Confused Memories-04



「あの男は、わたしたちとクエレブレを繋ぐする者です」


「ラヴァニと話できるの?」


 ≪呼びかけておるが、伝わってはおらぬようだ≫


「あの竜状斑は偶然……なのか」


 とにかく、この集落はドラゴンを崇拝しており、自分たちの祖先をドラゴンだと信じている。それだけは分かった。ドラゴン化しているにも関わらず、意思疎通が図れない理由はまだ分からない。


 ヴィセはその話をひとまず本当だと受け入れ、自分達の本来の目的を告げた。ドラゴン信仰の集落なら、ヴィセ達を妨害する事はないと考えたからだ。


「俺達はこの北にある大陸から、霧の発生と同時に逃れて来た者達の村を探しています。霧を発生させた町の末裔が、今もどこかにいると聞きました」


 ドラゴンを殺すために使われた霧を、この集落はどう考えているのか。どこかにその子孫がいることを、どう思っているのか。ヴィセもラヴァニも、ドラゴンを崇める者達がどう捉えているのか興味があった。


 住民たちは互いに頷き、穏やかに微笑む。その様子に何故か背筋が凍り、バロンはヴィセの後ろにそっと隠れる。


 ≪この様子……まさかその者達を葬ったか≫


「可能性はある。ドラゴンを殺そうとした奴らを、この集落が許しているとは思えない」


 ヴィセ達はその笑顔の意味を測りかねていた。


 夜襲でも掛けたか、武器を手に入れて葬ったか……霧を発生させ、ドラゴンを殺そうとした者達をこの集落が始末した可能性は大いにある。


 だとすればとても迷惑な話だ。霧を発生させたメカニズムは1から調べなくてはならず、霧の下の町も自力で探すしかなくなる。正義感や信仰を建前にされたなら非難もできない。


 集落の者達が何かを知っているのは間違いない。背中に竜状斑を持つベーグが上着を再び着て、穏やかな笑みのまま答えた。


「イテズウェムッケ」


「それは、わたしたちです」


 ベーグの言葉を老婆が通訳した。ヴィセはその言葉が何に対しての返事なのか、しばらく飲み込む事ができなかった。


「わたしたち……とは?」


「わたしたちのご先祖が、クエレブレのために霧を生みだすしました」


「……はい?」


「ねえどういうこと? 昔の人は霧でドラゴンを殺そうとしたんだよ?」


 ≪我が仲間もそう考えておる。我らのための霧とはどういう事だ。もしやこいつら、何かと勘違いしておるのか。霧の正体が毒だと知らぬはずはあるまい≫


 老婆の通訳が正しければ、この集落の住民こそが霧を発生させた町の生き残りとなる。この世界を破壊し、多くの命を奪った者達の子孫だ。


 なぜドラゴンのためなのか。言葉の違いによって誤解が生じているのか。本当にこの者達はドラゴンの血を引いているのか。ヴィセは確認のため、再度尋ねた。


「……ドラゴンの子孫、何故そう考えているのですか」


「クエレブレは、わたしたちのご先祖の町だけ襲うしないでした」


「それはドラゴンにとって脅威がなかったに過ぎない。ベーグさんの背中は、本当にドラゴンの鱗なんですか」


「クエレブレ襲うしない祝いがあります。クエレブレを崇めるする祝いです。背中を鱗状に彫るします。最後まで傷みに耐えた者、クエレブレの生まれ変わり」


 この集落の者は、ドラゴンの事を勘違いし、間違った信仰を続けていた。ドラゴンに狙われなかったのは、自分達がドラゴンだからだとかつて誰かが言い出したのだろう。


 そのうち誰かがドラゴンに憧れ、畏れと敬意を込めて自分の皮膚を削り、ドラゴンを模した竜状斑を彫った。するととても信仰が厚く、まさしくドラゴンの生まれ変わりだともてはやされた。


