Advent-05
「お、おい! 近寄るな、あぶねえぞ!」
見物人の男がヒュズに対し、こっちに来いと手招きをしている。だが、ヒュズはその男を睨みつけ、バロンのドラゴン化した手をそっと握った。
バロンは驚き、ヒュズの横顔を確認する。ヒュズは一言、「ティフィン派だったけど、キャロル派になる」と呟いた。
「俺の事を助けてくれたのはこの人達だ! おじさんじゃない! この人達がいなかったら……俺達の事、見捨てたんだろ」
ヒュズの言葉に対し、男は何も言い返せなかった。心配していたのは事実であり、赤の他人でも生きていて欲しいと願っていた。
だが、願いだけで人は救えない。ヒュズの言う通り、大半の住民は助けに行こうと思ってすらいなかった。
「助けられた時は怖かった。他の人も化け物って思わず言ってた。この人達も、そうだ化け物だって。それ見て可哀想って思った。俺は助けてくれない人より助けてくれる化け物がいい」
「ヒュズ……俺達を、庇ってくれるのか」
「俺もドーンファイブは好きだ。俺も正しい人や優しい人を助ける。この人達を苛める奴は俺が許さない」
ヒュズがポケットの中から泥だらけのコインを取り出し、その表面の泥を指で拭き取る。そこにはドーンティフィンの仮面が彫られていた。
損得で動かない子供は、時に大きな光となりうる。ヒュズに続き、1人、また1人と救出された者が1歩を踏み出す。
ヒュズの母親も泥を落としきれていない服のまま駆け寄り、ヴィセ達に深々と頭を下げた。
「多くの方が助かって良かったって言って下さいました。あのまま私もヒュズも助からない筈でしたから。この方々が助けて下さった、だから生きてここに戻って来れました」
「そうねえ、助からなかったよねえ。霧の中に下りて、あの土砂崩れの中から助けてくれる人なんかおらん。そんな義務もない」
ヒュズの母親に続いて口を開いたのは、一番最初に救出した老婦人だった。老婦人は一言「化け物と言ってごめんなさい」と謝る。
「見た目が化け物な見知らぬ旅人さん、心が化け物になり果てたこの町の住民、どっちがより人らしい。あたしはこの旅人さんとドラゴンさんに、救う価値なしとは思われたくない」
老婦人は夫の背を叩き、あんたも何かおっしゃいと喝を入れる。まだ小雨が降っている中、誰もが次に何を言われるのかを待っている。
いや、何を言われるのかはきっと分かっていた。化け物だ、恐ろしいと言ったのは、所詮聞こえるように揶揄し、感謝しない口実を作りたかっただけなのだ。
そうでなければ、助けるつもりなど更々なかった自分はまるで悪者だ。だから見物人はヴィセ達に難癖を付け、感謝どころか厄介者にすり替え、皆で心優しく良い人の立場を守ろうとした。
老人は妻に背中を押され、渋々といった表情で口を開く。
「助けてくれなかったくせになどと言うつもりはない。逆の立場なら恐らくオレ達も助けられないし、まず助けない」
少ししゃがれたその声は、ゆっくりと皆に伝わっていく。老人の言葉はこの場の全員の本音だった。見物人の中からはそりゃそうだろうと呟きが漏れる。
「その時点でオレ達は化け物だよ。隣人も、友人も、家族も見捨てられる化け物だ。皆が旅人さんを化け物だと蔑むが、旅人さんが化け物なら、オレ達はそれ以下だ」
老人はヴィセの手をしっかりと握り、ハッキリ有難うと礼を述べる。
「その鱗に覆われた手で、ドラゴンの
救出された者が順番に礼を言い、その家族が感謝と謝罪を同時に述べる。皆、家も財産も失っており、ヴィセ達に渡せるものは何もない。
「何かが欲しくて救い出した訳じゃありません。ラヴァニ、みんなの霧毒を浄化してくれないか」
≪ああ。腹が立つからと見捨てては我が同胞の品位を損なう≫
助かった者を全員集め、ラヴァニが息を吹きかける。数分で皆の咳や息苦しさは消え、顔色も見違える程良くなった。
「……ヴィセ、もう、怒ってないよね」
「ああ、怒るのも虚しくなった。化け物だと言われても、このままの姿で帰ろうか」
