Confused Memories-03
ヴィセ達は片言のモスコ語で案内を受けながら、集落の外れの1軒へと着いた。石造りの家にはいくつかの小さな四角い窓が開いていて、開閉できるガラスや木板は見当たらない。
「グラチカ、ボイヌサカンヌ。モスコカンダ」
女性はレーベル語で誰かを呼び、ヴィセ達を手招きする。言葉の意味はともかく、入って来いと言う事だ。
≪ヴィセが言葉を理解してくれなければ、我も理解が出来ぬようだ≫
「そうなのか……まいったな」
部屋の中は薄暗く、明かりは開け放たれた扉から差し込む光だけ。床には石の上に直接茶色のカーペットが敷かれ、殺風景な室内には調度品など一つもない。
石の柱に木板を被せたテーブルに、年季の入った鉄パイプの椅子が4組。奥には水瓶と流し台がある。本棚や小さな食器棚もあるが、水道と電気は通っていないようだ。
「モスコ? ストレケエ?」
「ヌエ。ボイヌッケ、クエレブレホデルナソ」
「ヴィセ、あの人クエレブレホテルって言った? ドラゴンのホテルなの?」
「いや、多分全然違う。悪いが全く分からない」
分かる言葉はモスコとクエレブレだけ。繰り返されるボイヌやグラチカとは何なのか。先程もストレケエと言われたが、モスコ語に訳すことが出来ない。
しばらくして奥の部屋から1人の小柄な老婆が現れた。白髪を後ろに流し、腰がまがり、家の中でも杖をついている。
「グラチカエボルアドモスコ」
「え?」
「グラチカ、モスコ話す、できる。クエレブレ見る、させるして」
「……ドラゴンを見せてやれってことか?」
「イヤ」
「違うのか」
「イヤ、は、モスコヌハイソウデス」
中途半端に混ざった言葉は分かりづらい。ヴィセは何とか女性の片言を聞き取り、椅子に座った老婆の前にラヴァニを座らせた。その途端、老婆の目が見開かれる。
「ハッ、ハアアァッ! クエレブレ、アラマゴ、クエレブレ!」
老婆はラヴァニを見た途端に机に突っ伏し、手を合わせて拝む。怖いのか、それとも崇めているのか。どうやら後者のように思えた。
「グラチカ、ボイヌッケデカンレーベル。モスコナムスペキババヤ」
「モスコ……わかった。モスコ大陸から、来たのですね」
老婆は流暢とは言えないまでも、ヴィセ達の言葉で話しかけてきた。これでようやくヴィセ達の事を説明し、理解してもらう事が出来る。
「俺はヴィセ。こっちはバロン、そっちのドラゴンはラヴァニです」
「ラヴァニ様……ヴィセさんはこの村にクエレブレを下さるのですね」
「え? いやいや、違います! 俺達は一緒に旅をしているんです!」
理解してもらえると思った矢先に、老婆はとんでもないことを口走る。ヴィセは慌ててこれまでの旅を説明し、たまたまこの集落を見つけたのだと告げた。
「このエレビ集落を、知るしないで来るしたのですね。尋ねるしますが、クエレブレはあなた、存在、どう思うしていますか」
「仲間です。ドラゴン達とモスコにある町を1つ救いました」
「……ユシャ、ボイヌッケエボルアドゥスヌベスクエレブレ」
「ワツドス?」
「……テチクエレブラン」
老婆は女性とヒソヒソ話し合い、大きく頷いてからヴィセに視線を向けた。ドラゴンを仲間だと言ってから、老婆の雰囲気は少し柔らかくなっている。
「信じるしましょう。このエレビ集落は、あなた歓迎するします。ここは、クエレブレ信仰するの集落です」
「ドラゴン信仰!」
「ドラゴンが偉いって思ってるってこと?」
≪驕る訳ではないが、我らはこの世界に最も貢献していると自負している。この者達の考えは当然のものだ≫
ラヴァニはドラゴン信仰と聞いて気分が良くなった。ラヴァニ村と同じく、このエレビにもドラゴンを崇拝する人が住んでいると分かり、得意気に胸を張って座り直す。
「はいそうです。クエレブレは、人と戦うなかったと言い伝えがあるしています。クエレブレの敵は、戦そのものであるして、穢れであるして、そして霧だと」