 その者が死んだ後は、次の者がドラゴンの生まれ変わりの座を得ようとする。


 そんな悪習がいつしか、自分達が本当にドラゴンの子孫だと思い込む結果に繋がったのだ。


 ≪我らの意思が通じないのは当たり前だ。この者らは我らと一切関係がない≫


「……とても嫌な予感がしてきた」


 ヴィセは、先ほどの答えが聞き間違いであって欲しいと願いつつ、もう1つ質問を投げかけた。


「この集落の方は、毒霧を作った人の子孫なのですか」


「はいそうです。全てはクエレブレのため」


 老婆はニッコリと笑う。老婆がヴィセの言葉を通訳すれば、住民たちも自慢げに胸を張る。


「どういうこと? 霧を作ったのって悪い事だよ? みんな苦しんで、動物も死んじゃって、俺達もいっぱい困った!」


 バロンが自分の経験を振り返りつつ、住民たちを非難する。その声は全く皆の胸に響いていないようだ。


「あなた達が作り出した訳じゃない。だからあなた達に責任を取れと言うつもりもない。でも、なぜそんなに自慢気なんだ、先祖の過ちを肯定しているかのようだ」


「過ち? わたしたちのご先祖は、クエレブレを人から守るしました。クエレブレは大丈夫の毒で、クエレブレを傷つけるの人共を消し去るしました。過ちは何もありません」


「……なんだって?」


 ヴィセの声色が冷たいものに変わった。


 この集落の先祖、つまり霧を生み出した者達は、それがドラゴンに効かないと分かっていたのだ。それどころか人を殺すつもりで霧を広め、ドラゴン退治に効くと嘘をついて世界中に撒き散らした可能性もある。


「あんた達の先祖は、人を……殺すつもりで毒霧を撒いたのか」


「はいそうです。クエレブレの血を継ぐわたしたちは、クエレブレを守るしました。それは当然のことです」


 ≪我らはそのような事を望んではおらぬ! 我らの名を騙って世界を穢すな!≫


 ラヴァニが怒りで老婆に咆哮を浴びせる。ヴィセとバロンはその怒りに引きずられ、腕や顔面の蠢きを感じていた。顔を見られないようにと咄嗟に俯いて耐えている。


 バロンは霧の中でスラムの仲間を大勢亡くした。ラヴァニの友は霧の中で傷を癒せず力尽き、テレッサは両親を失った。絶滅した動植物、今も霧に苦しむ人々、この世界はあまりにも多くのものを失い続けている。


「ドラゴンは……そんな事をしてくれと頼んでいない。ドラゴンのためと言って世界を破壊したのは許されないと言っている」


「ヴィセ、俺ここ嫌い、なんか怖い」


 老婆は一瞬怯んだものの、ラヴァニが行いに感動したのだと勘違いしていた。嬉しそうに何度も手を合わせ、レーベル語で何かを呟いてからモスコ語に切り替えた。


「いえそうではありません。クエレブレの意志はわたしたちが受け継ぐしているのです」


 老婆がそう告げると同時に、周囲の者達が笑顔のまま何かを取り出した。


「……何の真似だ」


「クエレブレ、もう人を従えるするは必要ではないです。そのボイヌッケは用済みです。わたしたちが始末するします」


 皆がナイフや鎌、鍬などを持っている。ラヴァニがヴィセ達を使い、この村へと案内させたと思い込んでいるのだ。


 案内が終われば人は用済み。ヴィセ達をドラゴンのために殺すつもりだった。老婆は相変わらず微笑んでいる。人殺しを何とも思っていないのだ。


 ≪……ヴィセ、止めるなよ。口で罵られるだけなら耐えよう。だが我が仲間に刃を向けて何も思わぬ我ではない≫


「止める? まさか。こんな勘違いの大罪人共に殺されるつもりはない」


 ラヴァニの怒りではなく、ヴィセの中からも怒りがこみ上げてきた。かつて勝手な解釈でドラゴンのためと言って毒霧を撒き、その子孫は今もなお、ドラゴンと共に生きようとする者の命まで奪おうとしている。


「こいつらのせいで、スラムの仲間いっぱい死んだ! ラヴァニの友達も死んだ! なのにごめんなさいって思ってない!」


 ≪ヴィセ。訊きたい事があるのなら、我が思いと告げて聞き出せ。我はこの者達を許さぬ≫


「……今までに、訪れた旅人を何人殺した、と聞いている」


「そんな些細な者など数えるしていません」


「……そうか、分かった」

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