remedy-11
「人生を、やり直せる……?」
「ああ」
ラヴァニ村があった土地は、きっとまだ誰の手も加わっていない。デリング村の者達がその後どうなったかは分からないが、ラヴァニ村への入植など出来るはずもない。
村を出ていたジェニスやボイが許すなら、ラヴァニ村を誰かに継がせるのも悪くない。知り合いが誰もいないとしても、故郷が復活するなら嬉しいものだ。
「……分かった。そこに行くとする。そのジェニスって女はどんな奴なんだ。それにどんな場所なんだ。教えてくれないか」
「ジェニスさんは同郷の知人だ。あんたの新天地の名前はラヴァニ村さ」
「ラヴァニ村、聞いたことがある。珍獣ハンターがドラゴンを探して立ち寄ったと言っていた。祀られているだけでドラゴンはいなかったそうだが」
「そうだ、その村だ」
男はラヴァニ村がどんな運命を辿ったのか知らなかった。ヴィセが簡単に説明すれば、男はヴィセの壮絶な過去に絶句した。
「あんたがやった事は一生事実であり続けるし、あんたを恨んでいる人も一生恨み続けるだろう。面と向かって謝った訳でもないんだ、当然だ」
「……その通りだ」
「だけど、だからと言ってこれ以上罪を重ねて良い訳がない。本来なら自首を勧める所だが、俺はこの町の法律にも詳しくない。まあ、ドナートが売った動物はおおよそ辿れただろうし」
一体、どんな罪に該当するから捕らえるのか。ヴィセは残念ながらドーンで運び屋が処罰対象なのかどうかを知らなかった。
「買った顧客の中には、元の飼い主に返すのを拒んでいる奴もいる。人に慣れ、野生に戻せない動物もいる。飼育の大変さから身勝手に捨てられた動物もいる」
男は動物たちの末路も知っていた。手放したいという相談を受け、引き取ってドナートに返したり野に放った事もある。
「そういう動物を引き取って育ててもいいし、細々と畑を耕してもいい。あんたが今までの生き方を変えたと、犯した罪以上に良い事をしたと胸を張れる生き方をしろ」
「……分かった。運び屋はやめる、銃を向けてすまなかった」
男は銃をブーツの中に隠し、ヴィセに頭を下げる。ラヴァニ村は過酷な場所にあり、決して楽しいばかりではないだろう。それでも男は行ってみるという。
男が本気なのか、それとも勝ち目がないと悟り逃げるための演技なのか、ヴィセはその本心を探るため、1つの提案をした。
「明日、9時に紹介所の前に来てくれ」
「しょ、紹介所?」
「ああ。明るい場所で俺とバロンと一緒に写真を撮れ」
「な、何故だ、俺はその、日中はあまり……」
顔を知られたくないからか、男は受け入れるのを躊躇う。ヴィセは大丈夫だと告げ、その目的を教えた。
「ラヴァニ村にはドラゴンも立ち寄るだろう。俺達もまた寄る事があると思う。ドラゴンが現れた時、俺達の知人だと伝えたなら心を許してくれるはずだ」
「ドラゴンが……?」
「ジェニスさんもドラゴンに認められた。ラヴァニ村出身の俺とジェニスさん、2人に認められたと言えばドラゴンも好意的に接してくれるよ」
男は何故ヴィセが男を咎めないのか不思議に思っていた。演技だったとはいえ銃を向け、ヴィセの仲間にとって憎き仇を解放させようとしたのに、ヴィセは男を助けようとしている。
「なあ。あんたは……どうして俺を咎めない。何故俺の足抜けを手伝う」
「俺はあんたに何かされた訳じゃない。だから悪い事をどう償うのかを決めるのは俺じゃない。俺と一緒に行動している少年を知っているよな」
「あ、ああ」
「あの子はドナートの仲間に親を殺された。目の前で、だ」
男は思わず俯いてしまう。ヴィセは咎める訳ではないと再度念押して続きを話す。
「あいつはユジノクのスラムに置いて行かれた。それ以降、スラムの子供達と共に霧の下へ潜っては廃材を手に入れ、それを売って生活していた」
「それが、俺を助ける事とどんな関係が」
