remedy-10



「変な作戦でも練っているなら1発撃っておくか」


「いや、作戦も何も、目的が何かも分からないのにどうしろと」


「ハッ、とぼけたって無駄だぜ。自分で言っただろう、俺が誰か知っているだろうと」


「名乗ってもいいさ。ヴィセ・ウィンドだ。ドラゴン連れで有名になりつつある旅人さ」


 どうせ素性は知られている。ヴィセは堂々と名乗り、早く目的を言えと促す。小声であっても、しばらく続けば住民が顔を出すだろう。男はやや躊躇いもしたが、不気味に光る金歯を見せながら笑みを浮かべる。


「目的なんか1つしかないだろう。貴様がこの町に来るのをずっと待っていた。必ず来ると分かっていたからな」


「……どんな情報網か知らないが、そこまで言って目的を言わない理由が分からねえって言ってんだ。おとなしくしてるんだから用件を言え」


「囚われの身で威勢だけはいいんだな。まあいいさ」


 男は勝ち誇った笑みで銃口を更に押し付ける。ヴィセがその分だけ男の腕を掴んだ手の力を強めていく。


「俺に言えなくても、どうせバロンの前でドラゴニ……」


「ドナートさんを救い出すためなら、俺は何だってやるのさ」


 ヴィセはドラゴニアの現在地がどこかを吐かせるものだと思っていた。しかし、男はヴィセが予想していた事とは別の目的を明かす。


「……えっと、何だって?」


「忘れたとは言わせねえ、お前が夕方にドナートさんの様子を見に行った事は知っている」


 ヴィセは思わずドナートというキーワードを聞き返した。


「いや、その件だとは思ってなかったから頭が働かなかった。ああ確認しに行ったよ」


「他に何の用があるってんだ! てめえらがドナートさんを捕まえやがったんだろ!」


「まあそうだけど、今更その件でこうやって脅されるとは思ってなかったんだよ」


「は? まあいい、俺の目的は分かっただろう。俺の腕がどうなろうが、俺が引き金を引けば撃たれるのは貴様だ。おとなしく従え」


「はいはい、分かったよ」


 銃を向けられたのはこれが初めてではない。男の目的はドラゴニアではなく、人質になるのはバロンでもエマでもない。危機的な状況ではあるものの、ヴィセは安堵していた。


 その落ち着き方が気に入らないのか、男はヴィセの腹に銃口を更に強く押し付け、さっさと歩けと促す。


「それで、俺はこのまま刑務所に行って、助けて下さいって言えばいいんだな?」


「俺が言う、貴様は怯えていろ」


「なあ、あんたドナートの一味って事でいいんだよな。ドナートを解放させて何をするんだ?」


「貴様らのせいで密猟の取り締まりもきつくなって、希少種の持込自体が禁止の町も増えた。商売あがったりなんだよ」


 ヴィセは販路を断たれた密猟者、珍獣が手に入らなくなった愛好家、その双方から恨まれていた。ヴィセは、まさかそのような事になるとは全く思っていなかった。


 悪者を捕まえ、殺された者の無念を晴らし、ついでに見世物や売買に利用されていた動物を救い出したと思っていたくらいだ。


「あんた、密猟者なのか?」


「運び屋だ」


「あー逃げないからその銃口で背中ぐりぐりすんのやめてくれって。運び屋にしがみ付くより、別の商売を始めた方がいいんじゃないか?」


「フン、俺らみたいなのは元々明るい所を歩けねえような奴ばかりさ。足を洗った仲間や顧客には顔が割れてる。金でも積まれて罠に掛かれば終わりだ」


「……ドナートを逃がしたところで、それは変わらないだろ。他所の町に逃げてもドナートの悪行は知れ渡る。それに町に獲物を持ち込めないなら意味がない」


「うるせえ! そのルールもついでに撤回させるんだよ! 黙って歩け!」


 男の声は狭い路地によく響く。この調子では通報でもされ、刑務所に着く前に取り囲まれそうだ。


「なあ、俺にこんな事したの、ちょっとは後悔してないか」


「後悔? 後悔するのは貴様だろう」


「ドラゴン同士は離れていても互いの意思が伝わるんだ。俺が思い浮かべるだけで、全ドラゴンがあんたの顔や行動を把握する。幸い、俺にはドラゴンの血が流れている、知っているよな」


