remedy-12
ヴィセとバロンが暗い通りを歩き、歩調の違う足音が響く。レンガの壁が所々オレンジ色に照らされ、野良猫がサッと道を横切っていく。エマの家まではあと数百メルテといったところだ。
「ヴィセ」
「ん?」
「俺、ラヴァニに会いたい」
「そうだなあ、今まで1日だって離れた事はなかったからな。長い時間離れたのも、ボルツの霧の中から助けを呼びに行ってくれた時くらいか」
「会いたいな」
バロンがポツリと呟く。だがラヴァニと別行動を始めてまだ24時間も経っていない。
「ラヴァニ、仲間と一緒に遊んでるかな」
「やっぱり鞍を外してやるべきだったかな」
2人が寂しさを口にし、早く用事を済ませようと意見を合わせる。その時、ふと2人の頭上から声が聞こえた。
いや、声というよりは頭の中に響いたと表現するべきか。
≪我はおおよそ近くにいる≫
「え、ラヴァニ!?」
「ラヴァニ、どこだ?」
≪2人のはるか頭上に≫
ヴィセとバロンが瞬時に上を見上げる。しかしラヴァニの姿はない。月明かりだけでは上空の影を捉えられないのだ。
≪目立たぬよう、昼間は付近の山に。夜になれば時々はこうして会話できる場所まで出て来よう≫
「ほんと?」
≪ああ、ドラゴンは誓いを違わぬ≫
「俺、寂しかった。早くラヴァニに会いたい」
≪まだ1日と経っておらぬではないか≫
ラヴァニはやや驚いたように返事をする。その声はどこか笑っているような温かさを含んでいた。ラヴァニを恋しがるバロンにまんざらでもないのだろう。
「ラヴァニ、仲間の所に行ったんじゃないのか」
≪話はしておる。皆はかつてのドラゴニアが飛び立った山に向かった≫
「あ、石を探しに……」
≪あらかた人の手によって掘り尽くされてはいるが、外輪山の鋭い峰の先に幾らかの鉱石が残っていると言っておった。人が立ち寄れぬか、立ち寄れても石を掘り出す術がない場所だ≫
「ラヴァニは行かなくていいの?」
≪我と数体の同胞はヴィセとバロン、アマンとフューゼン、それにエゴールとも連絡を取る事にした。人の動き知ろうにも、ドラゴンには限界があるからな≫
ヴィセとバロンは近くの公園に立ち寄った。エマの家に戻る前に、ラヴァニとの会話を楽しみたかったのだ。
≪ドラゴニアの沈下を防ぐため、浮遊鉱石を少しでもドラゴニアに運ぶ。そなたらが解決策を見出すまで、我らはドラゴニアを守らねばならぬ≫
「2か月とは言ったけど、悪い奴らは待ってくれないもんな。この町にはまだ俺達がドラゴニアへ行った話は広まっていないと思う。さっき、ドナートを解放させようとする男なら現れたけど」
≪ドナート、ああ、あの忌々しい男か。解放と言うならばまだ生きておるのだな≫
「ガラスのケースみたいな場所に入れられて、みんなの見世物になってるよ」
≪皆の見ぬ所で悪事を働いていた者にはちょうどいい。さて、我の目にはバロンの姉がウロウロしている姿が見える。心配しておるようだが≫
バロンはヴィセの呼びかけが辛うじて聞こえていた。しかし体が小さく血も少ないためか、バロンの声はヴィセに届いていなかった。バロンはヴィセの一大事だと言ってエマを説得し、1時間で戻ると言って飛び出してきたのだ。
「おいバロン、エマさんに何て言って出て来たんだ」
「ヴィセが危ないから助けに行かなくちゃって」
「で、エマさんは」
「1時間して……戻らなかったら探しに行くって言われてた! 忘れてた」
「それを早く言えよ……。ラヴァニ、俺達はそろそろ」
≪ああ、我はいつでも付近にいる。この町を発つ前の夜には我に呼びかけてくれ、我も次の町に移動しよう≫
ヴィセとバロンは立ち上がり、ラヴァニからエマのおおよその位置を聞いて歩き出す。
「ラヴァニ、おやすみ!」
≪ああ。寝相に気を付けろ、姉を蹴り飛ばすなよ≫
「大丈夫だもん」
バロンが頬を膨らませる。バロンは少し寂しさをかき消すことが出来たようだ。ヴィセはハハハと笑い、ラヴァニに感謝を告げた。
ラヴァニは上空から2人を見下ろし、やがてゴーンの付近にある丘へ飛び去って行く。
ラヴァニは2人に対し、自分も寂しかったとは伝えなかった。