「ラヴァニ村と同じだ」
ヴィセも幼い頃から同じことを聞かされていた。ラヴァニ村はドラゴンに守られ、ドラゴンを守る事でずっと信仰を保ってきた。
「エレビでは、なぜドラゴンを信仰するのですか」
「わたしらの先祖様だからです」
「先祖?」
「……ユシャ、エブマリテキヤ。スペキオエブマリ」
「アドゥ。テキム」
老婆はヴィセの問いかけに応えず、女性に何かを指示した。女性は家から出ていき、老婆はゆっくりと椅子から立ち上がる。
「はいそうです。……クエレブレは、わたしらの先祖です」
「どういうこと? ドラゴンなの?」
≪そうは思えぬ。意思の疎通も図れぬし、可能性があるならばドラゴンの血が覚醒していないのか≫
「ついてくる、しなさい。アラマゴクエレブレ様まで」
「孫? お婆ちゃんの?」
「さあ。とりあえずついて行こう。言葉だけじゃなくてこの村の事が何一つ分からない」
* * * * * * * * *
ヴィセ達は老婆に連れられて集落の中心に向かった。そこには大きなドラゴンの像があり、その後方には灯台が見える。
「夜光ってたのって、この灯台かな」
「そうみたいだな。ここだけ電気が通っているのかも」
そんな小さな広場には、大勢の住民が集まっていた。先程の女性が声をかけたのだろう。ヴィセ達が現れた途端、皆が地にひれ伏して何かの祈りを捧げ始めた。
「クエレブレ! エブマリヌアラマゴ……」
「ほら、孫って言われたよ。あの人ラヴァニのお爺ちゃん? ドラゴン化するのかな」
≪そんなはずなかろう≫
「そっか、そうだよね。俺もお爺ちゃんじゃなくてお婆ちゃんかなって思ってたところ」
≪そういう話ではない。我の親はドラゴンだ≫
バロンの明後日な回答も気にせず、住民はまだ祈りを捧げ続けていた。やがて2人の白装束の女性が立ち上がる。2人は息を揃え、大声を張り上げる。
「アアアアアアァァァーー」
「な、なんだ?」
その声はまるで霧の侵入を知らせるサイレンのようだった。20秒ほど続いただろうか、その声が止むと、住民全員が立ち上がって両手のひらを合わせて目を閉じる。
「儀式、かな」
「ヴィセ、なんか怖い」
「アアアアアアァァァーー」
再び白装束の女性2人がサイレンのような大声を張り上げた。それが終わった時、ようやく皆が目を開け、その場に腰を下ろす。
「ヴィセ、俺やだこれ怖い」
「あ、ああ。ちょっと不気味だな」
「アラマゴ、歓迎するの儀式です。クエレブレの咆哮を真似するした挨拶です」
「そ、そうですか。驚きました」
≪我らの咆哮はこのように聞こえているのか。腑に落ちぬが気に入ったと伝えてくれ≫
「ラヴァニは歓迎を有難うと」
ヴィセがラヴァニの言葉を意訳すれば、住民たちは笑顔で互いを労う。しかし何故こうなっているのか。ドラゴンが先祖とはどういう事なのか。偶然立ち寄った地であるため、一切の情報を仕入れていない。
「すみません! この村はドラゴンを祖先に持つと聞きました。それは何故でしょうか」
ヴィセが皆の喜びを遮るように尋ねる。老婆がヴィセの言葉をレーベル語に通訳すると、皆が一斉に1人の男へと視線を向けた。
「あの人が何か」
男は特に変わった容姿でもなく、服装も皆と同じ麻の白い服に茶色い長ズボンだ。
「数十年に1度、わたしたちの誰か1人、クエレブレの鱗、現れるします。あのベーグという名の男は、背中に鱗あるします」
ベーグは老婆の言葉に頷き、ヴィセ達に背を向けた。上着を脱ぎ始めたその背中を見た瞬間、老婆の言葉の意味が分かった。
「ヴィセ! あの人……」
「ああ……間違いない。竜状斑だ」
≪そんな、まさか祖先がドラゴンの血を浴びたのか? あの者はドラゴン化しているということか≫
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