ヴィセの怒りが消え、バロンの左半身はドラゴン化が解けていた。だが、バロンは再びドラゴン化させ、皆の視線など素知らぬふりでヒュズに別れを告げる。
「皆さんしばらくは大変でしょうけど」
「……ええ。ノミコさんが言った通り、私達はいつかあなた方が再びここを訪れた時、救って良かったと思われる人生を送ります」
ノミコとは先程の老婦人の事だろう。ヴィセは返事の代わりに半分ドラゴン化させた顔で微笑んだ。
「行こうか。どうせこの騒ぎだ、もうラヴァニと別行動をするのは無意味な気がする」
「じゃあ、またラヴァニと一緒?」
≪良いのか。我と共に行動する事で、浮遊鉱石やドラゴニアの秘密を嗅ぎまわる者が放ってはおかぬぞ≫
「いいんだ。この顔にこの腕、悪者も震え上がるさ」
ヴィセは今までその力を利用することしか考えず、ドラゴン化を悲しくも思っていた。だが、アマンやヒューゼンのように受け入れ、上手く制御する事も出来る。今回の事で、進行を恐れるのではなく、上手く使おうと考えられるようになった。
「ねえヴィセ、手だけ……ドラゴン化って出来ない? 右手もドラゴン化させて、手だけ強くしたい」
「何だよ強くって」
「俺、キャロルみたいに人を助けられるなら、ドラゴン化治らなくてもいいや」
バロンもどこか吹っ切れたようだ。大人から気を使われたのではなく歳が近い者に認められ、安心したのだろう。
ヴィセ達はまだ礼を言い足りない者達に頭を下げて歩き始める。自然と群衆が道を開ける中、背後からヒュズに叱られた男の声がした。
「さっきは悪かった! すまなかった! ただこう言って謝ったところでバツが悪くて仕方なく謝ったと思われるだろう。正直に言おう、半分当たっている!」
≪あやつ、何を言っておる≫
ヴィセ達は何も言っていないが、男は無用な本音を打ち明けた。
だが、心にも思っていないパフォーマンスの謝罪を受けるよりは気が楽だ。ヴィセは特に振り返りもせず、バロンは振り向いて「べーっ」と舌を出す。
男はそんな反応にめげることなく深く息を吐き、ヴィセ達に聞こえる大声で呼びかける。
「だが、化け物だと言われてはいそうです、だから何ですかで済ます程腐りたくはないんでね! おい化け物共! 残りの2人は俺達で救出に向かうぞ!」
男は周囲の者を化け物呼ばわりしつつ、霧の下へ潜ると言い出す。周りが驚いて正気かと止めに入るが、男はムキになってガスマスクを買いに行くと告げる。
「あそこまで言われて何もしないのか? もし2人が這ってでも生還した時、俺達どんな顔して接する気だ」
「で、でもよ、霧の中には化け物もいるし、土砂崩れも」
「100人でシャベル持って、100人で銃を構えりゃどうにでもなるだろ! 出来ねえ理由を考えるのは終わりだ! おい、そこの女!」
男は先程ヴィゼ達に野次を飛ばしていた女性を指差す。
「お前の野次にもちょっと責任がある。俺と霧の下に潜るよな? ん? 下では爺さん婆さんが助けてと言ってるかもしれねえが、あんた何て言い返す」
「……わかった、分かったわよ!」
男の威勢のおかげか、ポツポツと自分もと名乗りを上げる者が現れる。被害に遭った者への支援を申し出る者もいるようだ。
ヴィセはゆっくり立ち止まり、振り向いた。随分と距離はあったが、男とハッキリ目が合う。男は笑みをわざと殺すような表情でヴィセを睨みつける。
「ああそうだよ、あんたのおかげだよ! 有難うよ!」
男の言葉に対し、ヴィセがふっと笑みを零す。そしてまた歩き始めた。
「今のも……あの人の本音だな。やっぱり救出に力を貸して良かったよ」
「うん、またラヴァニと一緒!」
≪もう少し別行動をしたくらいで泣くでないぞ≫
「うん! あとね、キャロルのファンも増えた!」
「ははは! そうだな、ヒーロー少年」
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