Confused Memories-02



 * * * * * * * * *



 ゆでたまご座が朝焼けに消える頃、2人と1匹はゆっくりと目を覚ました。バロンはその寝相の悪さで何度かヴィセを起こしたが、崖の下に落ちずに済んだ。


「おはよ、ヴィセ、朝!」


「ん……ああ、おはよう。明かりは……消えたみたいだ」


 ヴィセは昨晩の残りの水を飲んで干し肉を齧り、ラヴァニにも干し肉を千切って与えた。旅立ち前にこれから向かう先を見つめるが、やはりそこに何があるかは見えなかった。


「山育ちで目はいいんだけどな。双眼鏡を買っておくべきだった」


 ヴィセはその場を片付け、元の大きさに戻ったラヴァニに干し肉の残りを全て与える。早速ラヴァニに飛んでもらうためだ。


 ≪この大陸の状況であれば、我が仲間はおらぬだろう。我らに襲われた町もあるというが≫


「そうだな、外輪山の片側は人の家だらけ。内側に無事な土地は殆どなし、いるとすれば南部か」


「ずーっと霧だもんね、何にもない」


 ≪降り立てる様子がなければ、そのまま通過するぞ。人里に降りられそうな道でも見つかれば、とりあえずそこに降りる≫


「ああ、頼んだ」


 ヴィセとバロンがラヴァニの背に鞍を取りつけ、慣れた手つきでベルトを締める。


 ≪行くぞ≫


 岩場の端まで助走をつけ、ラヴァニは一気に飛び立った。いったんは高度を下げながらも、すぐに急浮上して上空3000メルテ付近を飛ぶ。


「ディット博士の地図だと、ドラゴンに襲われた町の地図、この大陸にも印があったよな」


「えー俺おぼえてなーい!」


「北西にも1カ所あったのを覚えてるから、どこかに町があると思うんだ」


 飛んで10分程。双眼鏡なしでよく光を捉えられたと感心するほどの距離に、小さな村が現れた。外輪山の内側の断崖絶壁が続く中、僅かになだらかな岩の斜面が見える。


 その先に、ぽつんと置き去りにされたような小さなテーブルマウンテンが顔を出していた。


「岩の斜面に降りられそうだ!」


 ≪承知した。絶壁に道がへばりついておる≫


「これまた凄いつづら折れのカーブだな」


 ラヴァニは村に気付かれないよう、霧のスレスレから近づいて岩場に降り立った。急いで鞍を取り外し、バロンが封印を発動させる。


「鞍をそっちの岩場の陰に隠しておこう。荷物になるし、歩いて来たと言っても疑われそうだからな。この環境じゃ盗んだところで一苦労だし」


 小石を払いのけただけの道がなだらかな岩場を下り、途中で消えている。そこには2メルテ程の高さの鋼鉄の柱が立てられ、ワイヤーがテーブルマウンテンへと伸びている。


 テーブルマウンテンと岩場の間は100メルテ以上離れており、テーブルマウンテンの方がやや標高も高い。


 とても飛び越える事は出来ない。


「これ……どうしようか。ワイヤーが張ってあるけど、まさかこれを掴んで向こうへ?」


「ヴィセ! ここなんかハンドルがある!」


「え?」


 岩場に立てられた柱の横に、手回しのハンドルが付いていた。回す度にワイヤーが送られ、その分が巻き取られていく。やがて1つの吊り籠が近づいてきた。


「まさか、これに乗って……向こうまで?」


「え、やだ!」


 それはゴンドラだった。4人程なら1度に運べそうな木製の箱が、ワイヤーから吊るされている。それをゴンドラ内のハンドルでまた進めていくのだ。


 バロンは遊園地でおおよその乗り物に拒否を示した。乗ったのは汽車のような乗り物、水上をゆっくり移動するボート、それに観覧車だ。空飛ぶ椅子タワーは大丈夫だったとは言えない。


「バロン……乗らないと向こうに行けないんだけど」


「やだ、怖い!」


 ≪我が飛ぶよりも低い場所が何故怖いのだ≫


「ラヴァニは落ちないけど、箱は落ちる!」


 バロンは頑なに乗ろうとしない。無理矢理抱きかかえようと暴れ、乗せた瞬間に外へ脱出する。


「もしも何かあったら、ラヴァニにすぐ大きくなってもらって助ける、どうだ」


「やだ!」


 普段は聞き分けがよく、とても優しい子だ。けれど空飛ぶ椅子タワーが余程だったのか、何を言っても頷かない。ヴィセもしばらくは宥めようとしていたものの、とうとう諦めた。


