Innovation 03
* * * * * * * * *
「あら、今日はお祭りかしら、なんだか楽しそうね」
「お父さん、良い匂いがするよ! おなかすいたー!」
午前11時。バスでブロヴニク地区に到着した観光客たちは、すぐに魚や貝が焼ける匂いを嗅ぎ取った。数十人の観光客の目は真横の小さな空き地に釘付けだ。
「もうそろそろお昼だし、何かつまんで行きましょうよ」
「そうだな、ちょっと覗いてみるか」
空き地には10軒の青空屋台があり、それぞれが七輪で魚を焼いたり、鍋で雑炊を作ったりして観光客を待っていた。即席の足湯を設けている所もあるようだ。
空き地には既に昨日、一昨日から到着している観光客や、地元の住民の姿もある。こじんまりとしながらも、なかなかの賑わいだ。
「ジュミナス・ブロヴニクへようこそ! 是非寄っていかれませんかー!」
商売のノウハウではブロヴニク海浜荘に勝てない。すぐ近くにあるブロヴニク海浜荘には立地でも勝てない。かといって呼び込み合戦になった場合、観光客にとってそれが良い印象を与えるものなのか分からない。
しかし、それぞれの宿は泊まって貰えたら満足して貰える自信がある。
それならば、上手い客引きを考えるのではなく、現地で宿や町の魅力を伝えたらいい。
「はい、今朝海で獲れたばかりの新鮮な貝を焼いていますよ! おひとつ如何ですか?」
「磯の香りが漂う海苔のてんぷら! 自家製海苔ですよ!」
「魚の丸焼きいかがですか! 内臓は取り除いてありますよ、骨と身を簡単に分ける方法も教えちゃいます!」
それぞれの屋台は、この地区で踏ん張っている宿がそれぞれ出店している。6軒がこの町の宿、4軒は近隣の食堂だ。
それぞれの宿の魅力を知って貰い、観光客に判断して貰えばいい。屋台の発案者はヴィセだった。
「おねーさん! おさかなたべませんかー! あのね、海でしょっぱいのにね、身はすっごく甘いんだよ! 俺、海の魚大好き!」
バロンの呼び込みは、果たして売り文句なのか……それはさておき、空き地の入り口には、それぞれの宿や食堂の名前と写真、謳い文句などが書かれたボードがある。
ミナと一緒に各宿や食堂を回り、主旨を伝えるのに1時間。準備と会場設営に2時間。それでも10軒が集まればアイデアは幾つでも飛び交う。もう後がない者達は、半分ヤケクソで参加しているようなもの。
即席だったため、料金設定など考えていない。もしも良ければと、入り口の脇にチップ入れを設けているだけだ。
しかし、この案は経営に苦しむ宿や食堂にとって、早くも起死回生の策になりつつあった。この町で何が美味しく、どこが見所なのか。観光客たちもそれぞれ目的が出来る。
「すごい、美味しい! 何も調味料をつけていないのに、焼いただけでこんなにしっかりと味がするのね!」
「生の魚ですって……ちょっと怖いわ、どうしよう」
「あのね、生のお魚はね、大豆で作ったしょー、しょーす……」
「醤油。この醤油につけて食べるんです。海辺の新鮮な魚だから出来る事です」
ヴィセとバロンが観光客の前で1切れずつ刺身を食べて見せる。薄く切った鯛やまぐろの身が濃い紫を纏い、噛むと同時に舌で溶けていく。ヴィセもバロンも思わず笑顔がこぼれる。
「じゃ、じゃあ……物は試しよね」
「いただいてもいいですか?」
「どうぞどうぞ! 他にも美味しいものがたくさんありますんで、是非色んな屋台を回って下さい!」
自分の宿に呼び込むのではなく、とにかくこの町の印象を上げるのが先。自分の屋台に来た客には、必ず他所を回る事も勧める。それが今回の催しのルールだ。
そして、ミナが決めたルールが1つ。
それはドラゴン連れだからと煙たがった者達は、きちんとヴィセ達に謝る事。
町のために復興策を考えるような旅人に、どこの店ももはや悪い印象など抱きようもなかった。今ではラヴァニが桶の中でぬるま湯に浸っていても「可愛い」と言われる始末。
「まあ、あなた! 昼間からお酒を飲んでるの? それは……足湯かしら」
