Confused Memories-05



 ヴィセはドラゴン化に抗うのをやめた。途端に半身をドラゴンの鱗が纏い、それはバロンにもドラゴン化を促す。


「ひっ……クエレブレヌ……スベム!?」


 ヴィセの近くにいた者がドラゴンの鱗かと驚き、短い悲鳴と共に腰を抜かした。ただその恐怖の目は通常向けられるものとは違う。嫌悪ではなく、畏怖を感じるものだ。


「バロン、俺達でドラゴンの名誉を守るぞ」


「うん。ラヴァニは霧で人を殺すなんて、ぜったいに頼んだりしない」


 ≪我だけではない。我が仲間も人をこの世から消すことを是としてはおらぬ≫


 ラヴァニが小さく炎を吐き、ヴィセは向けられた鍬の柄をへし追った。バロンはナイフを持つ男の手首を締め上げて、武器で敵う相手ではない事を仄めかす。


 目の前にあるのは彫ったものではなく、正真正銘ドラゴンの鱗。ドラゴンを崇める者達にとって、その姿は理想であり絶対だった。


 武器はまだ手に持ったまま。どうするのかと隣同士で話し合う者もいる。ヴィセは腰を抜かした老婆を見下ろし、ドラゴン化で掠れた低い声で訊ねた。


「ドラゴンが貴様らの所業を……認めていない事は分かったか」


「わ、分かるします!」


「貴様らが行ったのは、ただの人殺しだ」


 老婆が小刻みに頷いた。ヴィセの言葉が響いているのかは分からない。ドラゴン化したヴィセの言う事だから頷いただけで、罪の意識があるようにも思えない。


 崇める存在の言葉を受け入れた事と、自分達の行いを反省する事は別なのだ。


「霧を生み出した先祖の事を教えろ」


「先祖……?」


「霧をどうやって作った。貴様らの先祖は何処に暮らしていた」


 ヴィセは老婆を問いただし、霧についての情報を得ようとする。だが、老婆も住民も、霧の生成法を知らなかった。もっとも、この集落の状態を見れば、最新鋭の技術など皆無である事は予想できた。


 かつて文明や技術の最先端にいた先祖の知恵は、殆ど受け継がれていなかった。世界を破壊できれば、その後の事などどうでも良かったのだろう。


「町の位置は分かるか」


「分かるしません。霧の海、山を南に見る出来た、湖あるの場所と聞くしたことです」


「先祖を誇りに思っていながら、どこで何をしていたのかも知らねえのか」


 ヴィセ達は霧を生み出した者達の生き残りを探しに来た。そして、実際に見つける事ができた。だが、成果はいまいちだ。


 霧を発生させた真の目的は衝撃的だったが、これからの事には役立たない。この者達の事を外に伝えたなら、近いうちに皆殺しに遭うだろう。ヴィセはこの集落の事を他所で言いふらすつもりはなかった。