 バロンが納得する方法を探すのではなく、バロンを連れていくことを諦めたのだ。


「んじゃあ俺だけ見てくるから。バロンはラヴァニとここで待ってろ」


 ≪我らの食糧は持ってきてくれるのだな≫


「ああ。買えそうになくても、霧を生んだ町の末裔の話を聞いたらすぐ戻って来る」


 バロンは恨めしそうにヴィセを睨み、小さなラヴァニをぎゅっと腕に抱いている。何か言いたい事があるのだろうが、何を言ってもゴンドラに乗るとは言わない。


「そんな顔すんな、バロンが乗らないからだろ」


 ヴィセがため息をついて、ゴンドラ側のハンドルを回し始める。ゴンドラは時速1,2キロメルテ程度の速度でゆっくりと岩場を離れていく。


 そうやって20メルテ程遠ざかっただろうか。急に耳をつんざくような鳴き声がヴィセを襲った。振り返ればバロンが泣きじゃくり、岩と霧のギリギリの淵に立っている。


「ああぁぁん俺もいくー! あぁぁぁん!」


「お前……乗らないって言ったじゃん」


「お、置いで、行がないっ、でぇぇー!」


 ヴィセが置いて行くはずはないと思っていたのか、バロンは霧の中に飛び込みそうな勢いで泣いている。置き去りにしないためラヴァニを腕に抱かせたのだが、関係なかったようだ。


 ヴィセがハンドルを逆に回し、バロンまで1メルテに迫った時、バロンは籠を手で引き寄せて入り込んできた。


「う、うぇっ、置いで、行ぐなぁー」


 ヴィセはバロンにしがみ付かれ、ゴンドラが大きく左右に揺れる。怖いと言っていたのは一体何だったのか。バロンはゴンドラの終点まで泣き続け、到着した先にいた住民に宥められた。


 エプロンをかけた女性がニッコリと笑い、バロンの頭を撫でてくれる。その奥からは来訪者に気付いた者が数名近づいて来た。


「スケカッタッケエ?」


「フアア、ボイヌッケ! マアヘンチバショカンダ。ワーツモネ、ワーツモ」


「あ、ああ、えっと、はい?」


 モスコ大陸でも訛りは聞いていたが、ドース島は更にそれが酷く、別の言語も混ざっている。下り場の横の立て看板には、少しだけ覚えたレーベル語が記されていた。


「あーそういう事か。そもそも話す言葉が違う」


「ワツドイカンダ? ストレケエ?」


「ボイヌサ、カンヌショネッケ。ストレナヤ」


「……どうしよう、何て言われてるかわかんねえ」


 大陸が違えば文化が違い、言葉も違う。おおよその地域ではヴィセ達が使っているモスコ語が使われるものの、そうでない場所もある。


 ヴィセが何と返せばいいのか迷っていると、バロンが抱いたドラゴンに1人の男が気付いた。


「フアア、クエレブレ! クエレブレホルデヤ!」


「ア、アアアクエレブレ!? ユヌラワツナダ……」


 男が急にひれ伏し、他の者達も続いて跪いた。何が起こっているのか、さっぱり分からないが、1つだけ聞き取れた単語があった。


「クエレブレ……ドラゴンの事だ」


 ≪ああ。エゴールが我が友の事をクエレブレと≫


 ドラゴンという言葉に、1人の女性が顔を上げた。そして恐る恐るヴィセ達に声をかける。


「ヨソ、来たボイヌか? コトバ、分かるするか?」


「あ、その、俺達はモスコ大陸のジュミナス・ブロヴニクから来ました」


「ブロ……? 分かるしないケド、モスコ大陸、コトバ、少しできる。グラチカ、もっとできる」


「アア、ユシャヌグラチカエボルアドモスコ。ユシャ、ボイヌバテキヤオーム。クエレブレレキホ、グラチカババヤ」


 周囲の者が女性に何かを提案している。何を言われているのか分からないが、女性は立ち上がり、ヴィセ達に手招きをした。


「ヴィセ、何言われたの?」


「さあ、さっぱり分かんねえ。でもドラゴンの事を嫌ってはなさそうだ」

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