Advent-03



 ラヴァニの背には鞍が取り付けられたままだ。ラヴァニが地面に降り立つと、ヴィセとバロンはすぐに飛び乗った。


「崖の下の状況を教えてくれ!」


 ≪数軒の家が半分に土砂に埋まった状態で横倒しになっておる。衝撃で粉々になった家々もあったが、人の姿は見ていない≫


「霧の化け物がいるから隠れてるのかも」


「ラヴァニがいれば化け物も逃げていくさ」


 ≪間もなくだ≫


 ラヴァニは急降下する事が出来るものの、ヴィセとバロンは急激な気圧差に耐えられない。1000メルテを数分かけて降りた後、ヴィセ達は大規模ながけ崩れの裾野をその目で確認した。


 懐中電灯が照らす狭い明かりの中、浮かび上がったのは泥と瓦礫の山だった。木々は根元から倒れ、土砂に逆さまで埋まっている。


「ひでえな……」


 ≪急がねば、もう一度崩れたならおぬしらも巻き込まれる。救い出そうにも我の重みで土砂が踏み固められてしまう故、2人がいなければ成す術はないぞ≫


「ああ。バロン、声を掛けていこう!」


「誰かいるー? 助けに来たよ! 返事しないとどこいるか分かんない!」


「返事をしてくれ! 安全に上まで送り届けられる!」


 濃い霧の中、視界は悪い。更には大雨のせいで声も良く響かない。ラヴァニが低く唸り声を上げると、黒い四つ足の影が数体逃げて行った。崖下に落ちた人々を襲いに来たようだ。


「ラヴァニ、助かる。すこしうろついて警戒していてくれ」


 ≪分かった。飢えた化け物共が何十体もすぐ傍で様子を窺っておる≫


 ヴィセが崩れた斜面の上を歩き、崩れた家々の中を覗く。だが家の中も土砂で埋まり、生存者の姿は確認できない。


「声が出せないのなら、何か叩けるものを叩いて合図を! バロン、耳はいいんだよな!」


「えー? 何ー?」


「……耳は、いいんだよな?」


「俺、音を聞くの得意!」


「……声を聞くは得意じゃないんだよな。音が聞こえたらその場所を教えてくれ!」


「分かった!」


 岩や土の下から物音がしないか、ヴィセ達はよく耳を澄ませて返事を待つ。歩き回り、崩れた家々の残骸を覗き込み、数分経っただろうか。バロンが大声でヴィセを呼んだ。


「音する! ここ! 聞こえますかって言ったら聞こえますって!」


「本当か! すぐに行く!」


 ヴィセが駆け寄り、地面に耳をあてる。確かに金属を叩く音がしている。バロンが言うには3人分の声が聞こえるという。


「今掘って救出します! バロン、ドラゴン化出来るな」


「うん」


 ヴィセとバロンが目を閉じ、腕に集中する。ヴィセの右半身、バロンの右半身、それぞれがドラゴンの鱗を纏い、異形へと姿を変えていく。


「ヴィセ、ヴィセ」


「何だ?」


「……怖いって、言われない?」


「キャロルだって人から仮面姿に変身する。人からドラゴンの姿に変身しても一緒だ」


 バロンはキャロルの事を引き合いに出されると弱い。強く、弱きを助け、人々が憧れる。まさしくバロンがなりたい自分だ。


 土は雨のせいで幾分弛んでおり、掘れば泥が沈んでいく。慎重に掘り進めたていく中、ヴィセ達の鋭い爪がふと何もない空間で空振りした。


「ここか!」


 自身が泥だらけになっても構わず、ヴィセが必死に周囲の土を掻きだす。


「ヴィセ! 別の所から声がした!」


「助けに行ってくれ! 掘る時は注意して、土や岩でみんなが埋もれないように」


「うん!」


 薄暗い中を懐中電灯で照らすと、崩れた家の屋根が偶然にも空間を作っていた。土まみれながら3人の男女が光の中に現れる。老夫婦とその娘のようだ。


「動けますか! 早く穴の外へ!」


「はいっ……ひっ」


 老婆がヴィセの手を取ろうとして悲鳴を上げた。赤黒い鱗に、黒く鋭い鉤爪。覗く青年の顔は半分がドラゴン。咄嗟の反応としては致し方ない。


「……俺を信じて、出て来て下さい。詳しい話は後で」


「ば、ばば……化け物」


「……ええ、そうです。化け物です。あなた達を助けに来ました」


 失礼な事を言ったと責める状況にない。ヴィセは右手を引っ込め、ドラゴン化していない左手を差し出した。覗き込む顔も人の半分が見えている方が安心だろう。


「霧の中では肺が腐ってしまう。早く出て、急いで上に!」


「あ、あんた……一体」


 老婆の手が震えている。ドラゴン化した姿が怖いのだろう。ヴィセは覗き込むのをやめ、自力で出られそうかを尋ねる。背に腹は代えられないからか、老婆はヴィセの腕を両手でしっかり掴んだ。後ろでは老人が老婆を押す。


