15・【Quest】この世界の底へ

Quest-01


 15・【Quest】この世界の底へ




【Meanwhile】少年の心優しき大作戦~Quest-01



 ヴィセとラヴァニが図書館で調べ物をしている頃、エビノ用品店ではバロンの勉強会が開かれていた。


 先生はもちろんテレッサだ。


「すごい、俺これ作りたい!」


「えーっと……何でそんな難しい事から興味持っちゃうかなあ」


 読み書きはこれからの旅できっと覚えられる。お金の計算も足し算引き算なら問題がない。そう考えたテレッサは、まず掛け算を教え始めた。


 付近にあったボルトの数、ナットの数などをパパッと答え、機械駆動二輪車の模型の車輪に何個必要かを即答したからだ。


「あの模型、俺も作りたい! 俺ね、あんなの作るの好き! 車輪のシャフトの両側にナットが2つでしょ、車輪は2つだからシャフトが2つで、ナットは4つでしょ、そんでね」


 今まで考える事が苦手だったバロンだが、数字の理解は早かった。教え方に苦労するテレッサに構わず、バロンはどんどん知識を吸収していく。


 バロンの頭の中で足し算が行われているのか、掛け算が行われているのかは分からない。だが1つ1つ数えているにしては妙に計算が早かった。


「これは4つのネジ。4つのネジが入った袋が、3つあります。全部で何個?」


「12個!」


「足し算してないよね」


「してない! えっとね、12はね、4たす4たす4だけどね、4が3個入るって意味だから、4が3個だと12個になる」


「えー……っと? その説明じゃ理解できてるか分からないし、むしろ初日だから怪しいんだけど、答えは合ってるのよね」


 2桁に繰り上がる計算も特に問題はない。指折りで数える素振りもない。13×13のマス目を用意し、一番上と一番左に数字を書かせていけば、掛け算表の下準備が出来上がった。


「一番上は横に1から12まで、左は縦に1から12まで。左の1と、上の1が交わる場所は?」


「このすぐよこ」


「そこに、1×1の答えが入るの。1×1は?」


「1が1個だから1」


「うん。じゃあ1を書いてみて」


 バロンはあっという間に1の段をクリアし、2の段に躓く事もない。本当は掛け算を知っていたのではないか。そう思って式を書かせようとすれば、式ってなあに? と答えが返って来る。


 暗記しているのかと思い、「いちいち、いちに、さんし……」等を尋ねても全く通じていない。バロンはやはり掛け算を習ってはいなかった。


「2×11は?」


「22」


「……誰かに教えて貰った?」


「何を?」


「2×11の答え」


「22だよ」


「あ、うん……そうなんだけど」


 結局、バロンは掛け算表をあっと言う間に埋めてしまい、割り算も考え方を教えたならすぐに式をマスターした。勝手に問題を書き、勝手に答えを書いていくほどだ。


「君、天才じゃない? 計算は誰にならったの?」


「スラムのね、ネマサ兄ちゃん。ネマサ兄ちゃんはバッタ取るのが上手。いつもいっぱい捕まえて油で揚げてた」


「バッタのくだりはいいわ。……私、これ、教える必要あるんだっけ? 勉強見てあげるって言ったけど全然必要ないよねこれ」


 式を知らず、掛け算とは何かも知らない。けれど質問されたなら悩む素振りもなく答えが出る。テレッサはふと気になって、本を閉じた。計算表も閉じ、周囲に何も見えない所で質問をする。


 視界に入るものを数えているのではないかと考えたのだ。


「6×7は?」


「えっとね……よんじゅう……に」


「合ってる。頭の中で足し算してる?」


「足し算と掛け算って何が違うの? 6が7こでしょ?」


「もしかして、今まで書けなかったから……頭の中で計算するしかなかった、だから計算に慣れた?」


 バロンの頭の中がどうなっているのか、窺う術はない。だが10×10までをピタリと言い当てられるなら、あとは式の使い方を覚えるだけだ。


「計算って、100×150とか、1234×4321とか、そういうのもしなくちゃいけないの。そういう時はね……」


 難易度が随分跳ね上がるが、テレッサはバロンが暗算出来ないような桁で筆算を教え始めた。最初こそ5×5などでルールを説明したが、10分後にはバロンが131×96の答えを導き出す。割り算の筆算も、1時間後にはマスターしてしまった。