「その生き方しか選べなかったんだ、あいつは。あんたが何故運び屋になったのかは知らないが、誰かの助けがないと生き方を変えられない事もあると分かった」
「だから、俺を助ける、と」
「ああ」
もしもユジノクのはるか麓に旧市街がなかったなら、バロン達は盗みを働いたり、大人を騙して金を巻き上げて生きていたかもしれない。
ヴィセは命を救われた。助けがなかったなら、今頃は畑で村人達と共に朽ちている。ラヴァニやバロンがいなかったなら、最初に訪れたモニカで撃たれて死んでいたかもしれない。ヴィセもバロンも救われて人生が変わった。
復讐で焼き払ったデリング、旅人の仇を討ったアマンの故郷。彼らは償えない程の罪を犯した挙句、変われなかった。
だが、この男は悪い事を止めたくとも止められずに後悔しながら生きて来た。
ヴィセは人の良心に賭けてみたくなったのだ。
「ドラゴンは悪を許さない。己の正義に反した事には容赦がない。俺も……いつかはそうなるんじゃないかと思ってる」
「ど、ドラゴンの血のせいか」
「ああ。ドラゴンが怒れば俺達も引きずられ、自身の意識とは関係なくドラゴンの正義に操られる。でも俺は……」
ヴィセはふと夜空を見上げた。路地の上には細長く狭い星の帯がある。
「俺は、人でありたいんだと思う」
ヴィセの呟きの意味が何なのか、男は尋ねようとしなかった。おおよそヴィセの思いが分かったのだろう。
「あんた、人に戻りたいんだな」
「……ああ。今のところその手段はないけどな」
2人は大通りへと差し掛かり、街灯の下で立ち止まる。
「あんたは情け深い。ドラゴンのように許せないからと破壊を望んだりもしない。あんたはいつまでもきっと人であり続けるよ」
男の口調はいつしか優しいものになっていた。それが男の本来の姿なのかもしれない。
「明日、必ず紹介所の前に向かう。あんたが人に失望しないよう、人を助けて後悔しないように生きる。必ず」
男がヴィセに右手を差し出す。先程まで銃を握っていた手は、誰かに親愛の情を示すものに変わった。ヴィセは男の決意だと分かり、固く握り返す。
「オースティン・メビだ。これからはラヴァニ村のオースティンだ」
「ああ、ラヴァニ村を宜しく頼むよ」
オースティンはまた明日と告げて去っていく。本当に明日来てくれるのか、それとも仲間にドナート奪還失敗と告げて作戦を練り直すのか。前者であればいいと期待しながら、ヴィセも元来た道を引き返す。
「バロンの様子を見に行くか……」
そう呟いた時だった。ヴィセは南の物陰から走って来る者に気が付いた。オースティンは西へと歩いて行ったため、彼の仲間ではない。
ヴィセは別の刺客が現れたかとうんざりしてため息をつき、近づいてくる者に身構える。
「……あ?」
足音が軽い。そしてどこか見覚えのあるシルエット。
「バロン?」
それはエマの家にいるはずのバロンだった。ヴィセが呟いた数秒後、バロンは勢いをそのままにヴィセへと突進した。ぎゅっとしがみつき、やや泣いているようにも見える。
「どうした、何があった? エマさんは」
「ヴィセ、俺助けに来た、だけど助けいらなかった」
「まさか、俺の意思が伝わったのか」
バロンはヴィセを離さないまま大きく頷き、涙目でヴィセを見上げる。
「ヴィセ、偉いよ。俺ヴィセは凄い人って知ってるもん」
「お前……さては全部聞いてたな」
バロンは1人になる事を何よりも恐れる。そんな彼がエマの家から2キロメルテ近くも走って駆けつけてくれたのだ。ヴィセはバロンの勇気と優しさが嬉しくなり、頭をポンポンと撫でてやる。
「ヴィセはちゃんと人だよ、ヴィセ偉いよ」
「そうありたい。有難うな」
ヴィセはバロンなりの励ましに大きく頷いて、もう大丈夫だと言って回れ右をさせる。
「ヴィセ、どうしよう」
「ん?」
「……俺、1人で帰るの怖い、どうしよ、帰れない」
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