「ああ。海が見えて、温泉に浸かれて、酒が飲める。最高じゃないか!」
「まったく。私よりお酒弱いんですから、ほどほどにして下さいよ」
食べる者、観光スポットを調べる者、海での注意事項を確認する者、地酒や温泉を楽しむ者。来場者はすっかり満足し、笑顔で狭い空き地を歩き回る。
「キャッ!?」
「え、ええええ! ドラゴン、ねえ、ドラゴンよ! 嘘でしょ……」
「この町はドラゴンに襲われません。煙を吐く工場もないし、水や大地を汚す鉱山や、無理な焼き畑もないですから」
「そ、そのようね……信じられない、ドラゴンがお湯に浸かってるなんて」
≪我は本当に役に立っているのか≫
「役に立ってるよ、ドラゴンとの共存もアピール出来て一石二鳥」
≪我の威厳が損なわれ、二鳥のうち一鳥を取り逃がしているようにも思うが≫
「あはは! 鳥だけに!」
観光客はまどろむドラゴンに拍子抜けし、ラヴァニをまるでこの町のマスコットのような目で見守る。なんとか上手くいったようだ。
そこへ、ブロヴニク海浜荘の大将がやって来た。
大将はこのイベントを知らない。ヴィセとミナは彼に声を掛けなかったのだ。それは他店への悪評を立て、観光客の満足度を下げ続けてきた大将への宣戦布告だった。
「しまった、バスの到着が早かったか……クソ、定刻に来いっつうんだ」
大将は舌打ちをし、それでも呼び込みを開始しようと笑顔を張り付けた。しかし、今日はどこか様子が違う。
「なんだ? 食べ物でも出してんのか。おい、あんたら何をやってる!」
空き地の様子に気付き、大将が怒鳴り込んでくる。観光客の前だというのに、この男の本性が現れたようだ。
「何だって、見ての通りさ。美味しいもん用意して、この町のアピールをやっとる」
「トメラ屋さんがやるっていうからみんな集まったんだよ。さ、まだ雑炊を食べていないお客様、どうぞどうぞ!」
「トメラ屋? あのボロ宿か」
大将は口元を引き攣らせながらも、なんとか平静を保とうとする。そこにラヴァニの姿を発見し、大将は大げさに驚いて見せた。
「うわああ! あのドラゴン連れ! ひいい、襲われちまう! みなさん、危ないですよ!」
大将が大げさに後ずさりし、早く会場から客たちを追い出そうとする。だが、観光客も地元の者たちも、そんな大将を不思議そうな目で見つめていた。
「危ないって、この町はドラゴンも気に入って襲わない町なんでしょう?」
「ラヴァニちゃんとってもおとなしいし、私が撫でても大丈夫だったわ」
「この子なんか、さっきまで腕に抱いていたぞ。そりゃドラゴンって聞けば驚くが、まだ野犬の方が怖いくらいだ」
「そりゃ昨日はいきなりで驚いたが、こうして町の復興に知恵を出してくれた。悪人って言えばギルさん、あんたの方が俺は恐ろしい」
トメラ屋と同時期に開業した「民宿とらや」の主人が、腕組みしてブロヴニク海浜荘の大将を睨む。その間、他の店は観光客へのもてなしを続け、本気で相手にしようと思っていない。
このままでは今日宿泊する客を呼び込めない。ブロヴニク海浜荘の大将ギルは、今度は大げさに嘆いてみせ、同情を買う作戦に出た。
「酷い、酷いですよ皆さん! こんなイベントを開くというのに、うちの宿には声を掛けてくれなかったなんて! 信じられますか? いつもうちの宿はこうして虐められているんです!」
ギルの演技により、若干の来場者が本当なのかと周囲に確認しだした。ギルは嘘の悪評を流し、ここの参加者はグルで、自分を追い出そうとしていると訴える。
どの店もそんなギルに怒りを溜めていたが、ここには大人の対応を出来ない者……すなわち子供が2人いる。
「嘘つくな。あんたさっきトメラ屋の事を……」
ヴィセがそう言いかけた時、誰かが声を被せてきた。それはブロヴニク海浜荘に泊まっていた観光客の女性だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます