Confused Memories-06
* * * * * * * * *
「ラヴァニ、気は済んだか」
≪……すまぬ≫
昼になり、集落に落ちる影は随分と短くなった。それは太陽が頭上にある事よりも、影を生み出すものがなくなった事によるものが大きい。
「暴れ過ぎだ。ドラゴンの像まで見事に焼け落ちてるじゃないか」
≪……これでは人に嫌われ憎まれても無理はない。反省しておる≫
「バロン、大丈夫だ。誰も殺してはない」
ラヴァニは怒り狂う前の大きさに戻っていた。ヴィセの肩に止まり、今は首を項垂れている。
ラヴァニの怒りが収まった時、集落の建物は殆ど崩れ落ちていた。
石造りの家は多くが崩れ、農地の幾らかは黒焦げだ。ドラゴンの像はラヴァニの炎で溶け、ヴィセやバロンが握り潰した武器は、使用不可能な姿となって地面に転がっている。
もうヴィセ達に武器を向ける者はいない。いや、もう無事な武器はないかもしれない。それと同時に、ヴィセ達へ向ける視線には、もはや崇拝の色は消え失せていた。
元はと言えば、ドラゴンに襲われなかった事が信仰の発端。今こうして襲われるに等しい事態が発生した事で、彼らの価値観は集落同様、音を立てて崩れ落ちていた。
「バロン、お前のせいじゃない。泣くな」
バロンは大声を上げて泣いていた。唇は震え、ヴィセがしっかりと抱き寄せていなければ膝から崩れていただろう。
自分の意思に反して駆け出す足、止められない拳、向かいたくないのに向かう先には、恐怖に引き攣った住民の顔。
バロンは今までドラゴン化を悪い事とは思っていなかった。悪者を退治出来る、強くなれる、ただ人から見れば醜い存在。それだけのはずだった。
ラヴァニは正義の味方であり、その力は正しいと信じていた。
しかし、大きすぎる怒りに引きずられたなら、我を忘れて敵に襲い掛かってしまう。かつてヴィセを止めたはずの自分が、今度は自分を止められなかった。
「俺……ふ、ふぇっ、も、やだ……やだぁ……」
バロンはドラゴン化した自分の事を、初めて嫌悪していた。
「もう大丈夫だ」
「大丈夫、じゃ、ないぃ、ふっ、ふっ……俺、俺が、殴って……」
≪バロン、済まぬ。我はそなたが攻撃を受けたと思い、怒り狂ってしまった。我がバロンにそうさせたのだ≫
「俺だってバロンの腕の鱗を毟られたと気付いて怒ったさ。2人分の怒りがバロンを引きずったんだろうな」
バロンだけでなく、ヴィセも恐怖を感じていた。ラヴァニの怒りが収まるまで体は言う事を聞かなくなる。誰かに止められなければと言っても、ドラゴン化した自分を止められるのは、バロンかラヴァニだけ。
もっと恐れているのは、自分の怒りが巻き込むではないかという事。
自分の感情に抗えなければ、小さな集落など半日も経たずして滅ぼしてしまうのだ。
≪こやつらは大罪人だが、我は……怒りに任せ、こやつらと同じことをしようとした。もう咎める立場にない≫
「……そうだな」
殺してはいないまでも、私刑としては酷すぎる光景だ。かつてラヴァニ村の仇討ちを行ったデリング村の時と状況は似ているが、中身は全く違う。
これは旅人殺しの集落だと知った怒りに、バロンを傷つけられた怒りが加わった結果。復讐でも正義感でも何でもない、ただの破壊だ。正当化など出来るはずもない。
ヴィセは呆然と座っている老婆に対し、最後に自分の思いを伝えた。
「……ドラゴンの名を使って人殺しをするのは、もうやめてくれ。そして……もうドラゴンにこんな事をさせないでくれ」
ヴィセはそれだけを伝え、ラヴァニの封印を解いた。荷物を背負い、バロンを片腕でしっかり抱え、鞍のないラヴァニの背に乗る。
信仰がまやかしだったと気付いたせいか、惨劇への混乱か、集落の住民はただ飛び去って行く1匹のドラゴンを目で追うだけ。
≪……あの者達は、きっと我らを憎むだろう≫
「せっかく、今までドラゴンへの誤解を解いて来たのにな」
