間や労力はないらしい。


 古めかしい木板の床は、ブーツのつま先が付く度に軋んで曲がる。所々ささくれた背の高い木製の本棚も所々斜めになっていて、天井から鉄筋で固定されていた。


 本棚の間は狭く、人がすれ違うのもやっとだ。ヴィセは埃臭い本、表紙を触れば崩れそうな本、様々な本を避けるようにゆっくりと歩いていく。ラヴァニの羽ばたきなどもってのほかだ。


「見ろよこれ。初版が230年前の日付だ。最近刷り直しているみたいだけど、今でもこの頃の技術力を取り戻せていないって事だよな」


 ≪霧の下に全てが置き去りになったせい、か。人の技術力が増していれば、我らは駆逐されていたかもしれぬが……あの集落の者に感謝するつもりなどないぞ≫


「アマンさんの故郷か。ドラゴンのためってのは、後世への言い訳っつうか後付けっぽかったな」


 ≪どんなつもりでも、我らは世界を破壊してまで守られるつもりはない。歓迎もしない≫


「分かってる」


 ヴィセはモニカの歴史の本、地質学の本などを数冊脇に抱え、床を軋ませながら読書机についた。いたずら書きが彫られた古く大きな1枚板の長机に、真新しいパイプ椅子が場違いに並んでいる。


 ドラゴン連れの若者だと気付かれ、少しの間ざわめきが起こったものの、それもほどなくして収まった。2、3人が「触ってもいいですか」と言ってびくびくしながらラヴァニを撫で、興奮した面持ちで喜ぶ。


 ≪なぜ我に対して可愛いと言うのだ。だから我は大きな姿のままで良いと言ったのだ≫


(ゆでたまごにつられたくせに、何を今更)


 ヴィセとラヴァニは会話をせずとも意思の疎通が図れる。ドラゴンとは便利なものだ。これならば他の客に話し声を注意される事もない。


 そうして2時間ほどモニカの土地に関わる記述を漁り、ようやく霧が発生する直前のモニカの様子を見つけた時だった。


(土自体は既に研究されている、か。特に騒がれるようなものはなさそうだ。元々のモニカはこの山の斜面にあったようだな。少しだが鉱山もあったと)


 ≪霧が晴れたなら、また鉱毒を垂れ流す採掘が始まるのだろうか≫


(今の世界の人達は自然の有難さを知っているからな。昔のような事はないだろう。どれどれ、鉄鉱石、銅鉱石……待てよ)


 ≪どうした。我は読めぬ、何と書いてある≫


 ヴィセが読んでいたのは、160年前の本だった。その当時でいう近代史、現代史の本だ。


 ヴィセが不審に思ったのは、鉱山や新たな産業などの記述ではない。それらの記述とセットになって、鉱業および工業の全盛期には必ず大きな地震が起こっているのだ。


(……鉄鉱石の採掘で町に労働者が集まり、大陸で3位の鉱山となった……その2年後に大地震)


 ≪それがどうしたのだ≫


(その25年後、銅鉱山が開業。そしてこっちの地学書にはその1年後に大地震の記述)


 ≪鉱山のせいで地震が起きたというのか。それとも、周期的に揺れておるのか≫


 歴史書にも大地震の記述があり、一見すると何も不審な点はない。だが、その7年後、機械駆動四輪車の生産工場が他所から移転した頃に地震が起きている。その更に15年後、飛行艇の製造が始まった頃にも地震が起きていた。


(これ、偶然か? 鉱山が増える、工場が増える、そうすると必ず地震が起きている)


 ≪偶然ではあり得ぬというのか≫


(鉱山が出来た後の地震、これは600年振りの大地震って書かれてある)


 ≪ほう。して、最後に地震が起こったのはいつなのだ≫


 ヴィセは最後のページまでを確認し、職員に目的の本の在り処を尋ねに行く。


(あった。さっきの本で書かれた歴史書だ。最後の地震は……152年前)


 ≪その頃には何があった≫


「……兵器、工場」


 ヴィセは思わず記述を読み上げてしまった。近くの席の者が振り向いたが、ヴィセは気にもしていない。


(対ドラゴン用、そして他国との戦争の準備のため)


 ≪その後は霧が発生しておるのだろう。この150年は全く揺れていないのか≫


(ほんの僅かだけ。建物が壊れるような揺れはなかったそうだ。ラヴァニ村も1度だけ揺れ……)


 ヴィセが自身の意見を最後まで伝えず、記憶を遡ろうとする。


(ラヴァニ村の隣、デリング村での会話を覚えているか)


 ≪内容による≫


(奴らはドラゴンが数十年に2度デリングを襲っていると言った。その理由は)


 ≪鉱山……我の仲間は鉱山や森林伐採、水源の汚染に怒りを覚えたのだろうと≫


 ラヴァニはそう答えながらも首を傾げる。もしもドラゴンが襲ったのなら、地震という書き方はしないだろう。


(俺が産まれてから1度だけ揺れた時、それは11年前だった。あの時……隣村は鉱山のせいで水源が枯れたと助けを求めに来た。ドラゴンに襲われたとは言っていなかったから、ドラゴンが来たのは多分その後だ≫


 ≪関係性が見えぬ、つまりどういうことだ≫


 ヴィセはラヴァニの目を見つめ、自身の意見を伝える。


(空だけじゃなかったんだ。ドラゴンの他に、自然の破壊を良く思わない存在がいたとしたら?)

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