「な、仲間を呼ぼうってのか」


 男はヴィセが何故余裕なのか、ようやく悟ったようだ。ヴィセに何かがあればドラゴンが黙ってはいない。もっと言えばもう手遅れということ。


 刑務所まではまだ夜道を2キロメルテ程歩かなくてはならない。それまでにドラゴンに襲われないとは言い切れなかった。


 もちろん、ヴィセの意思が伝わる範囲などせいぜい数百メルテ~1キロメルテない程度。これはハッタリに近い。もしかするとバロンに気付かれているか……というところだ。


 ヴィセは刑務所に着く前に断念させようと、ダメ押しに入る。もしヴィセがドラゴン化してしまえば、伝わる意思の範囲はもっと広がる。ドラゴン化したバロンが加わり、偶然通りかかったドラゴンにも気付かれたなら大惨事だ。


「ドーン、モニカ、ネミア、ナンイエート、オムスカ、ボルツ、ジュミナス」


「? なんだ」


「これらの町に共通している事は何か、分かるか」


「あ? 共通? 言葉が全部同じな事くらいじゃねえのか」


「ドラゴンの飛来を受け入れている町や村だ」


 男も風の噂では聞いていたのだろう。ヴィセの背中に当たっていた銃口が離れ、いささかの動揺が窺える。


「この大陸の東側に集中してはいるが、おおよその主要な場所はドラゴンが自由に飛び回れる。休憩に降り立つ事もある」


「お、俺達がどこにいようがいつでも殺せると言いたいのか」


「まあ、それに近いものがあるよな。ドラゴンに濡れ衣を着せた張本人とその仲間だ、ドラゴンの心も穏やかじゃない」


 ドナートを解放させた所で、上手くいく保証はなくなった。だからといって、ヴィセを人質にしたまま動き回る訳にもいかない。


「あいつに恩があって慕っているのは分かるけど、やめといた方がいいぜ。どうせ全財産を没収されて一文無しだ」


「恩がある訳じゃねえよ、あの人の伝手で顧客と繋がれる。表には出ない情報網を知っているのはあの人だけだ」


「と言う事は……食っていけるなら別にドナートを解放しなくてもいいよな」


「だから! 俺達みたいなのは日なたを歩けねえからこれしかねえって、言ってんだろ! まっとうな仕事は……もう出来ねえんだよ」


「どこの町に行っても、あんたが悪人の仲間だと知ってる奴がいるから、か?」


「そうだって言ってんだろうが。俺だって……真っ当に生きたかったさ」


 ヴィセは、ようやく男の事情を把握した。男は後ろめたい仕事以外で生きる術を知らず、また自分の素性を知る者の存在に怯えて生きている。どんなに真っ当に生きようとしても、どこからか知れ渡ってしまう。


「こんな目に遭わされて助けるのは馬鹿らしいけど、誰もあんたを知らない場所でやり直せるならいいんだな? 後悔してるんだろ」


「……狩ったり盗んだりする奴から受け取って、ドナートさんに売り渡してきた。次に立ち寄った時、絶滅した話を聞いたりだとか、飼い主の悲痛な捜索の張り紙を見かけたり」


「生きるために、分かっていてもやめられなかった、か」


 生きるためになりふり構わない生活はヴィセも経験した。バロンだって命の危険を冒して生きていた。男にとってはそれが悪の道だった。悪いと分かっていても、どれだけ後悔しても、それ以外の方法では生きられなかったのだろう。


 ヴィセは男が根っからの悪人だとは思えなかった。


「……誰もいない、家もない、でも畑はある」


「え?」


「森もあるし、水も綺麗だ。ちょっと寒いけどな」


「……何の話だ」


「人生、やり直したいんだよな、真っ当に生きられるならそうしたいんだよな」


 ヴィセが振り向き、真剣な表情で返事を待つ。男は目を逸らして俯いたが、小さく頷いた。


「ネミア村に行くと良い。そこで小さな飲み屋に入ったら、ジェニスという女性を訪ねろ。彼女に場所を聞いて許可を貰えたら、あんたは人生をやり直せる」

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