 それに、この町がドラゴン信仰だと分かったなら、ドラゴンはますます悪者扱いされてしまう。


 この村はドラゴン信仰を隠していない。トメラ屋のミナが知っていたように、各地に存在を知る者はいるだろう。その者達は、どう考えているのか。


 ≪ヴィセ。我は気分が悪い。このような所は早く立ち去らぬか≫


「ああ、そうだな」


 ヴィセ達も怒りは感じている。ただ、霧を発生させたものの子孫ではあるが、彼らが直接手を下したわけではない。ヴィセは集落を早々に出ていくつもりでいた。


 形式的に知りたい事を尋ね、霧の海を目指すつもりだった。


「この集落出身の者が、浮遊鉱石が必要だと言っていた」


「集落、皆出ない。1人だけ離れた男いるします。アマン……あの者は他所に出るしました」


「守り抜いた知識ではなく、どこかで仕入れた話か」


 この集落で分からなければ、実際に探しに行くしかない。けれど、そこでヴィセはふと気が付いた。


 この場所の事を教えてくれたのは、旅に出ないミナだけだ。


 ドラゴン連れと分かれば、この集落に関して、他の旅人から何らかの情報があって不思議はない。けれどどんな集落なのか、行ったと証言する者に出会った事がない。


 そのような状況なのに、この集落の住民はヴィセ達を歓迎した。旅人の存在を珍しがることも、警戒する事もない。つまり、旅人がそれなりに訪れるということだ。


「この集落に旅人が来た事もあるだろう。そいつらはドラゴン信仰を何と言っていた」


「良くないの事と。許されるしないの事と」


「その後、あんたらはどうした」


 ヴィセが老婆を見つめる。老婆は言い難そうにもせず、ただ事実を述べるだけだ。


 欲しい答えはあった。出来る事なら、その答えは欲しくなかった。このままこの集落を去り、この集落のことなど忘れたかったくらいだ。


 しかしヴィセの気持ちなど、察して貰える事はなかった。


「ボイヌ、賛同しないは帰るできない」


 この集落はドラゴンを崇拝している。今までもドラゴンに懐疑的な旅人を非難し、何らかの思想を押し付けていただろう。外に実態が漏れる事のないまま、現代に至ってしまったのではないか。


 何らかの方法を用いて、ヴィセ達のような旅人は外に情報を伝えられずにいたのではないか。となれば、その原因はそう幾つも想定できない。


 ただ、ヴィセは町や集落のルールなど知らない。それを問いただし、批判できる立場にあるのか。ヴィセは出方を窺っている。


「この村を訪れた者をどうした」


「世界のためにいなくなるしました」


「殺したのか」


「はいそうです」


 もっとも聞きたくなかった言葉。それをヴィセははっきり聞いてしまった。旅人は口封じのために殺されていたのだ。


 ≪こやつら……≫


 毒霧で人を一掃した者達の子孫が、今度は旅人殺しをしている。人を代表するつもりはないまでも、ヴィセは殴り飛ばしたい気持ちを抑え込もうと必死だ。


 そんな中、1人の男が立ち上がった。竜状斑を彫込まれたベーグだ。


「アラマゴ……ムリズテーヒ! エブマリメカム! ユチスベムボウェム!」


 老婆とヴィセのやり取りの最中、ベーグが近寄りバロンに手を触れた。言葉の意味が分からず、バロンは怖がって手を引っ込める。その瞬間、バロンは思わず腕を押さえた。


「痛っ!」


 バロンが痛みを覚えて腕を確認すると、鱗が1枚剥がされている。ベーグが剥がしたのだ。


「何をする!」


「スベム! ラルスベム……! ディサムマ……ウェルベクエレブレ!」


 ベーグは剥がした鱗を嬉しそうに自分の腕に貼った。痛がるバロンの事を気にする様子もない。本物の鱗を手に入れたなら、自分もヴィセ達のようになれると思ったのだ。


 ≪貴様!≫


 その途端、ラヴァニの怒りが頂点に達してしまった。バロンに危害を加えられたと判断したのだ。


「ラヴァニ! くっそ……!」


 封印を施されていたはずなのに、怒り狂ったラヴァニを制御するには力が足りない。バロンを守るために開放した力は、封印の力に勝っていた。


 それはかつてラヴァニ村で見た光景だ。身の危険を感じたラヴァニが侵入者を焼き払ったあの時の事が蘇る。その怒りはヴィセ達の理性を失わせてしまう。


「クエレブレ!」


「ビガヤ……」


 村人達が驚く隙も与えず、ラヴァニが尻尾で住民たちを弾き飛ばした。目の前の者には炎を浴びせていく。


 ヴィセはベーグからバロンの鱗を奪い返し、バロンは武器を持つ者からラヴァニを守るため、手あたり次第に殴りかかっていく。


 土の上に血痕が飛び散り、鈍い音が響く。逃げ惑う者達の悲鳴は集落外の誰にも届かない。


「フゥゥゥ!」


 2人の鋭い爪が肉を裂き、住民が何人も倒れている。武器を持って応戦しようとした者達だ。


 ヴィセにもバロンにもまだかろうじて意識が残っていた。怒りに包まれた感情の中にあっても、殺したいわけではない。


 けれど、振り上げた拳は思いを無視して振り下ろされる。鋭い爪は知りたくない肉の感触を確かめてしまう。


「ラヴァニ……やめ……!」


「ウアアァァ!」


 ヴィセもバロンも涙を流しながら、抗えない怒りに身を操られていた。

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