remedy-05





 * * * * * * * * *





 ≪もう泣き止んでくれぬか、決して見捨てる訳ではない、別行動だ≫


「はっ、ふぇっ……ぜったい、迎え、来るっ、ふっ、ふぅぅ……来るって、言って」


 ≪必ず迎えに来る、必ずだ。我ら気高きドラゴンが誓いを違う事などない≫


「今生の別れって訳じゃないんだ、またすぐ会える」


「ふぇっく、ふぇっ……こんじょうって、何ぃ……」


「……本当に泣いてるか?」


 翌朝、ラヴァニはドーンの南東にあるトメラ村の近くに降り立った。ここでラヴァニと別れ、ドーン行きの飛行艇に乗り換える……つもりだった。


 だが町の近くに降り立って数十分、ヴィセ達はその場から一歩も動けずにいた。昨晩ヴィセ達が成長に感心していたのも虚しく、バロンが盛大に泣いているからだ。


 ≪……我と共に行動し、ヴィセと別れて行動すると言っても泣くのであろう≫


「どっ、ふっ……く、どっちも、やだぁ……」


「泣き止んでくれ、お願いだ。やらなきゃいけない事は説明しただろ? ラヴァニは浮遊……コホン、色々聞くためにドラゴン達に会いに行くんだよ」


「みんなでっ、一緒っ、で、いいじゃん!」


 バロンは珍しく聞き分けが悪い。姉と別れる時も、伯父と別れる時も、特に泣く様子はなかったのだが……バロンの嫌がり方は異常にも思える。ヴィセはきつく叱る事もできず、どう納得して貰おうかと頭を抱えたままだ。


 ≪やむをえん≫


 ラヴァニは気が済すまなかったが、そっとバロンの記憶と思いを読み取った。ラヴァニの脳裏に、バロンの秘めた思いが流れ込んでくる。


 ≪……バロン、よく聞いてくれ。我もヴィセもバロンを置いて何処かに行くことなどせぬ。我らがそのような事をすると思うか≫


「一緒が、いい……」


 ≪そなたの姉はドーンで暮らしている、故にいつでも会える。しかし我とヴィセは家を持たぬ。一度置いて行かれたならもう会えぬ、それが怖いのだろう≫


 バロンはラヴァニと別行動をするという話に納得していた。だが置き去りにされる可能性を考えて拒否しているのだ。


 ヴィセはバロンが姉のエマと一緒に暮らせるなら、バロンにとってその方がいいと考えている。バロンはその事も知っている。そのため、今まではヴィセ達に内緒の策があった。


 ラヴァニの封印はバロンの鞄の中にある。バロンが封印を持っていれば、ラヴァニは小さいままで元に戻れない。バロンがいなければこの先の旅は困難になり、ラヴァニも不自由な身となる。


