Innovation 06
* * * * * * * * *
「よおあんたら! いらっしゃい、トメラ屋はどうした」
「20時にお客さんが1組来たんで、食事はそっちに譲りました」
「はっはっは! ミナ婆さんにこき使われたかい。でも、あの宿は良い宿だ。あんたらが楽しい事を思いついてくれて助かった」
1軒の食堂が開いていたため、ヴィセ達は空いているカウンターに座った。ここの大将は出店にも参加した男だ。
大将はヴィセにビールを、バロンにはソーダ水を出し、これは奢りだと言ってウインクして見せる。
「ありがとうございます、では、とりあえず乾杯!」
「いただきます! あ、まちがった、乾杯!」
店には今日の写真が飾られている。ラヴァニに驚く客がいないという事は、大将が既に話しているか、皆も今日の出店にいたのだろう。
「あのおじいさん達もここで食べたら良かったのにね」
「そうだな。ああ、大将、この煮付けってやつと、サバの塩焼きと、肉じゃがというやつを。あと野菜のてんぷらと、白米を大盛で」
「あー俺も天ぷらいる! 俺ね、刺身好き! あとね、ごはん大盛と、鶏肉の蒸し焼き食べたい! それとね、丸いやつ、魚の肉の……」
「つみれか」
「それの入ったスープがいい! ある?」
バロンはトメラ屋で出された食事を見て、同じものが食べたかったようだ。大将はメニューにないと言いつつも用意を始める。ラヴァニは2人前の刺身とゆでたまご、それに鶏肉のタタキ。
≪焼いたものも良いが、やはり我は生で喰らうのも捨てがたい≫
「ゆでたまごは?」
≪それは別格だ。我はゆでたまご以外の食べ方はもう捨てた≫
若者2人が頼む量の多さに、大将もニッコリだ。おまけにヴィセはビールを飲むペースも早い。
「そういやあ、海浜荘の客がさっきまで何人か来てたよ。出店で新鮮で美味いもん食ったら、海浜荘のメシが不味い事に気付いたって」
「あはは、さっきトメラ屋に来た老夫婦も文句を言ってました。昨日と同じものが出たって」
「船が寄る日には他の宿だけじゃ客を捌けねえ。あの宿に4,5軒潰されちまったし海浜荘の事は嫌いだが、潰れろとは思ってないんだ」
「ギルって男は変わる気配がないですけどね」
長期的に見れば、いずれ再開する宿や新たに建つ宿があるかもしれない。けれど海浜荘がなくなれば一時的に宿泊できない者も出てくる。大将はなんとかして態度を改めさせたいと力なく笑う。
「美味しいご飯作れないなら、みんな食べ物屋さんに食べに行ってもらったらいいのにね」
「え?」
「だってさ、美味しくないのより、美味しい物食べた方がいいじゃん!」
「……確かに」
ヴィセはふと考えた。このブロヴニク地区には素泊まりのホテルや宿がない。温泉や部屋の良さなども魅力の町だが、船員など、それ以外の理由で訪れる者もいるはずだ。
「海浜荘が素泊まりの宿になれば、食事での不人気は解決するのかな」
「確かにそうだな。今度集まりがあったら言ってみるか。うちにもお客さんが流れて来そうだ。はっはっは!」
運ばれてきた食事を口に入れながら、ヴィセ達は今日の疲れなどすっかり忘れていた。風呂に入る頃には、そういえば今日は1日中働いていたっけ、と振り返るかも怪しい。
宿の上品で高級な食事もいいが、安くて美味い方がヴィセ達には合っている。どちらも美味いが、今日に限って言えば食堂に来て正解だった。食べる量は昨日の倍、好きなものを好きなだけ頼んでいる。
1時間ほどして満足し、食べ過ぎたと言いながら1万イエンちょっとを支払う。そして店の外に出たところで、数人が走って来るのが見えた。
「何かあったのかな」
「さあ、またブロヴニク海浜荘じゃなければいいんだけど」
≪あの宿を取り壊すか、別の者に任せた方がいいのではないか≫
「それはまあ、あとは町で片付けて欲しい問題だな」
男達はヴィセ達に気付き、明らかにこちらへと近づいてくる。本音を言えば、もう宿で温泉に浸かり、ゆっくりと布団で休みたい。けれどそうもいかなそうだ。
「あんたら! ああ、良かった!」