「よし! まずは1人!」


「お、俺達は自分で出られる! 大丈夫だ」


「何でもいいから口を覆って! ラヴァニ、頼む!」


 ドラゴン化した姿ながら、ヴィセは優しく微笑んだ。老婆はおそるおそる立ち上がり、距離を取りながらも小さく有難うと呟く。


 続いて娘、最後に老人が出て来たところで、ヴィセは3人を手招きした。


「あんたら、ドラゴン連れの旅人の話を聞いたことがあるか」


「ドラゴン……悪徳商人を牢屋にぶち込んだ旅人の事か」


「俺達がそうだ」


 ヴィセが言い終わると同時にラヴァニが安全な場所に降り立った。「小さなドラゴンを連れた旅人」の「小さな」が「大きな」に変わったためか、3人はその場に腰を抜かした。


「ど、ドラ……ドラ……」


「このドラゴンの背に乗ってくれ! 上でみんなが心配している。ここにいれば霧の化け物に食われるか、肺が腐って死ぬか」


 ドラゴンが本当に霧の上に連れて行ってくれるのか。目の前の化け物は本当に助けに来たのか。どちらにせよ、この場所では数時間と生きられない。


「……わ、分かった」


 服の裾で口を押さえつつ、まずは老婆が前の鞍に乗せられた。続いて老人が乗り、最後に老人がしっかりと娘を抱きかかえる。


 ≪ヴィセ、霧の化け物に気を付けよ。奴らはしぶといぞ≫


「分かってる」


 ラヴァニが羽ばたき、宙へと舞い上がる。3人はしばらく悲鳴を上げていたが、やがて聞こえなくなった。


「さて、霧の化け物が来てしまうな。バロン! どうだ!」


「えっとね! 体が埋まってるって、2人いるけど2人とも出られないって言ってる!」


「この声が聞こえている者がいるなら、今から数分隠れていろ! 霧の化け物が襲いに来る!」


 ヴィセが怒鳴るように声を張り上げ、リボルバーをホルダーから引き抜いた。バロンへと駆け寄り、状況を確認する。今度見つけたのはバロン程の歳の少年だった。その脇には母親もいるという。


「霧の化け物を追い払う! バロン、周囲を掘って引っ張り上げてやれ」


 少年もまたバロンのドラゴン化した腕が怖かったのか、歯をガチガチ鳴らしている。バロンは怖がられた事にグッと耐え、少年にキャロル人形を持たせた。


「キャロルが絶対守ってくれる、キャロルは霧の化け物に負けない」


 まさか異形の少年からドーンキャロルの話題が出ると思わなかったのか、少年の力が僅かに抜けた。その隙にヴィセが少年の両脇に手を入れ、思いきり引っ張り上げた。少年は驚きと恐怖で悲鳴を上げる。


「うわぁぁぁ!」


「俺達の姿が怖いだろう、でも心配するな。口元を押さえて出来るだけ霧を吸い込むな。名前は」


「ひっ……な、何だお前ら」


「ドーンキャロルと、えっと……俺なんだっけ」


「ヴィセはキール!」


「ああ、そうだった。キャロルとキールのモデルになったドラゴン連れの旅人、知ってるな」


「ど、ドーンファイブなら、知ってる……お、俺はヒュズ」


 姿は恐ろしくとも、ヴィセとバロンには殺気がない。少年は訳が分からないまま頷く。


「俺達の事だ。もうすぐドラゴンの背に乗せてやる。ヒュズのお母さん、いますね! ヒュズ君は無事です! バロン、もう少し掘って、ヒュズのお母さんを引っ張ってやれ。ヒュズ、一緒にお母さんを引っ張れ。俺は……」


 ヴィセは霧の中へと目を凝らし、リボルバーの撃鉄を親指で押し下げる。


「霧の化け物を追い払う。バロン、2人を任せたぞ」

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