 けれど今のラヴァニは元の大きさ。一度別れた後で再度封印を効かせるなら、すぐ傍で発動しなければならない。バロンには打つ手がなくなる。


 ≪我を逃がしたなら、自分がヴィセと我を引き留める材料がなくなる、そうだろう≫


「……」


「なんだ、そんな事考えてたのか」


「そんなこと、じゃ、ないもん!」


 ヴィセはバロンの考えている事がようやく分かった。バロンは今置いて行かれるのではなく、この先置いて行かれると思っていたのだ。


「バロン。俺にとってお前はドラゴンの血を与えられた仲間だ、友達だ。この先……何百年生きなきゃいけなくなった時、俺はバロンともラヴァニとも友達でいたい」


「……」


「俺、そんなに薄情な奴に見えるか?」


「だって……姉ちゃんの家に行ってる、間に……俺を置いて行けるじゃん」


「置いて行けると言うなら、今までだっていつでも置いて行けた」


「……やだ」


「ラヴァニもそうだ。俺達を置いて勝手に飛んで行くことが出来る。でもラヴァニは絶対にそんな事はしない。俺はラヴァニを信じてる。別行動をしても戻って来てくれる」


 ≪我も、ヴィセがドラゴニアを守ってくれると信じて送り出す。勿論、バロンが我の力になってくれる事も期待している≫


 どれだけヴィセとラヴァニが諭しても、バロンはまだ手放しで安心出来る状態ではなかった。信じるにはきっかけとほんの少しの勇気がいる。


 ラヴァニはあと少しだと考え、バロンに1つ提案を行った。


 ≪我を封印で縛っておけば、我は必ずバロンを頼る。ならば封印を1つだけ発動させておけ。今よりふたまわり程小さくなるが、再び合流するまでなら耐えられよう≫


「ラヴァニ……。分かった、じゃあ俺もバロンに旅の資金を預けておこう。そうすればバロンと一緒にいないと俺は何処にも行けない」


 ラヴァニとヴィセの提案は、バロンの不安を解消させる手段として十分だろう。バロンを置いて行く事は出来ないし、ラヴァニも今の体よりも小さくなれば、ドラゴニアまで行くための体力がもたない。


「……分かった」


 バロンはようやく頷き、そして小さな声でごめんなさいと呟いた。


「……封印は、いい、しない」


 ≪良いのか≫


「おかねも、ヴィセが持ってて」


「でもそれじゃ、バロンが不安じゃないのか」


「俺を置いて行かなかったらいいの!」


 バロンはまた大きな声で泣きだし、ラヴァニにしがみ付く。元気でねと声を掛けながらもしがみ付いたまま、見送りなのか引き留めているのかちぐはぐだ。


 ≪今生の別れではないと言ったであろう。まだしばらくで会えるのだ≫


「だか、らっ、ふっ、ふぇっ、こんじょうって、何ぃ……」


「そうだったな、まあ一生会えないって訳じゃないんだからってこと」


 バロンが目をこすりながらラヴァニに手を振る。ラヴァニの背には鞍が取り付けられたまま。ヴィセ達が持ち運ぶには邪魔だろうという配慮だ。


「さあ、ラヴァニ。名残惜しいが行ってくれ。モニカで用事を済ませた後、必ず合流する」


 ≪ああ、しばしの別れだ。バロン、ヴィセ、頼んだぞ≫


 ラヴァニはその場で力強く羽ばたき、ゆっくりと空へ舞い上がっていく。しばらくヴィセ達を見下ろしていたが、やがて北を目指して飛び去った。


「……行っちゃったな。ずっと一緒だったから全然慣れないや」


「……」


「バロン、ラヴァニを信じてくれて有難うな」


 ヴィセはバロンの頭を優しく撫でる。バロンが本当にラヴァニに封印を施してしまえば、ラヴァニにとって辛い2か月となったはずだ。


 ふたまわりも小さくなれば、鞍の重さも負担になる。モニカで合流と言っても、ここからの移動だけで疲れ果てたかもしれない。


「俺だけ、信じてないみたいで、やだったもん」


「そっか。そうだな。じゃあ……ちゃんとラヴァニの見送りが出来たご褒美だ。バロンに小遣いをあげよう」


「小遣いって、お金?」


「ああ、何でも好きな事に使っていい。言っておくが、10歳には大金だからな」


「冬越したらもう11歳だもん!」


「まだ秋だっての。ほら、絶対に失くすな、めいっぱい無駄遣いしろ」


 ヴィセは全財産を預けるのではなく、バロンに1万イエンを渡した。御祝いでもないのに持たせるにはあまりにも多すぎる。


 けれど、ヴィセはそれでも足りないと思っていた。


 まだ10歳の子供が文句も言わず、大きな目的のために付いて来てくれる。ヴィセから孤独を奪ってくれた。そして、猜疑心を打ち消して信じてくれた。


 ヴィセはそれが嬉しかった。


「俺はな、バロンがいなかったら今頃1人だった。ラヴァニはドラゴンだし、いずれは違う生活に戻るはずだった。俺はバロンがいてくれて嬉しいんだ」


 それはおだての言葉ではなかった。ヴィセの本心だ。


「俺も、ヴィセがいなかったらまだスラムにいた。姉ちゃんにも、伯父さんにも会えなかったよ。色んなところ行ったりも出来なかったし、スラムのみんなも大変なままだった」


「そうかもしれないな。なあ、バロンは……何で俺と一緒に来てくれるんだ? ドラゴン化を治す手段はないかもしれないのに。泣いてまで一緒に行きたいと言ってくれるのは何でだ?」

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