* * * * * * * * *
「おはよーヴィセ―! あのね、これ貰った!」
「おはよう。何だそれ」
「あのね、ドーンファイブのコイン! 姉ちゃんがくれるって!」
「何だ……? ドーンファイブ?」
「ハァ、イワンったら急に走り出すんだから。おはよう、ヴィセくん。ドーンファイブっていうのはこの町で人気がある演劇のヒーローなの」
「おはようございます、エマさん」
翌日、エマは出勤時にバロンを連れて紹介所にやって来た。バロンは満面の笑みでコインを摘まみ、ヴィセに見せびらかそうとする。
「演劇、ですか」
「ええ、子供達に大人気よ。お面を付けて立派な鎧を着ているの。前は3人組だったけど、2人加わって今は5人組。弱い人や困っている人を助けて、悪い奴を懲らしめる! 観ているとスカッとするのよね」
「俺ね、ドーンキールが好き! これね、キールのやつ!」
バロンがヴィセの顔に近付けたコインには、仮面をつけた男が彫られている。ヴィセはよく理解できていなかったが、嬉しそうなバロンに「良かったな」と言って頭を撫でてやった。
「最近、悪役一覧にドナートも加わったの。あ、勿論本人じゃなくて役者だけど。時間があるなら観に行ったらどう?」
「俺、観に行きたい! 行こ!」
「調べ物……まあ、いいか。今日やってるなら行こうか」
「やったー! 俺ね、キールが載ってる本が欲しい!」
赤い仮面のキール、橙色のティフィン、黒のキャロルなど、おおよそが仮面に似た色の酒の名から取られているという。
「……キールとキャロルのモデルが誰か、知ったら驚くでしょうね」
「え?」
「ううん、何でもない! じゃあ、ヴィセくん、今日もイワンを宜しくお願いしますね」
「ばいばーい」
「あ、そうか、仕事……か。頑張って下さい。また夕方に」
ヴィセとバロンが紹介所に入っていくエマを見送る。10分程経った頃、今度は昨晩約束をしたオースティンが現れた。
オースティンは大きなバックパックを背負い、両手にも鞄を下げている。もう旅立つつもりのようだ。
「ヴィセさん」
「おはようご……ずいぶんな荷物だな」
「住んでいた部屋を引き払ってきた。1部屋トイレ風呂共同のボロアパートだ、これで全財産」
オースティンはこの後すぐに飛行艇の席を取り、ネミアに向かうという。
「もしジェニスさんがいなかったら、娘のスザンナさんに事情を。紹介状という訳じゃないけど、スザンナさんとジェニスさんに宛てた手紙も」
ヴィセがオースティンに事情を書いた手紙を渡す。昼頃にネミアの役場に電話を掛け、スザンナの店の電話番号を聞くつもりだ。事前に話をしていればすれ違う事もない。
「ところで、後ろにいるのは……」
オースティンの後ろには他に3人の男が立っていた。それぞれがやはり荷物を抱えている。
「昨日、あの後でヴィセさんの話をした。本当は昨日一緒に作戦を実行するはずだった元同業者だ」
男達は気まずそうに頭を掻き、ラヴァニ村へ移住したいと申し出る。
「悪い事をせずに生きて行けるなら、そうありたい」
「いつか立ち寄ってくれた時、あんたの厚意に恥じない姿を見せる。金が出来たら動物の保護に役立てるよ」
「分かりました。俺達は数日後にモニカに向かいます。会いに来ますよ」
オースティン達が頭を下げ、飛行場へと歩いていく。バロンがその背中を見つめながら呟いた。
「ヴィセはドーンファイブになれないね」
「ん? どうしてだ?」
「悪い奴やっつけないもん。ヴィセに会った人、みーんないい人になる」
「はははっ! 人は変わろうと思えば変われるんだ、ちょっと手伝っただけだよ」
「ヴィセは変わらないで、そのままがいい。ヴィセは優しくて強くてキールより偉い」
バロンがまたコインをヴィセに見せながらニカっと笑う。
「そうか? 有難う。お前も変わるな、お前は将来、心の綺麗ないい男になるさ」
「キールより?」
「ああ。バロンは今だってキールよりいい男だよ、きっと」
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