「どうしたんですか?」
「バスが……」
「バス?」
「ああ、この町からのバスが帰り道で横転してるらしいんだ!」
「は? 何だって!?」
予想もしていない事件に、ヴィセは面倒だと思う事も忘れてしまった。バロンはピンと来ていないが、男の焦りを見て事故である事は察したようだ。
ミデレニスク地区からブロブニク地区を結ぶ道は、アスファルトやコンクリートの舗装がなされていない。土の舗装道路はどれだけ踏み固められていても、脆いのだ。事故や故障は以前にもあり、死者が出た事もある。
「3台のバスの最後尾のバスが陥没に車輪取られて横転したそうだ! 1台目はかなり先を走っていたが、2台目の乗客が見ていた」
「その2台目の乗客が歩いて知らせに来たんだ! 山を登りきる手前で、最後尾のバスが今にも転落しそうだと」
「その3台目に乗っている人は?」
「バスから出られないらしい」
標高1500メルテの手前まで行くのなら、所々ジャバラのように曲がった急勾配を20キロメルテ弱歩かなければならない。町の機械駆動4輪を走らせても、1時間程掛かるだろう。
更なる問題は、離合(すれ違い)は出来るものの、引き返すためのスペースが限られている事。数キロメルテおきのUターン地点に車を停めたなら、やはり駆けつけるのには1時間かかる。
「なあ、バスを起こすには人手がいる! 協力してくれないか!」
「他のもんは地区長に報告に行ったが、話によると車体が崖にはみ出してるらしい。引っ張るには相当な力がいる、頼りきりですまないが……」
バスには人が閉じ込められており、そのバスは崖から落ちそうになっている。つまり、人の命が掛かっている。そんな状況でもう休みたいとは言えない。
「……俺達の出番だ。分かりました、着替えて駆けつけます! この靴では走れない」
「バスの人助けるの?」
「ああ、最後に人助けだ。ラヴァニ、宿に戻ったら封印を全部解く! 俺達を上まで運んでくれ!」
≪承知した。我がバスを道に押し戻しても良い≫
ヴィセとバロンは急いでトメラ屋に戻り、封印の入ったバッグと鞍を掴んだ。
「どうしたんね、どこに行くとね」
「町に続く坂の上まで! バスが横転して、崖から落ちそうだと!」
「はっ、そりゃ大変ばい」
「町の人が地区長に知らせているそうなので、詳しくは帰ってから!」
表には何事かと様子を見に出た者達がいる。けれど、ヴィセ達は人目を避ける時間を惜しんだ。
「バロン!」
「うん!」
バロンが封印を全て解けば、ラヴァニはあっと言う間に元の大きさに戻る。海岸沿いの道に1体の大きなドラゴンが現れ、周囲の者が腰を抜かす。
だが、その背に鞍を取り付けているのはヴィセ達。この町のささやかな暮らしを手伝ってくれた2人だ。周囲の者は驚きつつも、何かしてくれるんじゃないかと期待し、飛び立つのを見守った。
* * * * * * * * *
「見えてきた! あのバスだ!」
村から飛び立って数分。ラヴァニは驚異の速度で現場に向かっていた。町の北へと伸びる直線道路に、大きな影があった。周囲には懐中電灯を持った者が数名いる。
バスは原型を保っているが、前方は崖の外。うかつに動けばバランスを崩しそうだ。乗客たちは出るに出られず、車内で身を寄せ合っていた。
「ラヴァニ! 俺達を下ろしてくれ! バスを道へ押せるか!」
≪やってみよう≫
「ねえ、ヴィセ! みんなこっち指さしてるよ! 大丈夫?」
「勝手に怖がらせとけ、助けていると分かったら態度も変わる」
ヴィセとバロンがラヴァニから飛び降り、ラヴァニはバスを押し始める。
「な、なんだ、どうなってんだ!」
「ど、ドラゴン!」
周囲の声を無視し、ヴィセがラヴァニへ指示を出す。そのまま道へ押し戻せるかと思ったが、バスは押せば回転し、車体はいっそう危ない状態になる。
≪ヴィセ、片方を押さえる者が必要だ≫
「……分かった! 俺がドラゴン化する、バスを支えてくれ!」
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