≪もう奴らに殺される旅人はいなくなった。それだけが救いだ。元は我の怒りのせいだ。その引き換えとあれば憎まれる事くらい甘んじて受け入れよう≫
「……俺達はそれでいいさ。でも、他のドラゴンまで憎まれるのは申し訳ない」
≪仲間には……顔向けできぬな≫
デリング村を除けば、これまで多くの者にドラゴンを受け入れてもらう事が出来た。ドラゴンの真実を話す機会もあり、実際に人を救った事もあった。
今回は失敗したどころか、自分達が脅威となり得ることを自覚してしまった。集落の外のゴンドラ乗り場でラヴァニに鞍を取り付けている間も、バロンはまだ顔面蒼白のまま。
食料調達は出来ず、結局霧を生み出した町の場所も不明。2人と1匹の気は重く、気持ちを切り替える事すら不謹慎だと考えてしまう。
このような状態で本当にドラゴニアを目指すのか。
「ラヴァニ、海沿いのどこかに降り立てないか。バロンをこのままにしてはおけない」
≪分かった≫
ラヴァニは舞い上がり、高度を上げて出来るだけ人の目に映らないよう心掛ける。海沿いを1時間ほど飛んだ後、人里に近い窪地を見つけ、ラヴァニは身を隠すように降り立った。
* * * * * * * * *
「へえ、飛行艇で不時着、ねえ。この辺りに飛行艇で来ようってのが間違いだよ」
「まさかこんなにも平地の少ない場所だとは知らなくて」
「小さなドラゴンは連れてるし、久しぶりの生粋のモスコ語だし、珍客ってのはあんた達みたいなもんの事を言うんだ」
「ご、ごもっともです」
ヴィセ達は斜面に広がる町に入り、坂道を下って港を目指した。船の行き来があるのなら、物資も相応に流通しているはずだ。今日食べるものがないため、それらを手に入れるのは必須だった。
幸いにも、この町はモスコから移住してきた者の子孫が多かった。言葉が通じ、僅かだがジュミナス・ブロヴニク地区に行った事がある者もいるという。
だが、問題は通貨だった。港の一部の店ではモスコのお金が使えるが、こちらは別の通貨が使われている。あまり使いたくはなかったが、古貨を珍しがった老人と交渉し、ある程度の現地通貨に換えて貰ったところだ。
「それにしても、そっちの坊やは余程怖かったんだな。大丈夫かい」
「え、ええ……」
「しっかし、あっちではドラゴンと共存する町や村が増えているなんてねえ。そんな事を知っていたら、山向こうの変な連中を珍しがる旅人も減っていただろうに」
「え、おじいさん……あの集落を知っているんですか? ドラゴンを崇めているという」
「ああ、年に1,2度来てるよ。こっちからは用がないから行かないけどね。まさかあんたらもあの集落に?」
ヴィセ達は海岸通りの食堂に入り、老人に話を聞いている所だ。
食糧事情がモスコ大陸程良くはないのか、高い上に味気ない。肉料理はどれも乾燥肉を使っており、野菜も少ない。この地方の主食は芋や穀物ではなく魚だった。
食いしん坊のバロンは、殆ど食事に手を付けていない。ヴィセはそんなバロンに無理矢理食べさせることなく、気持ちが落ち着くまで待つことに決めた。
「はい……霧の発生原因を知っているとか、ドラゴンの末裔だとか、噂は色々」
「ハァ、やめとけやめとけ。あいつらも俺達と同じ、他所の大陸から逃れたもんの子孫だというが、あいつらは駄目だ」
「駄目だ、とは?」
集落の事は意外にも多くの者が知っているらしい。老人は当然のようにその実態を打ち明ける。
「ドラゴンを崇拝ってだけで奇妙なんだが、それはこの際どうでもいい。あいつらは村に訪れた旅人の身ぐるみを剥いで殺してる」
「それは……実際に誰かがそんな目に? それとも集落の人が?」
老人は白いあご髭を撫でつつ、ヴィセ達の鞄を指さす。
「わしが知る限り1人も行って戻ってこない。移住とも思えん。おまけに年に1、2回、何故か旅人が持ち歩く荷物一式と食料の交換に来るんだ。旅人に忠告しても聞きやしない」
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