「考え方は合ってる……すごい、全然躓かないんだもん」


「俺すごい? ヴィセ褒める?」


「褒めるどころじゃないよ、ビックリすると思う」


「えー、驚く前にちゃんと褒めてくれる?」


「もちろんよ。あー……驚いた後かもしれないけど」


「じゃあ、それでもいい!」


 バロンは嬉しそうに笑い、いそいそと教科書を閉じ、テレッサに返す。


「どうしたの?」


「起きた時、ヴィセに内緒で驚かそうって、言った」


「ええ、もう十分驚くと思うけど……」


 簡単な計算が出来るようになれば、ヴィセはきっと驚く。テレッサはそう考えていた。結果はテレッサが驚くほどの上達。しかしバロンはまだヴィセを驚かせられると思っていないらしい。


「あのね、俺ね、ヴィセに何かあげたい」


「え? 何かあげる……お買い物に行くの? お小遣い持ってる?」


「お小遣いはヴィセがくれた」


 バロンは小さな赤いがま口から、折り畳んだお札を取り出す。だが、買い物に行く素振りも見せない。テレッサの店の中で何かを見繕う素振りもない。


「えっと……何をあげるの?」


「ヴィセね、ぜんぜん欲しい物とか言わない。ビールが好きだけどビールは重たいから持って行けない。ヴィセはお金いっぱい持ってるから、何でも買える。買えないのがいい。俺作る」


 そう言うと、バロンは紙に絵を描き始めた。計算は大人顔負けだったが、そこに描かれたのは10歳らしさあふれる拙い絵だ。


「えー……っと、これは?」


「キール」


「キール?」


「キールはね、ドーンファイブの右から2番目。キャロルが一番右」


「……えっ?」


 何の予備知識もないため、テレッサは何を言われているのか分からない。バロンは鞄からお気に入りの絵本を取り出し、ドーンファイブとは何か、熱い解説を始める。


「つまり、キャロルはバロンくんがモデルで、キールはヴィセくんがモデルなのね。キールはいつもドラゴンを連れてる……」


「うん! キールは勇敢! キャロルはすっごく強い、あとね、速い」


「速い……?」


 バロンが描いているのはキールのお面だった。額から生えた1本の角、黄色くつり上がった力強い目。深紅の下地、鼻の位置や目元に黒い線をひっぱり、口元はドラゴンに似せている。


 キャロルはその色違いであり、黒い仮面に白い線だ。角は1本ではなく2本ある。


「ヴィセはキールだから、いつでも変身できるようにお面がいる」


「キャロルは?」


「キャロルのはね、ヴィセが買ってくれた。でも俺がヴィセをキールにしてあげたいから、俺があげたいの」


 バロンは拙いながら、まるで図面のように正面、横、と書き込んでいく。


「で、どうするの?」


「粘土で型をつくって、紙を貼って、糊とね、粘土塗っていくの、それ剥いで色塗る」


「え、そんな本格的に!?」


 バロンはノートのページを幾つか捲り、明らかにバロンの字ではないメモをテレッサに見せる。


「えっと、粘土、接着剤、白くて薄い紙、黒くて薄い紙……赤い絵の具、黒い絵の具、透明のスプレー?」


「姉ちゃんに作り方教えて貰った!」


 バロンはがま口を首から下げ、テレッサにどこで手に入るかを尋ねる。建材屋、文房具屋などを教えると、バロンは元気よく立ち上がった。


「買いに行ってくる!」


「え、大丈夫? 迷子になるよ?」


「ならないよ。俺、地図見るの得意」


 バロンは何でもないように手を振り、店から出て行った。テレッサは何も言えず、ただぽかんと口を開けて見送るしかなかった。


「えっと……? 大丈夫、なんだよね? 私が驚かされてどうすんの……?」

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